粘着テープを剥がしてもらう(激痛)
食堂に入ると、クロエは礼儀正しい所作で席に着いた。
すでに、アルフォンスは席に着いていた。
男は、俺が入ってくると、俺にじろりと視線を向けた。
え、な、何?
俺はうろたえながら、マリーの隣に立った。
「ベイロン嬢、うちのメイドが迷惑をおかけしていませんか?」
男がやけにニコニコしながらクロエに話しかけた。
「いいえ、別に。楽しませていただいていますわ」
クロエが冷静に答えて、フォークで料理を口に入れる。
「そうですか。それはよかったですな。うちのメイドがずいぶんと騒いだようで申し訳ない」
と、男がじろりと視線をこちらに向けた。
え?
何その怖い視線。
「いいえ、こちらのせいですから、お気になさらず」
「いえいえ、ベイロン嬢の前ですが、言うことは言わなければなりません」
と、男は俺の方に顔を向け、そして真顔になった。
その様子に、身体がこわばる。
「な……なんでしょうか」
俺は震える声で答えた。
「おい、さっき仕事中はあまりふざけないで真面目にやると言ったよな」
「は、はい……」
指先が震えている。
「だというのに、なんださっきの大声は。屋敷中に響き渡ったぞ。いい加減にしろ」
男は本当に怒っているらしく、表情が一切動かない。
ストレスがかかりすぎて、自分の表情筋も少し引きつるのを感じた。
「す、すみません。で、でも、あれは……」
「驚いて大事な書類にインクをぶちまけたんだぞ。もう一度用意するためにどれだけの手間がかかってると思ってるんだ?」
男の怒り方からして、本当にまずい書類だったらしい。
やばい……
今、完全に泣きそうになっている。
「も、申し訳ありません……」
「言葉遣いだけで無く、振る舞いも気をつけてくれ。あんな大声は上げるな」
「は、はい」
涙をギリギリこらえて、下を向いた。
「それから、なんで袖をまくっているんだ」
「……え?」
俺は自分の腕を見た。
先ほどテープを半分まで剥がした腕は、袖を折り曲げてむき出しにしてある。
「一応、ゲストを迎えた食事だぞ。服装も気をつけてくれ」
「こ、これは……」
「言い訳はいいから、すぐ直せ」
と、男が不機嫌そうに言った。
「アルフォンス様、これには理由がありまして……」
見かねたクロエが言い添えてくれたが、アルフォンスがそれを遮った。
「ベイロン嬢、これはうちの使用人の問題です。おい、アリス、袖!」
「は、はい……」
多分、今の俺、絵に描いたような絶望顔している。
断れる雰囲気では無い。
折り曲げてある袖を戻す。
ああああああ………
せっかく剥がしたテープがまた張り付いてきたあぁぁぁ!
「な、なんで……」
せっかく半分まで剥がしたのに、またあの8割の痛みを味わわないといけない。
さきほどの痛みと、また味わうであろう痛み、そして怒られているつらさ。
ついに、涙が流れてきた。
「アルフォンス様、いくらご自分の使用人であっても、きつく当たりすぎですわ」
と、クロエが抗議する。
「きつくなどありませんよ。屋敷中に響き渡るほど騒いだりするな、最低限の服装に気をつけてくれと言っているだけです。そんなこと、言わなくても分かっていると思っていましたが……」
と、男がこちらに視線を向けて、表情を変えた。
「お、おい、何も泣くことはないだろう!? そんなにきつく言ってないぞ!」
男はナイフとフォークを離して、席を立ち上がった。
そして、俺の方に歩いてきて、俺の前に立った。
怒ってきた男が怖くて、俺は少し身を引いた。
「す、す、すみません……」
「な、なんで泣いてるんだ。おい、大げさだぞ。お前、こんな人前で……」
男が慌てた様子でクロエやマリーに視線を向ける。
マリーは事情が分かっていないので不思議そうな顔をしているだけだが、クロエは批判的な視線を男に向けている。
その視線を向けられたアルフォンスは、露骨に動揺した。
「お、俺が泣かせたみたいだろ。やめてくれ」
「また……張り付いた……」
俺はつぶやいた。
「ん? な、なんだ?」
「テープが……せっかく剥がしたのに……また張り付いたぁっ! 責任取ってください!」
俺は涙を流しながら、男の顔を見た。
「は、はぁ? な、なんだ? 俺が怒ったから泣いてるんじゃ無いのか?」
男がうろたえる。
クロエも席を立って俺の横に来た。
「アルフォンス様、アリスが先ほど騒いだのは私のせいですわ」
「ベイロン嬢! アリスを虐めたのですか!?」
今度は男がクロエに批判的な目を向けた。
「いいえ、そうではありません」
と、クロエが俺の腕をつかんで、袖をまくった。
「さきほど、シュルツの罰ゲームとしてテープを貼り付けたのです。私がアリスがそんなに敏感だと知らなかったので無理矢理剥がしたら、あんな悲鳴が出てしまったのです」
男は俺の腕を見て、ぽかんとした表情をした。
とっさに理解できなかったらしい。
「あぁ……なるほど、そういえば敏感と言っていたな」
と、男が俺を見る。
その言い方にちょっとイラッとした。
「言っていたも何も……散々、その敏感な私の身体を触って遊んだじゃないですか……」
「お、おい、待て! 誤解だ!」
男が言い訳するように周りを見る。
マリーやクロエの批判的な視線が男に注がれる。
「せっかく……せっかく、さっき半分までテープを剥がしたのにぃ! 袖を戻せって言うから戻したら、またとっついちゃったじゃ無いですかぁ!」
「お、お前、そんなに泣くことじゃないだろ……」
「だったら、この身体になってみてくださいぃ! 本当に、痛いんですからぁ!!」
ぽろぽろ涙を流しながら、腕を突き出す。
「お前、こんなもの剥がすぐらい、たいしたことないだろ……」
と、男がテープの端をつかんで、軽く引っ張った。
しかし、その程度の力では剥がれない。
嫌な予感がしたその瞬間、男がぐっと力を入れた。
「いっ……ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
自分でも驚くほどの叫び声が出た。
男が驚いて手を離す。
「お、おい、驚くだろ」
「あ……うぅ……」
腕を押さえて、うずくまる。
腕をさすってから、男を見上げた。
「そ……それぐらい痛いんですよ! クロエより乱暴じゃないですかっ!」
「わ……悪かった。そんなに痛いと思わなかったんだ」
男が困った顔をする。
「痛いって言ってるのに、なんでそういうことするんですか!?」
「は、剥がしたいと言うから……」
男がタジタジと後ろに下がる。
「アルフォンス様、アリスのことを言えたことですか? 使用人を虐めるのが屋敷の主として正しい姿ですか?」
と、クロエが加勢をした。
あきらかにクロエはふざけて言っているが、焦っているアルフォンスはそれを真に受けている。
それにしても、剥がした部分がまだ痛い……
うう、痛いよぉ。
さっきの痛みで、まだ4分の1しか剥がれてないし。
「ベイロン嬢、お待ちいただきたい。私は決してアリスを虐めようとしたわけではない」
と、男が言い訳する。
「いいえ、主という絶対的な立場を利用して使用人を虐めるところを目撃いたしましたわ」
と、クロエが冗談が混じった口調で言った。
「ベイロン嬢、それはあまりにも……」
男が困惑する。
「騒いでしまって仕事の邪魔をしてしまったことについては申し訳ありません。ただ……これは……ど、どうしよう……」
一応謝った上で、自分の腕を見つめた。
男がまた困惑する。
「放っておけば勝手に剥がれないか?」
「アルフォンス様、それは無理ですわ。それにあまり長い間貼っていると、かぶれます。肌の敏感なアリスには拷問だと思いますわ」
とクロエが答える。
「そ、そうか。水に濡らすというのは」
「それをすると、余計に張り付く上に、すぐに肌がかぶれますわ」
「じゃあ、やっぱり剥がすしかないじゃないか」
男がため息を吐き出す。
「こんなもの、一気に剥いでしまえばどうということはあるまい」
と、またしても俺の身体のことを全く分かっていない台詞が出る。
アルフォンスまで分かってない!
あんだけ、人の身体で遊んでおいて!
「む……無理無理! し、死ぬ!」
「大げさな、その程度で死なないだろ」
と、男が軽く言う。
「死ななくても気絶する! 本当に、本当に、痛いんです! ゆ、ゆっくりお願いします」
「食事中になんてこった……」
男が手で自分の顔を覆う。
だいぶあきれているらしいが、こっちとしては冗談では無い。
「よし、アリス、空いている椅子に座れ」
「は、はい」
食堂のテーブルには8脚の椅子が並んでいる。
そのうちの使っていない椅子に座って、腕を出す。
すると、その腕の付け根と、手首を男が押さえつけた。
「え?」
「おい、マリー、剥いでやれ。暴れるといけないから、俺が押さえている」
「ちょお!?」
アルフォンス的には面倒ごとをさっさと片付けたいらしくて、かなり強引になっている。
俺は助けを求めて、マリーを見た。
しかし、マリーは男に頷いて手を出してきた。
「マ、マリー、こういうのやめてって! 逃げられない状態でやられるのが、怖すぎる!」
「でも、剥がさないと駄目なんでしょ? ちょっと我慢して」
マリーはすでにやることを決めた顔をしている。
善意なのは分かるけど、その様子に恐怖しか感じない。
「ちょっとじゃないから駄目って言ってるんだよ!」
腕を動かそうとしても、男がしっかり押さえつけているのでびくともしない。
改めて、力の差がありすぎることを実感する。
やばい。逃げられない!
「ご、ご主人様、腕を放してください!」
「かぶれても大変だろ。すこし我慢しろ」
「我慢できないレベルから言ってるんです!」
悲鳴のような声を上げるが、男の様子は変わらない。
「おい、マリー、早くやれ」
マリーが頷いて、テープに手をかける。
そして、優しく引っ張る。
しかし、全然剥がれない。
マリーが表情を変えて、力をかける。
「い、痛いって! もっとゆっくり!」
「ゆっくりやってるわよ」
と、マリーがテープを剥がしていく。
たしかに、マリーは力加減を気をつけているようだ。
しかし、それでも耐えがたいほどに痛い。
「ふぅっ……ふぅっ……」
歯を食いしばって、歯の間から息をしながら耐え忍ぶ。
でも、痛い。
痛い、痛い。
マリーの力加減が狂って、数ミリだが一気にびりっと剥がれた。
「うふぅっ……あ……ああああああぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が上がる。
「お、おいっ」
男がとがめるような声を出すが、痛すぎる。
「私が口を押さえています」
と、後ろから手が伸びてきて、クロエが俺の口をふさいだ。
ちなみに、クロエはちょっとスイッチが入った顔をしている。
なんかドS心に炎が入ってしまったらしい。
「んむぅ!」
手を押さえられ、口を塞がれ、テープを剥がされる。
なんでこれ、ってつっこみたいけど、突っ込む余裕が無いほど痛い。
「あ、クロエ、ありがとう」
とマリーがお礼を言う。
ちょ、ありがとうじゃないよ!
クロエ、普通に虐める気で俺の口を押さえてるんだけど!
「じゃあ、続き、やるよ」
マリーが予告をしてから、テープを引っ張る。
「う、ううううぅぅぅぅぅぅぅ!!」
抗議のために、空いている手でクロエの手をどけようとすると、その空いている手をクロエの左手で掴まれた。
「はい、暴れない」
空いている手まで封じられた。
クロエがすごい悪い顔をしている。
完全に楽しんでいる。
やばい、まじで逃げられない!?
絶望的な気分になっていると、チラリと俺の顔を見たマリーが黒い笑みを浮かべた。
え!?
「ところで、アリス、最近私のこと、忘れ気味じゃ無い? 私がアリスの一番の管理者だって事分かってるよね」
やばい。
マリーにまでスイッチが入った。
この二人の組み合わせ、危なすぎる。
アルフォンスがいるのにそういう発言する!?
男の顔を見るとなにか言いたげだが、関わるだけ面倒だと思ったのか口をつぐんでいる。
「う、うぅぅ」
声が出せないので、首を縦に振ることでYESの意を示した。
ここで変なことを言ったら酷い目に遭わされる。
「ほんと? あんまり適当なことを言うと、一気に剥がしちゃうよ?」
と、マリーがテープを引っ張る手を止めて、わざとテープを剥がれない程度の力でツンツンと引っ張った。
「う、うぅぅぅぅぅ!!!」
頭を横に振って、否定を示す。
「じゃあ、ちゃんと私が管理者だって事を認めるのね?」
頭を縦に振る。
「うん、いい子ね」
とマリーが笑う。
怖い。
黒いマリーは本当に怖い。
「ちょっと、マリー一人だけずるいじゃない。私にもやらせてよ」
と、クロエが俺の口から手を離した。
「ぷはっ! もう、口を塞ぐのはやめてよ! 普通に我慢するからさ!」
ところが、マリーが俺の後ろに回ると、俺の口を押さえてきた。
「でも、大声を上げて近所に聞こえてもよくないですよね」
と、マリーが男に言う。
ちなみに、このセリフは真面目に言ってるようだ。
「ああ……あの大声はまずいな」
男がうなずく。
おいいい!!!
ここは非常に静かな住宅地なので、俺の大声を出すと隣近所に響き渡ってしまい変な噂が立ってしまうかもしれない。
とはいえ、俺の口を押さえて無理矢理テープを剥ぐのはいろいろと違うだろ!
「ふががもがが……んむぅぅ!!」
マリーが力一杯口を押さえてくるので、本当に声が出せない。
アルフォンスはとにかく早く片付けたい。
クロエは俺を虐めて楽しんでる。
マリーは義務感とあとやっぱり虐めて楽しんでる。
なんでこんな粘着テープ一つでこんな絶望的な状況になっているんだろうか。
「はーい、じゃあ、私が剥がすね~」
クロエがニコニコしながら、テープの端をつかむ。
本当に楽しんでいる。
さっきは俺のことを気にかけてくれていたのに、ものすごい悪乗りしている。
たぶん、マリーがいるから内心で対抗しているんだろう。
この二人は、俺を虐める展開になるとなぜか相乗効果を発揮してより酷いことになる気がする。
ピリピリとゆっくりテープが剥がれていく。
「んむぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ちょっと、休みを入れて!
息を吸う時間が無い!
「あ、そうだ。アリス、私にも忠誠を誓うわよね?」
クロエが悪い顔をしながら俺を見る。
やっぱり、マリーに対抗してる。
「んむ!?」
ってか、いまそれどころじゃないって!
「ちゃんと私のこと、全部従うのよ。誓うわよね」
クロエがいじめっ子の顔で俺を見る。
怖い怖い。俺は首を横に振った。
「あ、そういうこと言っちゃうんだ。じゃあ、一気に剥がすね」
クロエがニコニコ笑う。
俺のこと虐めるのを楽しみすぎだろ!
「んむぅぅぅぅ!!!」
うめくと、さすがにマリーが気が差したのか、口を押さえる手を緩めた。
「ぷはっ! っはぁ……はぁ……クロエ、そういうのやめて」
マリーが手を緩めたので、ようやく声を出すことが出来る。
「でも、マリーの時は頷いてたじゃん」
クロエが不機嫌そうな顔をする。
マリーに負けたくないらしい。
一人だと優しいのに、なんでマリーと組み合わさるとこんな酷くなるんだろう。
「そ、それは……」
適当に言い訳を言おうとすると、またクロエがにやっと笑った。
「もういいよ、じゃあ一気に剥がすね」
とクロエがテープに力を入れる。
本気で剥ぐつもりはないようだが、それでも痛い。
「い……いつっ……わ、分かった! 分かったから! とにかくそういうのやめて!」
「じゃあ、誓いますって宣言して」
クロエが俺の目を見る。
今度はちょっと真面目な顔をしている。
虐めるのを楽しんでいるようで、誓いの言葉は本当に欲しいらしい。
あぁ……もうしょうがないな!
「ち、誓います!」
とにかく言わないと駄目そうなので、言った。
面と向かっては言いたくないので、視線はそらした。
「そうじゃなくて、『私はクロエ様に忠誠を誓い、すべてを受け入れます』って宣言してよ」
俺がクロエに乗ったことで調子に乗ったらしく、クロエが追加要求をしてきた。
「はぁ? わ……わかったから、引っ張るのは止めて!」
「ほらほらぁ」
と、クロエがテープをつんつん引っ張る。
痛いだけで全然剥がれないのは最悪だ。
「う……私はクロエ様に……ちゅ、忠誠を誓います。す、すべてを……」
この言葉を言ったら、余計に遊ばれる気がして怖い。
「ほら、ちゃんと言わないと一気にやるよ?」
でも、今のクロエだとマリーに対抗して酷いことをしそうで怖い。
「す、すべてを受け入れます! だから、一気にやるのだけはやめて!」
「うん、わかったわかった。ちゃんと言葉は聞いたからね。マリー、もっかい口押さえて」
「うん」
と、マリーが口を押さえる。
ちなみに、さっき悪い顔をしていたマリーだが、「あ、結構本気で痛いんだ」と分かってきたのかだんだん素面に戻ってきている。
だが、クロエは絶好調だ。
「ふぐっ……んむ、んむぅぅぅぅ!!!」
せめて空いている方の手は離してほしいと主張するまえに、また口を塞がれてしまった。
「ゆっくりやるから、安心してって」
と、クロエがテープを引っ張っていく。
でも、マリーより乱暴だよ、それ。
痛いぃぃぃぃ!!
マリーの方がマシだった!
すでに涙が流れまくっている。
「ほら、痛くないでしょ?」
と、クロエが聞いてくる。
俺は一生懸命首を横に振るが、マリーがしっかりと押さえてくるので首をまともに横に振ることすらできない。
「ふむぅぅぅぅぅ!! うぅぅぅぅぅ!!」
マリーに変わってほしいと言いたいのだが、声にならない。
「あ」
クロエの手加減が狂って、テープがばりっと剥がれた。
「んむうううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
指先が痙攣して、足もしびれた。
なんか変な絶望感が湧いてきた。
腕を押さえられ、声も出せず、ただただ相手に与えられる痛みに耐えることしかない。
こんな絶望的な状況があるだろうか。
そして、この絶望感に身を委ねたいという気持ちが湧いてきた。
この一方的な状況がなにかすごく魅力的で気持ちいいような……
って、そ、そっちに目覚めたらだめだ!
この身体、マゾなわけ!?
やばい、正気に戻れ俺!
「あ、ごめん」
絶望感に浸って虚ろな目をしていたら、それを見たクロエが動揺して手を離した。
「おい、なんか危なっかしいな。俺がやろう」
と、俺の腕を押さえつけていた男が言った。
静観する構えだったが、あんまりにも俺がつらそうだから口を出したくなったらしい。
「そ、そうね。その方がいいかも。なんか思っていたよりつらそうだし……」
クロエが素直に手を引いた。
さっきの悲鳴と虚ろな顔を見て我に返ったらしい。
「マリー、悪いが、腕を押さえる役をやってくれ」
男が冷静にマリーに言う。
「わかりました」
と、マリーが俺の手から口を離した。
息を一気に吐き出す。
実は結構息苦しい。
「うっ……はぁ……はぁ……マ、マリー、一番苦しいときに口を塞がないで、い、息できない」
「ごめん、そうだったの?」
と、マリーが申し訳なさそうな顔をする。
男が腕を放し、今度はマリーが体重をかけるようにして、腕の付け根と手首を固定する。
「クロエ、口は塞がないで! 本当に苦しいから」
「そ、そう?」
と、クロエが口を押さえようと出していた手を引っ込めた。
もうクロエは俺を虐めようという悪心はないようだ。
「ベイロン嬢、本当にうるさかったら一瞬だけ口を押さえてほしい。ずっと押さえていると、たしかに息が苦しそうだ」
男が言う。
アルフォンスは二人と違って俺を虐める意図は全くなく、単純にテープをさっさと剥ぐことだけを考えている。
「わかりました」
クロエが頷く。
「さて……」
男がテープの端をつかむ。
「しかし、こんなものでそんなに痛いとは」
男が少しあきれたようにテープをつかむ。
その仕草に恐怖を感じた。
「い、痛いんです! 無理に引っ張らないでくださいよ!」
「分かってる」
男がテープを引っ張っていく。
ピリピリとほんの少しずつ、剥がれていく。
「いっ……いつ……いひぃ……」
歯を食いしばりながら耐える。
大声を上げるとまた口を塞がれてしまう。
とにかく、大声を出さないように歯が痛くなるくらいにかみしめた。
「い……い……い……ぐっ……いつ……ふぅっ……」
3人でやったおかげで、テープはかなり剥がれてきており、残りは3分の1ほどだ。
男がいったん手を離した。
俺は口を開いて、息を吐き出す。
「はぁ……あ、あとちょっとですね……」
「そうだな。あと少しだし、一気に剥がしてもいいんじゃないか?」
と、男が悪気が無さそうに言う。
背筋に寒気が走った。
「だ……だから、さっきから駄目だって言ってるじゃないですか! そっちの普通の基準で考えないでください! み、見てれば分かるでしょ」
「ま、まぁ、そうだな……」
男がぎこちなく頷く。
「アルフォンス様、せっかくだから、アルフォンス様もなにかアリスに誓わせたらどうですか?」
と、俺の口をいつでも押さえられるように待機しているクロエが言った。
順調にテープが剥がれていくのを見て、またいたずらする余裕が出てきたらしい。
「クロエ、な、なに言ってるの!?」
やめてくれ!
「おいおい、二人ともふざけすぎだ。そういうことをやる時じゃないだろう」
と、男があきれた顔をする。
よかった、アルフォンスは常識人だ。
「よし、続きやるぞ」
男がテープをまたつかむ。
マリーが腕を押さえる力を込める。
クロエが俺の空いている手をぐっと握りしめる。
え、もうちょっと休むつもりだったんだけど……
「も、もう少し休ませ……あああぁぁぁぁ!!」
そこをクロエが口を塞ぐ。
「こんなの、一気にやらないと逆に大変だろう。さっさと済ませて、食事を終わらせるぞ」
と、男がテープを剥がす。
もう、体中に力を入れすぎて、くたくただ。
早く休みたい。
「ふむぅぅぅぅぅ!! ううぅぅぅぅ!!」
もう叫びたくないのに声が勝手に出る。
また絶望感が湧いてきて、変なものに目覚めそうになる。
その様子をチラリと見た男が手を止める。
「ほ、本当に痛そうだな」
「あまり気にしてると全然剥げませんよ」
と、マリーが冷静に言う。
虐める気で言っているわけではなく、冷静に素早く終わらせようとしている。
だが、結構酷いセリフだ。
「そうだな」
男が頷く。
いや、休みたいんだけど!?
これ以上無理矢理いろいろやられると、変なものに目覚めそう。
「ふぐうぅぅぅぅぅぅぅ!!」
抗議の声を上げるが、クロエに口を塞がれて言葉にならない。
クロエ、また俺を虐める気になってるだろ!
顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
「もう少しだ。がんばれ」
男がテープに力を入れる。
さきほどより力を入れているようで、もっと早い速度でテープが剥がれていく。
「むぅぅぅぅぅぅぅ!! むぅぅぅぅぅぅ!!」
声も出したくないほど疲れているのに、痛すぎて声が止まらない。
「ほら、あと少しだ」
残りは2-3cmだ。
よかった……
「アルフォンス様、何かを誓わせるならこれが最後の機会ですよ」
と、クロエが横から言う。
クロエーー……そんなに俺を虐めて楽しいのか……
楽しいんだろうけどさ……
「おい、俺はそういうわけじゃ……」
と、男がチラリと俺を見た。
「アリスが気の毒だろうが」
が、すぐに俺の顔から視線を外した。
アルフォンスは痛そうな俺の顔を直視できないらしい。
「それはそうですが、どうせ痛いのは一緒なんですし」
と、クロエがふざけたように言う。
「二人とも、後でアリスが怒るぞ。まぁ、だが、俺も書類にインクをぶちまけた恨みもある。また面倒くさい手続きを4回も繰り返して3週間はかかるぞ。しかも、執務官や長官に嫌な顔をされるに決まっている。ったく、変なところで叫びやがって」
男が俺の顔を見ずにため息を吐いた。
俺を気の毒には思っているらしいけど、文句もあるらしい。
「よし、アリス、仕事の時間中は俺の指示に100%従えよ。頷かないと、いっきに剥がすぞ」
俺は必死に頷いた。
アルフォンスまで虐めに参加されてはたまらない。
「アルフォンス様は、お優しいですね。どうせなら、『俺に絶対隷属だ』とか言えばいいのに」
「ベイロン嬢、この泣き顔を前にしてそこまでできるほど鬼ではないです。マリーもベイロン嬢も、なかなか容赦が無いな」
男がぺりぺりとテープを剥がしていく。
あとちょっと……あとちょっと……
「よし、取れた」
男がテープを持ってくしゃくしゃに丸めた。
マリーが腕を放し、クロエも口を塞いでいた手をどけた。
「あ……ぁ……と、取れた……」
自由になった腕を抱えて、痛みの余韻に耐える。
痛かった……
まじで痛かった……
テープを剥がされた後を見ると、すこし赤くなっているが、それほど酷い様子ではない。
念のため、あとで水でよく洗うことにしよう。
席から立ち上がろうとして、力が入らないことに気がついた。
「あの……すみません、体調が悪いので休ませてもらってもいいでしょうか……?」
ヘロヘロなまま男に聞くと、男は頷いた。
「災難だったな……。休んでこい」
俺はフラフラと立ち上がった。
「ちょっと悪乗りしすぎじゃない……?」
部屋を出る間際にクロエを見ると、クロエは申し訳なさそうに下を向いた。
だったら、やらないでほしい。
マリーはすぐに我に返ったけど、クロエは結構最後まで悪乗りしてた。
「ご、ごめん……」
クロエを追求する元気もなく、俺はそのまま自室に戻った。
クロエもマリーも一人ならまだまともだけど、二人になると本当にやばい。ということを思い知らされた。
そして、二人に虐められていると変なものが目覚めそうになる。
すごく危ない。
目覚めなくて良かった……。
そして俺は死んだように眠った。
○コメント
テープをはっつけただけでここまで大騒ぎになるとは思ってなかった。
(20/09/12 地の文をいろいろ修正)




