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青と白のラブオール  作者: ぼんじり
6/12

5 ダブルスパートナー

 学校に到着したころには、青のワイシャツの脇や背中が汗ですっかり色濃くなっていた。

 体育館の前に自転車を停め、拓真はグラウンドに設置された時計塔を見上げる。七時四十五分。部活の開始は八時半。いくら夏休みの初日で浮かれていたとはいえ、早く来すぎたかもしれない。

 体育館に入り、二階の練習場への階段をあがる。ピンポン球の弾む音が聞こえてきた。


「こんな早くに、だれだろう」


 扉をゆっくりと開けて中を覗くと、卓球台が一台。林はひとり黙々とサーブ練習をしていた。フォア側に構え、クロスのコースへサーブを出す。拓真が覗いているのに、まったく気づいていないふうだった。静かに扉を閉め、拓真はいったん部室で練習着に着替える。ふたたび練習場へと行った。


「めずらしいじゃん、林が朝練なんて」


 拓真はネット際にラケットを置くと前屈をした。思えば同じクラスだというのに、これまで林とふたりきりで話をしたことがなかった。クラスでの林の影はうすい。いつも休み時間は自分の机で本を読んでいる。拓真が話かけるのは、部活の用事があるときか、授業の課題やノートを写させてもらうときくらいだった。

 林はサーブ練習をとめ、


「今日はお父さんに送ってもらった。その時間にあわせたら早く着いちゃったんだよ」


 無口というわけではない。林は声をかけられたらそれなりに話す。積極的に会話に参加しないだけだ。


「おれもサーブ練していい?」


「うん」と、林はうなずく。用具室からボールの入った箱を持ち出してくると、拓真は反対側のコートでサーブ練習をはじめた。林に倣い、拓真もフォア側に立ってダブルスのサーブを練習する。

 シングルスとちがい、ダブルスのサーブは相手コートのどこに出しても良いわけではない。フォアはバックをわけるセンターラインを挟み、自陣コートのフォア側から相手コートのフォア側へサーブを出さなければならない。自陣コートに着く第一バウンドがセンターラインを越えてバック側に着いてしまったり、第二バウンドが相手のバック側に入ったりするとサーブミスとなり、レシーバーの得点となる。センターライン上にバウンドしたものはセーフである。

 サービスのコースが限定されているためレシーバーが有利であり、三球目を攻撃するのはシングルス以上に難しい。


「林、左とダブルスを組んだことは?」


 ふと拓真は訊ねた。


「ないよ。中学のときは普通に攻撃マンと組んでた」


 春の総体では、林はシングルスだけの出場だけだった。そのときのチームは十三人。部内リーグで最下位だった林は、ペア組みであぶれたのだった。


「そっか。まあおれが言うのもなんだけど、左は右よりうごきやすいから問題ないでしょ」


 拓真はトスを上げると、鋭く腕を振った。バックスピンのかかったボールは、ネットのすれすれを通過し、台上でツーバウンドした。一時的な間に合わせとはいえ、龍平の使い古しのラバーではいまいち回転がかからない。合宿に入る前に新しいのに変えようと思った。ラケットはともかく、ラバーくらいは新品を使いたい。

 ひとしきりの球種をダブルスのサーブで練習したあと、拓真は龍平から廣田のサーブ対策の練習につきあってほしいと頼まれたのを思い出した。

 構えを左足前から右足前に変更する。


 フォアサーブか……


 できないことはない。だが試合で常時使うサーブではなかった。ときおりワンポイントで出す程度だ。腕の振り、手首の力を緩ませてインパクトだけ鋭く、左から右への重心移動。動作のひとつひとつを確認しながら、拓真はフォアサーブを繰り返した。てんで駄目というわけではないが、廣田のサーブを思い返すと、打球の質がまるでちがう。廣田の横下回転のロングサーブはとりわけ切れていて、その球筋は台上を猛スピードで這う蛇のようだった。仮に同じ蛇だったとして、自分の蛇は動きが鈍く、いとも簡単に素手で捕まえられそうだった。いくぶん大仰かもしれないが、拓真にはそう思えた。

 だがおそらく、龍平はレシーブ練習でも廣田のサーブ想定し、求めてくるだろう。中途半端なサーブではきっと満足しまい。毎度のごとく無茶ぶりしやがって、と心の内で愚痴をこぼし拓真はふたたびトスを上げた。


「岡はすごいよ」ふいに林は言った。「え?」と、拓真のサーブはネットに阻まれ、台の上を転々とした。


「一年生なのにエースだし、強くて上手くて、いつもチームの中心にいる。先生や先輩にもはっきりと言いたいこと言うし。俺なんかいちばん下っ端だから」


 林が卑屈になってしまうのはわかる。しかし自ら口にするのはいただけない。


「俺なんかとか言うなよ。リュウよりも林のがすごいって。ダブルス組めなくても腐らず練習して、大会でもみんなのサポートしてただろ。いまだってこうして早く来て練習してる」


 朝が苦手という理由で朝練を嫌がる龍平に、林の爪を垢を煎じて飲ませてやりたい。


「俺さ、岡みたいに強くなりたい、身の程知らずかもしれないけど。かっこいいよな、あいつの卓球。中学のときから憧れなんだ」


 面映ゆげに林は笑った。認めたくはないが、拓真は林の気持ちが痛いほどわかった。

 龍平のプレーは、勇猛果敢という言葉がぴったりだ。チャンスボールを見逃さない。普通なら躊躇うような、きわどい球やシチュエーションでも臆せずに打ちにいく。だれもが守りや安定へ逃げたくなる場面で、龍平は攻める。やけっぱちではなく、まだ得点し足りないというふうに。常にハイリスク・ハイリターン。龍平はハイリスクを好み、楽しむ人間だった。


「それ本人には絶対言うなよ。あいつが調子にのると面倒くさい」


 拓真がそう言うと、林は声を出して笑った。つられて拓真は表情をほころばせる。


「浦野、岡と組みなよ。俺のことは気にしないでさ」


 たぶん林は、気を遣っている。よけいなお世話だと拓真は思った。


「却下。林だって聞いてたろ、おれはリュウとは組まない」


「どうして? 岡が浦野と組みたいって言ってるのに」


「おれは組みたくない」


 もしや林は自分と組みたくないのだろうか。あり得ぬとわっていながら拓真は邪推した。


「意地っ張りだなぁ。仲が良いんだし、組めばいいじゃないか」


 林はそう言うが、ダブルスにおいて仲の良し悪しはさほど重要ではないと、拓真は考えていた。勝利という同じ目的があるからだ。さすがに仲が悪すぎるのは考えものであるが。 

 大事なのはプレーの相性である。プレーのテンポやペア間の攻守のバランスといった各要素が噛み合うかが第一で、互いの人間性は二の次である。


「むかつくけど、おれとあいつじゃ釣り合わない。うちじゃかろうじて村田さんくらいだ」


「卑屈なるなって、浦野が言ったくせに」


「おれのは卑屈じゃなくて事実」


 林も自分と同じだと拓真は思った。強さに憧れ、それを求めている。しかし強さへの距離感が異なる。林はずっと遠くから強さを眺め、拓真はいつも間近で見つめてきた。あまりにも近く、目を背けようがなかった。ゆえに、ごまかしようのない力の差を嫌というほど突きつけられてきた。


「リュウの言ってることはただのワガママ。忘れろ」


 ふと見ると、ラバーの表面がボールの粉で白くなっていた。どうやら新品のボールが多くまざっていたらしい。拓真はラバーに息を吹きかけ、手のひらで拭った。


「新人の団体も考えれば、リュウと村田さんのペアがいちばん良いにきまってる。それに、四六時中いっしょにいるようなもんなのに、ダブルまでリュウと組んだらおれむかついて死にそう」


 と、拓真は笑ってみせる。林は返事をせず、ボールをTシャツの裾で拭いた。


「だからおれは林と組む。まず地区で勝って県にいかないとな。林だってそのために、こうして朝練してるんだろ?」


 拓真はそれほど悲観していなかった。実力は林のほうが下だが、変に気を遣わなくて良いぶんやりやすいかもしれない。パートナーをリードしながらプレーをする経験が、自身の技術力の向上につながるはずだと思った。


「浦野の足ひっぱらないようにしないと。プレッシャーかかるなぁ」


「どうせ、おれらが勝つなんてチームみんな思ってない。気楽にやればいいんだって」


 続けよう、と拓真が促すと、林はサーブの構えに入る。

 地区予選――県で上位の芦田野は、地区では敵なしだ。だから団体はともかく、シングルスとダブルスは、部内の全員がいちばんの敵だった。

 そのなかで、龍平はあたま一つ抜き出ている。ワガママなエースに、すこしでも自分を敵だと認識させたい。拓真はラケットを握り直し、林のサーブをレシーブする。フォア前にくる下回転サーブのバウンド直後にあわせ、柔らかなボールタッチで相手のミドル前にストップレシーブ。つぎはストップと同じ入り方から、フォアサイドへ流すようにツッツキ。こんどは手首のスナップを利かせてストレートコースへ素早くフリックした。打球は一直線に相手コートを突き抜けた。

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