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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第1章 バロメッシュ家
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一応、動ける

 少女がいなくなってから、気持ち悪くなるのを我慢してベッドの上で体を動かした。

 腕を動かし、足を動かす。

 やはり、まだまだ気分が悪くなるが、少しずつでも慣れていかないとどうにもならない。


 腕と足を小刻みに動かしていると、窓から煙が見えた。


「立てる……か?」


 ベッドから足を出して、床に足をつけてみる。

 全く重心が安定しない。

 仕方が無いから、ベッドと壁をつかんでふらふらしながら窓をのぞき込んだ。

 焼却炉と思われるレンガの塊から煙が出ている。

 その横で先ほどの少女がゴミを次々と放り込んでいるのが見える。

 本当に燃やしてくれたようだ。


 そのまま、転ばないように逆の動きをして、ベッドの上に戻る。


 安心したためか、急に眠くなる。

 うつらうつらとしていると、扉が開いた音がして目が覚めた。

 窓の外を見るとすでに夕方のようだ。


「ちょっと時間空いたけど、大丈夫だった? なにかある?」


 入ってきたのは先ほどの少女だった。


「燃やしてくれて、ありがとう……」


「いいよいいよ、気にしないで」


 本当にいい娘だ。

 俺は目から涙が出て……


 え?


「あ、あれ?」


 頬を涙が伝わっていくのが分かる。

 だけど、別に泣くような場面じゃないはずだ。

 ただ、ありがたいと思っただけなのに。


「うん、大変なことがあったんだよね……きっと」


 少女がそっと俺の手を握ってくれた。


 え、まじ天使なんですけど。


 涙が倍加する。


「あ、あれ、こんな……なんで泣いて……」


「大丈夫大丈夫」


 手を握られながら、涙を流す。

 どういうわけか涙が止まらない。

 悲しいわけでもなく、うれしいわけでもなく、ただ猛烈に感謝しただけなのに、とにかく涙が流れていくる。

 男の時はこんなことなかったはずなのに。


「逃げてきたってことは……いろいろ大変だったんだろうね」


「え……それは……」


 どうもつらい境遇を思い出して泣いていると思われているようだ。

 その方が都合はいいけど、とにかく涙が止まらない。

 なんだこれ。


「涙、止まらない……」


「大丈夫だって。泣きたいときもあるよ」


「で、でも……」


 正直、みっともないので泣くのを止めたいのだが、どうやっても涙が止まらない。

 駄目だ。このままだと、涙に全部思考が流されてしまう。

 意思を強く持て、俺。


「え、えっと、私……が道に倒れてから何時間ぐらい経ってるの?」


 涙がポタポタ垂れるまま、少女に聞く。


「え? 倒れていたのは昨日だよ。一晩中うなされたり吐いていて、すごい状態だったけど」


「昨日!?」


 驚いた途端に、涙が止まった。

 正確にはじわっとにじんではいるけど、ポタポタ垂れるほどではなくなった。


 気を失ってから数時間後に気がついたと思ったのだが、なんと一晩経っていたらしい。

 その上、相当酷かったらしいが、その部分の記憶は無い。

 おそらく、あまりに脳みその衝撃が大きくて、まともに記憶ができる状態ではなかったのだろう。

 記憶があるのは、さきほど洗面器のやりとりをしたところからだ。


「ねぇ、お医者様を呼ぼうかどうか相談してたんだけど、呼んだ方がいいかな」


「え? だ、大丈夫。もう大丈夫……だから」


「そうだよね。すごく具合悪そうだったけど、熱もなかったし、普通の病気じゃなさそうだったもん。やっぱり、すごく嫌なことがあったの? あ、言わなくてもいいけど」


「う、うん。ちょっとストレスで……」


 といいながら、視線をそらした。

 我ながら説得力が無い。

 ただのストレスで一晩中吐きまくるほど具合悪くなる人が居るのだろうか。

 体の全感覚が不一致になるストレスは、ストレスと呼べるレベルの出来事じゃない。


「よかった。えっと、ご主人様がそろそろ帰ってくるはずだから、ちょっと話せるかな?」


 俺はメイド姿の金髪美少女が「ご主人様」とナチュラルに発音する場面にあっけにとられた。

 物語でしか存在しない出来事が目の前で起こっている。

 ご主人様とか、一度くらい言われてみたい。


 って、それどころじゃない。


「ご主人様……って、この館の主だよね?」


「うん」


「え、こ……怖い人?」


「いや、そんなことないと思うよ。一応貴族だけど、優しい人だよ。私があなたを見つけたら、すぐに部屋を確保してくれたし、看病に専念していいって許してくれたもん」


 やはり、気を失う前にチラリと見た男だろう。

 しかしどんな姿だったか全く記憶が無い。

 とにかく、お礼は言わなければならない。


「わ、分かった。会うよ」


「うん、よかった」


 と、少女が部屋を出て行きそうになったので、あわてて引き留めた。


「なに?」


「ええっと、私、この世界の作法……じゃなくて貴族の世界の作法とかわからないんだけど。なにか無作法をしたりしないか心配で……」


「あぁ、大丈夫だって。そんな気にしなくてなんとかなるよ」


 少女が軽く答える。

 そんな適当な。

 ここでその貴族の機嫌を損ねたら、この世界の俺の居場所がなくなってしまうのだ。

 なんとか気に入ってもらわないと行けない。

 少なくとも、満足に体が動かせるようになるまでは。


「それから……トイレ。そろそろ限界」


「あぁ……。じゃ、私の肩に掴まって」


 と、俺は美少女の肩に掴まってトイレまで行ったのだった。

 当然ながら奇妙な体験だったが、ここでは多くは語らない。


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