昼食
「こちらでございます」
メイド長に案内されたのは食堂だった。
ここもアルフォンスの屋敷の食堂とかなり雰囲気が似ている。
壁に高そうな絵が掛かっていて、皿や料理が豪華な以外、基本的には似たような様式だ。
「やっぱり、昔の由緒ある屋敷を買いとったのかな……」
などと考えながら、メイド長の指示で俺とアリスは部屋の隅に立たされた。
「ここで立っていてくださいませ」
「配膳とか給仕は?」
「それは私どもでやります。アリス様とマリー様にやらせて難癖をつけるつもりでしょうが、そんなことをさせるわけにはいきません」
「立ってるだけでいいんですか?」
「結構です」
メイド長はそのまま厨房の方に駆けていった。
「大変そう……」
「だよね……」
と、俺の横に立つマリーもつぶやいた。
俺とマリーが部屋の隅で立ったまま待っていると、例のお嬢様、クロエが食堂に入ってきた。
サロンではあまりよく見れなかったが、こうしてみるとやはり美少女だ。
ま、俺ほどでは無いが。
背は俺より少し高いが、年齢はおそらく同じくらい。
銀色の長い髪をさらさらと揺らしながら歩いてくる。
服装は気合いの入ったドレス姿だ。
いくら豪商の娘でも家の中でまでそんな気合いの入った服装をしないはずだ。
ということは、俺たちにメイド服で居させて、自分だけ豪奢な衣装をまとうことで、立場の上下を分からせようとしている。
なんて、いけ好かない。
「きれいな娘だね」
と、マリーがささやく。
「見た目はね」
と、俺もささやく。
クロエは優雅に座ると、豪奢な料理に手をつけた。
それにしても豪奢すぎる。
ロブスターのようなでかいエビを一匹丸々蒸したものや、フルーツを何重にも重ねた見事なデザートが並んでいる。
いくら金持ちでも、普段の食事、しかも夕食では無く昼食であれほどのものを食べるだろうか。
しかも、量がかなりある。
「マリー、もしかしてあれって私たちの昼食だったんじゃ無い?」
一応人前なので、ささやき声も女言葉を使った。
「そうね。あの、模様付きのお皿は普段使い用では無くゲスト用のお皿ね」
マリーもあきれた声を出す。
「逆に意地悪いのもあそこまでいくとすごいよね」
「そうね」
と、小さくささやき合う。
「ちょっと」
クロエがきつい声を出した。
「なんでございましょう」
クロエの横にいた二十代半ばと思われる気の弱そうなメイドが返事をする。
「あんたじゃないわ。あの、メイド、特に銀髪の方にも仕事させなさいよ」
と、俺の方を指さした。
「お嬢様、あの方はお客様ですから」
とメイドがいさめようとするが、クロエは聞かない。
「違うわよ。50万エリスも払って雇ったのよ。仕事させなきゃもったいないじゃ無い」
「お嬢様っ」
メイドが困ったように声をかけるが、クロエは口をとんがらせてそっぽを向く。
うわっ、ひっぱたきたい。
ちらっと部屋の隅を見ると、そこに先ほどのメイド長がいた。
お、いつの間に。
あそこまで完璧に気配を消しているとは、メイドも修行を積むと忍者になれるのだろうか。
そして、そのメイド長が深く頷く。
「わかりました。給仕をさせていただきます」
マリーが横で心配そうな顔をしたが、頷いてクロエの横に進み出る。
すると、気の弱そうなメイドがすまなそうな顔をして下がる。
「あら、やっと来たわね。さぁ、ついでちょうだい」
クロエが空になったコップを差し出す。
先ほどのメイドがポットを俺に渡してくれたので、それを受け取ってコップに注ぐ。
クロエがそれを不機嫌そうに飲む。
「スープが冷めたわ。替えてきて」
とクロエが手元の器を指さす。
しかし、湯気が出ていてとても冷めているようには見えない。
「冷めてないようですが……」
「はぁ? 私が冷めてるって言ってんでしょ。替えてきて! あんた、メイドでしょ?」
うわ、なんて高飛車な。
メイド長の方を見ると、メイド長は悟ったような諦めた顔をしていた。
俺が見ていることに気がついたらしく、メイド長と視線が合った。
うん。
どこまでできるか分からないが、とにかく金ももらっているしできるだけのことはやろう。
俺は、やってもいいか?的な視線を送った。
メイド長が頷く。
よし、許可は取った。
「お嬢様、それが冷めているとおっしゃいましたね。なら、一気に喉に流し込んでみてもらえます?」
「……はぁ?」
クロエお嬢様は反撃されると思っていなかったらしく、一瞬あっけにとられた間があった。
「冷めているなら一気に飲めますよね?」
「な、なに言ってんの? 私が冷めたスープなんか飲むと思ってるの?」
「私はとても冷めているようには見えませんが。熱々のように見えますよ」
さきほどメイドが運んできたばかりだ。
湯気も出ている。
「それはあんたの目が腐ってるのよ」
「じゃあ、飲んでもらえます? 一気に飲み干してくれたら、なんでも言うことを聞きますから」
「へぇ、なんでもね」
クロエがニヤッと笑う。
「ふん、こんなの……熱っ」
クロエが器をしっかりつかもうとして、手を離す。
やっぱり熱いでしょ。
おいおい、嫌がらせをする割には嫌がらせスキルが低いじゃ無いか。
「あれ、お嬢様、どうしたんですか? まさか熱いとか言いませんよね。さっき冷めてるって言いましたよね?」
と、煽る。
「は、はぁ? 冷めてるに決まってるでしょ」
クロエが熱が伝わらないように器の縁を慎重につかむ。
そして、それをそっと口元に持ってきて、少しだけすする。
「ほ、ほら、冷めててどうしようもないわ。さぁ、新しいのを持ってきて」
「あれ、そうですか? とても冷めているようには見えませんでしたが」
「は、はぁ!? あんたほんとどういう目をしてるの。馬鹿なの!?」
「ええ、馬鹿な私にも分かるように、そのまま一気に喉に流し込んでください。そうしたら納得しますから」
「な……」
クロエが器を持ったまま固まる。
そして、助けを求めるように気の弱そうなメイドに視線を向けた。
そのメイドは何も気がついていないように澄ました顔をしている。
すると、今度はクロエはメイド長に視線を向けた。
やはりメイド長も澄ました顔をしている。
「あ、あんた、ほんとに私に飲めって言うの? やけどしたらどうすんの!?」
クロエが俺を見て怒鳴った。
普段の感受性ならすくみ上がるところだが、金に目がくらんでいるのと男モードよりの内面のため、案外なんともない。
行ける。
今の俺ならガンガン行けるぜ!
「おっと、冷めていると言ったのはお嬢様ですよ? さぁ、一気に飲み干してください」
たたみかける。
「そんな……」
クロエは一瞬うろたえたが、それでも器に口をつけた。
しかし、やはり熱かったらしく、少しだけ飲んで口を離した。
「おっと、それでは冷めているように見えませんね。さぁ、もっとぐっといってください」
「な、なら、あんたが飲んでみなさいよ!」
「私は熱いっていいましたよ。冷めていると言ったのはお嬢様です」
「ぐっ……」
クロエは器を持ったまま、俺に気づかれないように液面に息を吹きかけだした。
そっとやっているつもりだろうが、バレバレだ。
しかし、思ったよりも煽り耐性の低いお嬢様でよかった。
ネットの暴言の嵐を駆け抜けて来た現代日本人にとってはあまりにレベルが低すぎる。
ふっ、圧勝だな。
しかし、ここまでおちょくっていいものだろうか。
不安に思ってメイド長に視線を向けると、メイド長は貞淑に手を組んだまま、手は動かさずに小さく親指だけを立てた。
意外とノリがいいな、メイド長。
「フー、フー」
視線をクロエに戻すと、まだスープに息を吹きかけている。
「あれ、お嬢様。いつになったら飲んでくれるんですか?」
「冷めてるから暖めてるのよ」
クロエが苦しげに言い訳をする。
「そうですか。早く飲んでいただけないでしょうかね。そうしたら、もっと熱々のスープを持ってきますから、ちゃんと飲んでくださいね」
クロエがスープに息を吹きかけるのをやめて、器をテーブルの上に置いた。
「ふ、ふん、こんなまずいスープ飲んでられないわ」
「へぇ、まずいんですか。それは残念」
俺は目の前の気の弱そうなメイドに声をかけた。
「この館の料理人は何名ですか?」
「え? 料理長と手伝い2名の3名ですが」
気の弱そうなメイドが答えた。
「料理長は一人なんですね」
「はい」
俺はクロエに向き直った。
「そうですか。でも、料理長は一人だそうですから、他の料理も同じようにお嬢様のお口に合わないんでしょうね」
「なっ……誰もそんなこと言って……」
「でも、まずいとおっしゃいましたよね。全部同じ料理長の味付けですよ」
「そ、そんなこと言ってないでしょ!」
「じゃあ、そのスープ飲んでもらいましょう。あ、冷めすぎました? じゃあ、もっと熱々のを入れてきますから、それを一気に飲み干していただきますから」
「な、なんでそうなるの!?」
「どうします? 熱々のスープを一気に飲みますか? それとも食べるのを諦めますか?」
「え……」
あえて、二つとも酷い選択肢を持ってきた。
別の選択肢を提案すれば逃げ道がある。
しかし、クロエは完全にその選択肢にとらわれたようだ。
やはりチョロい!
クロエは困った顔をして、スープと他の料理を見比べている。
「ふ、ふん、いらない。こんな料理、いらないわ」
クロエは不機嫌そうに立ち上がると、乱暴に歩いて食堂を出て行った。
気の弱そうなメイドが、音を立てないように仕草だけで拍手をした。
え、あんなのでよかった?
正直、やり過ぎて引かれるかと思ったんだけど。
「アリス様、さすがでございます。私どもにはなかなかああいうことはできませんので、助かります」
メイド長まで満足げな笑みを浮かべながら俺に近づいてきた。
「え、ちょっとやり過ぎたのかもと思ってるんですが……」
「いいんですよ、あれくらい。なにしろ、身内の者が言っても全く聞く耳を持ちませんので。アリス様のように外の方に強く言っていただくのはいい薬になります」
メイド長が大変満足そうに頷く。
そ、そうですか。
背中をつんと突っつかれた。
「ひゅおうっ!」
一瞬、人前では絶対に見せてはいけない感じの痙攣をしてから、振り返るとマリーがいた。
「マ、マリー、背中はやめて……」
「あ、まだ弱いんだ」
マリーが少し気まずそうな顔をした。
「弱いよ! やめてよ! なに!?」
「え、アリスってああいうのも出来たんだって思って」
「ただ難癖付けただけなんだけど……」
「へぇ……でも、なんかすごかった」
マリーがなんか感慨深げな表情を浮かべた。
別にマリーにそういうことしないから、勘違いしないでいただきたい。
振り返ると、メイド長が期待に満ちた目を俺に向けていた。
「さぁ、アリス様、さっきの調子でどんどんやってくださいまし。三日間しかないのですから、ここは徹底的にやっていただかないといけません」
「あの……別にやることは悪くないのですが、執事さんからは部屋でじっとしていてほしいという話でしたが……」
と言うと、音も無く扉からその執事のおじいさんが入ってきた。
おい、この屋敷の人間はみんな忍者か。
「いえ、是非ともお願いします」
と、執事のおじいさんも頭を下げた。
「あ、そうですか……」
「さぁさぁ、善は急げです。こんな機会はまたとございません。お嬢様のお部屋に行きましょう」
メイド長が俺の手をつかんで引っ張る。
「え、今すぐ?」
「なにしろ三日しかありませんから、アリス様の居るうちに少しきつい目に遭わせてやりたいのでございます」
「そ、そうは言っても、こっちも加減が分からないので……」
「加減などお気になさらず。ガンガンやってくださいまし」
「い、いやいや、本当に加減が分からないので。特に、クロエ様は煽り耐性がなさ過ぎるようなので、やり過ぎても酷かと思います」
「いえいえ、では脇で私が控えていまして、行き過ぎましたら止めに入ります。ですから、アリス様は一切手を抜かないでお嬢様に目に物を見せてやってくださいませ」
目に物を見せるって……敵討ちじゃ無いんだから。
「ま、まぁ、大金をいただいているのでその程度のことはさせていただきますが……」
とりあえずそう答えた。




