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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第2章 豪商のお嬢様
55/216

靴屋

 結局、クロエとマリーに順番に肩を借りながら靴屋までたどり着いた。

 痛いとは言え、ゆっくりならば一人でも歩けたのだが、雰囲気を壊したくなかったので素直に肩を借りたのだ。


 靴屋は小さな店で、日本の靴屋と違って靴がずらっと並んでいるということは無かった。

 壁に置いてあるのはたった5つの靴のサンプルだけで、量販店では無くオーダーメイドで作る店だと言うことが一目で分かった。


 店に入った俺とマリーはすでにおののいていた。


「た、高そう……」


 マリーがつぶやく。


「うん……」


 俺も頷く。


「ふん、たいしたことないわよ。ほら、採寸してもらいなさい」


 クロエが奥から出てきた店員に声をかけると、店員は丁寧に応対して物差しのような物を持ってきた。

 そこにあった椅子に座って、店員が足のサイズを測るに任せる。

 冷たい物差しが足に当たるたびに身体がぴくっと震えそうになるのを意思の力で必死に押さえ込む。

 足でさえ、他人に触られるとこんなに反応するなんて、どうなってるんだこの身体。


 ようやくのこと採寸を終え、店員がクロエと言葉を交わしてから店の奥に入っていった。


「あんた、男でしょ? なに、ビクビクしてんの?」


 と、クロエがいたずらっぽい目で俺を見てきた。


「ビ、ビクビクなんてしてないよ。足を人に触られるのがくすぐったいだけ」


「ふーん?」


 クロエが分かっていないような声を上げた。

 クロエも敏感族なはずだが、この身体ほどでは無い。

 きっとクロエはこの程度は平気なのだろう。


「クロエ様、アリスは肌とかすごく敏感なんですよ。とくに背中とか触ると大騒ぎです」


 と、マリーがクロエに告げ口する。


 あ、余計なことを。


「あ、マリー、だっけ? 別に様とかつけなくていいから」


「え、でも……」


「いいって。私もマリーって呼ぶから」


 いつの間にかちょっと仲良くなっているらしく、マリーとクロエが軽く笑った。


 仲直りしてくれて本当に良かった……


「で、なに、アリスってそんなに敏感なの? 男なのに?」


 クロエが場所をわきまえずに男・男と連呼する。


「ク、クロエ……外なので男、男って言わないでよ。私だって、外だから女言葉で演技しているのに」


「あ、そっか」


 クロエが軽い口調で答えた。


「それに……敏感なのは男とか女とか関係ないから。単純にこの身体の感度がおかしいの」


「でも、男でしょ? 我慢すれば?」


 クロエが首をかしげる。


「あの……だからもう……」


 ここまで来るとセクハラなんですけど。

 意思の力の範囲には限界があるんですけど。


 下を向いてため息を吐く。


「背中かぁ……」


 クロエから嫌なセリフが聞こえたと思ったら、背中にゾクゾクという嫌な感覚が上ってきた。

 続いて、変な刺激が背筋から身体全体に響いて、視界が一瞬白くなる。


 うわ、おい、なにを……


「ふあっ……あぁっ……」


 変な声が漏れて、慌てて口を押さえる。


 誰かに聞かれてないか!?


 口を押さえたまま抗議の視線をクロエに向けると、クロエは目を丸くしていた。


 クロエが俺の背中に指を走らせたみたいだ。


「な、なにこの反応……」


「でしょ? アリスって本当に敏感なんですよ」


 マリーも苦笑いを浮かべる。


「ちょ、ちょっと、なんでそういうことをするわけ!? しかも、外でやらないでよ!」


 思わず声が高くなる。


「えー、こんな身体の癖して、昨日私をいじって偉そうにしてたわけ? 笑っちゃうわよね」


 クロエがニヤニヤ笑う。


 なんだか知らないが、クロエが調子づいている。


「もー……だからもう止めてよ……。あれは、ちょっと悪乗りしただけだから……」


「はいはい。外ではもうやらないわよ。屋敷に戻ってから存分にいじってあげるわ」


 クロエがいたずらっぽい顔をする。


「いや……やめてよ」


 俺はため息を吐き出した。


 マリーとクロエの険悪な感じは無くなってきたので、本当によかった。

 もうクロエは俺に興味を失って、ただのおもちゃだと思っているのだろう。

 それはそれでちょっとさみしいが、平和に越したことは無い。


「あと、アリスには他にも面白い話があるんですよ。最初の時に安い下着を着せたら、その生地の毛羽立ちだけで悲鳴上げてて、本当にかわいかったんですから」


 と、マリーがクロエに言う。


 言わないでほしい、そんなこと。


「へぇ、そうなの? じゃあ、今度思いっきりゴワゴワした服を用意してあげるわ」


 と、クロエも悪乗りして俺の顔を見る。


「だから、止めてよ」


「他にはなにかある?」


 とクロエがマリーに聞く。


 仲よさそうでいいけど、人の黒歴史を掘り返さないでほしい。


「マリー、その辺で止めてよ……」


「いいじゃん。減る物じゃないし。あ、そうそう、アリスってすごく自己催眠にかかりやすいんです。それでうちのご主人様にキスされていたし」


「え、男なのに?」


 とクロエが目を丸くする。


「あ゛ーも゛ー、二人とも止めてほしい! せめて、人目の無いところにして!」


「どこに他に客がいるの?」


 と、大げさにクロエがあたりを見回してみる。

 この小さい靴屋に居る客は俺たちだけだ。


「他のお客さんが来るかもしれないし、奥にだって店員さんが居るでしょ」


「お客さんが来たら止めるわよ。今はいいじゃ無い。それに、今は特急で靴を作ってるのよ? 店員だって私たちの雑談を聞いてる暇なんて無いわよ」


 クロエが軽く答える。


 黒歴史を言われるこちら側としては、そんな気楽な気分では居られない。


「もー……」


「それにしても自己催眠ってどういうこと?」


 クロエがマリーに聞く。


「この前は完全に女の子になりきって、うちのご主人様に口説かれてとろけてたんです」


 と、マリーが楽しそうに言う。


「やめてって……」


「えー、なにそれ、楽しい。ねぇ、今なんかやってみてよ」


 クロエが俺の顔を見る。


「い、嫌です。それに自己催眠とかかかるわけないでしょ。単純に身体が女だから女方向に振れちゃっただけです」


「ねぇねぇ、どうやって催眠に掛ければいいの? 私もやってみたい。昨日のお返しに」


 クロエが悪乗りしてマリーに聞く。


「え? それはわからないです。どうやったの?」


 とマリーが今度は俺に聞いてきた。

 何で俺が自分で墓穴を掘らなければいけないんだ。


「知らないよ。ただ単純に、『私は女』って何度も言ってたらそういう気分になっただけ。言っとくけど、あれは偶然だから」


「わ、なにそれ、単純」


 クロエが馬鹿にしたように言う。

 悪気があって言ってるわけじゃないようだが、ちょっと腹が立つ。


「じゃあ、なんかもっとおもしろい催眠にかけようよ。そうだ、昨日のお返しで、私のことが好きになるように自己催眠かけてよ」


 とクロエがふざけて言ってきた。


「やらないし、やってもかからない」


 仏頂面でそう言い返したが、クロエは引かない。


「あれー? 靴代は誰が払ってあげるのかなー?」


 その言葉で俺はマリーを見た。

 マリーも笑ってる。


「あーはいはい、分かりました。じゃあ、一回だけやってやるよ。うーん、あのときの感じだと……」


 暗黒のガールズ面に落ちたときのことを思い出す。

 女方向に墜ちると突っ込み能力が効かなくなって、無意識のままに行動するようになる。

 あれは本当に危ない。


「うーん、まず、女モードに移行してから催眠をかければいいのかなぁ……って、かからないからね?」


「はいはい。いいからいいから」


 と、マリーまで笑って煽る。


「もう……絶対に意味ないけどね。えーと、俺は女……じゃなくて私は女……私は女……私は女……」


 口で言いながら、頭の中でも繰り返す。

 最初は違和感があったのがだんだんなじんでいき、特に疑問を持たなくなってくる。


 そうそう、私は女だよね。


「えーと、後はクロエが好き……クロエが好き……」


「大好き、死ぬほど好き、ってしといて」


 クロエがふざけて言う。


「はいはい。わかりましたよ。私はクロエが大好き、死ぬほど好き……死ぬほど好き……好き……好き……」


 繰り返すが、当然なにも起こるはずは無い。

 いくら私でもそんな簡単に催眠にかかったりしない。


「い、言いましたよ。これでいいですか?」


 そう言うと、クロエが驚いた顔をしてマリーを見た。


「マリー、アリスが今何か変わったよね……?」


「はい。多分今アリスが言うところの『女モード』なんじゃないですか?」


「へぇ……え、こんなに変わるの?」


 クロエがまじまじと見つめてくる。


「ちょ……そ、そんなに見ないでください」


 顔が赤くなってくるのを感じたので、視線をそらす。


「え、えぇ!?」


 クロエが驚いた顔をして、またマリーの方を見た。


「ど、どうなってるの? これが昨日私に熱いスープを飲ませようとした人?」


 クロエがマリーとこそこそと話をする。


「でしょう? だから、ご主人様に襲われるんですよ」


「たしかにこれは……え……無防備すぎでしょ。これ、男の前に出したら駄目だって。好きなようにいじって遊んでくれって言ってるようなものじゃん」


 クロエが心配そうな表情のまま、マリーに同意を求めた。


「でしょ? だから放っておけないんですよ」


 と、マリーがなぜか誇らしげな顔をした。


「それにしてもこれは……本当に……くやしいけど、かわいい……」


 クロエがまたまじまじと見つめてくるので、手で顔を隠した。


 な、なんか、クロエに見られるとめちゃくちゃ恥ずかしい。


「だから、あんまり見ないでください。本当に恥ずかしいんですから!」


 すると、クロエはよだれでもたらしそうになったのか、口元を押さえながらマリーを見た。


「やっぱり、うちで雇う。毎日いじめたい」


「駄目です。アリスは私のものですから。それに、この状態でずっといるのもよくないらしいです」


「それはそうかもね。これ、昨日のアリスの面影全然無いし……」


 と、クロエが顔を近づけてくる。


「み、見ないで」


 恥ずかしくなってまた顔を隠す。


 クロエが素直に顔を離す。


 だが、それがなにか私からクロエが離れていくように感じた。

 あわてて反射的にクロエの腕をつかむ。


「うわ……え、なに……?」


 クロエがうろたえるが、そのままクロエの腕を抱え込み、クロエの指と私の指を絡めた。


 クロエが好き……好き……死ぬほど好き……。


「なにって……?」


 私はクロエがなにを言っているのか分からず、首をかしげた。

 私はクロエが好き。


 あれ、でもクロエは私のことを好きじゃ無い?

 そういえば、さっきからなんかちょっと馬鹿にした態度を取っているし……。


「クロエは、私のこと好き……ですよね?」


 そう聞くと、クロエは目を見開いてマリーを見た。


「マ、マリー、アリス本当に催眠にかかってるじゃ無いの!?」


「み、みたいですね。アリス、戻ってきて。ほら!」


 マリーが私の額をベシンと叩いた。

 痛い。


「な、何するんですか、マリー」


「あれ、ねぇ、アリス、どうやったら催眠が解けるの?」


 マリーが私の顔をのぞき込む。


「催眠? ……え?」


 なんのことを言っているか、よく分からない。


「さっき、『私は女』とか『クロエのことが好き』とか催眠かけていたでしょ」


 と、マリーが言う。


 何を言うのか。

 私は女だ。

 この私を見て男だという人が居るだろうか。

 それに、クロエのことを好きなのは私の気持ちであって、それ以外の何物でも無い。


「なんのこと?」


 私は真顔で聞き返した。


「え、嘘……」


 マリーが愕然とした表情を浮かべた。

 クロエも困った顔をした。


「ど、どうすればいいの?」


「どうすればって?」


 私が聞き返すと、クロエが手を解こうとしたので、固く握りしめる。


「は、離さないでください!」


「な、なんで?」


「なんか、どこかに行っちゃいそうだから」


「私はどこにも行かないから、ほら、ね?」


 クロエが子供に言い聞かせるように私に言う。

 私は子供じゃ無いし、そういうお為ごかしは信じない。


「いいえ、逃がしません」


 クロエの手を握ったまま、引き寄せた。

 そのまま、私の隣にクロエを座らせ、その肩に私の頭を預けた。


「クロエー、あんまりいじわるしないでくださいね」


「い、意地悪なんかしてないわよ」


 クロエの言葉がちょっとだけ震えている。

 でも、大好き。


 私とクロエを見ているマリーが、ポンと手を打った。


「もう一度催眠をかければいいんじゃないかな。逆に『クロエが嫌い』って催眠をかければ」


「え……」


 クロエが嫌そうな顔をした。


「それって、この素直さで嫌いって言われるんでしょ? それは……さすがに嫌かな」


 と、クロエが言う。


 二人は何を言っているんだろう?


「じゃあ、『クロエが少し好き』程度にすればいいんじゃない?」


「それくらいなら……ほら、アリス、私の言うことを聞きなさいね?」


 と、クロエが言った。


「ん……なんですか?」


 クロエの顔を見る。


「いい? 『クロエが少し好き』という言葉を10回……いえ、30回繰り返しなさい」


「そんなこと言われなくても、クロエのことはすごく好きですけど……」


 すると、クロエがかーっと顔を赤くした。


「もう! その素直な感じでそういう台詞を言うな! 昨日の方がまだ心中穏やかだったわよ! いいから、言う!」


「うーん……」


「嫌いになるわよ?」


「……はい」


 なんだか分からないけど、言わないといけないらしい。


「えーと……クロエが少し好き……クロエが好き……死ぬほど好きでたまらない。もうどうしていいかわからないくらいに……」


 そう言うと、クロエが私の手を強く握りしめた。


「『少し好き』って言って!」


「は、はい。分かりました。意味わかんないことさせますね。えーと、『クロエが少し好き』『クロエが少し好き』『クロエが少し好き』……」


 回数を数えながら言っているうちに、すっとそれがなじんできた。


 そして、クロエの腕を抱えるようにつかんで指のすべてを絡め、クロエの体重を預けている自分に気がついた。


「あ……ごめん」


 体重をかけるのを止め、腕を放したが、指を離すのは惜しく、指はそのまま絡めておいた。


「アリス、指も離そう?」


 と、マリーが言う。


「え、いいでしょ。クロエも嫌がってないし」


 実際、クロエも特に嫌そうなそぶりをしていない。


「ま、これくらいならいいかな」


 と、クロエが笑う。

 あー、その笑い方、好き。


「あーもー、好き!」


 クロエに軽く抱きついて頬にキスをした。


「これで『少し』……なの?」


 クロエがあっけにとられた顔で、マリーに向かって聞いた。


「さぁ……今のアリス的にはこれで『少し』なんじゃないですかね」


 クロエとマリーが私を無視して変なことを言い合っている。


 本当に、なんなんだ?

 でも、私の頭もなにかおかしい気がする。

 ぼーっとしているような、起き抜けのような、寝不足のような……。

 まぁ、いいか。別に用事があるわけでも無し。


「ま、ちょっと楽しませてもらおうかな。役得だし」


 と、クロエが私の手を軽く引っ張りながらマリーに言う。


「うーん、どうしよう。でも、私も解き方がわからないし……アリス、大丈夫? おかしな感じしない?」


 マリーが私に聞いてきた。


「ん? 私なんかおかしい? ちょっと頭がはっきりしない感じはあるけど、昨日寝不足したっけ?」


 そう答えると、マリーが困った顔をした。


「あー……駄目そうね」


「まー、役得役得」


 しかし、クロエはうれしそうだ。


 すると、奥から店員が出てきた。

 その手には布の靴のようなものを持っている。


「クロエ様、お待たせいたしました。何分、急ぎで作らせた物ですから、裁縫や見栄えが完璧とは言えませんが、ひとまず歩くぐらいは問題ないかと思います」


「あら、本当に早かったわね。ほら、アリス、履いてみなさい」


 クロエに渡された靴を履くために、クロエから手を離す。

 すこしさみしい。


 でも、クロエに買ってもらったと思うと、本当にうれしい。

 履いてみると、足にぴったり合った。

 これなら違和感なく歩けそうだ。


「うん。いい感じ。クロエ、ありがとう」


 すると、クロエの表情が一瞬固まって、困ったようにマリーを見た。


「ちょっと、なんなのこの素直な人は。もうちょっとひねくれた風に返してくれないと、私もどう反応すればいいかわかんないんだけど」


「私に言われても……」


 とマリーも困った顔をする。


 なんか、この二人はおかしいな。

 私が寝ぼけているから頭に入ってきてないだけかな?


 すると、店員がわざとらしく咳払いをした。


「こちらでよろしかったでしょうか」


「え、ええ、いいわ。支払いはうちにつけておいてね」


「承知いたしました」


 店員に見送られて、私たちは通りに出た。


 横を歩くクロエの手を握る。


「え……」


 クロエがちょっと驚く。


「いいでしょ?」


 と首をかしげて聞く。


「い、いいけど……」


 クロエが小さく答えたので、そのままクロエの指に私の指を絡める。


「ね、ねぇ、アリス、私とも手を握る?」


 マリーが手を出してきた。


「うん、そうしよう」


 マリーと手を握ると、マリーが指を絡めてきたので、私も指を絡めた。


 両手をクロエとマリーとつないで、通りを歩いて行く。


「これ……人に見られてないよね?」


 クロエがささやくように言う。


「ど、どうかしらね」


 と、マリーが返す。


 ん?

 別に女の子同士で手をつなぐくらい、普通でしょうに。


「この後、どうする?」


 と、マリーが言う。


「正直、考えてなかったわよ。こんなことになると思ってなかったし。普通にそこらの店を冷やかして回って最後に甘味処でも行って終わりにしようと思ってたけど……」


 クロエが困ったように言う。


「いいんじゃないですか。私もアリスも普段なかなか街には来れないからせっかくなので」


 マリーが答える。

 二人とも、私の意見は聞いてくれないんだ。

 ちょっと不満。


「んー……まぁ、私もそれでいいけどね」


 と、私もふてくされ気味に答えた。


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