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十一

 気がつくと、明かりが消えた教室の中に立っていた。

 

 窓の外には、この世の終わりのような嵐が吹き荒れている。


 目の前には、顔を覆う彼女の姿。


「……うそ、だよね?」


「……」


「なんで?」


「……」


「どうして?」


「……」


 彼女は、質問に一切答えない。

 ただ、微かに泣き声を漏らしながら、肩を震わせるだけ。



 ――ピシャッ




 不意に、稲光が教室の中を照らした。


 いつの間にか、彼女は顔を覆う手を外していた。


 それなのに、その顔がよく見えない。

 ただ、恨みが籠もった目を向けられていた気がする。



 ――ガラガラガラ

 ――ザアザアザア

「………………のは、………………い」

 ――ガラガラガラ

 ――ザアザアザア


 雷鳴と雨音に紛れて、彼女が何かを言っている。



 ――ガラガラガラ

 ――ザアザアザア

「先に………………、光………………」

 ――ガラガラガラ

 ――ザアザアザア


 何を言っているのか、上手く聞き取れない。



 それでも、私はこの言葉を覚えている。



 覚えてはいる、けれども――



「先に裏切ったのは、光の方じゃない!」



 ――意味は、未だに分からない。



「真由子、いったい何を言ってるの?」


「……」



 彼女は相変わらず、質問には答えない。 

 その代わりに、徐々に色褪せていった。


 そして、しまいには、真っ白な……。




 ――ジリリリリリリリリ




 ……ああ、夢か。


 アラームを止めながら確認すると、時刻は午前八時になっていた。

 薄手のカーテンからは、眩しい陽射しがこぼれている。


 あんな夢さえ見なければ、気持ちの良い朝だったのかもしれない。



 ――ブー



 不意に、枕元に置いたスマートフォンから、振動音が聞こえた。画面には、三島からのメッセージが大量に通知されている。


 ……週初めに、気が滅入ることが重なるのは、本当に勘弁して欲しい。

 

 ひとまず、三島のメッセージは放っておいて、顔を洗ってこよう。そうすれば、少しくらいは、気分も晴れるだろうから。



 着替えと洗顔を済ませてリビングに向かうと、いつものようにポロシャツと紺のスカート姿の椿がテーブルに朝食を並べていた。


「おはよう」


「……おはよう、ございます」


 振り返り深々と頭を下げた顔は、相変わらず無表情だ。

 まあ、それでも、彼女に恨みの籠もった目を向けられるよりは、ずっとマシか。さっきみたいに……。


「川上さん? どうしましたか?」


「……いや、なんでもないよ」


「でも……、その……、つらそうな表情を、していますよ?」


 ……つらくない、と言ったら嘘になる。

 けれども、それを椿に告げたって、どうにもならない。


「まあ、社会人の週初めの顔なんて、こんなもんだと思うよ」


「そう……、ですか……」


「そうそう。ところで、今日の朝食は、ハムエッグとトースト?」


「あ、はい。あと、サラダとスープも用意しましたので」


「そう、それはありがとう」


「いえ、お気になさらずに。いま運びますから、おかけになっていてください」


 軽く頭を下げて、椿はキッチンへと向かった。

 ……上手くはぐらかせたようだし、気持ちを切り替えて食事にしよう。



 その後、今日の予定などの簡単な会話を交えつつ、朝食を終えた。それから、椿はいつものように片付けをしてからリビングで勉強をはじめ、私は寝室兼仕事部屋に戻りノートパソコンを立ち上げた。

 メールの受信ボックスは、勤め先や取引先からの連絡であふれている。


 ……全部チェックするのは気が重いけれど、放っておくわけにもいかない。

 まあ、今日は在宅ワークなだけ、少し救いがあるか。

 タバコでも吸いながら、取りかかることにしよう。


  

 メンソールの味しかしない煙を吐きながら、メールのチェックと返信を進める。

 いまのところ、社内外の打ち合わせの日程や、納期の確認のメールしか来ていない。それに、【至急】と書かれたタイトルも、見当たらない。これなら、早いうちに本業のプログラミングに移れそうだ。



 ――トントン


「あの、川上さん……」


 不意に、背後からノックの音と不安げな声が響いた。


「いま、少しだけお時間いただけますか?」


 椿が私に、用?

 今まで、仕事中は声をかけてくることなんてなかったのに……。


「あの、お忙しいようならば、また改めますので……」


 まだそこまで忙しくもないし、話は聞いておこう。放っておいたら、気になって仕事に集中できなくなりそうだから。 


「いや、大丈夫だよ」


 何本目か分からないタバコをもみ消して返事をすると、ありがとうございます、という小さな声が聞こえてきた。


「それでは、失礼します……」


 部屋に入ってきた椿の手には、スマートフォンが握られている。



 なんだか、嫌な予感が――



「あの……、先ほど父から連絡がありまして……」


「……父、親?」


「はい、それで……、ここに来て一週間が経つので、一度ちゃんと話をしておきたいと……」



 ――当たってしまった。 



「……そう」


「でも、その……、お忙しいようなら、日を改めるように伝えますが……」


「いや、いいよ。いま対応する」


 何のつもりかは分からないけれど、娘を返せだのと怒鳴り込まれても困るから。

 ……まあ、あの男が本当にそんな怒鳴り込みにくるような人間なら、彼女はここに来ていないのかもしれないけれども。


「では……、お願い、します……」


「うん、分かった」


 スマートフォンを渡す手が、微かに震えている……。


「それじゃあ、長い話になるかもしれないから、椿はリビングにでも行ってて」


「……」


 椿は目を伏せ無言でうなずいてから、部屋を出ていった。

 追い出してしまったようで、少し心苦しい。

 それでも、ここに居るよりはいいだろう。


 父親と母親の元交際相手の会話なんて、娘が聞いていて楽しい話でもないだろうから。

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