第三十一話 月夜
数日後
街の様子はみるみる変わっていった。
すでに亜人保護施設はほとんど完成しており、家や宿なども完成間近だ。そして、忘れてはならないのが闘技場。これはこの街のシンボル的な存在とするので、まだ半分ほどしかできていないが、現状でもかなり巨大なものとなっている。旅行で行ったことのあるローマのコロッセオよりもひと回り大きい。
流石にレイル家の支援もあると手際が早い。実際、フィンドルフ王国の宮殿内では急に出現した街の対応も練らなくてはいけないのでバタバタらしい。しかし、流石にレイル家が関与しているのはバレるとマズイ。レイル家がトレント族の領地であるトレントの森に街を建設しているなんてことがバレれば、離反とみなされる可能性だってある。フィンドルフ王国王都近郊に建っているこの街は、悪魔の拠点もしくは他国の拠点だとしたら戦争ものだ。おそらくその内王国の調査も入ることだろう。
そして、そんな大変な時期に進はというと……
「こい! こい! あーダメかー!」
と、カジノのマネー・ホイールで一喜一憂していた。
日本ではできない博打が思ったより楽しくてハマってしまった……という訳ではもちろんなく。
「運がないわね」
「ほんと、全然だめじゃん」
他2人も同様に、ドレスコードをしっかりした上できていた。
進は久しぶりのスーツに若干憂鬱感を覚えたが、上流階級の人ばかりのこの高級カジノに入るには仕方なかったのだ。
「で、ターゲットは動いたか?」
「ええ。ターゲットの横に座ったあの黒服はかなり怪しいわね」
そういった直後、黒服は何やら小瓶のようなものをターゲットに渡した。
「なんだあれは?」
「うーん、ここからじゃわからないよ」
ライカは顔をしかめる。
進達がいるマネー・ホイールの場所と、フードを被ったターゲットがいるブラックジャックの距離は10メートル弱はあるため、その中身は確認できない。
しかし、アドラメレクには視ることができたようだ。
(クフフフ。あれは下位の悪魔の魂を閉じ込めたもののようですね)
(下位の悪魔を閉じ込めた? どういうことだ?)
(さて、使用方法まではわかりかねますが、例を挙げるとするならば、人工的な憑依……クフフフ)
(そんなことが可能なのか? 可能だとして、そんなことしてどうするんだよ)
(さぁ、クックック。面白くなりそうですねぇ)
チッ、こういう時のアドラメレクの笑いは心底腹が立つ。
「どうやら、あれは下位の悪魔を閉じ込めたものみたいだ」
「ここからわかったの……? 凄い目も持っているのね……それにしても、そんなもので一体何を……?」
リーゼは怪訝な顔つきでターゲットにバレないように視線を腕で隠して睨む。
「もしかしたらなんだが……人工的な憑依……あくまで可能性だが」
「そんなことが可能なの? 四凶悪魔以上の高位の悪魔しかできない代物よ? そんなものを行使できる存在なんてかなり絞られるわ。例えば、そうね、王側近の宮廷魔術師団隊長クラレットとか、後は噂によれば聖法教会にも逸材と呼ばれる魔術師がいるとか……」
リーゼを考え込むように肘をつく。
藍色のドレスを煌びやかに着飾ったリーゼは、まるでどこかの貴族令嬢のようだった。まぁ、実際レイル家で過ごしていた訳だし、仕草とかも結構それっぽいからな。
「聖法教会? って、宗教団体か何かか?」
「ええ。そう捉えてもらって結構よ。かなり大きな教会で、フィンドルフ王国以外の国にも様々な国に勢力を伸ばしているわ」
「うーん……俺の見立てだと、その教会がかなり臭うな。第一、フィンドルフ王国は悪魔を駆逐することに他の国よりも力を入れている国だろ。そんな国が宮廷魔術師団を使って何をするってんだ」
現に国王は各国の使者や王と会合を重ね、同盟の締結へと動いている。
まぁ、王国内の動向は伯爵家でもあるレイルに聞きたいところなんだが、王国による調査が入りそうな今はうかつに会いにはいけないし、使者もこれる頻度は少ない。なので、自分達で調べる必要もあるということで、ギルド内で様々な冒険者や受け付けの人から得た情報をもとに、こうして調査をしているわけだ。
と、そんなことを話していると、ターゲットが黒服に封筒を渡すと、席を立ち、足早にカジノを後にした。
「追うぞ、くれぐれもバレないようにな」
3人はカジノを後にしたフードを被ったターゲットの後をつける。ライカの隠密魔法で、確か光の屈折を利用したんだったか? まぁ、それがあるから尾行がバレる心配は低いだろう。相手が高位の魔術師なら話は別だが。
ちなみに、クレアは建設中の街のほぼ完成しきった亜人保護施設で、建設に関わってる信頼できる人に面倒を頼んでおいた。
まぁ、クレアは大人しいというか無口だし大丈夫だろう。
「こいつ、どこ向かってるんだ?」
ターゲットは、カジノを出た後、大通りから一つ外れた裏路地を早歩きで歩いていた。
「うーん、路地の地形は私あんまりわかんなぁい」
「私もあまり詳しくはないわ」
と、ライカとリーゼは首を横に振る。
無論、進もわからない。
しかし、ここで逃すわけにもいかないので、ターゲットについて3人は裏路地へ入る。
すると、ターゲットが急に足を止めたので、進達もそれに合わせる。ターゲットととの距離は5メートルほど。隠密魔法がなければこんな尾行は不可能だっただろう。
ターゲットは、辺りを見まわすと、何やらブツブツと詠唱のようなものを始めた。
「なんだ? あの詠唱は」
「確かーあれはーえーっとーなんだっけ?」
「おい」
ライカが思い出せないとなると頼みの綱はリーゼしかいないんだが。この世界は基本的に戦闘中詠唱魔法を使用することはない。必要なのは大規模な召喚魔法や、災害級魔法や複雑な術式が必要な古代魔法ぐらいだ。
進は期待の眼差しでリーゼを見つめるが……
「期待している所悪いのだけれど、私もあんな詠唱知らないわよ」
と、注意深くターゲットを見つめるリーゼは、進に集中しなさいとばかりにデコピンしていう。
「イテテ……にしても、2人が知らない魔法か……」
ますます、人工的な憑依の線は高まっているが、まだ飛び出して止めるほどの確証はない。
すると、突如屋根の上からターゲットに向かって短剣が突き刺さった。
「な!?」
「静かにしなさい!」
「わ、悪い……」
ターゲット……いや、フードが外れその素顔があらわになったその黒髪ショートカットの女は太ももに突き刺さった短剣を抜く。太ももなら致命傷にはならないが……
(クフフフ。毒が塗られているようです)
「毒か……」
そして直ぐに、毒が回り始めたのかもがき苦しみ始めた。
「どうする……助けるか? 話を聞けるかもしれないぞ?」
尋問して吐いてくれるかはわからないがやってみる価値はない訳ではない。
「無駄ね。ああいう輩は絶対に吐かないわ。もしくは洗脳魔法を施されてる可能性も考えられるわ」
「んー確かに……」
「それにぃー、今でてったらどこにいるかわからない敵を相手にしなくちゃいけないんだよ? それはちょっと厳しいんじゃないかな」
「ライカに言われるとなんかムカつく」
「それどうゆう意味?」
「さぁな」
そんなことを話していると、屋根の上から1人の黒ずくめの女性が降りてきた。胸はGぐらいだろうか。しかし、偽装してる可能性もあるのでなんとも言えないが。
そして、その服はカジノの黒服のやつとは少し形容が違っているので別口の可能性もある。
「ふぅ。いい顔♡……じゃ、おやすみなさい」
そういい、ターゲットが抜いた短剣を足ですくいあげ、もがき苦しむターゲットの胸部へとひと突き。
「ギャァァァァァァァァァァァ!!!」
路地裏に響く断末魔を、まるでクラッシックでも聞いてるかのように、優越に浸った不気味な笑みを浮かべる女は、これまた被っていたフードをとり、空に浮かんだ真ん丸な月を見上げ、帰り血を浴びた手を掲げていう。
「月がキレイね♡」
その異様な光景に、進は思わず息を飲んだ。
すると、その妖艶な女は、ゆっくりと進達がいる方を向き言う。
「出ていらっしゃい、迷子の子猫達」
バレてる!? ということは……こいつかなりの強敵か?
「どうする」
「行くしかないようね」
「まぁ、3人なら余裕でしょ!」
ライカは相変わらずの緊張感のなさだ。
「なら行くか。ライカ、魔法を解いてくれ」
「りょーかい!」
3人は影に座っていた場所から立ち上がり魔法を解く。
「ふふ。今夜は楽しくなりそうね♡」
「そうだな、これがお前の最後の晩餐だしな」
「いうじゃない、いいわ、存分に私を味わって♡」
そして、この月夜を紅く染める戦いが始まった……
次回もよろしくお願いします。




