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100話  人生ではじめてのこと

 アテニャン家との1件を抜きにしても、城の運営というのはガストンには荷が重い役目であった。


 まず、工事の管理は問題ない。

 ガストンにはランヌ城を築城した経験もあるし、陣地の設営などはある意味で慣れた仕事でもある。


 だが、人員は少しややこしい。

 大工や人足は専業兵士ではない。あまり長期間拘束するわけにもいかず、新たに派遣されてくる者と交代させたり帰還させたりするのだが、ここで『この土地に留まりたい』と言い出す者も現れたのだ。

 彼らはエペ城の先住者たちと合流し、土地に定着し親類や家族を呼び寄せる者もいる。


 こうした者を住まわせるには城内は狭く、先住者も併せて城外に村落を作ることになるのだが、ここからの陳情もガストンが聞くことになった。

 ガストンからすれば故郷を捨てて荒地に移住するのは理解できないが、彼らには彼らなりの理屈で定住したのだろうと納得はしている。

 だが、大した陳情はなくとも、いちいち住民の話を聞くのはストレスだった。


 物資の管理もうまくいかない。

 剣鋒団は基本的に装備は自弁であり、物資といっても食料や水、強いて言えば略奪品の管理程度のことだった。

 それが城の物資となれば品目が文字通りケタ違いなのだ。算術を学んだことがないガストンには手に余る。

 家宰のトビー・マロから算術を習ったジャンがいれば任せることもできただろうが、残念ながらここにはいない。さらに言えば荒くれ集団の剣鋒団には算術に明るい者はいなかった。人に任せたくとも任せる人がいない。

 思えば徴税人の仕事ですら、ガストンはひとつひとつ数えていたのである(一応、数え間違いが無いように家来と共に数えているようだ)。


 さらにアテニャン家以外からも様子見は出ているらしく、見回りや警備を怠ることもできない。

 剣鋒団の百人長として統率をし、ビゼー城への報告や、周辺の領主たちからの使者も対応するとあっては気が狂いそうな忙しさだ。


 ある意味で、ここがガストンのキャリアとしては限界だった。

 専門的な教育を受けていないガストンでは小城の城代が能力の上限なのである(ややパンク気味だが)。


 これ以上は専門的な人材を集めるか、ガストン自身が管理者としての――貴族としての能力を身につけるしかないだろう。そして、それは容易なことではない。


(ランヌ城の時はこんなに忙しかったかのう?)


 ガストンは首を傾げるが、ランヌ城の築城では騎士ランヌと分業制であった。

 互いに得意なことを担当し、補い合っていたのである。

 今のガストンには斧を振るって木材を伐りだす余裕などない。


 そしてアテニャン家とのいさかいの始末、これもガストンを悩ませた。

 ガストンが行ったアテニャン家への強硬な対応――これはガストン自身は特別なことをしたと考えてはいないが、平和的な偵察をした(アテニャン側の主張ではこうなっている)領主の息子を捕らえて虐待したことは、ビゼーとアテニャン両家の間で争点となっているらしい。


 外交や交渉ごとはガストンより上の立場の者たちの話である。

 だが、問題はそれら上の立場の者たちからの指示や評価がメチャクチャなのはガストンを大いに悩ませた。


 まず、ビゼー伯爵より『良くやった、妨害するものがあれば遠慮なく当家の武威を見せつけろ』と、かなり好意的な手紙がはじめに届いた。

 ガストンがアテニャン家と揉めたことより『勝ったこと』を評価する内容だ。


 そして間もなく到着したのは騎士テランスからの叱責の手紙だ。

 いわく『功に逸りいたずらに敵を増やすとはとは何ごとか。このような失態が続けばローラン・バイイ(95話)と交代させる。今後は任務のみに邁進せよ』とのことだ。

 こちらは勝ったことより敵を増やしたことを問題視する内容である。


 つまり、雇い主であるビゼー伯爵と、上司である騎士テランスは逆の評価を下した。

 ガストンとしてはなかなか悩ましい状況である。

 だが、これだけでは終わらない。

 指示の内容が二転三転するのである。


 これは手紙を持つ使者が往復するだけでタイムラグが発生するので仕方がないことではあるのだが、交渉の過程で気分屋の伯爵が指示を出すものだから内容に一貫性がないのだ。


 時には『アテニャン領へ兵を進めよ』『周辺の村落を占領せよ』などと過激な命令も下されるが、さすがにコレがマズいことはガストンでも何となく分かる。

 なぜなら騎士テランスからは一貫して『自重せよ』と手紙が届くためだ。


(まあ、殿さまが癇癪(かんしゃく)を起こしとるだけだとは思うが、何にも報告せんわけにはいかんわなぁ)


 こうした時、世辞に通じたマルセルや、他の百人長がいれば相談もできるだろうが、この場に百人長はガストンのみである。

 さすがに十人長やヴァロン家の家来に相談してよい内容ではない。


 こうした相談者がいない現状もガストンにとってストレスだった。


『正体不明の敵数名と交戦し、十人長ギー・ゴモンが撃退した。ギー・ゴモンは大力の弓士にて敵を寄せつけず』

『武装した舟が川を上下して当城を物見していた。こちらには舟が無いので手出しはできず見送るのみ』

『作業中の人足どもが矢を受け工事が遅延した、負傷者は2人。これを老練の十人長ニコラ・ボネが救助し、殿(しんがり)を務めた』

『ドロン男爵に仕えし騎士から使者が来訪したが、ビゼー城に向かわせた。使者はレルレと名乗れり』

『怪しげな者が城へ侵入した。毒を用心するために井戸に蓋を乗せ、小屋を造り井戸を守る』

『十人長ブリス・コションが偵察隊と思わしき集団を発見し、勇敢にも単身で追跡した。偵察隊は西に撤退せり』


 騎士ドロンのようにデタラメに盛った報告ができるほどガストンは図太くない。

 ガストンは事細かに『小競り合いが続いている』ことを記し、言外にアテニャン領へ攻勢に出られる状況ではないと報告しているのだが、これを読んだ伯爵や騎士テランスの反応はイマイチ分からなかった。


(これもマルセルや他の百人長が来るまでの辛抱じゃ。全部俺がやる必要はねえ、できるヤツが来れば任せりゃええんだ)


 百人隊を率いるミュラとバイイの出自は従騎士である。

 おそらくはガストンよりも管理者としての能力は高い。

 マルセルも能力はガストンと大差ないだろうが、対等の相談相手の存在は大きいだろう。


(マルセル、早う来い、早う来い)


 今日もガストンは到着した物資をひとつひとつ確認しながら援軍の到着を待つ。

 思えばマルセルの顔が見たいと考えたのは、ガストンの人生で初めてのことであった。

1

00話ということで、キリよく今回の更新はここまでとなります。

おつきあいいただきありがとうございます。

また近いうちに更新できるように心がけます。

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― 新着の感想 ―
100話ありがとうございます。 能力的にはパンク寸前ですが、成長して対処用の腹心を置くとか自分で能力身につけておかないといけないですよね、出世してきたからこそこういう問題にぶち当たったし、こけないな…
ガストンがんばええ〜
更新お待ちしております。
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