33話 不思議な若い騎士
伯爵の軍から離れた60名ほどの支隊が森を進む。
あまりガストンに馴染みのない騎士3名とその手勢である。敵から身を隠しながら森を進むため全員が徒歩だ。
この支隊の作戦目標は伯爵の率いる軍が隘路を進み敵と交戦、この支隊が横槍を入れるというシンプルなものだ。
やや数が少ないのは敵陣に気取られないためだろう。
「ヴァロンどのが敵と遭遇したという小川はこれでしょうか?」
「へい、このまま下れば敵陣、この印を追っていけば道に出るはずで」
騎士の中でも特に若い1人が妙にガストンに好意的で丁寧な物腰で接してくれる。不思議なことだがまったく心当たりはない。
(俺も兵士だが、殿さまの家来には違いねえ。きっと、この人は殿さまを慕っとるのだわ)
ガストンは首を傾げながらも自分なりに納得し、騎士たちの相談を眺めていた。
通信機器もない世界での戦術は事前に細々とした決め事をしても機能しない。こうして指揮官が複数いれば現地で相談して決めるのが普通だ(同格の指揮官が複数というのがすでに問題ではあるが)。
騎士たちは「戦闘中に横槍を入れるべき」「陣地を攻撃すべきだ」「本陣に先だち奇襲をかけてはどうか」などと意見を出し合っていたが、ガストンが加わることはない。たまに騎士から質問され、答えるのみだ。
「ヴァロンどの、敵陣の様子が安全に確認できる場所はあるだろうか?」
「へい、少し離れたところに高い木があります」
「木登りか……得意な者を見繕うとしよう」
ここでガストンは『おや?』と少し意外に感じた。てっきり自分が木に登って物見をすると思っていたからだ。
(ふうん、よく分からねえがラクをさせてもらえるなら構わねえか)
一同はガストンに従い、敵陣からやや離れた高い木の元で待機をすることとなった。
この木の上まで登ると道も敵陣も見渡すことができるのはガストンが実証しているので、騎士たちも否やはない。
「ヴァロンどのは物見に出て、敵を剣で2人も倒したとか。剣術はどこで学ばれたのですか?」
「へい、槍やレスリングはリュイソー家中で教わりましたが、俺に剣術なんてものはねえです。剣は自分の工夫で」
「ほう、独習ですか」
「いえ、そんな立派なモノじゃねえです」
若い騎士はにこやかにガストンに話しかけてくる。その話はとりとめのないもの――つまり、雑談だ。
(妙に懐かれちまったな……まだ若えし、好奇心ってものがあるのかもしれねえ)
若い騎士は話してみれば見た目より幼い印象だ。
年のせいか騎士らしい威厳に乏しく、弟のジョスと大差ない年齢にも感じる。
その後も若い騎士は「この森にはクマはいるのですか?」とか「ガストンどのの故郷はどこですか?」などと意味があるのか分からない話題を繰り返していたが、樹上から「動きました」と声がかかり表情を引き締めた。
これにはガストンも『若くとも騎士じゃな』と感心する他はない。
「ヴァロンどの、それでは敵陣までお願いします」
「へい、見つからねえように少し回り込みます」
ガストンは回り込むようにして敵陣の後背へ向かう。敵陣は道に向けて構えられており、森に守られた後ろは明らかに造りが甘い。
(始まったか、あんな細い道じゃ後ろが詰まって押し合いへし合いだわな)
道の方から剣戟や鬨の声が聞こえる。闘争の音というものは遠くまで聞こえるものなのだ。
見れば敵陣は明らかに手薄、無人でこそないが無防備に近い。
「それっ、かかれーっ!」
「続けや者ども! 我に続けーッ!!」
「門に向かえっ! 門を確保しろっ!」
3人の騎士がそれぞれの手勢に号令を下し、一気に浅い溝や粗雑な柵を乗り越えて陣地へと乗り込んだ。
(そうか、門か。なるほど敵の尻に噛みつくのも門を奪わにゃ話にならんわ)
年長らしき騎士の指示を聞き、ガストンも門に向かって駆け出した。
指揮官の指示は具体的であるほど兵は動きやすい。若い騎士は『かかれ、かかれ』と勇ましいが、それだけと言えばそれだけである。
「なんだアイツら?」
「バカっ、敵だ! 逃げろっ!!」
陣地の中に僅かに残る敵兵は襲撃を察知するや、我先へと逃げ出していく。奇襲を受けたにしても戦意が低い。
ガストンは門の方へ逃げる敵を追いかけ、後ろからサッと槍でヒザの裏あたりを払う。すると敵は「アッ」と悲鳴を上げてひっくり返った。すかさずのし掛かり首筋に槍を突き入れてトドメを刺す。
(ほう、こりゃ大したものだわ)
ガストンは槍の鋭さに軽く驚き、小さくため息をついた。
今まで使ってきた安物とは違い、払うだけで鋭い刃が敵を切り裂いたのだ。さらに先端部に重心があるので突けばスルリと人体を貫く。
この槍は倒した騎士から奪ったものだ。手に馴染むよう稽古で繰り返し使ってきたが敵に突き入れるのは初めてだった。
「お見事!」
見知らぬ兵がガストンの手並みを見て感嘆の声を上げる。
逃げる敵を仕留めるのは存外難しいものなのだ。それを難なくこなしたガストンの手並みに驚いたらしい。見れば粗末な身なりの若い雑兵だ。
「ほうか、コイツはくれてやる。俺は良い敵を求めるわ」
ガストンは返事も聞かず、そのまま次の敵に向かう。
格好をつけたわけではない。勝ち戦の最中で雑兵の身ぐるみを剥ぐより、より多くの稼ぎ、より良い獲物を求めただけだ。
見ればすでに門を確保した味方は鬨の声をあげて敵の隊列に襲いかかっている。もたつくわけにはいかない。
「勝ち戦に遅れるわけにゃいかんわなっ!!」
ガストンは勇躍し、槍を構えたまま混乱する敵の隊列に躍り込む。
不意を衝かれ、崩れ始めた軍は弱い。寄り合い所帯の軍で負け戦を支えようなどという酔狂な兵士などいないのだ。
槍を向ければ面白いように敵が逃げ散り勝負は決した。
その後、ガストンはそれなりの身なりをした敵兵を討ち取り戦利品を手にしたものの、うまく交渉がまとまらず不本意な金額で手放したらしい。
(まあ、銭にはなったし勝ち戦に文句はつけられねえな)
要領の良い者は敵陣でうまく略奪しエビス顔だが、ガストンにはそうした小器用なところがない。
勝ち戦でも濡れ手に粟とはなかなかいかないものなのだ。