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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第2章 豪商のお嬢様
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最終日

 結局、ひとしきり話してからクロエは自分の部屋に帰り、そして翌日となった。

 さきほど朝食を食べたばかりだ。


 帰るのは夕方なのだが、気の早いマリーはすでに荷物をまとめ始めていた。


「マリー、ちょっと気が早くない?」


「帰るときにドタバタしたくないでしょ」


 マリーは着替えを鞄に詰め込んで、忘れ物が無いか部屋の中を見て回っている。

 そんな様子を見ていると、すぐに帰らないといけないような気分になってくる。


「アリスはちゃんと片付けた?」


「まだだけど……帰るときでいいでしょ」


「ダメダメ」


 マリーがこっちにきて、俺が脱ぎ散らかした服とかを拾い始めた。


「自分でやるからいいって!」


「だってアリスが全然片付けないから」


「マリーは気が早すぎるんだよ……もう」


 マリーが気にするので、仕方なく自分も荷物をまとめ始める。


 すると、扉を叩く音がして、メイド長が顔を出した。


「あら、お二人とも、もう帰る準備ですか?」


 メイド長が少し驚いた顔をする。


「ええ、帰るときに慌てるのが嫌ですから」


 とマリーが答える。


「それはよい心がけですね。マリー様はよいメイドでいらっしゃいます」


「ありがとうございます」


 とマリーが言う。


 ってことは、俺はあんまりよいメイドでは無いと言うこと?


 別にいいメイドになるために頑張っているわけでは無いが、そう言われるとちょっとがんばりたくなる。


「ところで、お嬢様がお呼びですが、少し顔を出していただけますか?」


 とメイド長が俺の顔を見た。


「え? そうですか。わかりました」


「では、都合のよいときにお嬢様のお部屋へ顔を出してくださいませ。それでは」


 メイド長がお辞儀をして部屋を辞す。


 クロエとは朝食の時も顔を合わせたが、昨日の夜にテンションが高かったせいもあるだろうが、朝は苦手らしい。

 特に会話らしい会話はしなかった。

 ちなみに、俺のこの身体も朝は低血圧気味できつい。

 マリーは朝からシャキッとしてるので、本当に偉いと思う。


「じゃあ、荷物まとめたら行きますか」


 鞄に服や小物を詰め込んだ。



 クロエの部屋にマリーと二人で入ると、クロエは椅子に座ってなにか書き物をしているところだった。


「あれ、なにしてるの?」


 そう聞くと、クロエは顔を上げた。


「日記よ。いろんなことがあったけど、昨日は書き切れなかったから」


「へぇ、そうなんだ」


 と、のぞき込もうとしたところで、クロエが手で覆い隠した。


「ちょっとアリス、デリカシー無い」


「あ、ごめん……」


 すると、後ろからマリーに肩をつつかれた。

 背筋ほどでは無いが、ビクッと身体が反応した。


「だから……つっつくの止めてよ。普通に声をかけてってば」


「アリス、男言葉とかたまに混ざってるけど、一応ここ屋敷の外だし、誰か聞いてるかもしれないから」


 とマリーが扉を指さした。


 たしかに、忍者がいる屋敷でうかつだった。

 いまはその忍者たちが活動している時間帯だ。

 めったなことは言わない方がいい。


「そ……そうだね。コホン、クロエ様、言葉遣いに気をつけて話します」


 すると、クロエがマリーの方を見た。


「そんなの大丈夫よ。私、昨日の男言葉のアリスも新鮮で好きだけど」


 好き!?


 いきなり強いワードを言わないでほしい。


「ええ、私もそうです。でも、やっぱり部外者に聞かれると、無作法だと思われるでしょうから」


 と、マリーが説明する。


 たしかに、男言葉を使う女とか、すごく育ちが悪いと思われてしまうだろう。


「えぇ~。そんな。じゃあ、今日はそのままで居る気なの? 最後の日なのに? それより、アリスとマリー、本当に今日帰っちゃうの?」


 クロエが俺とマリーの顔を見た。


「そういう予定になってます」


 と、俺が答えると、マリーが俺の脇腹にチョップを入れてきた。


 軽くやったつもりだろうが、突然の刺激で動揺して転びそうになる。


「だ、だから、マリー、そういうのやめてって……」


「もう、アリス、その答えは無いでしょ。もうちょっと心ある言葉は無いの?」


 マリーがあきれた顔をする。


「マリーが男言葉を使うなと言うから、冷静なメイドを演じようと努力していたんだけど」


「もう」


 マリーがぷんすか怒る。


 なんなんだ。


「アリス、演技とかいいから、普通にしようよ」


 と、クロエも俺に言った。


「でも、マリーの言うとおり、やっぱり男言葉はまずいですから。とりあえず、これで我慢してください」


「あー、なんか、壁を感じる」


 クロエが日記に、『壁を感じる』って書き込むのがチラリと見えた。

 どんな日記だろう。


 クロエはインクが乾くのを待ってから日記を閉じた。


「でも、本当に帰っちゃうの? ねぇ、二人ともうちで働かない?」


 クロエが身を乗り出してきた。


「そう言ってもらうのはうれしいですが、難しいよね、アリス?」


 とマリーが俺を見る。


「難しい……ですね。拾ってもらった恩もあるし、いきなり出て行くのはちょっと……」


 そう答えると、クロエが下唇を噛んだ。


 そして、少し考えるように下を見た。


「ねぇ、マリー、お給金、いまの3倍出すから来ない?」


「さ、3倍……?」


 マリーが明らかに動揺する。


 そりゃそうだ。

 この世界でこの年頃の女性が稼げる額というのはたかがしれている。

 クロエの申し出は破格と言っていい。


「でもクロエ……たぶんそんなことメイド長が許さないと思いますよ」


 と、俺が指摘した。


「なんでよ?」


 クロエが首をかしげる。


「私を呼んだのは一時的な支出だから許せたとしても、毎月の出費となると厳しく見られるはずです。それになにより、他の使用人と比較されます。マリーの給金がメイド長より高くなったら、メイド長はどう思いますか?」


「それは……たしかによくないかもね」


 クロエがうつむいた。


「だから、そういうことは止めましょう。また、そのうち来ますから」


「そのうちって……」


 クロエがつぶやく。


「それに、もうお金のことは結構です。正直な話、今回もすごい額をもらっている割に大したことはしてないから申し訳なくて……」


「ずいぶんと、謙虚ね」


 クロエが顔を上げた。


「正直なことを言うと、クロエのことを知らないときは、よく分からない成金から金をふんだくってやろうって思ってましたよ。でも、これだけ仲良くなっちゃうと、すごく申し訳なくなってきて……」


 と言いかけて、その具体的な金額を思い出した。


「たしか50万エリス……50万!?」


 日本円換算で、500万円相当だ。

 この屋敷に来て三日間、クロエとわちゃわちゃやっただけで500万!?

 たしかに大変は大変だったけど、俺の中の金銭感覚が壊れる。


「や……やっぱり減額しましょうか?」


 俺がクロエに聞くと、クロエは首を振った。


「サロンで人前で払うと行った以上払わないなんて、私の格好がつかないじゃ無い。それに、二人ともお金がないんでしょ? 受け取ってよ」


「でも、さすがに額が高すぎて……」


「受け取って」


 クロエが俺の目を見ていった。


「……はい。アルフォンスと分けた後にマリーと分けます」


「それ駄目でしょ。呼ばれたのはアリスなんだから」


 と、マリーが俺に釘を刺す。


「う……その辺は、屋敷に帰ってから考えます。クロエ、ありがとう」


 クロエの目を見て本音でお礼を言うと、クロエはちょっと顔を赤くした。


「ふん。弱っちくて貧乏でどうしようもないんだから、なにかあったら私を頼ればいいのよ!」


 と、そっぽを向いた。


「ツンデレ……?」


 そうつぶやくと、意味が分かっていない様子でクロエがちらりと俺を見た。

 まぁ、通じるわけが無い。

 日本語の発音をそのまま言っているから、分かるわけが無い。


「でも、本当に帰っちゃうの? 私、二人と会ったのが一昨日なんて信じられないんだけど」


 クロエが俺とマリーの顔を見た。


「たしかに、そうですね。初日は私が上に立っていたのに、昨日で完全に逆転されて……思い出すのをやめよう。とにかく、いろいろありましたね」


 と、総評を述べる。

 マリーじゃ無いが、すでに俺も帰る気分になっている。


「そうですね。私もクロエとは仲良くなれました」


 と、マリーも人に聞かれることを意識した丁寧語でクロエに話しかける。


「ちょっと、二人とも……なんかその感じ嫌なんだけど。もっとラフに話してよ」


「できる限りはフランクに話しているつもりなんですが……?」


 俺が言うと、クロエは頬を膨らませた。

 あ、その顔、かわいい。


「もう! んー……私まだ離れたくない……」


 クロエがもごもごと小さな声でつぶやいた。


「クロエ、私たちもう友達ですから、なんだったらクロエからうちへ遊びに来てください」


 とマリーが言う。


 あ、そっか。その手もある。


「私もマリーも一応使用人なので、ご主人様の許可無く勝手に外に出るわけにはいきません。でも、クロエが私たちの屋敷へゲストとしてくるのであればそれは自由です」


「そ、そうね。でも、バロメッシュは私を招待してくれるかしら」


 クロエが暗い顔をする。

 自分がサロンであまりいい顔をされていないのは自覚しているらしい。


「そ、それは、私とマリーで推薦しますから」


「じゃあ……今から行ってもいい?」


 と、クロエが顔を上げて俺を見た。


「え? い、今から?」


 俺は面食らって言いよどんだ。


「だ、だって、また明日から一人とか……嫌」


 とクロエがうつむいて、それからチラリと俺の目を見た。


 そ、そういう仕草、禁止!


「う、うーん……ご主人様がどういうことを言うか分かりませんが、頼んでみますが……」


 でもちょっときついよなぁ、いくらなんでも当日いきなりは……。


 そういうニュアンスを込めて返事をした。


「そう? やった!」


 クロエの顔が一気に明るくなった。


 あ、ニュアンス伝わってない。

 これは本気で行く気だ。


「じゃあ、早速、荷物を詰めるのを手伝ってね。ばあやも呼ばなきゃ」


 あっけにとられる俺とマリーを後にして、クロエは元気に動き出した。


 行動力すごいな……。



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