102話 ジョスからの援軍
新たに3人の百人長が加わったエペ城の管理は非常にスムーズになった。
まず、ミュラが周辺の警戒を受け持ったことで、安全に工事ができるようになった。
ミュラはガストンやマルセルとは違ったタイプの用兵家であり、細かなスケジュールと部隊の管理で監視網にまったく穴をあけず怪しげな者を寄せつけない。
ガストンも舌を巻く他ない守勢の手際だ。
一方のバイイも負けてない。
バイイは素晴らしく勤勉な男であり、自らの百人隊と輜重兵を率いてリュイソー城から物資を反復輸送したのだ。
今までもリュイソー男爵からも輸送隊は出ているが、人員が大幅に増えて、さらに休みなく反復することでエペ城の物資は飛躍的に充実した。
これにより工事の合間に資材調達する手間が減り、築城はみるみるうちに進捗する。特に瓦が大量に運び込まれ、城としての体裁が整った。
その輸送の勢いたるや、一時期とはいえ集積地であるリュイソー城の物資が尽きたほどだ。
物資が増えたことで管理するマルセルは悲鳴をあげたが、こればかりは仕方がないことだろう。
痔病の療養中であり、馬に乗って遠出や力仕事ができない身である。
ヒイヒイと愚痴をこぼしながら物資を確認し、輸送するバイイと協力し管理をしているようだ。
だが、これはガストンと同じく適性がないため、少々気の毒なことになっている。
彼ら百人長たちの活躍により、ガストンは多くの仕事から解放され、全体の指揮と築城工事に集中できるようになった。
この出来事はガストンの心に少なからず変化を与えたようである。
(人に任せるというても、小せえ仕事じゃダメじゃ。大きい仕事、俺と同じ仕事ができるヤツが必要だ。あとは算術ができりゃ申し分ねえ)
とはいえ、ガストンは伯爵直参の従騎士であり、剣鋒団百人長の筆頭格であり、城代を任されるほどの重臣なのだ。
これほどの人材をガストンの俸給でスカウトできるかといえば、それはムリだろう。
算術ができる人材も難しい。そもそも算術というのは特殊技能であり、身につけているならば商人などで身を立てているだろう。
人材とは欲しくても手に入るモノではない。
事実、ガストンの主家であるビゼー伯爵家が人材不足で悩んでいるのだ。
(ま、都合よく人が雇えるとは思えん。ならば育てるしかあるまいのう)
ガストンはすぐに妻のジョアナと家宰のトビー・マロに『城の管理で算術ができる者が欲しい。いなければ見込みのある者を育てて欲しい』とそれぞれ手紙を送った。
探すにしても育てるにしても少しでも早いほうが良いと考えたからだ。
家宰のトビー・マロはヴァロン家の管理を一手に担う人物であり、ジャンにそれを伝えた実績もある。
ジョアナは実家のバルビエ家を通した人脈がある。ダメでもともと、聞くだけならタダだ。
だが、これが思わぬ方向で実を結ぶとはガストンも予想もできなかったことである。
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「おうい、兄いよ! 久しぶりだなあ!」
ある日、エペ城に現れたのはガストンの実弟ジョスだ。
ジョスはジョス・ヴァロン・ジゴーと名乗り、ガストンの妻ジョアナの実家であるバルビエ家に従騎士として仕えている(71話)。
立派な身なりにヒゲまで生やして貫禄十分。腹回りなどは服の上から分かるほどぎっしりと肉が満ちている。
さすがに城内で馬にまたがることはないが、ひとかどの身分であることは誰でも見て取れる姿だろう。
「なんじゃ、ジョスか!? お前、こんなとこで何をしとるんじゃ!」
「なんじゃとはなんじゃ。義姉さんから兄いが困っとると文が届いたから助っ人にきたのに」
「うん、ジョアナから? 何の話じゃ」
ジョスから聞いてもガストンにはサッパリ分からない。
それにしてもこの兄弟、久しぶりの再会だというのに愛想というものがない。
「助っ人だよ。兄いは商いが上手い者を探しとるのだろう?」
「商い? はて、何の話じゃ?」
「ええっ? 義姉さんから兄いが商いができる者を探してるって――」
「ああ、分かった。算術だわ。商いじゃねえ、算術ができる者を探しとるんじゃ」
「あ、算術だったか。まあ変わらないね」
「まあ変わらんか。そんで、まさかお前が助っ人かい?」
ガストンの言葉にジョスが「まさか!」と笑う。
ずいぶん見た目は変わったが、人好きのする性格は変わりないらしい。
「ほら、兄いの助っ人だ。アンドレ!」
ジョスが後ろに控える家来衆に声をかけると、1人のたくましい若者が前に出た。
やや細身ではあるが長身で、いかにも利発げな顔つきである。ちょっと剣鋒団にはいないタイプだ。
「ヴァロン様、お久しぶりでございます」
若者から挨拶をされたがガストンにはまったく覚えがない。
「はて、アンドレ……バルビエ領の者だったか? すまん、覚えがねえ」
「ムリもございません。私がヴァロン様にお助けいただいたのは子供のころでした。面変わり(人相が変わること)もしておりましょう」
ここまで言われてもガストンに思い当たるフシはない。
首を傾げながら「アンドレ、アンドレ」と唸るのみである。
これにはジョスもアンドレと名乗る若者も苦笑いする他はない。
「アンドレ、兄いが思い出すのを待っとったら日が暮れる。教えてやってくれい」
「なんじゃい、その言いぐさは! もう少し待て、自分で思い出すわい!」
ジョスの軽口にガストンが怒りだす。
これを見た若者はあわてて「ヴァロンさま、お待ちください」と声をかけた。
「私はヴァロン様より兄弟でお情けをいただき、薪を集めた童子(56話)にございます。その節は満足な御礼ももうせず――」
「アッ! あの時の小僧か!? おうおうデカくなったのう! 兄貴のほうか? 弟のほうか?」
「はい、兄のほうです。おかげさまで20才になりました」
「ほうか……ほうか! こりゃ立派になったのう! 俺が分からんのもムリないわ! よう顔を見せてくれたのう、嬉しいぞ」
「はい、私も嬉しゅうございます」
アンドレと名乗った若者は、恩人との再会に感極まり、ほろりと一筋涙をこぼす。
これにはガストンもジョスも思わずもらい泣きして鼻をすすった。
「兄い、アンドレはね、長いことバルビエの隊商を手伝ってたから読み書きも算術も得意さ。いずれ隊を任されただろうに兄いが困っとると聞いて真っ先に名乗りを挙げたんだ」
「そりゃありがてえが……しかしお前さん、養わにゃならん弟と婆さまがおったろう?」
ガストンが心配げにたずねると、アンドレは「はい」と頷いた。
「祖母は弟が養うともうしております。弟は隊商で勤めてますし、祖母も弟も『大恩人であるヴァロン様を助けてほしい』ともうしておりました」
「弟がのう……そりゃ孝行な弟じゃ。おっ母を放り出して兵士になった、どこぞの弟に聞かせてやりてえくらいだ」
ガストンの嫌味にジョスが「なんだよ」と顔をしかめる。
母を守れなかったのはガストンもジョスも同じ。若いころの苦い記憶だ。
「そういう事情なら願ってもねえ話だ。ぜひとも助けてくれるか。俸給は隊商のころより多く出そう」
「ありがとうございます。俸給に関しましてはお任せいたします。私の働きを見てからお決めください」
このアンドレの言葉にはガストンも参った。一見、謙虚なようだが自信満々の言葉である。
やはり隊商で揉まれてきただけあり、商人の売り込みのように押しが強い。
少し未来のことにはなるが、このアンドレの算術たるや代わりの利くものではなく、特にエペ城の倉を預かるマルセルを大いに助けることとなったようだ。
この働きを見てガストンはアンドレに『思い出』という姓も与え、従士として迎え入れることにした。
すなわちガストンの5人目の従士アンドレ・スーヴナーである。
あと、まったくの余談であるが、ジョスと再会したマルセルの言葉は「そりゃ、ちっとばかり肥え過ぎだろう?」であった。
そろって愛想がないのはヴァロンの気風であろうか。