翌日
結局、その後は落ち着いてなんとなく解散となった。
結局、俺は自分の部屋でクロエと同じベッドで寝た。
最初のうちはクロエがテンション高くいろいろ話をしていたが、慣れない場所で疲れていたらしい。
途中でコトンと電源が落ちるように眠りに落ちた。
おかげで、特にちょっかい出されずに眠ることが出来た。
朝起きると、まだクロエは寝ていたので、起こさないように静かに身支度をして、普段の仕事を始めた。
クロエが起き出してきたのは、昼近くの時間だった。
ちょうど俺がいつものようにモップをかけていた時だ。
「あー、クロエおはよう」
「まだ眠い……」
着替えはしているが、すごく眠そうな顔でクロエが歩いてきた。
モップを止めて、クロエが通り過ぎるのを待つ。
「この時間だと、クロエ向けの朝食も冷めちゃってるけど、厨房に行けば出してくれると思うよ。多分、コレットが居る」
「んー……そっかー……」
すごく低血圧っぽい感じで、クロエがよぼよぼしながら歩いて行く。
まぁ、俺も朝はあんな感じだし、特にどうってことはないだろう。
「よっせ! こらっせ! といっせ!」
変なかけ声をかけながらモップを振り回していると、アルフォンスが向こうからやってきた。
「あ、ども。昨日はご迷惑おかけしました」
「ああ……大迷惑だったぞ」
と、男が大げさに肩をすくめる。
その様子からして、本当に気を悪くしているわけでは無いらしい。
「はっはっはっ……ほんと、すみません」
「なんというか……お前も大変だな」
「分かってもらえて……ちょっと救われます。なんで、俺ってこんな状況になってるんですかね-」
と、モップをぐるんと動かす。
すると、男がちょっと眉をひそめた。
「俺は本当はあまりこういうことを言いたくないが……、仕事中は男言葉止めてもらえないか?」
「……え?」
全然予期していなかった言葉に俺は戸惑った。
男言葉を使うとあまりいい顔をしないのは分かっていたが、こんなに面と向かって言われたのは初めてだ。
「俺の趣味で言っているわけじゃ無い。男言葉を使うとお前、動きが雑になるだろ。それが他のメイドたちにも影響しているようでな。最近、屋敷内の態度が緩くなっている」
その言葉が真剣だったので、思わず身が引き締まった。
「す……すみません。たしかに、仕事中と仕事外での公私の分別が出来ていませんでした」
身体を硬くしてそう答えると、男は苦笑いした。
「そこまできっちりとしろとは言わないが、物事には限度がある。お前が有名人になった以上、これからも来客もあるだろうし、人前に出ることも多くなるだろう。いつでも男言葉を話す癖は止めてくれ」
男の言葉は優しいが、俺の身体は必要以上に緊張した。
仕事上の事で怒られたことが全然無かったので、思ったよりも心に来た。
「も、申し訳ありません。つい、調子に乗っていました……」
「そこまで大げさに取らなくてもいい。ただ……仕事中はきちんと振る舞ってくれればいい。お前が緩いと、特にレベッカあたりが影響されるみたいでな。お前が男言葉使っているようだと、他のメイドも叱るに叱れないしな」
言葉の一つ一つが身にしみこんでくる。
全くだ。
「い、以後、気をつけます」
「ま、ほどほどにな」
男が軽くポンと俺の肩を叩いて、そのまま通り過ぎていった。
たしかに、俺は仕事を舐めすぎだった。
もっとメイドとしてきちんとやらないといけない。
「よ、よし、心をきちんと入れ直して、俺……じゃなくて私もがんばろう」
モップを握り直した。
◇
気が緩んでいたと気持ちを引き締め直し、いつもより真面目にゴミを拭き取り、窓を拭き、廊下を仕上げる。
クロエというゲストが来ているのだから、最低でも見えるところはきちんとしなければならない。
それがメイドとしての務めだ。
すると、食事を食べ終えたらしいクロエが歩いてきた。
ど、どう話しかけよう。
ちゃんと礼儀正しくやらないと。
そう思うと、何を言うのが適切か分からなくなってきて、とにかく丁寧に頭を下げて通り過ぎるのを待った。
すると、クロエが足を止めた。
「ん……アリス、なにやってるの?」
「掃除でございます」
「は? なにその言葉遣い」
「さきほど、ご主人様に態度がなっていないと言われまして」
「は? そんなの無視すればいいじゃん」
と、クロエが気楽に言う。
俺みたいなタイプにはああいうやんわりした怒られ方が一番きついんだ。
「いえ、そういうわけにはいきません」
「ねぇ、そんなのいいから、一緒に出かけない? やっぱり屋敷の中に居るだけだと退屈でしょ?」
「いえ、結構です。私はこれから空き部屋の方も掃除しないといけないので」
「そんなのいつでもいいじゃない。ゲストのもてなしもメイドの仕事じゃ無いの?」
クロエが少しあきれたように言った。
それを言われるときつい。
「それはそうですが、ご主人様の許可をいただかないと」
「あら、そう。じゃあ、一言声をかけてくるわ」
と、クロエが書斎の方に歩いて行った。
おそらくアルフォンスは許可するだろう。
えー、気合いを入れてメイドとして頑張ろうと思ってたのに。
と、出鼻をくじかれた感じで掃除を続けていると、浮かない顔でクロエが戻ってきた。
「どうしました?」
「ん? だめだって……」
と、クロエが不機嫌そうに答えた。
「え、なぜ?」
俺もクロエの言葉に驚いた。
アルフォンスはそんなに俺に怒っているのだろうか。
「昨日のこともあるから、アリスをそっとしておいてほしいってさ」
と、クロエがつまらなそうに言う。
そっか、怒ってるわけじゃなくて、気をかけてくれてるんだ。
ちょっとうれしい。
「ご主人様……」
思わずそう言うと、クロエがちょっと引いた顔をした。
「ア、アリス、あんた、その言葉あんまり言わない方がいいわよ」
「な、なんでですか?」
首をかしげた。
「なんでって……なんかアリスの言うご主人様って台詞、ガチに聞こえるんだけど」
ん?
意味が分からない。
「マリーやレベッカだって、『ご主人様』って言ってますけど?」
「それはそうだけど、あれは職業柄そう呼んでるだけでしょ。アリスのは……なんか、こう……『私の飼い主』みたいな意味合いを感じるというか」
と、クロエが歯切れ悪く言う。
それはあんまりだ。
「は、はあ? ちょっと、それは聞き捨てならない! 別に普通に言ってるでしょうがっ!」
と、叫ぶ。
あ、女言葉は保っている物の、大分言葉が乱暴になってしまった。
また怒られてしまう。
「す、すみません。言葉を荒げてしまいました」
「ずいぶんと気合い入ってるね。私の家に来たときだってそんなに気合い入ってなかったでしょ」
「心を入れ替えました。仕事は仕事でちゃんとやります」
「ふーん、そっか。なら、私の相手をしてね」
「は?」
「屋敷の外には連れて行かないでくれとは言われたけど、屋敷の中ならほどほどにアリスで遊んでもいいってさ」
クロエがニッと笑った。
「その台詞……誇張しますよね。遊んでいいとか言わないと思いますけど」
「まぁまぁ、いいじゃない。ゲストをもてなしなさいよ」
と、クロエが肩をペタペタ触ってきた。
「うわ、ちょ……。でも、またレベッカが怒るかもしれません。マリーに話を聞いてきてください。昨日の話ではマリーの判断で扱いを決めることに決めましたので」
「でも、あんたの雇い主がいいって言ったのよ?」
「それも……そうか」
なかなか難しい。
正直、マリーにいちいちお伺いを立てるのもなにかおかしい気がするが、なにかルールを作っておかないと昨日みたいな事がある。
「じゃあ、就業時間中はご主人様の指示に従うことにして、終業後の夕方はマリーの指示に従うことにします」
「アリス、ずいぶんと真面目ね……」
クロエがあきれたような顔を少ししたが、すぐに元の表情に戻った。
「じゃあ、どうしよっか」
「うーん、この屋敷、あんまり物が無いんですよね。空き部屋ばかりだし、私たちの私物も少ないし」
「かくれんぼでもする?」
と、クロエが子供っぽいことを言う。
「たぶん、すぐに見つかりますよ」
「そっかー。じゃあ、カードゲームでもする?」
「んー、私は持ってませんが、他の人が持ってるかもしれませんね」
「私が持ってきたのよ。暇するといけないと思って」
そういえば、クロエの荷物が俺の部屋で山積みになっている。
あの鞄には衣装だけで無く、いろんな小物が詰まっていた。
「そうですか。では、部屋に行きましょうか」
「そうしよ」
と、クロエと廊下を歩いていると、厨房の扉からレベッカとコレットが出てきた。
「アリス、なにしてんの?」
と、レベッカがクロエをぎろりと見た。
「ちゃんとマリーの許可はもらった?」
レベッカを俺の方にも鋭い視線を向けた。
お、ルールを周知するいい機会だ。
「えーと、就業時間中はご主人様の指示に従うことにしました。終業後はフリーになるので、マリーの指示に従います。今はご主人様からクロエ様のお相手をしろとの指示がありましたので、それに従っています」
すると、レベッカがびっくりした顔をした。
「ア、アリス、なんでそんな言葉遣いしてるの?」
「さきほどご主人様に怒られまして、態度がたるんでいると言われたので、これからは就業時間中は男言葉は使わないようにしました」
「そ、そう。怒られたんだ」
レベッカはばつが悪そうに、顔を背けた。
「分かったわよ。夜もアリスを独り占めしたら、怒るからね」
と、コレットと共に向こうに行ってしまった。
お、なるほど。
いままで俺がゆるゆるで働いてたからいけなかったのか。
きっちり仕事モードでやれば、レベッカも無理矢理絡んで来にくいんだ。
「よーし」
と、小さくつぶやく。
「じゃ、部屋に行こう」
と、クロエがレベッカなんかいなかったかのように俺の手を引っ張った。




