オレっ娘好き
男言葉にしようかな、とつぶやいたら、ダニエルが初めて気がついたような顔をした。
「そうか、そういえば、男言葉のほうが自然なのか。なら……むしろ男言葉を使ってくれ」
そして、ダニエルが一瞬だけ目を細めた。
ん?
「あぁ、いいんですか。実は最近、あんまり男モードになって無くて……」
よその家で男モードになるのはちょっと気が引けるが、この家に居るのはダニエルとおばちゃんメイドだけだ。
あのおばちゃんなら、俺が男言葉を使っても全然動じなさそうだ。
「よ、よし……男言葉、こんな感じかな。ま、俺、こんな感じですよ」
と、男言葉を言ってからダニエルの様子をうかがった。
嫌な顔をされたらすぐに戻そう。
「ほお、なるほど……これは……」
しかし、印象は悪くない。
ダニエルがむしろうれしそうに俺を見ている。
よし。
「じゃ、じゃあ、男言葉で行かさせてもらいますよ。はぁ……久しぶり。なんか、身体の力が抜けるな」
脱力して、足をがばっと開けて、ソファに寄りかかった。
「はぁ……あー……」
「なるほど、いきなり仕草まで変わるんだな」
「そうなんですよ……」
と、言ってから気がついた。
慌てて身を起こす。
「す、すみません。言葉だけで無く、態度まで砕けてしまいました」
「別にかまわないさ。自由にやってくれ」
と、ダニエルが気にしない様子で言った。
「あ、ありがとうございます」
また力抜けて、ソファによりかかった。
「なんだ、バロメッシュの屋敷では男言葉を使っていないのか?」
「たまに使ってるんですけど、アルフォンスが嫌がるんですよ。まぁ、なんかかわいらしいメイドという幻想を抱きたいらしいので、付き合ってるんです」
「そうか、たしかにあいつはがさつな女の子は嫌いだろうな」
と、ダニエルがつぶやいた。
ん? 女の子?
「女の子って……今、俺は敬語は使っているけど完全に男だと思って話してるんですけど。女の子扱いされると変な感じになるんですが」
「まぁ、君の中ではそうなんだろうが、端から見るとそうは見えないからな」
と、ダニエルが言う。
「たしかに見た目はそうですけど、こんな俺とか言う女はいないでしょう」
自分で自分の顔を指さしながら言った。
「いや、貴族にはめったに居ないが、平民ではたまに居るぞ。そういう言葉遣いの女の子が好きだというやつも……いる」
と、ダニエルが考え込むように言った。
あぁ、そうか。
そういえば世の中にはそういう好みの男も居るんだっけ。
俺は男だったときも、おしとやかなタイプの女の子が好きだった。
活発なタイプも嫌いじゃ無いが、がさつなタイプは好きじゃ無かった。
だから、この見た目で男言葉を使っていたら、それを見た男は全員幻滅すると思っていた。
でも、逆にそれが好みの男も居るわけか。
「い、いや、この言葉遣いで興奮されるとか逆に怖いな。ちなみに、ダニエル様はそういうのないですよね?」
普通に男言葉を使っているだけで興奮されるとか悪夢だ。
しかも完全に男モードなんだから、そんなの気持ち悪くて仕方が無い。
「男言葉を使うかわいい女の子に、様付けで呼ばれるのもなかなか乙だが……呼び捨てでかまわんぞ」
「それはさすがに失礼ですから」
一応、相手は貴族だ。
「分かってないな。こういうものはきちんと形を守る物だ。オレっ娘は、相手の名前を呼び捨てにしないとな。さぁ、呼び捨てにしてみろ」
ダニエルの顔が上気する。
ん?
まて、なにか様子がおかしい。
「ダ、ダニエル……」
「そうだ」
ダニエルが頷く。
「で、さっきの質問の答えは……?」
「もちろん、俺はオレっ娘が大好物だ」
ダニエルが満面の笑みを浮かべた。
俺は固まった。
やばい。
一番嫌なパターンだ。
俺、今は男モードなんだぞ。
男に言い寄られるのが激しく気持ち悪いんだけど。
「や、やっぱり、男言葉は止めましょう。私は女言葉で話すことにします」
口調を変えると、ダニエルがすごい勢いで俺の手をつかんだ。
「ひゃっ!」
思わず声を上げる。
「いや、断固として男言葉の素晴らしさを主張する! だいたい、君も男なんだから、男言葉で話す方が自然だろう! 俺のことなど気にせず男言葉を使い給え!」
ダニエルが真正面から俺の目を見る。
見るな見るな!
「い、いや、身の危険を感じるので結構です!」
「そもそも俺がオレっ娘好きになったのには理由があってな」
と、ダニエルが目をつむって何かを思い出している。
いや、そんな昔話はいらない。
「そう、あれは俺が八才の頃だった。いつもよく遊んでいた使用人の子供のジョンと一緒にお祭りに行ったんだ。そのときにあった、あの女性! その女性が見た目が俺の好みドンピシャで、子供だった俺は見た瞬間に一目惚れをしたのだ。ところがその女性が自分のことを『俺』と言うところを聞いて、肝を潰してしまったのだ。俺の周りに居る女性たちは皆丁寧な言葉遣いをする者ばかりだったので、自分のことを俺と呼び、ぞんざいな言葉を使うその女性に驚くばかりだった」
「は、はぁ……」
「しかし、しばらく話をしているうちに、その言葉遣いが彼女の魅力をさらに引き立てていることが分かり、俺はオレっ娘が好きになったのだ!」
ダニエルは情感豊かに語る。
「そ、そうですか……それでその女性とは?」
「その祭りで会ったのが最初で最後だ。もう顔も覚えていない。だが、俺の心にはオレっ娘の魅力が刻み込まれた!」
ダニエルが熱く語る。
サロンではもっと洗練された風だったのに、素だとこんな感じなのか。
「だが、オレっ娘など貴族にはいない。さきほどの姿は俺が八才以来、追い求めていた姿だ! 俺を助けると思って、男言葉を使って、できるだけぞんざいに話をしてくれっ!!」
その叫びには魂がこもっていた。
男言葉を使うだけに変に興奮されるとか危険しか感じない。
男言葉を使っているときに男に言い寄られたら、普通に気持ち悪く感じる。
しかし、俺にはずっと男をやってきた記憶がある。
このダニエルの魂のこもり方には、男として応じなければならないような気もする。
まぁ、がさつな女の子が好きという程度のフェチシズムなら、ちょっとぐらい付き合ってやっても問題ないだろう。
「い、いろいろ突っ込みたいですが……よ、よし、分かった! じゃあ、男言葉でいっちょやってやるよ!」
「おお、さすが男だ! 分かってくれるじゃ無いか!」
ダニエルが笑顔で握手を求めて手を突き出した。
俺もその握手を全力で握りしめた。
我ながら、なんだろうこのテンションは。
「さて、本題だ」
一瞬の盛り上がりも冷めたころ、ダニエルが切り出した。
俺も頭を覚まして、真面目に考える。
「ああ、落札の話ですか……ってか、あれ本当なんですか?」
「まて、敬語とか丁寧語を使うな。もっとざっくばらんにこい」
ダニエルが冷静に指摘する。
ダニエル的には丁寧な話し方すら駄目らしい。
「……落札の話だが、あれは本当か?」
「そう、それだ」
ダニエルが頷く。
やっぱり、握手なんかするんじゃなかった。
思ったより面倒くさい。
「本当だ。前の50万エリスが馬鹿らしく思えてくるほどの金額だ」
「は!?」
いや、何の冗談だ。
三日間、クロエのところで遊んだだけで日本円で500万とか正直馬鹿らしいと思ったのに。
「い、いくら……?」
「まだオークションは開催していないが、個人間で話をしたところ、200万エリスまで払うつもりの人間がいる」
「200万!?」
一瞬気が遠くなる。
この世界での俺の価値はどうなってるんだ。
「で、でも、俺、ただの人間なんだけど。特殊能力とかチートないしさ」
「は? チート?」
ダニエルが首をかしげる。
「つ、つまり、伝説の三勇士みたいな特殊技能とかないんだよ。大学も入ったばかりでこっちに来たから、全然知識とか身についていないんだ」
「あぁ、なるほど、大分若い状態でこっちに来たんだな。たしかに、伝説の三勇士は皆それなりの年だったはずだ。だが、言い伝えレベルの話だが、若くしてこちらに来た者もいたそうだ」
俺は思わず話に引き込まれた。
「そ、それは本当ですか!?」
「おい、言葉遣い」
と、ダニエルに指摘される。
丁寧に話すと指摘されるとか、なんかおかしくない?
「そ、そいつは本当なのか、ダニエル」
「そう、そういう言い方をしてくれ。ぐっと来る」
やっぱり握手をしたのは間違いだった。
「それで、若くしてこちらに来た転生者はどうなったんだ?」
そう聞くと、ダニエルが少し言いにくそうに答えた。
「……どうも不幸な末路ということになっている。来た時分はちやほやされたらしいが、途中で金がなくなって借金を重ねて、お決まりの首つりパターンさ」
その言葉に寒気がした。
うん、お金は大切にしよう。
「そ、それは危ないな。まぁ、俺は今のところ無駄遣いをしていないから大丈夫だけどな」
なにしろ、クロエにもらったお金がそのまま屋敷に眠っている。
よく考えると危ないな。
やっぱり、アルフォンスに預けておこうか。
「ん……?」
そこでふと疑問に思った。
伝説の三勇士は元の世界に戻っていったという。
ではその若い転生者はなぜ元の世界に戻らなかったのだろうか。
首つりになるくらいなら元の世界に帰ればよかったのに。
「その若い転生者ってのは、元の世界に帰らなかったのか?」
「さぁ、それは知らないな。なにしろ言い伝えレベルの話だからな。ただ、俺はこう思っている。伝説の三勇士は使命を果たしたから自分の世界に帰ることが出来た。その若い男は自分の使命を果たさなかったら元の世界に帰ることが出来なかった。とな」
背筋が震えた。
「そ、そうか、使命を果たさないと帰れない……」
俺の様子を見たダニエルが、眉をひそめた。
「ん? 君はどうしたいんだ? 帰りたいのか?」
「あ、こっちが呼び捨てで呼んでいるんだから、そっちも呼び捨てでお願いします。……じゃなくて、呼び捨てで呼んでくれよ」
男言葉指定も逆にやりにくい気がしてきた。
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて。で、アリスはどうしたいんだ?」
「それが……実はあんまり考えていなくて」
と、俺は本音を吐露した。
「なぜだ?」
「最初のうちはとにかくこの世界の溶け込むことで精一杯だったんです……だった。それから、ようやくこの世界になれて、普通にメイドとして働けるようになったんだ。あっちの世界でもまだ社会に出てなかったし、メイドの仕事とは言え俺にとっては初めての仕事でさ。とにかく、最低限の仕事を出来るようになろうとばかり考えていたんだ。そうして、生活の基盤を作ってから、どうやってこの世界で生き抜いていくか、どうやって元の世界に帰る方法を探していこうかを考えようと思っていたんだ。そうしたら、いろいろあって……」
いろいろとは、マリーたちとクロエである。
ここでは語りたくないので、適当に濁す。
「とにかく、めまぐるしい日常でいつの間にか時間が経っちゃってさ。それでいま、ダニエルの前に居るって訳」
「そ、そうか……」
ダニエルは何かに心を打たれたように真剣な顔をしていた。
「それは大変だったな……」
「でも、間違いなく運がいい方だよ。アルフォンスは俺に理解があるし、同僚のメイドたちもみんないい子で……ん? いい子?」
ものすごく疑義がある。
「ま、まぁ、いい子たちだよ」
無理矢理言い張ることにした。
「そうか……ん、そうだ。あいつを呼ぼう」
ダニエルは紙にさらさらとメモ書きして、おばちゃんメイドに手渡した。
「ギュスターヴのところに行って、このメモを渡してきてくれ。すぐにわかるはずだ」
「はいはい、わかりましたわ、坊ちゃん」
メイドは外套を着て、家を出て行った。
「誰を呼んだんだ?」
「ああ、知り合いだ。それより、大事な話をしようじゃないか。分け前はどうする?」
と、ダニエルが身を乗り出した。
「分け前? なんのことだ?」
「おいおい、とぼけるな。俺はアリスをプロモートする、そして利益の最大化を図る。その分の割り前はもらわなきゃ、割に合わないだろ」
「ぜ、善意じゃ無かったのか……」
「前回のサロンの時の騒動は完全にただの野次馬根性だったが、あの騒ぎで確信したんだ、これは金になる」
「貴族って言うのは、そういうのにあまりこだわらないのかと思ってた。アルフォンスも全然分け前とか欲しがらなかったぞ」
「それは、あいつが長男坊だからだ。俺は三男坊だから、最終的には自分で食ってかなきゃならないのさ」
と、ダニエルが軽く笑った。
「長男以外は全然相続が無いって事か……」
「さすがに少しはある。だけど、そんな雀の涙みたいな財産で細々暮らしていくなんてたくさんだ。金になることはなんでもしてかないとな」
と、ダニエルが目を光らせる。
サロンで見たときは、都会の洒落者っぽい感じだったが、実際は成り上がりを目指しているらしい。
それを聞くとちょっと協力したくなってくる。
「なるほど。それならその分の対価は払おう」
「よし、話が早いな。分け前なんて渡さないと言われたら困るところだったが、さすがに話が分かるぜ」
ダニエルが機嫌良く指をパチンと鳴らす。
「それで、いくらで分け合うつもりだ?」
「それだ。アリス、お前はどういう割合で考えている?」
と、ダニエルが俺の目を見てきた。
先ほどまでの目つきと全然違う。
完全に商売人、いや、勝負師の目つきだ。
ここで何割を提示すればいいのだろうか。
あまりに大きな割合を提示すればこちらの損だが、あまりに少ないと相場の分からないやつと見くびられてしまう。
難しい。
「…………」
何も言えずに時間が過ぎる。
「思いつかないか? じゃあ、どうだ3割で」
その言葉に思わず息を吐き出した。
こちらとしてはふっかけてきて、8割とか言うと思っていた。
「あ、あぁ、それでいい」
「なんだ、ずいぶんとあっさりだな」
「プロモーターとかそういうのはぼったくりだと思ってるので、3割なら妥当かと」
「ほほお、そうか。すんなりいったな」
ダニエルがうれしそうに、グラスに酒を注ぐ。
その姿にメイドとして落ち着かない気分になってくる。
「そ、注いだ方がいいか? 中身男だけど、一応女の格好してるし」
「ん? いや、オレっ娘はそういうのは注がないもんだ。気にするな」
と、ダニエルは手酌で酒を飲む。
ダニエルの中で、オレっ娘というのはどういう扱いになっているのだろうか。
いや、突っ込むと面倒だから止めておこう。




