ランチ
ジャンに案内されたのは、テーブルとテーブルの間隔が十分に空いていて、なんとなくおしゃれな内装の店だった。
さっき見た店がカウンターに椅子がすし詰め状態だったので、この店はどちらかという高級な店のようだ。
「へぇ……こんな感じの店もあるんだね」
と、辺りを見回しながら、席に着く。
ファミレスみたいな雰囲気があって、なんとなく日本が懐かしくなる雰囲気だ。
ジャンが緊張した様子で店員に注文をした。
俺の分もジャンが決めて注文したらしい。
「今日は付き合ってもらって悪かったから、俺がおごるよ」
「いえ、僕がお願いしたことですから、僕が払います」
と、ジャンが言う。
「いや、いいって……男同士みたいに気兼ねなくやろうぜ」
話ながらちらっとメニューを見る。
300エリスとか400エリスといった値段が並んでいる。
俺の月給が4200エリスなので、かなり高い。
あ……ジャン、女の子を誘おうと思って無理したな。
「じゃあ、せめて割り勘で」
「大丈夫です」
ジャンが言い張る。
「いや、ほら……最初に言ったけど、俺本当に中身男だから。男より女が好きだし。最初にキスして勘違いさせた俺が悪かったって」
「でも、誘ったのは僕ですから」
と、ジャンが言う。
無理してるなぁ。
「いろいろ案内してもらったし、荷物まで持ってもらったし、俺も払うよ」
「大丈夫です。気にしないでください」
ジャンが意地のように言う。
まぁ、そうか……。
ジャンから見れば俺は男として育ったと言っても一応女だと思ってるしなぁ。
「まぁ……そのうち埋め合わせするよ」
「気にしないでください」
うーん。
まぁ、そのうちなにかでお返ししよう。
しばらく待っていると、店員が料理を運んできた。
スープとパンのセットだが、スープの中にはゴロゴロ大きな肉や野菜が入っている。
スープはとろみがあるのでシチューみたいな料理のようだ。
器も綺麗な模様が入っていて、いつも屋敷で使用人が使っている歪んだ器とは大違いだ。
でも、ちょっと辛そうな匂いがする。
「へぇ、豪華な感じ。肉が大きい……」
俺はシチューみたいなものに浮かぶ肉をじっと見た。
何度も言うが、この世界の食事事情では肉は高級品だ。
「はい。このお店の一番人気のメニューです。人から聞いたんで」
「へー……」
ジャンが口をつけたのを見て、俺もそのスープに口をつける。
うん、ちょっと辛いな。
でも、その辛さが癖になるパターンの味付けだ。
これはなかなか好み。
日本で食べた激辛ラーメンを思い出す。
「……ん?」
しかし、飲み込んでから違和感を感じた。
舌がピリピリする。
唇もピリピリする。
顔から汗が噴き出してくる。
な、なんだこれ。
慌てて水を飲む。
「ど、どうしました?」
向かいに居るジャンが、俺を見る。
自分でもよく分からない。
そういえば、うちで辛いものとかあんまり食べたことが無い。
誰かが辛いものを嫌いなのかもしれないが、フィリップは辛い料理を作ったことがない。
クロエの所でもダニエルの所でも、辛いものなんて食べなかった。
辛いものはこれが初めてと言ってもいい。
「まさか……」
試しにもう一口、口に含んでみる。
辛さの後に、舌や唇に痛みのような物が残る。
汗が噴き出る。
あ、これ、この身体、辛いものが全然ダメなんだ。
知らなかった。
「ジャン、ごめん……俺、辛いものダメで……」
ハンカチで顔を拭きながら、スプーンを机に置く。
「あ、そ、そうだったんですか!? す、すいません、聞かないで勝手に頼んで」
ジャンが焦って、食事の手を止める。
「謝らなくていいけど……」
俺は水を口に含んで、辛みが引くのを待った。
あー、本当にピリピリする。
メニューを開いて見る。
この世界に写真など無く、文字が並んでいるだけだ。
文字だけ見てもなにがなんだかわからない。
「辛くないのはどれかな?」
「この店、大体全部辛くて……それが評判なんですけど」
ジャンが申し訳なさそうに言う。
「え、まじ……」
「本当にごめんなさい。他の店に行きましょう」
と、ジャンが立ち上がろうとする。
ジャンはまだ自分の料理に3口くらいしか口をつけていない。
「待って、まだ食べきってないじゃん」
「でも、アリスさんが食べられないんじゃ……」
「仕方ないよ。あー……できれば俺の分も食べてくれる? 廃棄になるのももったいないし」
「ア、アリスさんはどうするんですか?」
「パンでもかじってるよ。さすがにこれは辛くないから」
結局、辛いシチューのような物を二人分ともジャンが食べた。
俺は何の味もしないパンを食べた。
でも、パンの味よりも、ジャンがひたすら縮こまっているのがいたたまれなかった。
食事を終えると、ジャンは会計は自分が払わないと気が済まないといい、かなりの痛手であろう金額を自分で支払った。
店から出ても、ジャンはすごく落ち込んでいた。
「本当にすいません。辛いものがダメだと知らずに……」
「いや、いいって。俺も分かってなかったし……」
「え?」
ジャンが不思議そうな顔をする。
自分が辛いものが駄目ということを知らないのはさすがに不自然だ。
「な、なんでもない。とにかく気にするな」
「あの、あっちに辛くない店がありますよ。ちょっと狭くて混んでるかもしれませんが……」
と、ジャンが必死にフォローしようとする。
「でもパンを食べたら結構それだけでおなかいっぱいになったからいいよ。帰れば夕飯もあるから」
「で、でも……」
「気にするな、気にするな。俺は男みたいに育った中身男だから、そんなに気を使わなくていい」
「は、はい……」
しかし、ジャンの元気が無い。
「おい、そんなに落ち込まないでくれよ……」
「アリスさん、他に行きたいところありますか?」
「う、うーん……じゃあ、本屋に案内してくれる?」
「はい……」
ジャンが覇気の無い返事をした。




