マリーとクロエにもいじられる
廊下を歩きながら、さきほどのことを思い出していた。
「ま、またやっちゃった……」
真正面から見られたり、頭を撫でられたり。
しかも、それを受け入れてしまった。
完全に女モードだったならいざ知らず、まだ理性は残っていたはずだ。
「ま、まぁ……疲れてるからだよね、うん」
疲れているときはあいつに近づかないようにしよう。
そうすれば、二度とあんな醜態をさらすことはあるまい。
うん、大丈夫だ。
布袋をじゃらじゃら言わせながら、玄関の方に戻っていくと、誰も居なかった。
さすがに荷物は運び終わったらしい。
とりあえず、お金を部屋に置いてからゲストルームの方に行ってみよう。
「さて……ん?」
自分の部屋の前に来ると、中から話し声がする。
「あれ……?」
扉を開けてみると、マリーとクロエが荷物を広げているところだった。
「はぁ!? ちょっと、二人とも、なんでこんなところで荷物広げてるの!?」
すると、クロエが顔を上げた。
「アリス、遅かったじゃない。さっき、ゲストルームに行ってみたんだけど、やっぱり古いマットレスはかび臭くてね……あれじゃ私寝れない」
「え……ってことは、本気でこっちで寝るの? じゃ、私がゲストルームで寝ないと駄目か……」
「いいじゃん、一緒に寝ようよ」
クロエが気楽に言う。
「それはさすがに……」
と言っていると、マリーが怪訝な顔を向けた。
「……なんで女言葉になってるの?」
あ。
そういえば、いつのまにか女言葉になってた。
「え、単純にさっき、アルフォンスと話をしてたからだよ。男言葉で話すとあんまりいい顔をしないから、女言葉を使ってたんだ」
しかし、マリーは首をかしげた。
「本当? なんかあったんじゃないの?」
「な、無いって」
「ふーん」
マリーは俺の顔をじーっと見てくる。
別に頭を撫でられたりしただけで、別になにもしてない。
でも、なぜか罪悪感がある。
「ん? どうしたの?」
クロエも俺を見た。
「クロエ、言っておくけど本当のライバルは、私じゃ無くてご主人様ですよ」
とマリーがクロエに言う。
「いやいや、な、なに言ってんのよ。違うから! 俺、男に興味ないから」
慌てて男言葉に直して、否定した。
「まぁ、建前上はね」
と、マリーが言う。
おいおい、なんてことを。
建前じゃ無くて、普通に男とか興味ないから!
「そっか、やっぱりそれだけかわいいと男を意識しちゃうんだね」
と、クロエが勝手に納得して頷く。
「い、いやいや、誤解だから!」
「あの慌て方を見てシロだと思えます?」
と、マリーがクロエにささやく。
「思えないわね-」
とクロエが答える。
「ち、違うって。それより、じゃあ私……俺が荷物を移動するから」
「だからいいってば。一緒に寝ようよ」
クロエが身を乗り出してくる。
「あのー……ねぇ、分かってる? 俺、一応元男だよ?」
「今は女だし、いいじゃん。可愛がってア・ゲ・ル♪」
と、クロエが笑う。
可愛がるって、人の弱いところをベタベタ触るって事だろ?
……安眠できない。
「勘弁して……」
クロエから顔を背ける。
「でも、本当にあのベッドは私無理だから」
「そうなんだ……」
やっぱり俺があちらに行くしか無いだろう。
自分もかび臭いのとかかなり苦手だが、一晩ぐらいなら我慢できないことも無い……と思う。
俺のベッドをクロエに貸して、俺がゲストルームで寝よう。
「とりあえず、着替えを持ってくよ。鞄、借りるよ」
お金をとりあえず、戸棚の奥に突っ込む。
そして、空になったクロエの鞄をつかんで、下着とか替えのメイド服を詰め込む。
「え、本当にあっちで寝る気?」
と、クロエが聞いてくる。
「当たり前じゃん。さすがに、横でいじられながら寝れないよ」
「ええぇ!?」
と、クロエが本気で抗議の声を上げてくる。
「ちょっと、ノリ悪すぎない? せっかくなんだから、一緒に寝ようよ。このベッドのサイズなら二人ぐらい大丈夫だって」
「そういう問題じゃ無くて、横からちょっかい出されるかもと怯えながら寝たくないの。この身体の敏感さを甘く見ないでほしい」
「じゃあ、そういうことしないから。ね! お願い!」
クロエが本気で頼み込んでくる。
「え……本気で?」
助けを求めて、マリーに視線を向けた。
「一回ぐらい、いいんじゃない?」
しかし、マリーはあっさりと流した。
えええ。
「あの、マリーさん、俺から言うのも変な話ですが、『アリスは私の物』とか言ってませんでした?」
「そうだけど、クロエとは協定を結んだから、今回は許す」
「ありがとう」
とクロエがマリーにお礼を言う。
俺の意見は……?
俺の扱いが勝手に二人の間で決定されている。
「でも、私の物でもあるし、もうここはうちだもんね。アリス、我慢してた分、お願い」
とマリーが目をつむった。
「我慢してたって、馬車の中でがっつりキスしたじゃん……。しかも、ここで? クロエが居るよ」
「いいから」
と引く様子が無い。
クロエも黙って、こちらを見ている。
仕方ない。
「はむっ……」
かるくついばむように唇を寄せる。
すると、マリーが俺の身体をつかんで積極的に押しつけてきた。
「んむっ……」
これはキスしてるんじゃ無くて、されてるというか。
むしろ、搾取されているというか。
マリーは俺に唇をたっぷりと押しつけてからゆっくりと離して、そして俺の目をのぞき込んできた。
正直、キスよりその視線の方がまずいので、止めてほしい。
「ま、満足されたでしょうか?」
そう聞くと、マリーはニッといたずらっぽく笑った。
「うん」
「そ、それはよかった」
慌ててマリーから離れる。
放っておくと、またキスされそうな気配があった。
「えー、二人ともそんなキスしてるわけ? 毎日?」
クロエが無邪気に聞いてくる。
「い、いや、普段はもっとあっさりだけど……」
「あー、アリス酷い」
と、マリーがコメントする。
別に酷いことは言ってない。
すると、今度はクロエが乗り出してきた。
「ねぇねぇ、私には?」
「え、い、今? だって、今、マリーとキスしたところだよ? 間接キスってのはOKなの?」
「いいからキスして」
とクロエが迫ってくる。
この世界の女性は皆、目の前でキスシーンがあると襲いかかりたくなるのでしょうか?
「ま、待った、後で……」
「いいじゃん」
と、クロエが俺の肩をつかむ。
え、逃がさないという覚悟を感じるほどの強い掴み方なんですけど。
「マ、マリー……止めてくれない?」
「不公平だし、いいよ」
と、マリーが頷く。
「いや、俺がよくない……」
やはり俺の意見は聞き届けられず、クロエが唇を押しつけてきた。
軽く逃げようとすると、腕を回され抱きかかえられるようにして唇を押しつけられる。
「ふぐっ……」
息を少し吐き出したが、それでも唇を押しつけてくる。
本当に身の危険しか感じない。
マリーのキスに対抗しているらしく、やたらねっとり押しつけてくるし、全然引こうとしない。
コレットじゃ無いんだから、止めてほしい。
「……っはぁ」
クロエが離れて、ようやく息を吐き出した。
クロエは手の甲で口を拭った。
なんか完全に狩られる獲物になった気分なんだけど。
「ふぅ。どっちがよかった?」
「もう……そういう次元じゃ無いんだけど」
「なにそれ。はっきりしてよ」
クロエがじっと俺の目を見る。
「む、無理」
俺はベッドに腰を下ろした。
こんな人と一晩一緒に寝ろだと?
……恐ろしい。
やっぱり、かび臭いけどゲストルームのベッドで寝よう。
「ねぇ、マリー、アリスのリアクション薄くてつまんないんだけど」
と、クロエがマリーに言う。
無駄にテンションが高い。
たぶん、よそに来ているのでお出かけテンションになっているのだろう。
「クロエ、こっちの身にもなってくれよ。今、出かけて帰ってきてリラックスしたいところなの。そういうハイテンション求められても困るんだけど」
「あ……そっか」
クロエが中腰になって、ベッドの座る俺に視線を合わせてきた。
「な、なに?」
「じゃあ、可愛がってあげる」
「だから、そういうのやめ……」
と、クロエが手を頭に乗せてきた。
「ほれほれ~」
クロエがふざけた顔で頭を撫でまわしてくる。
腹が立つはずなのに、それでも気持ちいいから困る。
「や、止めてほしいんだけ……ど……」
「とかいいつつ、感じてるし」
「なにが」
「なにって、ご主人様のお慈悲を味わいなさい」
と、クロエが頭をなで回す。
後頭部に手を持って行かないだけ、まだいい。
「だ、誰がご主人様って……」
「私とマリー」
「んむー……」
いろいろ反論したいが、頭を撫でられていると、なんかもうどうでもよくなってくる。
チョロ過ぎんよ、この身体。
っていうか、眠い……疲れが出てくる……
「ごめん、ちょっと寝るわ……」
「え?」
俺はコトンと、ベッドに横になって気を失うように眠りについた。




