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34話  おかしな戦

 足止めの軍勢を粉砕し、そのまま伯爵の軍は伯弟ジェラルドが挙兵した城へと向かう。

 これに何ら妨害はなく、ガストンは『こんなものか』と拍子抜けした気持ちだった。帰還早々に待ち伏せを受けたことから、次々と敵の妨害があるものと考えていたのだ。


「ふうん、遠征帰りで疲れとる今が狙われると思ったがな、弟御は戦下手じゃ」

「さすがに兄いは物慣れとるわ。たしかに歩きづめで戦までした俺たちはへとへと(・・・・)じゃもの。狙われたらきつい(・・・)わ」


 行軍中は退屈だ。ガストンと弟のジョスはのんきに戦談義をしていた。

 先の物見で同行したセザールは目の良さを見込まれて偵察兵の頭を命じられてここにはいない。


「先ほどの足止めも半端だわ。なんべん小勢をぶつけても大して怖かねえ。やるなら総掛かりだわ」


 ジョスは聞き上手なところがあり、ガストンは得意になって戦況分析を続ける。

 すると横で聞いていた見知った兵士が「ほほう、良う見とるな」と感心して声をかけてきた。


「おう、騎士のテランスさまから『敵がどう動くか考えろ』と教えられたんだわ。俺なら疲れた敵は休ませねえ」

「なるほど道理じゃの。ならば伏勢や不意討ちはあるかもしれんな」


 兵士は「さすがよな」と頷くが、この分析はガストンの見込み違いである。

 伯弟がわざわざ兵を割いてまで時間稼ぎをしたのは迎撃の準備が整っていないからだろう。敵も万全であれば兵を動かして迎え討ったはずだ。

 先の戦いでも敵の練度や士気は極めて低かった。伯弟が城に籠もったのも野戦を挑むほどの戦力が無いと見て間違いない。


 だが、ガストンの予想は的外れではあったものの、これは彼の大きな成長を示していた。

 今まで命じられるまま場当たり的に戦闘に加わるだけであったガストンに戦況への判断力が備わりはじめたのだ。

 これは戦場で経験を積み、騎士テランスら先達の薫陶を受けたことに加え、文字を覚えたことも大きい。

 人の頭脳とは不思議なもので、一見無関係のことでも刺激を与えれば働きを増すものなのである。


「む、見えてきたわ。あれが敵の城か?」

「そうだね、(ルラック)城って呼ばれとるらしいよ」

「こらすげえ、城が水に浮いとるでねえか」


 ルラック城、ビゼー大湖の北端に位置する城塞である。

 元々は湖で漁や水運を営む土地であったようだが、数代前の領主がぬかるんだ(・・・・・)土地に木杭を打ち込み、その上に石造りの城砦を築いたものだ。湖畔に突き出すように位置しており、角度によっては水に浮かんでいるように見えるだろう。

 小規模ながら後ろ堅固、攻め口は泥田の中に細い桁橋(けたばし)のみがかかる難攻不落の要害である。


「あの狭い橋を使って攻め込むのかのう、こりゃたまらん戦だぞ」

「使えば狙い撃ち、使わなくとも泥で足が取られて立ち往生……キツい城攻めになりそうだな」

「なあに、小さい城じゃないか。ひともみにしてやるわい」


 その堅城を見て兵士たちは明らかに動揺した。

 小さな橋は明らかな死地、そこに踏み入れば城からの矢石が集中するのは間違いない。


 だが、伯爵はあえてルラック城と相対するように正面に布陣した。総勢は1500人、堂々たる大軍である。

 数が多いのは日和見をしていた土豪などが伯爵優勢と見て駆けつけたからだ。まだまだ伯爵の軍勢はふくれ上がるだろう。


「ヴァロンよ、少し確認したい。弟もおるなら好都合、共にまいれ」

「へい、行くぞジョス」


 陣でくつろぐガストンらに声をかけたのは騎士テランスだ。

 ルラック城に歩を進めるが、物見や攻撃といった雰囲気ではない。


「オヌシらの出自は(きこり)であったの?」

「へい、左様で」

「うむ、この湿地に新たな足場を築く木を伐りだすことは可能か?」

「へい、無理で」

「そうか、なぜだ?」

「へい、数百もの人が乗る足場に枝や細い木は使えません。ここらの湿地には大木が生えとりませんから無理というもので」

「ないものは使えぬか……分かった。ならば大工や木工職人にも相談するとしよう。オヌシらは人を使って木材を集めよ、細い木で良い」


 これだけを言い残し、騎士テランスは足早に去っていった。おそらくは大工や木工の経験がある兵士を訪ねるのだろう。


「兄い、どうすんだい?」

「まあ、やるしかねえわな。俺たちで伐って、2〜3人に運ばせるかのう」

「陣にも斧や(なた)はあるけど、手伝いが増えたら近くで借りてきてもらうしかないね」

「そら良い思案だ。丸太にするまで暇をさせるのも悪いしな」


 この『近くから借りてくる』とは略奪のことに他ならないが、平気で他人にやらせるくらいには兄弟ともに慣れてきている。ただ、自らが喜々として行わない分だけ良心的な兵士だといえるだろうか。


 ガストンらは暇そうにしていた兵士らに「騎士テランスさまからの命令じゃ」と声をかけ、いくつかの指示をだした後に木立へ向かう。

 伯爵の手勢で『ヴァロン兄弟』といえば良い顔の古参兵士である。兵士たちも反発などはせず、それぞれの仕事を始めた。


「俺が木を伐るから、ジョスは枝を払ってくれい。枝も使うから刻むでねえぞ」

「うん、皆が戻るまでに運べるようにせんとな」


 久しぶりの兄弟で樵仕事だ。ここでガストンは思いの外に手際の良いジョスの働きぶりに目を見張った。

 そこにはもたもたとして頼りのない村の若者の姿はない。ジョスの若く未熟だった体躯にはみっしりと筋肉がつき、背丈もずいぶんと高くなっている。

 それに何より、ガストンにはその姿に見覚えがあった。


(こりゃたまげた、親父にそっくりでねえか)


 そう、樵仕事をするジョスの姿はガストンの父にそっくりであった。普段の兵隊ぐらしと父親の姿が結びつかず、今まで気づかなかったらしい。


「おいジョス、悪いがこっちで斧を振るってみてくれんか?」

「うん? 気分でも悪くなったのかい?」

「そうじゃねえ、ちょっと気になってよ」


 ジョスはガストンから斧を受け取り「何なんだ」と不満顔だ。また何かしら小言をいわれると思っているのかもしれない。


(む、やはり似とる。体つきが近いからな)


 斧を振るジョスを見てガストンは「もうちょい、斧をこうしてみぃ」と身振りで体の使い方を教える。


「お? こっちのが刃が立てやすいわ」

「うん、それは親父のクセでな、お前は親父によう似とるから身につくと思うわ」

「へえ、親父のクセか……俺は親父と仕事をしたことねえからなぁ」


 そう、体が小さかったジョスは子供の頃から母親の手伝いばかりして樵仕事はあまりできなかった。

 そのためかガストンも父親と弟のイメージが重ならず、似ていることに今さら気づいたものらしい。


「村におれば、お前も一人前の男衆だったろうにのう」

「まあ、それはそれさ。兵士は飯が食えるし、リュイソー家中とは違って金払いもいいし。兄いが兵士頭になれば家を借りておっ母も呼べるさ」

「そら虫のいい話だわ。出世してからのことだ」

「そうかな? マルセルさんが出世したんだから兄いもすぐだろ」

「バカたれ、それを虫がいいと言うのだわ」


 慣れた作業でも相方の気心が知れているとはかどるものである。

 ばらばらと集まる兵士にも要領よく指示をだし、日が暮れるまでにガストンらはかなりの木材をきり出した。

 とはいえ、数人での作業ではある。数はたかが知れていた。


(ふうむ、これじゃ足場どころか城まで丸木橋1本も通せまいが……本気で造る気なのかのう?)


 資材は木材だけでなく、土石や刈り取られた下草まで積まれているようだ。

 一部ではすでに湿地に下草を混ぜた土や石を敷いて突き固めているらしい。それは素人のガストンから見ても無謀な工事である。


(まあ、ええわい。俺にゃ大工仕事のことはよう分からん。殿さまにゃ、上手い思案があるのだろうさ)


 味方の陣からは盛んに閧の声が上がり『攻めるぞ』と気勢を上げ、時おり橋の半ばまで仕寄り(携帯バリケード)を立てることもあったらしい。敵を休ませないためだろう。

 いずれもガストンから見ればまどろっこしい動きである。


「おかしな戦だね。お互いにぶつかるのを避けてるみたいだ」

「たしかに言われてみれば……そうも見えるわ」

「殿さまも弟君も身内だしね。そんなもんかも知れないけどさ」

「ま、俺たちは木を伐ればいいのだから気楽だわ」


 この樵仕事も『城から見える場所で伐れ』というよく分からない追加の指示があり、ガストンたちからも小競り合いや工事の様子は見て取れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは心理戦かな。 騎士テランスはなかなかやる。 ガストンも成長しつつあるし、ジョスも逞しくなった。 ヴァロン一家の活躍に期待。
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