第四十二話 ダレス王
フィンドルフ王国 レイル家
進達は荒くなった息を整えて、ゆっくりと半開きになった門を開けた。
そして、荒れた庭の道を通り大きな扉を叩いて呼びかけるも、返答もなく、誰かが出てくる様子もなかった。
それもそのはず、すでにレイルの家は焼け焦げた臭いと、半壊した家のみだった。
「レイルさん達は……どうなったんだ……? 生きてるんだよな……? 逃げれたんだよな……」
周りに姿は見えないが、きっと王宮に行けば会えるに違いない。
死んでるわけがない。きっと大丈夫だ。
そうして進達は王宮へと急いだ。
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フィンドルフ王国 王宮
進達は足早に王宮へと向かった。
「ちょっと入ります」
進は女の門番にそういって城門を潜る。この世界は基本的に軍面では男よりも圧倒的に女の方が多いので油断しがちだ。
「え、いやちょっと!」
門番に呼び止められたが気にもせずに城内へ入っていく。
バン! と扉が開かれた王の間は、王とその家臣達が集まっていた。
「おお。君は進君かね。どうしたのかね。今は会議中なのだがね」
フィンドルフの王ダレスは長い髭を撫でて言った。
もうすでに老体で、次の王への権力争いは日に日に激化している。
この国は、このダレスの代でかなり飛躍した。今乗りに乗っているフィンドルフ王国だが、偉大な王の次は大抵国は衰退する。原因は色々あれど、歴史がそれを証明している。
フィンドルフが必ずしもそうとは限らないが、そうならないとも限らない。
現在は6人の王子がその王座を争っている。
「レイル公爵はいらっしゃいますか?」
進は立ったままそう言った。
「無礼な! いくら四凶悪魔を倒した者とはいえ会議の邪魔をしておいて跪いて物を言うこともできんのか!」
重臣の一人が激昂して言うと、周りの兵士が剣を抜く。
しかし
「よい。下がるのだ」
ダレスがそう言うと、剣を収めた。
「しかし国王! いくら何でもこれは–––」
「よいと言っておるだろう。まだ何かあるのかな?」
ダレスが睨んでいうと、申し訳ありませんでしたといい一歩下がった。
「さて、レイル公爵についてだったな。彼の行方はわかっていない。家は燃え尽きてしまっていたため、それが原因で亡くなってしまった可能性が高いな」
ダレスの嗄れた声はどこか脳が刺激されるものがあった。カリスマ性というやつだろうか。
「そう……ですか……残念です」
進は諦めはついていなかったが、ここで弾糾しても答えが帰って来ないのはわかっている。
それに、あらかたバレてはいそうだが、レイル家との繋がりがあったことがバレるのはまずいだろう。
「最近、悪魔の出現数も多く、これもそれ絡みかも知れん。君達も、街を作る際は十分に気を付けてくれたまえよ」
「な……」
進は思わず黙ってしまった。
ダレスは不敵に笑って言う。
「ほう……やっぱり君達なのだなぁ。今ので確信が持てたよ」
「だったらどうすると言うのです? 潰すのですか?」
街を進が作っているということがバレるだけなら問題はない。しかしもし攻めるというのであれば話は別だ。実際、今回の件は明らかに人為的なものだ。
「いやいや、あそこはトレントの森の中。そう簡単に手は出せない。だが、場合に寄ってはありうるかもな」
ダレスは顔色を変えない。その眼は全てを見透かしているような眼だった。
「そうですか。では、自分達はこれで」
怒りはある。だがそれはレイルや亜人達を殺されたこと自体に対してよりも、また思い通りに事が進まなかったことに対しての方が大きい。レイルを殺された恨みというと、リーゼとライカのが大きいだろう。むしろ、よく抑えていられていると思う。
「ふむ。そうだな、来週の晩餐会にでも招待しておこうではないか」
ダレスは薄笑いを浮かべてそういった。
「……お戯れを」
進達は足早にその場を後にした。
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王城から出る間、進達は誰一人口を開かなかった。
話たいことも話さなければいけないこともたくさんあった。でも、その口はなぜか動かなかった。これが言葉もないということだろうか。まさかの王の介入。悪魔を倒すためと言えば理解してくれるだろうか。このままでは戦いが起こってもおかしくはない。
ならばいっそ国ごととも考えてだが、現実的ではないし、そんなことをしている間にいつ悪魔が攻め入ってもおかしくはない。なぜ自分達がせっかく王城まで来たのに殺そうとしなかったのかは疑問だが。
「ねぇ、進。もう一度屋敷に行ってもいいかしら」
重い息を吐いて、リーゼは進の袖を引っ張ってそう言った。
「私も行きたい」
ライカも頷いて言った。
「ああ……そうだな。行こうか」
3人の空気は少し軽くなったが、依然足取りは重いままであった。
暗い空。
瓦礫に焼け落ちた跡。少し残った血の匂い。それは完全に全焼しており、ほとんど形は残っていなかった。
3人は何か残っているものがないか、可能性は低いと分かっていながらも瓦礫を漁った。
すると……
「ラ……ライカお嬢様と、リーゼお嬢様……!」
後ろから若い女性の声が聞こえて振り返ると、そこに居たのは、レイルにエイルと呼ばれていたメイドだ。
無論メイド服は目立つので、目立たない灰色のフード付きの服を羽織っている。
「エイル……!」
ライカとリーゼはすぐに気がつき、エイルの元へ駆け寄った。
「一体何があったのエイル。トーラス=レイルは……お父様は生きているの?」
リーゼはエイルの肩を持って詰め寄った。
「旦那様は……旦那様は……もう…………」
エイルはリーゼの腕を掴んで言った。リーゼは女性にしては背が高いので、エイルはリーゼの顔を一瞬見上げたがすぐに顔を逸らした。
リーゼは力が抜けるようにエイルの肩から手を離した。
無論、ほとんど生きている可能性がないことは分かりきっていた。だけどもしかしたら、もしかしたらどこかで生き残っているかも知れない。そう三人は思っていた。
しかし、それすらももはや消えた。
リーゼやライカにとっては幼い頃からの育ての親だ。その喪失感は高いワインボトルを割ってしまった時とは比べ物にならないだろう。
どうして、どうして何もかも上手くいかないんだ。クレアも、レイルも、もっといいやり方があれば死ななかったかも知れない。あんな結果にはならなかったかも知れない。自分が同行していれば。
そんな思考ばかりが進の脳内を支配した。
「旦那様は……進様の街へ向かう途中で何者かに襲われて……その場に居た亜人も、兵士も全員殺されました……」
「な……そんな……火事が原因じゃないのか?」
「はい……恐らく同時に、残って居た使用人を狙って火事を起こしたのだと思います」
「そういえば……ここに来る間にあった森の入り口の燃跡……やっぱりあれは!」
「恐らくそれかと」
エイルは眉を寄せてそう言った。
「君は、なんで生き残れたんだ?」
「旦那様に、反対派閥貴族に探りを入れるよう申し付けられていましたので。その時たまたまお屋敷には居なかったもので」
「それなのに……この事は察知できなかったの? もし……もし貴方がこの事を知り得ていたら……その為にお父様は貴方を……!」
リーゼは八つ当たりのようにそう言っていた。
「リーゼ」
ライカはリーゼの手を握って言った。
「……ごめんなさい。冷静じゃなかった」
「いえ、リーゼお嬢様の言う通りです。私にもっと能力があれば、こんなことには」
エイルは膝をついて頭を下げて言った。
「エイルさん」
「エイルで構いません」
「そっか。じゃあエイル。もし行く宛とかもないなら、俺達の街に来ないか」
「進様の街に……ですか。いいのですか? 私なんかが」
「ああ。亜人達が来る予定だったけど、結局こうなってしまったし、人手も何もかも足りないんだよ。これから街に人を集める為にも、優秀な人材は欲しいしね。それに、レイルさんの為にも」
「あ、ありがとうございます。私なんかを……」
「エイル、これからもよろしくね!」
ライカは膝をついているエイルに手を伸ばして言った。
「……はい!」
エイルはしっかりと、その手を握った。
「じゃあ、一度戻ってこれからの方針決めとしよう」
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「よし。まずはだ」
この場にいるのは、俺、リーゼ、ライカ、エイル、大工の親分の五人だ。
「レイルさん達を襲った犯人は一体誰なのか」ライカ「誰なのか!」
進は皆を見渡して言った。
「まぁ、間違いなくあの王様が関わっているでしょうね」ライカ「確かにねぇ〜」
リーゼは腕を組んでそう言った。
「だとすれば兵士か?」ライカ「まさか!」
「いえ、旦那様。レイル様についていたのは少なくともIカップ級以上の兵士が20名程です。並の兵士では太刀打ちでいないでしょう」ライカ「だよね〜」
「旦那様って……それって俺のことだよね」
進は困り顔で言った。
「何か不都合がございますでしょうか」
「あ、いや、別にいいんだけどね……」
「もしかしたらだけど」
リーゼは思いついたように言った。
「聖天の騎士……とか」
「なるほどな。実際戦ったことはないけど、噂ではかなり強いらしいしな」
「ええ。その辺のkカップ級冒険者よりは段違いに強いらしいわ。まぁ、進程の魔力があるとは思えないけど」
「だとして、こちらから出来ることはなんだ」
「そうですね。例えば、亜人差別反対派の第三王子を王にするのはどうでしょうか」
「それは……可能なのかエイル」
「難しいことではあります。レイル様が亡くなってもはや亜人差別反対派には後がありません。それに、貴族達がどうにかなったとしても、国民が納得するとは限りません。裏では奴隷売買が行われ、それが無くなれば困る商人達は反対してくるでしょう。かと言って武力での弾圧をするわけにもいきません」
「うーん。何か良い手はないものか」
「あのぉ、一つ思いついたんだけどよぉ」
親方が初めて口を開いた。
「その第三王子をここの王様にしちまうってのはどうだ」
「かなり難しいですが、第三王子を説得してさらにあの王様を説得出来ればもしかしたら出来るかも知れません」
エイルは淡々とそう答えた。
「第三王子をここにか。それ以外いい案も思いつかないし、試す価値はあるか……とにかく会ってみないとわからないな」
「でしたら旦那様。明日、王城に向かいましょう」
次回もよろしくお願いします




