声はやっぱり聞こえていた
▼第二話 声はやっぱり聞こえていた
ピピピピピッ ピピピピピッ ピピピピピッ
携帯電話のアラームが部屋に鳴り響く。
俺はカラダを起こし、目を瞑ったまま、携帯電話を探した。頭が痛い。二日酔いだろうか。
昨日、同期と祭りに遊びに行ったところまでは覚えている。
自分の部屋のベッドで寝ているところを見ると、無事に家に帰ってくることができたらしい。
スーツから寝巻用のスウェットに着替えてもある。どうやら、酔って記憶をなくしたらしい。こんなことは初めてだった。
記憶をなくしても、しっかり家に帰って着替えているのだから不思議なもんだ。
時計を確認する。いつも通りに準備しても、充分会社に間に合う時間だった。
俺はベッドから、起き上がり、会社に向かう準備を始めた。
その時だった。
『おはよう。こんな時間で間に合うのか?』
脳に声が響いた。俺はハッとして、時間が止まったかのように静止した。
そして、昨日の夜の出来事をおぼろげに思い出した。
酔い覚ましに自動販売機で飲み物を買い、縁石に腰を掛けた時に聞こえた声。その声と同じ声だった。
いやいや、気のせいだよな。と自分に、言い聞かせ、洗面台に足を運ぶ。
『無視かよ。家まで帰ってきてやったんだから少しは感謝してほしいわ。』
ボソッと呟き声が響く。脳内で呟き声って。
「えっ?」
間違いなく聞こえた。俺は、つい声をだしてしまった。
『なんだ。聞こえてるじゃないか』
聞こえた。間違いなく聞こえた。空耳じゃない。俺は素早い動作であたりを見回した。
誰もいない。あたりまえだ。一人暮らしの家なのに人がいたらそれはそれで怖い。
が、この声が聞こえる現象も恐ろしく怖い。
あたりを見回しながら洗面台の鏡の前に立った。
鏡に映る自分の姿の後ろには・・・誰もいなかった。
両手を洗面台に置き鏡に映る自分の顔を見つめる。
幽霊? 鏡には映っていないから違うか。幽霊が鏡に映るとは限らないけども。
社会人デビューの過度のストレスで、新しい人格が出てきた? これはありえる。
何が何だかわからない中で、自問自答が頭の中を駆け巡った。寝起きとは思えない速度で、頭が回転している。
脳の声を思い返す。
「聞こえてるじゃないかって・・・聞こえてる? のか?」
俺の声が聞こえているようだ。もう一度、ゆっくりあたりを見回した。誰もいない。
そして、俺の声にも反応しなかった。
人間というのは不思議だ。さっきは確信をもって聞こえたと思ったが、少し時間がたつと、だんだんと自信がなくなってくる。
とりあえず、会社に行く準備をしないと遅刻しそうだ。蛇口を捻り水をだし、顔を洗う。
さっきの声はなんだったのだろう。俺は、スーツに着替えながら、再び考えをめぐらす。
『そんな、タラタラやってて、遅刻するぞ!!』
唐突に大きな声が頭の中に鳴り響いた。
「わぁっ」
俺は驚いて腰を抜かし、ベッドに尻もちをつく形で腰かけた。腰が抜けるというのはまさにこういうことを言うのだろう。
どうやら、脳内の声は音量も調節できるらしい。俺はどうなってしまったのだろう。
『どうだ?目は覚めたか?』
間違いない。脳内の声は明確に俺に話しかけてきている。
「いやいや、ないない。ないない。夢?」
そうだ、夢だ。これは夢に違いない。夢というパターンをなんで思いつかなかったのだろう。俺は慌てふためきながら思考をめぐらせる。
『夢じゃないし、遅刻するよ?』
その声は、俺の考えを否定してした。いったん落ち着こう。いや、このままだと声のいう通り、本当に会社に遅刻しそうだ。
「こんなことになってて、会社に行ってる場合じゃないでしょ」
俺は嘆くように言った。そうだ。これは異常事態だと思う。自分の頭の中で、得体のしれない声が響いているのだから。
『とりあえず、会社に向かおう。遅刻する』
頭の中で響く声はやけに冷静だ。
俺はひとまず、服装を整え、ビジネスバッグを手に取り家を出た。
脳内の声は家を出ると、この時間なら遅刻しなくてすむな。と言った。