39話 バラチエ城攻略戦
野戦にて大勝したビゼー伯爵は、そのままの勢いをもってバラチエ城を取り囲んだ。
城に逃げ込んだ敵兵は200人に足らず、負傷者を除けば守勢150人にも満たないだろう。
対するビゼー伯爵の軍は1000人に迫るほどにふくれ上がっていた。これは先ほどまでバラチエの軍に加わっていた小豪族が何食わぬ顔でビゼー伯爵軍と共に城を包囲しているのだ。
恥知らずと見るべきか、たくましい生き残り策と見るべきか……それは意見の分かれるところだろう。
戦局がここに至り、ビゼー伯爵も降伏交渉などはせず『見せしめ』のために力攻めを決意したようだ。ここからは容赦のない猛攻が加えられるだろう(横の国同士であればなあなあで済ますのだろうが、ビゼー伯爵は横の国外の侵略者である)。
残酷ではあるが、バラチエは乾坤一擲の賭けに負けたのだ。
勝てばダルモン王国で立身出世を遂げ、負ければすべてを失う。戦争とは一種のギャンブルなのだ。
「息を合わせろ、お味方が門にかかると同時に踏み込むぞ」
ガストンは組下を率いてバラチエ城を睨みつけた。
バラチエ城はさほどの規模ではないが、周囲をぐるりと乱杭や逆茂木を植えた空堀で囲み、切岸と木柵で防備を固めている。
「逆茂木や乱杭を打ち壊せ、柵には縄をかけて引き倒すぞ」
ガストンらの任務は側面よりの攻撃であるが、これは正面の攻撃を援護する陽動に近いものだ。
正面から門を攻めるのは伯爵の陣営に加わったばかりの連中である。彼らもここで良いところを見せなければならないだけに必死の覚悟であろう。
「俺たちは城へは突きかからなくていいので?」
「隙あらば乗り込んでもええが、乗り込んだ後に注意せい。マルセルは一番乗りの直後に顔を槍で突かれたんだわ」
組下のドニがやや不満げに顔をしかめた。
下っ端からすれば城の攻略は危険もあるが、略奪の実入りが大きく名前を売るチャンスでもある。
若く野心に溢れた彼からすれば華々しく活躍する己の姿を夢想するのも無理はない。
それはかつてのガストンであり、相棒マルセルの姿でもあっただろう。
「城方からすれば逆茂木や乱杭が壊されると焦るもんだわ。寄せ手が攻め口を作る意味もあるが、心を攻めて士気をくじくのよ。考えてみい、じわじわと城が裸にされるんだわ……これもキツい攻めの1つよ」
生意気なドニも含め、組下の者はガストンの言葉に耳を傾け、何度も頷いている。
荒縄のガストンは歴戦の戦上手だ。若い兵士にとって、その体験談は鉄石より重いだろう。
ほどなくして正門の方から武者押しの声があがり、それに応じて騎士テランスが「かかれーっ!」と剣を振るう。攻撃の合図だ。
今回の城攻めは寄手の人数が多い。このような場合は交代しながら順に攻めるのが定石である。
騎士テランスが率いる隊は1番はじめに攻めかかる役割だ。
「声だせえっ! 投げ石なんぞ当たらん! ぶち壊せえーっ!!」
ガストンらはワッと鬨の声をあげて堀に飛び込んでいく。
空堀はなぜか底がぬかるんでおり、鼻をつく嫌な臭いがした。城内から生活排水を垂れ流しているのかもしれない。
(なるほど、こりゃついとる。矢が少ないわけだわ)
不快な悪臭が漂う場所に好んで布陣する者はいない。つまりここを守るのは嫌な仕事を押しつけられた立場の弱い弱兵や雑兵の類だろう。装備も悪く、士気も低い。
狙って攻めたのならば騎士テランスもなかなかのものである。
「底の地面はゆるいぞ! 乱杭をゆすって引っこ抜け! 堅ければ根っこを掘れ!」
城内からの反撃は早くも逆茂木を乗り越えようとする血気盛んな連中に集中している。そちらでは怒声や悲鳴が上がる激しい攻防となったようだ。
だが、やや遅れて施設の破壊を行うガストンの組には反撃もまばらで、あまり矢も飛んでこない。
よほど運が悪くなければ流れ矢に当たることもなさそうである。
「てめえら、もたつくんじゃねえ! ドニ、いつもの威勢を見せてみいっ!!」
ガストンの叱咤に応え、組下のドニが飛び乗るように勢いをつけ乱杭を踏み抜いた。
これがどうした加減か、乱杭は中ほどからポッキリ折れて勢いあまったドニは汚水溜まりに飛び込んだ。バシャリとしずくが跳ね上がり、ドニはたまらず「畜生、クソったれめが!」と悲鳴をあげた。
「ドニ、兜を汚すのは吉兆じゃ! 皆の倍も働いたように見えるぞ!」
ガストンが励ましながらドニを助け起こすと周囲の兵がドッと笑った。
戦場で笑いが出るのは敵に怯んでいない証拠である。
「それっ! ドニに続け、手当たり次第にぶち壊せっ!!」
ガストンは自ら率先して声を張り上げ、乱杭に乗りかかるようにしてへし折っていく。
体の大きなガストンならではの荒業といえよう。
堀の底は畝のように波立ち、乱杭の間は縄で結んである。
これは兵の進退を阻む工夫であるが、1つ1つ破壊して進むガストンらにはあまり関係がない。
「逆茂木は手では引っこ抜けんぞ! 縄をかけて息を合わせろぉっ!!」
細い乱杭は蹴り倒し、逆茂木には縄をかけ皆で息を合わせて引く。
これに他の組も参加し、ガストンの周囲では見る見るうちに破壊が拡がっていった。
その間にガストンらの組には1本の矢も当たっていない。
ある種神がかり的な勢いであった。
「交代せよ! テランス隊は下がれっ!!」
騎士テランスの声は不思議とよく通る。
ガストンは組下に「下がるぞ」と短く告げ、後続に先をゆずった。
戦機が極まれば無視をして攻めかかることもあるだろうが、少なくとも今ではない。
「ヴァロン、良くやった。初手で無理をせず攻め口を作るのは上出来だ。見よ、味方が次々と切岸を登り始めたぞ。オヌシの手柄だ」
堀から引き上げるやいなや騎士テランスは皆の前でガストンを褒めた。
戦場では何か手柄をたててもすぐに褒賞を与えるのは難しい。ゆえに騎士テランスはこうして皆の前でガストンの名誉を称えたのだ――上司が褒めて終わる程度の小働きということでもあるが、それはそれであろう。
「オヌシは軍学を学んだ経験があるのか? 組下全員で破壊に徹するとはなかなか思い切った手だ」
「へい、ございません。これは城が落ちた時、されて嫌だったことをやりかえしただけで」
「……ふむ、オヌシはリュイソー家中であったな。リーヴ砦を守っておったか」
「へい、左様で」
ここはやや余談だが、騎士テランスのいうところのリーヴ砦とはガストンが籠城したリーヴ修道院跡のことだろう。
地名などはわりといい加減なものである。酷いときには王など高貴の身分の者が間違えて呼んだ地名が周囲の機転(?)によりそのまま正式名称として残されたらしい。
「古強者は自然と戦の進退を身につけるものだ。オヌシはまさにそれよ」
「へい、おそれいります」
あの落城は手痛い経験ではあったが、ガストンの血肉となっていたようだ。
こうしてガストンは他の組頭や組下に対して大いに面目を施した。実は無愛想な騎士テランスは意外なほど部下に気を使うタイプらしい。
ほどなくして休息は終わり、ガストンらは2度目の攻撃に移る。
そして再び堀を下りた先で、思わぬ男に声をかけられたのだった。