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青と白のラブオール  作者: ぼんじり
3/12

2 焦りと現実

 想像以上に差は開いた。



「7ー7(セブン・オール」

 口調こそ落ち着かせているが、拓真はむしゃくしゃして吐き捨てたい気分だった。負けるとしても、フルセットまではもちこめるだろうふんでいた。


「しゃ、一本っ」


 杉崎すぎさきたくみは自らを鼓舞した。副キャプテンで二年生。本来なら部内で五番手の選手だが、拓真がBチームに落ちたいま、杉崎は四人目の選手としてAチームに名を連ねている。戦型は中国式ペンホルダーに表ソフトラバーを貼った前陣速攻型で、春に行なわれた部内のリーグ戦では、セットカウント3ー1で拓真が勝利した。


「7ー9(セブン・ナイン)」


 部活の練習で杉崎が相手となり、拓真は彼に試合を申し込んだ。カット打法を使用しないという制限を己に課して。四番手である自分が、カットなしでどこまで戦えるのか確かめたかった。


「8ー9(エイト・ナイン)」


 拓真は一点を取り返した。セットカウントは1‐2。杉崎がリードしている。もう3セット目の終盤、このセットを落とせば拓真の負けだ。カットを使うのと使わないのとでは、結果が真逆だ。ぎりりと奥歯を噛みしめた。わかっていたことだが、試合の組立て方やラリー展開の考え方が大きく異なる。

 ニ〇〇〇年のルール改定の際、公式球は38ミリボールから40ミリボールに変わった。その影響でラリーが続くようになった。ゆえにカットマンも攻撃力をつけなければ、現代卓球で通用しないと唱えられるようになった。とはいえ、カット打法が軸となることに変わりはない。相手にミスをさせるためのカット、攻撃球につなげるためのカットといった、攻めのカット打法。ドライブマンはまずカットをしない。軸となるのは両ハンドによるドライブ攻撃である。

 拓真は得意のバックハンドサービスで、杉崎のミドル前に下回転のサーブを出した。杉崎はこれをストップレシーブ。しかしわずかに長い。拓真はためらった。三球目の初動が遅れた。生粋のドライブマンであれば、ゆるいドライブでつなげただろう。だが拓真はツッツキを選択した。

 返球した直後に気がついた。後手となる選択だったこと、次球は受け身にならざるを得ないこと、くわえて、杉崎が寸分の迷いなく攻め入ってくるであろうことを。

 拓真のツッツキは甘い。杉崎は見逃さなかった。無意識に、拓真は後陣に下がろうとした身体を抑える。いまの自分はカットマンではない。前で返球せねば。コンマ数秒であるが、たしかに生じたためらいが命取りとなる。

 杉崎の打球を拓真はとらえきれない。ラケットのエッジに当たり、ボールは高々と宙に上がった。


「8ー10(エイト・テン)」


「しゃあっ」と、杉崎はガッツポーズをした。それが気に食わず、拓真はついあからさまな舌打ちをした。本当は自分よりも下のくせにと内心で罵らずにはいられなかった。

 後輩の無礼な態度にかまわず、杉崎はプレーを続行した。拓真は自棄になり、思い切りフォアハンドを振り抜いた。打球は卓球台と平行に飛んでいった。


「11ー8(イレブン・エイト)」


 セットカウント1‐3で拓真は負けた。

「ありがとうございました」という杉崎のあいさつに、拓真は無言で頭をさげた。


「そんなふてくされた態度でやったら、勝てるわけねーだろうが」


 勝利したにもかかわらず、杉崎の表情は険しかった。不遜な態度をとってしまったことへの罪悪感が遅れてやってきて、拓真は杉崎にどんな顔をむけたらよいのかわからなくなった。


「すみません」


 つぶやくふうに返すと、拓真は壁にかけられてあるタイマーに目をやった。休憩まで残り五分だった。


「ちょっとトイレ行ってきます」


 そう告げると、杉崎の反応も見ずに練習場から抜け出した。杉崎との練習の残り時間を、トイレのなかでやり過ごした。











「浦野、ちょっといいか」


 練習後に部室で着替えていると、菅原に声をかけられた。菅原に連れられ、拓真はふたたび練習場へと戻った。


「先生から聞いたよ、おまえ戦型変えるのか? 今日の巧との試合、カット使ってなかったみたいだけど」


 菅原はやさしい。スポーツ選手にしては、我がさほど強くない。相手に意見を押しつけることもない。いまだって、邪心なく後輩を心配しての言葉にちがいなかった。


「まだわかりません」


 そう答えるしかなかった。一か月前なら、変えないと断言できたかもしれない。しかし県大会での団体戦や個人戦の試合が、拓真の思考を揺るがせた。あのときいだいた感情は見過ごせない。

 龍平と同じ舞台にすら立てなかった団体戦。

 龍平と廣田の接戦。

 そして廣田に惨敗した自分。

 いまのままで強くなれるのか、なにかを変える必要があるのではないか。不安は一時も消えなかった。


「戦型の変更で悩むのはしかたない。巧だって浦野が悩んでるってわかっているから、試合態度がアレでもうるさく言わなかった」


 それならこうして練習後に呼び出さずに見過ごしてほしかった。


「すみません、今日の態度は反省してます。カットしなかったのは、杉崎さんは関係なくて、ただ試したかっただけなんです」


 試合をした結果、拓真はみじめな気持ちを味わった。たとえ戦型を変更したとしても、勝利まではほど遠い。予想できた状況にいちいち腹を立て、それを対戦相手に晒した。だから弱いのだと、拓真は己を責めた。


「菅原さんなら変えますか?」


 拓真に向けていた視線を床に落とし、菅原は腰に手をやった。考えているふうだった。間をおいてから言った。


「たぶん俺は変えないと思う。いちど身についた打ち方は癖みたいなものだし、それで新しい打法や戦い方が簡単に馴染むとは思えない」


 拓真も同感だった。今日の杉崎との試合がまさにそれだった。いくら頭で考えても、本能のごとく体が勝手に動く。思うように自分をコントロールできないもどかしさ。


「けど浦野は左だから」と菅原は言い加えた。


 菅原の言うとおり、左利きでなければドライブマンへの転向案など、浮上しなかっただろう。これまでもこれからも、迷わずにカットマン一筋だったにちがいない。


「中学のときは、変えようと思わなかったのか?」


「サウスポーのカットマンってことで、周りのやつらからふしぎがられることはありました。でもそこまで気にしてなかったんです、カットで問題なかったし」


 拓真が卓球をはじめたきっかけである祖父がカットマンだから、自然とカットマンを選んだ。いままでそれに疑問はなかった。


「問題か……」


 ひとりごちるふうに菅原は言った。聡明なキャプテンは、拓真の言う問題に、察しがついているのかもしれない。


「団体で岡とやった園日ヶ丘のサウスポー、廣田っていったか。あれも一年生だったよな」


「はい。おれもシングルであたりました」


 もしもカットマンにならず、小学生のころからドライブマンとしてやっていたら、自分も廣田のように強い選手となり、龍平とあれほどの戦いができたのではないだろうか。いくら考えても致し方のないことだが、想像してしまう。


「廣田のこともあって、先生は浦野に戦型変えないかってもちかけたのかもしれない。悔しいけどあれで一年生だなんて、先が思いやられる」


 県予選のシングルスの決勝、廣田は3ー2で敗れ二位だった。優勝は同じく園日ヶ丘、二年生の澤村智徳さわむらとものり。園日ヶ丘学園の現キャプテンでありエースプレーヤーである。


「うちにだって岡龍平がいますよ」


 インターハイ出場はかなわなかったものの、龍平はシングルスでベスト8に入っていた。


「そうだな」


 にこりと菅原は笑った。「それに、浦野拓真もいるしな」

 まっすぐな言葉を向けられるのは苦手だ。


「べつにおれなんて……廣田にストレート負けだから」


「おいおい一年のくせになに言ってんだ。まだまだここからだぞ。なぁ岡」


 菅原がそう言ったので、拓真は扉のほうを振り返った。扉の空いた隙間から、龍平がこちらをうかがっていた。


「え? っと……あっ、はい、そうっすね!」


 適当に相づちをうっているのが隠しきれていない。覗き見をしてから間もないのか、幸い龍平は話の内容を把握していないらしい。


「それで浦野、先生はいつまで決めろって?」


「すこし考えてみろとしか。けど九月には新人戦もはじまるし、早めに決めたいとは思ってます」


 一か月程度しか時間がないのでは、どのみち今年の新人戦は間に合わないだろうが。


「早いにこしたことがないけど、あんまり焦って決めるのも良くないぞ。もし変えることになって練習がスタートしたら、もう簡単に元には戻せないだろうから」


「自分でもそれはわかってます」と、拓真はうなずいた。


「そうか。悪かったな長々と。話は終わりだ」


 菅原は拓真の肩を叩き、練習場から出て行った。


「お疲れさまでした」


 と、拓真は菅原を見送った。きちんとできるか自信はなかったが、明日以降、杉崎に謝る機会をうかがうくらいはしてみようと思った。

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