26話 ジョスの戦利品
ルモニエ城の主塔が陥落し、捕虜がひとまとめにして連行されていく。戦が終わったのだ。
「兄い、マルセルさん、ケガしたんか!?」
主塔の攻略に参加していたであろうジョスが心配顔で駆け寄ってきた。
ジョスは誰やら背負っており、ガストンは『負傷者だろうか?』と首を傾げた。
「おう、俺は城に一番乗り、ガストンは騎士を殺ったわ。それに比べりゃケガなんて屁でもねえわ」
「そりゃすげえや! 聞いたこともねえ大功名だ!」
自らの功を誇るマルセルに嫌な顔ひとつせず、まるで自分のことのようにジョスは喜ぶ。殺人・略奪・放火などが日常の兵士を続ける中、こうした気質を保ち続ける者はまれだ。
だが、この優しさは言い換えれば甘さだろう。
「なんじゃ? ジョスは誰を背負っとるんじゃ」
ガストンはジョスの背中を覗きこみ「女か!?」と声をあげた。
そこにいたのは間違いなく女だ。
身なりもよく、豊かで長い黒髪は『侍女に髪を梳かさせる身分』を表している。
見目も良いが首筋から血を流しており、顔に血の気がない。
マルセルもつられて覗きこみ「こりゃダメだぞ」と苦笑いする。
「死んどるでねえか、何で死人なんぞ担いできたんだ?」
「違う違う、まだ息があって……ちゃんと様子を見ておくれよ、まだ生きてるだろ?」
不安げなジョスにせがまれ、ガストンは女の鼻元に指を近づけた。たしかにかすかに呼吸はあるようだ。
しかし、傷は浅いが血を流しすぎているように見え、ガストンは内心で『まだ死んでないだけだ』と判断した。
「たしかに息はしとるが……マルセル、布あるか?」
「あるにゃあるが、まあまあ汚れとるな」
「すまんの、それ分けてくれるか。せめて傷口を縛ってやるわ」
「まあええが……死んでも気を落とすなよ? こりゃムリだわ」
ガストンはマルセルから受け取った布切れで女の傷を固く縛った。やらないよりはマシ程度の治療である。
意外に思う向きもあるかもしれないが、戦士は布を持ち歩く。日本風に言えば手ぬぐいだろうか。
普段は折り畳むか体に縛りつけ、時には塩塊、保存食、薬などを包んで携帯したりもする。
そして、いざとなれば包帯やあて布などに使うのだ。また、割いて紐状にすれば軽作業や装備の補修にも使える。
もちろん身体の清拭にも用いるし、時には石を包んで投石紐のように使用する者まで存在した。
ちなみにガストンの負傷も足の傷に布を当てて荒縄で固定したものである。
マルセルが「なんでこんなの拾ってきたんだ?」不思議そうにたずねると、ジョスはバツが悪そうに口をすぼめた。
「実は主塔を攻めたときに脇の建物に飛び込んだんだけど――」
武辺にそこそこ自信があるガストンやマルセルとは違い、ジョスは槍働きで他者と張り合うことはない。
ポツリポツリとジョスが語るところによると、ジョスは主塔の攻略中に戦利品を求めて脇の建物を物色したそうだ。
そして、そこで身分ありげな女の死体を多数発見したらしい。
「こう何人も、若い女が8人くらい……2人組になって刺し違えとったよ」
「そら憐れなことだの」
「うん、ほんで1人だけ息があったから。放っといて死なれても後生が悪いし、こんなキレイな女が万が一でも息を吹き返したら悲惨だよ。そこらの兵士が寄ってたかってメチャクチャさ」
「うーん、それにしたって持ち帰るんか? そら無茶だわ」
どうやらジョスはこの女の運命を憐れみ、欲得ぬきで助けるつもりのようだ。
たしかに、ジョスが心配するように落城後の女性がむごい目に遭うことは多い。特に今回の籠城は避難民も混ざっているので乱暴はそこら中で起こっているだろう。
身分のある女性は捕虜となり身代金交渉で解放されるだろうが、そこは血に猛った兵士たちのすることである。なかなか捕虜全員が無事とはいかないものだ。
この女たちも落城の混乱に晒される我が身を嘆き、辱められるよりはと互いに刺した(聖天教会では自殺は罪)のだろう。ビゼー伯爵の無法ぶりを思えばムリのない決断かもしれない。
まれにある悲劇といえばそれまでのことだ。
ジョスの優しさは人としては素晴らしい美点であろうが、戦場で無用の情けをかけるのは問題もある。身分ありげな若い女を連れ去って独り占めしようとすれば他の兵士とトラブルになりかねない。
ガストンやマルセルであればリスクを負ってまで戦場でいちいち人助けはしないだろう。今回、ジョスに何ごともないのは傍目から『死体を担いでいる』ように見えたからだ。運が良かったのである。
「まあ、ええんじゃないか? 戦場で女を捕まえることは良くあることだわ」
「マルセル、言うは易しじゃ。見ず知らずの女を憐れだからと拾って養うくらいなら……そこはおっ母を養うのが筋じゃろう」
「いやいや、そこはもう少し柔らかくなれ。別に養わんで良かろうよ」
マルセルは「ええか?」ともったいをつけてニヤリと笑う。腫れた唇と折れた歯が痛々しい。
「女に関しては俺たちの戦利品とすれば良かろうよ」
「ふうん、気に食わんがな」
ガストンはマルセルの言葉を聞き、下唇を突き出して不満を表明した。
別に女嫌いではない。ガストンとて立派な体の21才だ。人並みに性欲もあるし、何度か女を買ったこともある。
だが、いつも行為に及んだ後に『こんな一時の快楽で金を使ったのか』と後悔するのが常であった。色ごとに淡白な気質なのである。
「女をさらえば楽しんだあとに人買いに売るだろう?」
「お前、売っぱらうつもりなら――」
「まあまあ、最後まで聞け。売ったことにしてどこかの村にでも置いてこりゃ良かろう。もちろん手間賃はかかるだろうが、後は傷を癒やすも帰るも女次第よ」
この提案を聞き、ガストンは目を丸くして『さすがはマルセル』と感じ入った。それならジョスも納得するに違いない。
手間賃の問題はあるにせよ、ガストンにはとても思いつかなかった妙手であろう。
「マルセルさん、ありがてえ話だ。そうするわ」
「おう、女が死んでもガッカリするでねえぞ。十中八九はダメだ。銭の話は自分で算段せえ」
「うん、兄いと相談するさ」
ジョスはガストンも銭を払うと信じて疑ってないらしい。
カチンと来たガストンはぶん殴ってやろうかと思ったが、ジョスが背中に負う女を見て許すことにした。
なんだかんだでガストンも弟の心根を好ましくは思っていたのである。