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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第3章 元の世界に帰れる方法?
81/216

ギュスターヴ

 扉の方に振り向くと、おばちゃんメイドのマリーさんが入ってくるところだった。


 安堵で一気に息を吐き出した。


 ダニエルも俺から離れて、マリーさんの方に向き合った。


 よかった……


「坊ちゃん、行って参りましたよ。ギュスターヴ様はすぐに来るそうですよ」


「あぁ、そうか。ご苦労」


 すると、足音が聞こえてきて、玄関に居るマリーさんは外を見て、


「あら、早速来ましたね」


 と言った。


 次の瞬間、全身黒ずくめのシックな服装の男が玄関に駆け込んできた。


「はぁ……はぁ……ダ、ダニエル、き、来ているのか!?」


 男は息を整えながら、ダニエルに声をかけた。


「おお、来たか!」


 ダニエルが振り向いて、玄関の方に歩いて行く。


 た、助かった。


 あれ以上、酒に酔ったダニエルと二人きりだったら、大分危なかっただろう。


 マリーさんはその新しい客に一礼して、また厨房の方へ行ってしまった。


「偶然家に居てよかった。本当は出かけるつもりだったんだが……」


「まぁ、とにかく来てくれてよかったぜ」


 客とダニエルが軽く話をしている。


 入ってきた男はアルフォンスとダニエルと同年代のようだ。

 おそらく、二十代中盤から後半あたりだろう。


 しかし、その雰囲気の洗練さは群を抜いている。

 息を整えた後の仕草はどこまでも整っていて、育ちの良さを感じさせる。

 それに、ものすごい美形だ。

 男モードなのに、思わず見惚れてしまうほどだ。


 その男は俺を見て、軽く微笑んだ。

 それだけで、思わず動揺してしまう。


 な、なんていう雰囲気のある男……


 男は、優雅に一礼した。


「お初にお目にかかります。ギュスターヴ・バルバストルと申します」


 言葉はシンプルだが、その動きの優雅さに思わず見とれてしまう。


「ア、アリスと申します」


 俺はぴょこんとお辞儀をした。


 なんだ、この格の差は。


 ギュスターヴ・バルバストルとか、名前の響きもなんか格好いい。


「ち、知識が不足していますので、無礼な質問であったら申し訳ありません。だ、大貴族のご子息でいらっしゃいますか?」


 緊張しながら質問すると、ダニエルが笑いながらギュスターヴの肩を叩いた。


「はっはっはっ! そう見えるだろ! こいつ、こう見えて、貧乏貴族の次男なんだぜ」


「え……そ、そうなんですか」


 俺は思わず息を吐き出した。


 とてもそうは見えない。


「おい、そういうことを勝手にばらすんじゃ無い。会って早々ばらされたら、俺の楽しみどころが無くなってしまう」


 と、ギュスターブがダニエルに文句を言う。


 しかし、その立ち振る舞いまでも洗練されていて、本当に格好いい。


 やば……女モードに入りそう。


 お、男言葉にしないと、だめだ。


「そ、その、私の正体はご存じなのでしょうか?」


「もちろんです。ダニエルからよく聞いています。さきほどダニエルからの手紙を頂戴し、取る物も取り敢えず、あなた様に会うために一目散でかけてきたところです。噂に違わず、お美しい」


 そして、とびっきりの笑顔でニコッと笑った。

 心の中でなにかがぐらっと動く。


 や、や、やばい!

 本当にやばい!


 女言葉を使った混在モードだと、落とされるぞ、これ!


「わ、私が男……だということもご存じでしょうか?」


「ええ、もちろんです。それが信じられないほど、お美しい」


 や、やめろ!


 美しいとか言うな!


 すっごい気が動転する!


「な、なら、申し訳ありませんが、男言葉を使わせていただきます」


「ええ、もちろんかまいませんよ」


 ギュスターヴがものすごく感じのいい笑みを浮かべる。


 は、早く、完全な男モードに!


「あ……あ……えっと、男……男、男……コホン。あ、お、俺、べ、別の世界からやってきた転生者です。い、今の名前はアリス……い、いや、さっき言いましたよね。あは……あははは」


 男言葉を使っているのに、声が震える。


 なんだ、この男の色気は!?


「おい、アリス、そんなに気を遣うことは無いぞ。さっきも言ったように、こいつもただの貧乏貴族だ。それにこいつのあだ名は……」


 と、ダニエルが言いかけると、ギュスターヴが声をかぶせた。


「ダニエル、あだ名の話は今は止めてもらおうか。今は俺は噂の女性との会話を堪能しているんだ」


「そ、そうか。俺はただ、あいつがやけに緊張しているから緊張をほぐそうとしただけだ」


「分かってる。いいから、ここは俺に任せろ」


 ギュスターヴがもう一度、俺の顔を見てすごく爽やかに笑いかけてくる。


 思わず心を持って行かれそうになる。


 ば、馬鹿な、男言葉を使っているのに、こんなに動揺するなんて。


「なるほど、元男なので、男言葉を使うこともあるのですね。良いではありませんか」


 と、またしてもにこやかな笑みを向けてくる。


 そ、その、笑い方だ。


 その笑い方がこっちの感受性にダイレクトに来るのを分かっていて、あえてその表情をしている。


 なんてたちの悪い!


 でも、すごく絵になっている。


「しょ、初対面の方を相手にするのだから、俺も見た目通り女言葉を使うべきなんですが、い、いろいろあって……」


 これ以上顔を見ているとやばそうなので、顔をそらして言った。


「いえいえ、全くかまいませんよ」


「ほら、ギュスターブ、オレっ娘いいだろう?」


 ダニエルがギュスターヴに語りかける。


「ああ、ナイスだ」


 ギュスターヴがダニエルに対しては違う表情で頷く。


 あ、男と女で態度を分けてるな。


 そして、こちらに振り向くと、先ほどの笑みを浮かべた。


 演技だと分かっていても格好いいのが困る。


 やばい、顔が赤くなってる気がする。


 男モードなのに、この醜態をさらすとは……


「そちらに座らせていただいてかまいませんでしょうか?」


 と、ギュスターヴが聞いてくる。


「も、もちろん。ど、どうぞ」


「よーし、ギュスターヴ、今日はめでたいぜ」


 ダニエルが、俺の右に座る。

 そして、ギュスターヴがダニエルの隣に座るのかと思ったら、なんと俺の左に座ってきた。


「え、ええ!? ギュ、ギュスターヴさん」


「アリスさん、男同士仲良くやりましょう」


 と、ギュスターヴが笑顔で俺を見下ろす。


 その笑顔をされると、嫌とも言えなくなってしまう。


「そ、そうですね……」


 俺はティーカップを取って紅茶を飲みながら、小さくなる。

 両脇を男どもに囲まれてしまった。


 そして、ダニエルとギュスターヴが、俺の頭越しに会話をする。

 ダニエルが先ほどの俺の世界の話を熱く語って、ギュスターヴが驚きながらも冷静に質問を挟みながら聞いている。


 しばらくの間は、俺はただの置物状態で、二人の会話が白熱する。


「まったく、アルフォンスに感謝しなきゃならないぜ! 俺の未来は明るいぜ」


 と、ダニエルが熱狂しながら語る。


「なるほど、それは興味深い。ですが、今はアリスさんが居た世界よりも、アリスさんについて知りたいですね。ね、アリスさん?」


 と、ギュスターヴが視線を俺に向けてくる。


 俺は慌てて、ティーカップを机に置いた。


「な、なんだ。なんでも聞いてくれ」


 すると、ギュスターブは真顔になって、ダニエルに


「これはいいな」


 とつぶやいた。


「いいだろ?」


 とダニエルも頷く。


 おい、なんのコミュニケーションをしている。


「な、なにがいいんだよ」


 と、ダニエルに食ってかかる。


「そりゃ、その男言葉の感じだよ。オレっ娘は最高だ……!!」


 と、ダニエルがまた酒をあおる。


 本当に飲み過ぎだ。


「確かに男言葉のこの感じはいいな。そこらの女では味わえない感覚だ。だが、俺はどちらかというと中身が男だと言うことに興奮するな」


 と、ギュスターヴがダニエルに向かって言った。


「ん……?」


 不穏なセリフに顔を上げると、ギュスターヴは俺に向かって爽やかな笑みを浮かべた。


「いいえ。アリスさんが非常に魅力的だと言ったのですよ」


「え、そ、そう?」


 絶対にごまかされているのに、思わず顔が赤くなる。


 本当に反則的な美形と笑みだ。


「しかも、男だと主張しながらも、この初々しい様子。これも非常に高評価だ」


 と、ギュスターヴがダニエルにささやく。


 いや、頭の上だから全部聞こえるんだけど。


 なんだよ、高評価って。


「んー、そうか? 俺はオレっ娘として、もっと粗雑な言葉で動揺してない感じのほうが好きなんだ」


 とダニエルが言う。


「たしかにそれも素晴らしい。しかし、この初々しい様子は絶品だ。絶品な容姿と組み合わさって、深みを感じさせる素晴らしい表現だ。俺は最高評価をつけよう」


「気持ちは分かるが、俺はもっと粗雑な感じの方がやはり好きだな」


 二人とも、人の頭の上で何を話しているんだ。


「お、おい、二人ともなにをふざけてるんだよ。ギュスターヴ……」


 と呼び捨てにしようとすると、ギュスターヴがいきなり爽やかな笑みを向けてきた。


「ギュスターヴ……さんは、俺のことが本当に男だって信じてないんじゃないか?」


 思わず口調が弱くなってしまう。


「まさか。ダニエルから摩訶不思議な腕につける時計のことは聞いております。先ほどの話を聞いても、他の世界から来たというのは信憑性が高い。なにより、私はアリスさんを信じていますよ」


 と、また笑う。


 やめろ! 笑うな!


 反則だ!


「そ、そうか……」


 やばくなってきたので、視線をそらす。


「ところでダニエル。この少女は男言葉ばかり使うのか? たしかに男言葉のギャップも捨てがたいが、まずはこの容姿に見合った言葉遣い・仕草の素材そのものの魅力も鑑賞したいのだが」


「さっきは普通に使っていただろ」


 と、ダニエルが答える。


 お前ら、人の頭の上で何を話してやがる。


 文句を言おうとすると、ギュスターヴは満面の爽やかな笑みで、俺を見た。


 うぐっ……


「アリスさん、私はあなたの女性らしい一面も見てみたいのですよ。女性としての言葉も使っていただけますか?」


「い、いや、誰がそんな……」


「お願いします。それとも、私のお願いは聞いて頂けないのでしょうか?」


 と、ギュスターヴが抜群の美形で俺の気持ちにダイレクトにアタックしてくる。


 ぬがぁ! もう!


 男言葉使っていないと危ないからわざと男言葉を使っているのに!


「わ……分かりましたよ……ちょっとだけ……」


 しかたない。

 ちょっとだけ、女言葉を……


「こ、こんな感じですが、どうでしょうか。といっても、私は貴族ではありませんので、ギュスターヴ様が満足されるような言葉遣いを出来るかわかりませんが」


 あれ、なんかすごい一瞬で女言葉にチェンジした。


「いえいえ、十分に素晴らしい言葉遣いですよ。心なしか、仕草も繊細になりますね」


 と、動作を指摘する。

 ほんの一瞬で見抜くとか、かなりするどい。


「なるほど、たしかに変わってる……みたいだな」


 と、ダニエルも遅れて頷いた。


「さぁ、アリスさん、私にもっとかわいいところを見せていただけますか?」


 と、ギュスターヴがごく自然に俺の頬に手のひらをかぶせた。


 って、自然すぎだろ。


 避けるという事を思いつかないくらい、本当に普通のように俺の頬に触ってきた。


「ひゅわっ! い、いきなり触らないで! か、かわいいところとか、変なことを言わないでくれますか!?」


 手を振り払おうとしたが、ギュスターヴは俺の手をうまくかわした。

 そして、指を俺の顎の下にもってきて、顎下を撫でた。


 そ、そこは、猫が気持ちよくなるポイント。


 もちろん、俺の身体もめちゃくちゃ感じる。


「ちょっ……く、くすぐったい!」


「おやおや、なで方がいけませんか? もっと優しくなでましょう」


 ギュスターヴの指がゆっくりと顎の下と首に近いところを撫でる。


 くすぐったいのに気持ちいい。


 思わず目をつむる。


 あー……猫になった気分……


「やめ……あ……でも……」


「ほお、敏感だな。これは逸材だ」


 ギュスターヴがダニエルとこそこそと会話する。


「だろう? しかもオレっ娘とか最高だ」


「お前は本当にそれが好きなんだな。もちろんそれも素晴らしい。しかし、中身が男なのに女の快感に流されている姿も最高だと思わないか」


 そんな会話が聞こえて、目を開けた。


 ギュスターヴとダニエルがニヤニヤ笑いを浮かべている。


 俺は正気を取り戻して、ギュスターヴの腕を振り払った。


「あ、あんまり遊ばないでください! い、いい加減に……」


「遊んでいませんよ」


 と、ギュスターヴが笑みを浮かべるが、顔を見ると騙されるので顔を見ないようにする。


 俺は怒って、とりあえずレモン水を一気に飲み込んだ。


「あ、あのですね! あんまりよそで説明することじゃないからいいませんでしたけど、この身体やばいんですよ!」


「なにがどうまずいのですか?」


 ギュスターヴが作った声で聞いてくる。


「だから、私は元々男で、心も体も男だったんです! この世界に来ていきなりこの身体になったけど、なじんでいないんです! なじんで無くていろいろ敏感なんだから、気安く触ったりしないでください!」


 するとギュスターヴはダニエルにつぶやいた。


「最高じゃ無いか」


「お前ならそう言うと思って呼んだんだ」


 と、ダニエルが小さく言い返す。


 ……は?

 おい、こいつら……見た目が完全に女の子の俺に対して遠慮とかないわけ?


「そうですか。そんなに敏感なのですか! それは大変ですね! どんなところが敏感なのですか?」


 と、ギュスターヴが満面の笑みで聞いてくる。


 さすがにもう騙されない。


「言うわけ無いでしょう! ダニエルは酔ってるにしても、ギュスターヴさんは素面でしょう!? ちょっとほどほどにしてください!」


 するとギュスターヴはダニエルのグラスを奪って、一気に飲み干した。


「酔いました」


 と、顔色を変えずに言った。


「おいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 露骨すぎるだろおおおおお!!!


「ど、どうみても素面でしょ!? 悪乗りはいい加減にしてくださいよ! っていうか、この位置危なすぎるから……」


 この男二人に挟まれた位置は危なすぎる。


 立ち上がろうとすると、ギュスターヴに肩をつかまれた。


「ひっ……」


 悲鳴を上げそうになって、ギュスターヴに振り向くと、ニコッと笑った。


「もう少しお話をさせてください、アリスさん」


 さすがにもう乗っていられない。


「いいですが、場所を変えさせてください」


「まぁまぁ」


 ギュスターヴが口調とは裏腹に、かなりの力で引き留める。

 立てない。


 また座る羽目になった。


 やばい、とにかく席を立つ口実を作らないといけない。

 変な汗が出てくる。


「い、いや……ちょっと大地が私を呼んでいるので」


 トイレに行くときの丁寧で遠回しなセリフを言った。

 これならさすがに行かせてくれるだろう。

 戻ってきたときに二人からうまく距離を取ろう。


「おや、なんですか?」


 ギュスターヴがニコッと笑ったまま首をかしげる。


「い、いや、分かりますよね? この言葉で通じるはずですよね?」


「申し訳ありません。私は貧乏貴族ですから、上流階級の方々の言葉は分からないのですよ。はっきりとおっしゃってください」


 とギュスターヴは抜群の微笑みを浮かべる。

 こいつ、絶対にわかっててやってる。


「だ、だから……トイレに行きたいのです」


 遠回しに言った後に直接的に言うと、なんかすごく恥ずかしく感じる。

 さすがにこれで行かせてくれるだろう。


「大ですか? 小ですか?」


 ギュスターヴが真顔で聞いてきた。

 俺は信じられない思いで、ギュスターヴの顔を見た。


 トイレに行きたいという美少女を前にして、平然とそれを聞ける男が実在するのか!?


 『ふざけながら』とか『事務的に』ならまだ分かる。

 しかし、この真顔で正面から聞いてくるとか、明らかにあり得ない。


「か、関係ないでしょう」


 さすがに顔が上気するのを感じながら、視線をそらす。


 なんだ……なんだこいつは。


「だから、どちらですか?」


 ギュスターヴが繰り返す。


 え……まさか、これ言わないと席を立てないの?

 おい、まじか?


 俺は非難の視線をギュスターヴにぶつける。

 しかし、笑みを浮かべたまま全く動じる様子がない。


 な、何という奴……

 しかたない……


「しょ、小です……」


 俺は小さい声で答えた。

 恥ずかしすぎる。


「そうですか」


 ギュスターブは笑顔のまま頷いた。

 やっとこれで席を立てる。


 が、ギュスターヴはまた俺の肩をつかんだ。


 え?


「ダニエル、これを借りるぞ」


 ギュスターヴが片手で俺の肩をつかんだまま、机の横にあった大ぶりの花瓶を片手でつかんだ。

 花を何十本も刺して飾り立てるための花瓶だ。

 この家では花などはあまり飾られていないので、使われずに放置されていたようだ。


 ギュスターヴはその花瓶を俺の前にまで引きずり寄せた。


「は、はぁ……この花瓶がどうかしました?」


「どうぞ」


 ギュスターヴは真顔で手のひらで花瓶を指し示した。


「は?」


「どうぞ」


 俺は意味が分からずに花瓶とギュスターヴの顔を交互に見た。


「外はもう暗いですよ。ここでどうぞ」


「……は?」


 俺は今、ものすごく軽蔑に満ちた表情を浮かべているはずだ。


 しかし、ギュスターヴは平然と花瓶を指している。


「い、いや、何考えているんですか。こんなとこでしませんよ!」


「なぜですか?」


「なぜって、そもそも聞く方がおかしいでしょ!? ダニエルもなんとか言って……」


 と、ダニエルを見ると、口を押さえて笑いをこらえている。


「あ、あー、そうやって人をからかって遊んでいるんですね。いい加減にしてください」


「いえいえ、私は真面目ですよ。実は先ほどから、アリスさんが羞恥の表情をするのを見てみたいと思っていたのですよ。アリスさんが恥ずかしがりながらこの花瓶に放尿される光景はとても素晴らしい物でしょうね」


 ギュスターヴが真顔で言う。


 ちょ……こいつ……まじで……


「こ、この……じょ、冗談はいい加減にしてください! トイレに行かせてください!」


 立ち上がろうとしても、ギュスターヴが肩をしっかりつかんでいて立ち上がれない。


「は、離してください! 漏らしたらどうするんですか!?」


「それもまたすばらしい。下半身が尿まみれになったアリスさんが放心した顔で私を見上げてくれるということでしょう? 是非とも見たい物です」


 ギュスターヴがまたも真顔で言う。


 お、おい……ま、まじか!?


 こんなレベルの高い変態が実在するのか!?

 こんな真顔でこんな台詞を言える人間がいるのか!?


「じょ、冗談じゃ無い。お、大きい方なので、とにかく手を離してください」


 と、ギュスターヴの手を振り払おうとする。


「大きい方ですか。なおさら素晴らしい。アリスさんがあられも無い音を立てながら排泄される光景と、アリスさんの表情と、そしてかぐわしい匂いを想像すると、居ても立ってもいられません」


 やばい。


 こいつ、まじでやばい。


「想像しないでください! おい、変態、手を離せ!」


 ついにぶち切れて、俺は叫んだ。


「変態とは心外な」


「どうみても変態だろうが!」


「ご心配なく。私はアリスさんのかぐわしい匂いなら気にしませんよ」


「だから、俺が気にする! いいから、離せ!」


 ギュスターヴの手を振り払って、ソファから小走りで離れる。


「ダ、ダニエル、笑ってんじゃないよ! な、なんだよ、この男!」


 俺はギュスターヴを指さした。


 指さされたギュスターヴはすごく爽やかな笑みを浮かべている。

 非常に腹が立つ。


「くくっ……ふはははは!! あー、こいつはおもしろい!」


 笑いをこらえていたダニエルがついに吹き出した。


「面白くないよ! な、なんだよこれ!」


「ははは! あぁ、こいつの仲間内のあだ名を教えてやろう。『変態紳士』っていうんだ」


 そう言われたギュスターヴはすっと立ち上がると、この上も無く爽やかに一礼をした。


 変態紳士……。


 ち、違う!


 本当の変態紳士はもっと紳士なはずだ!


 こんなの変態紳士なんかじゃない!


「アリスさん、外は暗いですから、私も一緒について行きますよ」


 その変態紳士が一歩足を踏み出す。


「く、来るな! え、ここのトイレ、外なの?」


 変態紳士を視界の端にとらえながら、家の中を見回す。

 たしかにトイレは無さそうだ。

 たしかにこの時代ならトイレは外が普通かもしれない。


「いえいえ、お気になさらず。私はアリスさんの排泄音を耳をそばだてて聞いたりは致しませんので」


「それ、聞く気だろ! だ、ダニエル、トイレ、どっち!?」


「あ、あぁ、出てからすぐ右だ……くくくっ」


 ダニエルはまだ笑っている。


 俺が玄関から出ようとすると、後ろからギュスターヴが本当についてきた。


「お、おい、まさか本気でついてくる気か!?」


「もちろんです。この私が嘘を言うはずが無いでしょう。嘘を言う男など男の風上にも置けない」


 と、超絶美形が真顔で言う。


「も、戻れ! 玄関から出てくるな!」


「恥ずかしさから出るその必死な姿、大変に来る物があります。アリスさん、やはりあなたは逸材だ。是非とも、排泄に同行したい」


「いらない! 本当に来るな!」


 腕を振るって威嚇するが、変態は全くひるまない。


「いえ、外は暗くて危険ですよ」


「お前の方が危険だ!」


 清楚な振る舞いもすべて投げ捨てて怒鳴る。


「必死に絞り出す男言葉も、なかなかそそる物です。私はもっと悲鳴が聞きたい」


 うわ……


 うわわわわわわ!!


「っていうか、メイドのマリーさんは!? なんで助けに来てくれないの!?」


 ダニエルに視線を向ける。


「あぁ、マリーか? あいつは通いで来てるから、近くの借家に帰ったぞ」


 と、ダニエルが答える。


「はぁ!? マ、マリーさん!?」


 ちょっと、この美少女を男二人の中に残して帰っちゃうとか、神経を疑うんですけど!?


 え、ま、まじで?


 俺一人で、この変態紳士と酔っ払いのダニエルを相手にしないといけないのか!?


「も、もう無理……!!」


 俺は玄関を開けて、家を飛び出した。


 トイレの建物が横にあるのは分かっているが、それは無視して庭を突っ切る。


 通りに出るところで、後ろで扉が誰かが出てくるのを感じた。


 嫌な予感がして振り向くと、ギュスターヴが本当に外に出てきていた。


「おや、どこにいくのですか? 排泄音を聞かれたくないだけでそんなに必死になるなんて、本当にかわいいですね」


 もうなにも聞きたくない!


 通りに出て、歩いていた町人Aにかじりつく。


「す、す、す、すみません! ど、どこですか!? どこですか!?」


「わ、わ! な、なんだなんだ!?」


 町人A、すなわち酔っ払って上機嫌で歩いていたおじさんは、かじりついてくる俺に驚いている。


「マ、マリー! あの屋敷で働いているマリーさんの家わかりませんか!?」


「さ、さぁ、知らないなぁ!」


「役立たずっ!」


 俺はあっけにとられるおじさんを無視して、駆けだした。


「マリー! マリーさん! マリーさん、助けて!」


「はっはっはっ! 良いですね。追い詰めていくのもなかなか楽しいですよ」


 後ろから変態紳士が歩いてくる。


「ぎゃあああああ!!! マリーーーー!!!」


 すると、脇の家の窓ががばっと開いた。


 その窓から目を丸くしてこちらをみているのが、おばちゃんメイドのマリーさんだった。


「マリィィィィ!!!」


 俺はその家に駆け込んだのであった。



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