着替え……られない
あれから二日経った。
体も大分なじみ、食事も普通に食べられるようになった。
そして、食べ物の味が鮮烈に感じれる。
これと比較すると、男の時の自分の舌はだいぶ鈍かったようだ。
しょっぱいのと辛いのが好きな単純な舌だったから。
「本当にうちでメイドをやるの? 無理しなくていいと思うけど」
そうやって心配そうな顔をしているのはマリーだ。
本当にいい娘だ。
男だったら間違いなく求婚している。
俺はマリーが持ってきたメイド服を受け取って、寝間着をほどいた。
「あの……着替えるから見られていると恥ずかしいんだけど」
「うん。分かってるけど、まだ無理して動かない方がいいと思うよ。だって、最初の時あれだけ吐いてたんだよ。絶対にまだ万全じゃないと思う」
マリーはメイド服と俺の顔を交互に見た。
メイドが一般的なこの世界ではメイド服は既製品らしく、すぐに買い足すことができたらしい。
その横には下着が折りたたんで置いてある。
今まで下着も着けずに寝間着を着てベッドの中に潜り込んでいたことになる。
自分ではわからないが、吐いたり汗を大量にかいたりして、この部屋すごい匂いがしているんじゃないだろうか。
マリーや他の女同僚達ならとにかく、男に見られたと思うと何かものすごくいやな気分になってくる。
っていうか、よく考えると裸に布一枚の状態で男と会っていたわけで、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。
「顔赤いけど大丈夫?」
「え? な、なんでもないよ。ちょっと部屋を出てくれないかな」
「でも私あなたの裸なんども見てるから、今更だよ」
「知ってるけど、ごめん、はずかしいんだ」
「うん、わかった」
マリーは部屋を出て行った。
心配してくれるのはうれしいけど、ちょっと過保護なところがあるのかもしれない。
どうも本当に具合悪いときに記憶は曖昧だが、マリーに全身の汗を拭かれたりしたらしい。
意識がはっきりした後はさすがに自分で拭くようにしている。
「さて……」
俺はドキドキしながら寝間着をほどいた。
あの後、何度も手鏡で自分の顔を見てニヤニヤしたが、実は自分の体はそれほど見聞していない。
男としては見まくって触りまくって楽しみたいのはやまやまなのだが、なにしろ感覚が慣れきってないので自粛していたのだ。
「おうふ……」
胸元に小さな膨らみが。
まさに膨らみかけ。
いかん、なんか卑猥だ。
むしろ、普通に巨乳の方がエロくない気がする。
「で、でも、これ……まだ成長するよな?」
なにか不安になってきた。
たしかにこれくらいの方が違和感がないが、このままではかなりさみしい。
そして、股間を見る。
当然ない。
それが案外衝撃が大きかったようで、目眩がした。
「うわ、やば……」
慌てて視線をそらす。
トイレには何度も言っているので当然分かっていたが、こうやって明るい場所で改めて認識すると身体感覚が違和感を訴え始める。
この体に完全に慣れるまでにそうとう時間がかかりそうだ。
っていうか、胸が成長したりこの体に慣れたりする前に元の世界に帰れる道筋が見えてほしい。
たしかにこの状況はおもしろいかもしれない。
女の子の体になるのも不思議な気分だが、慣れてしまえば嫌ではないし、なにより美少女だ。
鏡を見るだけであんなにうれしい気分になるなんて思っていなかったし、他にも楽しいことはいくらでもありそうだ。
「だけどなぁ……」
自分の体を見下ろす。
体が美少女になっただけならまだいいが、感覚まで女の子になっているのはいただけない。
かなりの確率でこのままでは完全に女の子になってしまう。
一応アイデンティティは男なので、それはかなり怖い。
それに別に元の世界で絶望してこちらの世界にやってきたわけではない。
まだ大学も途中だし、社会にも出てない。
まだやりきった感がないのだ。
どうせTS転生するなら、社会にでてブラック企業に絶望してからでも遅くない。
「まぁ、とにかく女のふりをしてあの貴族の男にこびを売りつつ、そんで元の世界に帰る方法をゆっくりと探していくか」
俺は意を決して、肌触りのいい寝間着を脱ぎ捨てて、ちょっといびつな形の下着を頭からかぶった。
「い゛、い゛ぃぃぃぃ!?」
異様な刺激が走り、思わず変な声を上げた。