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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第1章 バロメッシュ家
34/216

女→男

 夕食が終わって皿を片付けているとレベッカが話しかけてきた。


「ねぇ、なんか男たちが帰り際に変な話をしてたんだけど……」


「え?」


 皿をいったん横に置いて、レベッカに振り返る。

 レベッカは変な目で私を見ている。


「なんか、あんたとキスをしたとか言ってたけど……なにかされたの?」


「あ……」


 しまった。

 そうだ、レベッカが好きな相手が居るんだった。


「あ、ごめん。実は……なんか勢いでキスをしちゃって」


「はぁ!?」


 レベッカが目を丸くする。


「で、でも、ほっぺとか額だから。それに全員平等だから! 特定の誰かを狙ったりしてないから! か、勘違いしないで!」


「な、なんでそんなことになってるのよ!?」


 相当驚いているらしく、レベッカの口がぽかんと開いている。


「ん、んー……なんだろう。この姿になってから初めて同年代というか、元の年齢を考えると年下の男の子に出会ったもので、なんだか盛り上がっちゃったみたいで……い、意味わかんないよね」


「意味わかんないわよ!! なんか、やたら盛り上がってたわよ、あいつら」


 レベッカが眉をひそめる。


 ここは謝らないとまずいだろう。


「ご、ごめん。レベッカが気になってる相手に手を出しちゃって……」


「は?」


 レベッカが首をかしげた。


「レベッカ、たぶんあのジャンって男の子が好きなんでしょ?」


 すると、レベッカがちょっとたじろいだ。


「ば、馬鹿っ! そういうこと、面と向かって言う!? そりゃたしかにちょっとは気になってたけど……でも、ちょっとよ。そんなに仲が進展してたわけじゃないし……」


 レベッカが恥ずかしそうに小声で言う。


 なるほど。

 たしかに、もしジャンに完全に惚れていたら、中身男の私とキスしようとかいうはずがない。

 ちょっと気になってる程度だったのかもしれない。


「と、とにかくごめんね」


「まぁ、いいけどさぁ。でも、気をつけなよ。あいつらの盛り上がり、半端なかったわよ」


 ジャン少年とキスしたことはあまり怒っていないようで、むしろ私を心配する様子でレベッカが言った。


「あ~……だろうね」


 冷静に考えてみれば、かなり大胆なことをしてしまった。

 こんな美少女にキスされればそれは盛り上がるに違いない。


 友達としてキスをしたと言っても、この地域ではあまり一般的な行為では無い。

 でも、かわいすぎてがまんできなかったんだよなぁ……。


「ほんと危なっかしいなぁ」


 レベッカがあきれた顔をする。


 そんな話をしていると、突然アルフォンスが厨房に入ってきた。


「おい、アリス、お前なにやってるんだ!?」


 厨房に入ってくるなり、男が私を見て大声を上げた。


「え!?」


 思わず声を上げた。


 この厨房はフィリップとメイドの領域であり、ガストンやアルフォンスが入ってくる領域では無い。


「な、なんでこんなところに……」


「そんなことはいい。おい、なにをやって……」


 と、男は私の手元を見た。


「……片付け中か。早く済ませてから、書斎に来い」


 そう言って、不機嫌そうに厨房から出て行った。


 後に残された私とレベッカは目を見合わせた。


「ど、どうしよう……お、怒られる」


 不安で身体が細かく震えてきた。


 この身体になってから怒られることになれていない。


「だ、大丈夫だって」


 レベッカが手を握ってくれた。


「そ、そうかな……」


「片付けは私がやるから、行ってきなよ」


「ありがとう」


 私は手を洗って厨房を出た。


 廊下でマリーと出くわす。


「あれ、アリスどうしたの? そんな顔をして」


「ちょ、ちょっとご主人様を怒らせちゃって……今から謝りに行くところ」


「そういえば、まだ戻っていないみたいだけど……なにかやったの?」


 と、マリーが私の顔を見る。


「ま、まだ、なんか私おかしい?」


「うん、おかしいと思う。心配だから私もついて行こうか?」


「お、お願い」


 本当はレベッカにもついてきて欲しかったぐらいだ。

 マリーに付き添われながら、書斎の扉をノックする。


「失礼します」


「入れ」


 マリーとともに部屋に入ると、男は不機嫌そうに部屋の中で立っていた。

 いつもは座っているはずなので、座っていられないほど機嫌が悪いようだ。


「ん? マリーまで来たのか?」


 男が意外そうな顔をする。


「アリスがいろいろとご迷惑をおかけしているようですが、私たちがアリスをいじり回しているのも原因だと思います。あまり怒らないでやってください」


 と、マリーが男をまっすぐ見て言う。


 とてもありがたい。

 でも、いじり回しているっていう自覚があったんだ、という突っ込みも入れたくなる。


「いや、別に怒るつもりでは……」


 と男が言いよどむ。


 え、さっきめちゃくちゃ怒ってたじゃんか。


「あ、あの……手伝いで来ていた男の子たちにキスしたことですよね?」


 そう聞くと、横に居たマリーが目を丸くした。

 マリーはまだ知らなかったようだ。


「ああ、そうだ。俺がお前にキスしたことは悪かったが、だからってなんでもない男たちとキスをすることは無いだろ……」


 と、男が額に手を当てた。

 声がちょっと弱々しい。


「は? い、いや、そんなんじゃないですよ。別にご主人様とのキスとか全然関係ないです」


 そう言うと、横に居るマリーがぼそりとつぶやいた。


「なんかおかしいと思ったら、やっぱりご主人様とキスしてたんじゃない……」


 うわ、怖い。


 男の方は首をかしげた。


「当てつけじゃ無いのか……? なら、なんでそんなことをしたんだ」


「えっとー自分でもよくわからないんですが、男の子たちを見たらめちゃくちゃにかわいすぎまして……抑えきれなくなって……」


 すると、男が変な顔をした。


「ん……なんだ、お前は年下が好みなのか?」


「そ、そういうわけじゃないですよ」


「ほ、本当だろうな?」


 男がなにか不安そうな顔をする。


 何を考えているんだろうか。


「まぁ、それならいいが……」


 と男がつぶやく。


 怒られると思って頭を低くしていたが、どうも様子が違う。


 頭を上げて姿勢を正すと、男が咳払いをして不自然な様子で近づいてきた。


 なんだろう。


「お前……男にキスをするのは抵抗感無いのか?」


「あ、そう言われると……」


 そういえば、私、元々男だったもんね。

 男と男だと考えると非常に気持ち悪い。

 ただ、今自分が女だと認識してるので、あまりそういう感覚がない。


 あれ……それっておかしいような……


「ど……どうなんでしょうね?」


「おい、自分でわからないのか。それにしても、お前……男にキスをするならまず最初にする相手が居るだろう」


「は?」


「あのな。お前を拾ったのは誰だ? お前の給料を払ってるのは誰だ?」


「え、え~と、ご主人様です」


「だったらまず俺にキスをするべきだろ?」


 と、男がまっすぐ俺の目を見てきた。


 視線が真剣で危ない。

 とっさに視線をそらす。


「あ、あの~、ここそういう風習無いですよね。恋人以外がキスをするのは一般的では無いですよね」


「お前……片っ端からキスしまくってるやつが言う台詞か?」


 男が顔を手で覆う。


「っていうか……」


 ちらりと横目でマリーを見る。

 すでに知られているから、言ってもいいか。


「えっと……昨日、キスしませんでしたか。しかも、そちらから無理矢理」


「無理矢理じゃ無いだろ! 人聞きの悪い! それに……俺はお前からしてもらってないんだが」


 ん……な、なんだこの流れは?


「いや、この前……私のことを弟みたいな物だって言ってませんでした?」


「それはそれ、これはこれだ」


 男が言い切った。


 なんだか知らないが、今日のアルフォンスは振り切ってる。

 昨日のキスは男にとっても衝撃的だったのだろうか。


「べ、別に駄目って言うわけじゃないんですが……年上にキスするって言うのはちょっと」


「は? なんだそれ?」


 男が不機嫌そうに一歩踏み出した。


「だから、あの三人も好きでキスしたわけじゃ無くて、なんかかわいらしくていじりたくてキスしちゃっただけなんですよ。ご主人様は別にかわいいわけじゃないから、キスしたいとか思わないんですよ」


「そんな屁理屈を……」


 男がさらに一歩踏み出してくる。


「屁理屈じゃ無いですよ! 本当です!」


「じゃあ、尊敬の念を込めたキスとかしてみろよ」


 男がじっと私の顔を見てくる。


「あのぉ、私も居るんですが……」


 と、マリーがおずおずと言う。


 男が急に我に返ったように、マリーを見た。


「そ、そうだったな。アリスが男たちにキスをしたという話を聞いて、ちょっと動揺してな……」


 男が軽く笑ってごまかす。

 しかし、どう見てもごまかせていない。


「アリスを怒っていないなら結構です。それより、昨日からアリスがおかしいんです。ご主人様、昨日アリスにキス……したんですよね?」


 言いにくそうにマリーが聞く。


 面と向かって聞くその度胸がすごい。


 思い出して私まで顔が赤くなる。


「あ、ああ……だがあれはアリスがいいと言ったからしただけで、別に俺は……」


 男が言いよどむ。


「それからだと思うんですが、アリスが変なんです。ね、アリス?」


 と、マリーが私の顔をのぞき込む。


「う、うん。でも、何がおかしいのか分からないんだよね」


「私が見たところだと……なんか、昨日から完全に女の子になってたと思う」


 と、マリーが言う。


「え? な、なにが?」


「アリスってね、すごくかわいい女の子だけど、でもちょっと無理して演技してる感じが時々伝わってきたの。そうですよね、ご主人様?」


 マリーに同意を求められた男は首をかしげた。


「そ、そうだったか?」


 男は全然気がついていなかったらしい。


 その答えにマリーは軽いため息を吐いて、私に向き合った。


「だから、元々男だって聞いたときに、驚いたけどすごく納得しちゃったんだ」


「そ、そうなんだ」


 さすが、女の勘。

 違和感まで読まれていたらしい。


「でも、昨日から……なんか、そんな無理して演技している感じがなくなっちゃって、ああ普通の女の子だなって感じがしたんだよね」


 と、マリーが困った顔をした。


「あ、あぁ……」


 そう言われると思い至るところがある。

 そうだ、最初にアルフォンスにキスをされた時から、なんかふわふわして変な感じだったんだ。

 あれがきっかけで私の気持ちがなにか変わってしまったんだ。


 ん……私?


 なんか思考の独り言がおかしくないか?


「あ、あれ……そ、そうだ。ご主人様にキスされたときになにかが変わって……」


 その言葉にマリーが非難の目を男に向けた。


「もう、何をするんですか! アリスは繊細なんだから変なことしないでください!」


 非難された男は一瞬ひるんだが、すぐに言い返した。


「お、おい、毎日キスしまくっているお前たちが言えたことか?」


 その言葉にマリーが気まずそうな顔をする。


「気づかれてたんですね……」


 そりゃそうだ。

 特にレベッカとか露骨すぎて、あれで気がつかない方がおかしい。


 とにかく、元に戻さないと。


「な、なんか頭の中まで女になりきってるみたい。ま、まずい……」


 でも、どうすれば治るのか分からない。


「ど、どうしよう……」


 そうつぶやくと、マリーが少し考え込んだ。


「あのさ……アリス、最初からずっと演技頑張ってる感じだったでしょ。それをずっと続けていて、結局ここまで来ちゃったんだから、一度演技をやめてみたら?」


 と、マリーが顔を上げた。


「演技をやめる?」


 私は首をかしげる。

 もう演技しているという気分すら無いので、どうやれば演技を止められるのか分からない。


「そう。元々男の子だったんでしょ? もっと乱暴な感じで、言葉遣いも男にしてみたら?」


 マリーの言葉がすっと心にしみこんだ。

 たぶん、それだ。


「あ、あぁ、なるほど。そ、そうだね……よし……」


 えーと、私は男……


 じゃなくて、俺は男……俺は男……


「私……じゃなくて、俺……い、違和感が……元に戻れって、俺!」


 思い返してみろ、俺。


 俺は男で大学生まで生きてきたわけで、間違いなく男。


 女のフリをしているのはごく最近のことで、根本は男。


 男の魂を思い出せ!


「よ、よし……大丈夫だ。俺は男。ま、ちょっと女の格好してるけど、男だから」


 男言葉を口に出すと、なんだか自信が出てきた。


 日本語では表現しにくいが、この世界の言葉は男言葉と女言葉がかなり明確に分かれている。


 身体の緊張が解け、腕がだらりとぶら下がる。


 そうだ、男の時のリラックスした時って、こんな感じだったな。


 片足に体重をかけて、腕を組んだりして、と。


「この身体でこういう感じの振る舞いをするのは初めて……かな。まぁ、一人の時に男言葉を使うことはあったけど、人前で男言葉を使うのも初めてだし……。変だったりしない?」


 ちょっと心配になって、マリーの様子をうかがった。


 マリーがぽかんと口を開けている。


「ん? マリーどうした?」


 そう聞くと、マリーがガシッと俺の腕を握った。


 途端に刺激が走る。


 敏感なのは身体の特性なので、どう振る舞おうと変わらない。


「つっ! ちょ、ちょっと手加減してくれる? 敏感なのは変わらないんだから」


「ご、ごめん」


 マリーがそっと手を離す。


「で、でも、アリス……その感じすごくいい!」


 マリーが上気した目で俺を見る。


「え、なにが?」


 首をかしげる。


「見た目はアリスだけど、なんかちょっと男の子っぽい! それすごく好き!」


「そ、そう?」


「うん!」


 マリーが目を輝かせて、顔を近づけてくる。


「わ、マリー、近い近い! アルフォンスがいるだろうが!」


「ねぇ、ドキドキしてる?」


「してるよ! ってか、人前だから!」


「ねぇ、キスして」


 と、マリーが顔を近づけてくる。


「いや、人前! ちょっとマリー!」


 マリーの肩を掴んで押し返す。


 男の方を振り返ると、男は当惑した様子で俺を見ている。


 ふと、男にキスされたことを思い出す。


 背筋がぞわぞわしてくる。

 うわっ、気持ち悪い……。

 あ、これ、感覚男に戻ってるな。


「な、なるほど……言葉だけでは無く振る舞いもすこし変わるんだな。これは……初めて見たな」


 男が当惑しながらも、俺の全身をガン見してくる。


 うーん、なんかちょっと気色悪いなぁ。


「あんまり見ないでもらえます? 正直、気色悪いんで」


「なっ……」


 男がショックを受けた表情を浮かべる。


 おっと、言い過ぎたかな。


「あ、悪気は無かったんですよ、すみません。とにかく、男言葉を使ってみたら、なんだか昔の感覚が戻ってきました。これで大丈夫だと思います」


「そ、そうか、それはよかった……」


「もう、手伝いに来た男どもにキスとか絶対にしないから安心してください」


 俺はノリよく親指を立てた。


「そ、そうか」


 男が視線をそらす。

 どうも、態度の変化が男にとっては衝撃的らしい。


 まぁ、無理も無いか。


「用事はもうありませんかね?」


「あぁ、ない」


 男がぎこちなく頷いた。


「じゃあ、これで」


 俺は頭を軽く下げて、書斎を出た。


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