表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青と白のラブオール  作者: ぼんじり
9/12

8 ダブルスゲーム

 合宿二日目。部員たちは午前六時に起床すると、宿舎前に出、円を組んで体操を行う。その後朝食を摂り、午前八時半から練習がはじまる。

 二日目は終日シングルスの練習だった。拓真は島田に言われたとおり、前陣でのフットワーク強化に取り組み、あわせて三球目攻撃を中心に練習した。

 村田とは変わらず気まずかった。村田はさほど気にしてなかったのかもしれないが、一日目の夜のことを思うと拓真はどうしてもぎこちない態度をとってしまうのである。

 しかし、おどおどしていたのは最初だけだった。二日目の午後には、飄々と何事もなかったかのように練習をこなす村田を見、拓真はいくぶんかの苛立ちをおぼえるほどになった。

 そしてぎこちないのがもうひとり。

 三日目である。


「拓真、あの、じつはさ……」


 朝の体操が終わって宿舎に戻るとき、突然龍平はおずおずと話しかけてきた。と思いきや、


「やっぱりなんでもない」


 と、顔をそらす。そのあとも、何度か会話中にふいにあらたまった態度をとったかと思えば、躊躇い、事を流す。これほどはっきりとしないのは、龍平にしてはめずらしい。昼食は普段に比べ小食で、昼休憩になると柄にもなく開け放たれた体育館の扉のそばに座り込み、茫然と外を眺めていた。

 午後からはダブルスの練習だった。

 拓真と林のペアは宮本と石川のペアとの練習となった。まず拓真と林は、動き方を確認する。

 卓球のダブルスは、選手が交互に打たなければならない。パートナーを無視して連続で同じ選手が返球してしまうと、その時点で失点となる。

 最もオーソドックスなのは右利き同士の攻撃型のペアである。この場合は、フォア側で打球したらフォア側に動き、バック側で打球したらバック側に動いて、次のパートナーのプレーを妨げないようにする。そして、パートナーが打球しだい前に出る。ペアの動きを上から見ると、∞のようになる。もしこれがフォア側もしくはバック側、どちらか一方だけのラリーとなった場合は、フォアなら時計回り、バックなら反時計回りに、ラリーが終わるまで延々とふたりは打つごとに移動し、ぐるぐると回り続けることになる。

 しかし右利きと左利きはちょっとちがう。


「打ったら林はそっち、おれはこっち」


 と、拓真は避ける方向をラケットで指し示した。林はうなずき、


「お互いのバックに避ければいいんだよね?」


「そう。で、どうしてもふたりが重なってしまうときだけ動いて回る」


 ひとまずフォアクロスでフォア打ちを試みた。右利き同士の宮本と石川は、交互に前後を移動して回る。反して拓真と林は、打ったら左と右によけるだけだから、さほど運動量はない。

 続いてバッククロス。

 これも拓真はフォアハンド、林はバックハンドで処理をすれば済むから、互いにバックハンドで打球する宮本と石川ペアに比べずいぶん楽である。

 次にファア二本、バック二本のフットワークをし、各ペアの課題練習に入った。

「これが下回転……切れてるやつ切れてないやつ……で、長い短い」


 拓真は親指を立て、人差し指を立て……サービスレシーブ時の簡単なサインを決める。

 レシーブのときはレシーバーがサインを出し、サービスのときはサーバーではなく、相手のレシーブに対して三球目攻撃を行うパートナーがサインを出すことが多い。

 練習ではこれといって問題はないように思えた。

 攻撃力でやや劣るものの、そのぶん林のプレーは丁寧だ。無理をして打ちにいく場面はあまりなく、無難に繋げる。

 まだ攻撃型として日の浅い拓真とのコンビでは、いささか得点力に欠けるかもしれない。しかし、それは自分が決められるようになれば良いだけだ、と拓真は前向きに考えた。

「今日は最後にダブルスのゲーム練習をする」


 ラスト1コマぶんの練習となった休憩の終わる間際に、菅原は全員に向かって告げた。

「組み合わせは、俺のところと宮本・石川、村田たちと浦野・林のペアだ」


 拓真はどきりとした。


「お願いします」と、各ペアが顔を見合わせて挨拶する。


 拓真の心臓の鼓動が、いくぶん早まる。気まずい関係のままの村田と、なにより龍平が相手だ。ドライブマンに転向してからの、龍平とのはじめての試合だった。


「一年生、ボールをかたづけて、スリースター出して」


 菅原の支持を受け、一年生は各卓球台に設置された練習球入りのかごを一か所にまとめる。三球ずつ入った小さい紙箱からスリースターを取り出し、各台のネット際に置いた。

 人の集まる練習試合ならスコアカウンターも用意するが、全員が試合に入る今日は、スコアのカウントは自分たちで行う。


「村田さぁん、次の試合どうします?」


 龍平は余裕綽々といった様子で、村田の肩に腕をまわした。村田はわずかに眉間に皺を寄せ、「暑いから離れろ」と龍平の腕を振りほどこうとした。


「組んではじめての試合だし、とりあえず動き方とか感覚をつかめれば上出来だと思う」


 休憩中、拓真は林にそう言ったが、内心自分に言い聞かせていた。たかが練習試合だ。勝ち負けを意識する必要はない。

 龍平は相変わらずヘラヘラと笑っていた。完全に舐められている。仕方がないとは思うが、受け入れられるものではない。

 休憩が終わり、それぞれのペアは卓球台についた。数本フォア打ちをしてから、ジャンケンでサービスとレシーブを決める。拓真と村田がジャンケンをして、村田が勝った。村田は「うーん」といっしゅん考えているふうを見せた末に「サーブで」と、反対側のコートの拓真らにボールを投げ渡した。

 カウントは基本的に下級生が数える。龍平が数えることになった。龍平のコールで「お願いします」と頭を下げた。

 ダブルスの場合は、サーブを出せるコースが自陣のフォアから相手のフォアと決まっているから、サーブをする側よりもレシーブ側が有利である。コースが限定されているぶん、台から出る長いサーブは相手に強打されるリスクが高い。だからほとんどが短いサーブだ。コースと長さが読みやすいため、球種に気をつければ良い。レシーバーはフォアで待っていれば良いが、対する相手は全コースを想定して次の打球に備えなければならない。

 ダブルスでは最初にレシーブを選択するのがセオリーなのだが、村田はサーブをとった。三球目を打つのは、龍平である。


「おれがレシーブしていい?」


 と拓真が訊くと、こくりと林は首肯した。

 村田と龍平は、相手に見えないよう台の下でサイン交換をした。

 さて、どこに返そう。

 レシーブの構えに入る前、拓真は龍平の構える位置と相手側コート全体を見渡した。まずは様子見でバックにレシーブを返すのが無難だが、龍平相手だと、そしてこの村田・龍平ペアの実力だと、それでは少々ヌルいかもしれない。

 見れば龍平はあきらかに三球目を打ちたくてうずうずしている。

 そんなに打ちたいなら、望みどおり打たせてやる、と拓真は思った。斜め後方に構える林へ振り返り、台の下で右手の親指を立てた。サインを確認すると、林は小さく首を縦に振った。

「サっ」と、拓真と林は構える。

 村田は左の手のひらにボールをのせ、いっしゅん静止するとサーブを出した。

 村田のラケットの角度、振り方、ボールの軌道と弾み方――下回転、やや切れている。

 サーブの回転具合に拓真はラケットの角度を合わせる。バウンド直後を狙ってインパクト。相手コートにボールを流し入れた。拓真のレシーブは台上を滑るように、相手側のフォアサイドを切る。同時、龍平が拓真の視界の真ん中にあらわれた。ぎくり、と拓真の心臓が跳ねる。

 龍平はボールに飛びつき、フォアハンドを振った。ボールはネットを直撃した。


「くっそぉ、いきなりかよ」


 龍平はわずかに顔をしかめながらも、嬉しそうに笑った。


「カウント」


 悔しがるパートナーにかまわず村田は淡々としていた。「あっ――ラブ・ワン」と思い出したように龍平は言った。

 得点できて良かった。気づかれぬよう軽く息をつき、拓真は胸を撫で下ろす。龍平に見事に飛びつかれ、フォアを振り抜かれるかもしれない、とも思っていた。それなりにリスクの高い選択だったが、一本目のレシーブで得点できたのはラッキーだった。「ナイスレシーブ」という林の言葉に、拓真は手をあげて応じた。

 二本目のレシーブ。

 一本目のレシーブによって、龍平の頭にはフォアが印象づけられたはずだ。順当にいくなら次はフォア以外。いや、あえて裏をかいてもういちどフォアにレシーブするか……。龍平を見ると、先ほどとポジションが変わっているふうには見えない。

拓真は林にサインを出した。

 村田の二本目のサーブ。

 一本目と同じ、と拓真は判断した。ミドルコースにストップレシーブ。打球はふわりとネットを越え、ぽとりと落ちた。

 龍平は瞬時に反応する。バックへツッツキ。さすがに一本目のフォアへのレシーブもあり、打ちたいとはやる気持ちは抑えていたか。龍平のツッツキは長い。チャンスだ。

 林はバックサイドに回り込み、フォアドライブを放つ。

 打球の行方はフォアでもバックでもなく、ミドル。悪くないコースだ。拓真はそう思った。

ミドルだと、フォアハンドとバックハンドのどちらで処理をするかいっしゅんためらいが生じる。それがミスにつながる。

 しかし、村田のボディワークは見事だった。ミドルにきたボールを、上手く上体を倒し、身のこなしひとつでさばいた。わずかにシュート回転の入ったカウンタードライブが、拓真のフォアサイド――林のバックサイド――に刺さる。拓真は手を伸ばすが、届かない。1対1。


「さっすが村田さん。すっげぇ!」


 左手でラケットを軽く叩き、龍平は拍手をした。そんな龍平を無視して村田は、「カウント」


「あっ……、ワン・オール」


 龍平のコールを背に、拓真はボールを拾いに行く。「ドンマイ」と林は拓真に声をかけた。

 林の返球は悪くなかった。村田のミドル処理、通常ならあのポイントに打球がきた時点で、もうすこし返球するのに詰まるはずだ。


「おい岡、おまえが点獲らないと話にならないだろうが」


 と、村田は龍平の尻を叩く。「サーセン」と龍平は頭をかいておどけてみせた。

 サーブ権が移り、拓真のサーブとなった。レシーバーは龍平。林は台の下で拳をつくり、親指を立て、曲げる。ミドル寄りに短く下回転のサービス。龍平は林のバックへとツッツいた。林は緩いバックドライブで対応する。前進回転のかかったボールに対して、村田は合わせるにとどまる。「繋ぎ」のボールが来、拓真は思い切ってフォアを振った。積極的に攻撃あるのみ。

 フォアドライブがクロスに決まる――と思いきや、またしても龍平があらわれた。しかもバックに来た打球にわざわざ回り込んで。強烈なフォアハンドのカウンタードライブ。こちらへ来るとわかっていても、打ち切ったばかりの拓真は避け切れない、林のスペースを空けられない。打球は無情にふたりの間を通り抜けた。


「ワン・ツー」


「ごめん」ボールを拾う途中、拓真は小さく吐き出す。「どんまい。あれは岡がすごすぎるよ」林は微苦笑した。

 たった一本。どんなにビッグプレーだったとしても、一点は一点に過ぎない。それでも、拓真は悔しかった。「すごすぎる」と素直に褒めた林のように、自分はもう笑えない。いつからか、すごいすごい、と思い重ねすぎて己が嫌になった。わかっていても認めたくない、他人がそういうセリフを口にすることさえ、癪に障る。我ながら重症だと思った。

 振り返ると好機とばかりに、安易にクロスへ打ってしまった。考えてみれば、読み待ちしやすいパターンだったかもしれない。とはいえ。あの龍平がそう頭を使ってプレーしたとは思えない。先ほどの回り込みのフォアハンドはたぶん、お得意の「勘」だろう。

 二本目のサーブも、短く下回転だった。

 龍平はストップレシーブ。林はいったん三球目攻撃の構えを見せたがストップで返球。そして思いがけぬことに、これを受けた村田もストップを選択した。拓真は戸惑う。が、次が龍平だということもあり、またもストップ。両ペア合わせてストップの四連続、ネット際の攻防、均衡を破ったのは龍平だった。前方に踏み込むと同時、手首のスナップを利かせて払い打つ。林はノータッチで打球を見送った。


「ワン・スリー」


 連続の失点だった。二失点ともに万全の体勢で攻撃されたわけではない。

 バックに回り込んでのカウンタードライブ。ネット際の難しいボールをフリック。攻めるにはどちらもリスクが高い。一見、それを難なくやってのけた龍平が特別なのだ。

「ナイスボール」「あざっす」と、村田・龍平ペアは言葉を交わした。文字通り先輩に尻を叩かれ、直後に連続得点してしまうのはさすがと言えよう。


「っしゃ、もう一本」


 小刻みに弾みながら龍平はほえる。

 なんでそう簡単に上手くいくんだよ。レシーバーの林のサインを見ながら、拓真は思った。自分のやりたいパフォーマンスを、いとも容易くやってのける。龍平はいつもそうだ。

 サインに、拓真はうなずいた。

 こちらの気も苦労も知らないで、難しいことを、さもなんてことのないように口にして実行して、果ては他人に求めて――

 村田は下回転のサーブを出した。林は龍平のバックへツッツキでレシーブする。ツッツキの鋭さに、龍平は合わせてツッツキで返す。長い。左足に重心をのせ、拓真はバックスイングをとる。

 ――そういうのは、ほとほとうんざりしているんだ――

 右足を踏み出し、打球の軌道の頂点前をとらえた。タイミング、ラケットの角度ともに文句なし。打球にのって届けと言わんばかりに、どこへもぶつけられない苛立ちを一打にこめる。

 フォロースルーのとき、額を流れる汗が拓真の目に入った。視界の龍平の姿が、ぼんやりと滲んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ