これは誰?
家を出て、ひとまず、駅に向かって歩く。
俺は歩きながら考えていた。この声はなんだろう。自分自身の声なのか。
脳の声は家を出たとき一言、言ったきり黙っている。
「おーい」
俺は小声で脳内の声に呼びかけてみた。これが呼びかけたことになるかはわからないが。
『どうした? 独り言か?』
あっさり、脳内の声から返事が来た。どうやら、本当に会話ができるようだ。
「独り言ではないです。あなたにはなしかけました。」
さっき、あんなに話しかけてきていたのに、脳内の声に少しムッとした。
『それは嬉しいね。どうしたの?』
姿の見えない相手に話しかけるというのは不思議な感覚だ。そもそも、この声は、周りの人には聞こえているのだろうか。
「あなたは誰ですか?」
まず、一番最初に知りたかったのはこの声が何かだった。
『ん?俺か?・・・えー、こば・・・あっ!なるほど。うろたさんとでも呼んでくれ。』
脳内の声が何かに一瞬、ハッとした声をあげたかと思うと名前を名乗った。
「うろたさん? は、誰?というかこれはなんなんですか?」
知りたかったのは名前ではない。今起きているこの状況が何かを知りたかった。
『なにと言われても困るな。俺もよくわからないから、深く考えないでいいよ。病気でもないし、キミの別の人格でもないのは確かだから安心しな。』
うろたと名乗った男が淡々と言う。深く考えなくていいといわれても、この異常な状況を考えるなというほうが無理なことだ。
考え込んでしまったせいで、歩くペースが少し遅くなるとうろたが言った。
『おーい!さとる! 遅刻するよ?』
「え?」
俺は思わず足を止めてしまった。うろたが俺の名前を知っていた。