レベッカはキスできない
書斎を出て、機械的にモップを持って、機械的に掃除を始めた。
「掃除掃除……」
身体は掃除の動きをしているし、掃除掃除なんてつぶやいているけど、頭の中はさきほどのことでいっぱいだった。
「な、なんで……なんで? え? え?」
この身体は美少女でかわいいから、エロ心でベタベタ触りたいのは元男として分かる。
でも、なんでキス?
だって、中身男だって分かってるのに、なんでキスするの?
「分からない……」
なんでだろう?
うーん……アルフォンスは私が元男だったということは知っているが、実際に見たことは無い。
ということは、きっと知識としては男だと分かっていても、直感的に女の子として見てしまっているのだろう。
え?
ちょっと、まった。
それ、まずくない?
「い、いやいや! 大丈夫! 大丈夫だって! 弟だって言ってたし、さっきのは絶対にただの気の迷い! 忘れろ忘れろ! 向こうだってそんなつもりでキスしたわけじゃ無いって!」
自分でも分かるほど慌てながら、モップを振り回して掃除をしていく。
なんか余計に埃を散らかしているかもしれない。
「ち、違う違う違う! へ、変に意識するんじゃない! 意識するから向こうだって変に意識してキスとかしてきたんだ! ああもう! 違うから!」
モップをいったん壁に立てかけて、頬を触った。
すごく頬が熱くなっている。
「落ち着け……落ち着くんだ、私。なんでこんなに動揺してるんだよ! マリーやレベッカともキスしてるのにこれくらい……」
と、ふと視線を感じて振り向くと、本当にレベッカがいた。
「あれ? ずいぶん顔を赤くして……な、なにかあったの?」
先ほどはずいぶん機嫌悪そうだったレベッカだが、割とニュートラルな感じで聞いてきた。
「い、いや、なんでもないです……」
手で顔を仰いで、とにかく熱を冷ます。
でも、まだほてってる感じがある。
「……なにかあったでしょ」
さすがに異変に気づかないわけがなく、レベッカがまた聞いてきた。
「だから、なんでもないですって。ちょっとうっかり……」
「へぇ、ご主人様といちゃついてたの?」
と、レベッカがちょっと嫌な感じで言った。
「い、いや、違いますって」
慌てて視線をそらす。
でも、それが不自然なのは私自身も承知している。
「ま……そこは口出さないけどさ。今日の分、私にキスしてくれる?」
と、レベッカが顔を近づけてきた。
近づけてくる勢いがいつもよりすごい。
「あ……は、はい」
ここでごまかすと、逆に変に思われるかもしれない。
とにかく、いつもみたいにキス……
え……レベッカにキス?
「どうしたの?」
私の様子を見たレベッカが怪訝な顔で目を細めた。
「あ……い、今更なんですけど、女同士でキスっておかしくないですか?」
「ん……だってアリス、元男でしょ?」
と、レベッカが怪訝な表情のまま首をかしげた。
「そ……そうなんですけど。あれ……?」
なんだか奇妙な気分になってきた。
「まさか、逃げようって言う気?」
と、レベッカが恫喝じみた口調で言った。
「え……えっと……」
レベッカにキスをする。
そのイメージが全然わいてこない。
たしかに今まで私はレベッカにキスをしていたわけだけど、なんでキス出来ていたんだろう?
全くそんなことができる気がしない。
「ご、ごめん……ちょ、ちょっと無理」
「は?」
レベッカがすごく怖い声を出した。
「じ、自分でもよくわかんないけど、とにかく無理! ど、どうしてもっていうなら、レベッカからキスして。な、なんとか耐えるから」
耐えるから、という最後の台詞でレベッカの表情が変わった。
「ああ、そう。そういうこと言うんだ。じゃあ、覚悟してよ」
レベッカの目が真剣になる。
「は、はい。か、覚悟します」
なぜか素直にそう答えてしまって、自分でも驚く。
あれ、レベッカには私からも結構文句を言えていたはずなのに、なんか全然言えない。
とにかく、目をつむった。
「行くからね」
レベッカの声に、小さく頷いた。
どんなキスが来るか。
不安と期待というか変な気分が混ざった状態で、待った。
ま、まだ?
あれ?
まだ来ない?
じ、焦らすなぁ……ど、どんなキスを……
あれ……いい加減、遅すぎないかな?
そっと目を開ける。
「ん……?」
レベッカが顔を赤くしたまま動けずに固まっていた。
「ど……どうしたの?」
そう聞くと、レベッカが視線を私に合わせた。
「で、できるか馬鹿! そっちからやってよ! ふん!」
そう怒鳴ると、金縛りが解けたようにきびすを返して早歩きで厨房の方に行ってしまった。
「は……?」
意味が分からない。
い、いいや、仕事をしよう。
仕事をしていればいつもの感じに戻れるだろう。
今の私はなにか変な気がする。
絶対に変だ。




