エドワード
◆第三王子
俺はゲストルームでガチガチになって座っていた。
隣ではマリーがメイド服を着て隣に立っている。
マリーが友達として横に居るとおかしな構図になってしまうので、メイドのふりをしてアドバイスをするということになっている。
「だ、大丈夫? お、おかしいところないかな……」
シンプルだが上質な生地を使ったブラウスを着て、黒いロングスカートを履いている。
執事からはドレスをすすめられたが、それは突っぱねて、できるだけカジュアルな格好にしたのだ。
「大丈夫。アリスは何を着ていてもかわいいわよ」
「あう……褒めてくれるのはうれしいけど、そういうんじゃなくて……」
「そんなに気にしなくていいでしょ。断るんだから」
「ま、まぁ、そうなんだけど」
俺はドギマギしながら椅子に座っているが、隣で立っているマリーは意外と落ち着いている。
執事から話が振られたときはマリーも動揺していたが、待っている数日のうちに覚悟を決めてしまったらしい。
でも、当の本人は全然覚悟が決まっていない。
落ち着かない……落ち着かない……
とにかく、出来るだけ事務的に振る舞って興味がないということを示さないといけない。
どんな人なのかなぁ……
「王子か……どんな人なんだろ……」
足をもぞもぞさせながら呟く。
「アリスの場合、この世界の人じゃないってことは相手は知っているんだから、多少失礼があっても怒らないわよ」
「ま、まぁ、そうだとは思うけど。緊張する……。最悪の場合、アルフォンスに迷惑がかかったりしないかな……心配」
ずっともぞもぞしていると、廊下の外で物音がした。
どうやら玄関の方に来客が来たらしい。
「き、来た……」
「アリス、落ち着いて。顔、真っ青になってるわよ」
マリーが自分の頭をポンポンと撫でてくれた。
「あ……気持ちいい。も、もっと撫でて……」
「これ以上やるととても人にお見せできない顔になるでしょ」
「う……そうだった……」
物音がこちらに近付いてくるのを感じた。
そして、扉の前で会話しているのが聞こえてきた。
「確かに英雄とやらに会ってはみたかったが、まさかこんな形になるなんてな。ジスランの奴、私が嫁探しに来たとでも勘違いしているようだ」
「いいじゃありませんか。美人ならもらってしまいなさい」
「アロイス、お前はいつもそういう適当なことを言う」
「面倒くさい家から嫁をもらうと大変ですよ。私にも嫁とその実家に手を焼いている友人がたくさんいます」
「たしかに世界の果てから来た英雄ならばそういう面倒ごとはないが……だが中身は男だというじゃないか。さすがにそれはなぁ……」
どうやら王子は一人でいるわけではなく、連れの男と会話をしているようだ。
「一目ご覧になればわかります。非常にかわいらしい方です。主人も私もエドワード様が気に入られると確信しております」
と、これは執事の声だ。
執事が王子と男の二人を案内しているらしい。
「あー、そうかそうか。たしかに私も新聞で記事を読んだよ。随分と褒めちぎってあった」
「あんな記事を信じてはいけませんよ。ああいうものは大げさに書くものですからね」
「わかっている。そうそう絶世の美女なんてものはいないものさ」
そんな会話が聞こえてくる。
あー……記事を読んできているんだ。
あの持ち上げまくった記事を読んでいるのか……ますます気が重くなる。
それにしても、このゲストルームの扉、音漏れが酷い。
「でも、向こうも乗り気じゃないみたい」
顔を見上げてマリーを見ると、マリーも頷いた。
「よかったわね」
どうやら王子は物珍しいから見に来たと言うだけであって、お見合いというつもりは全く無いらしい。
ジスランさんと執事も当てが外れたな。
これなら大丈夫そうだ。
緊張はするけど普通に対応すればなんとかなりそうだ。
「アリス様、エドワード様がいらっしゃいました」
執事が扉を叩き、扉を開けた。
廊下から二人の男が入ってきた。
一人はお付きの者と思われるキツネっぽい顔つきの男。
もう一人が30前後の乗り気で無い顔をした茶色がかった金髪の男だ。
その金髪の男が第三王子だろう。
王子と言うからどんな人かと思ったが、意外と地味で、学者みたいな風貌の人物だった。
「こ、こんにちは」
俺が頭を下げてから上げると、その王子と目が合った。
王子はポカンと口を開けた。
それから困ったような顔でキツネ顔の男に視線を向けた。
「お、おい、これは……」
「エドワード様、失礼ですよ」
「あ、あぁ、そうだな」
王子がこちらに向き合ったので、俺は練習していたようにドレスの裾を掴んで丁寧にお辞儀をした。
「ア、アリスと申します」
「ん、あ、あぁ、エドワードだ」
相手が王族だけに儀礼的な挨拶とかあると思ったのだが、エドワード王子はそれだけで済ませるとソファに座り込んだ。
そして、じーっと俺の顔を見てくる。
い、いや、その……だからそういう視線が苦手なんだってば。
「あ、あの、あの、あの……そ、そんなに見られると恥ずかしいので……」
顔が赤くなってくるのを感じながら手で顔を隠す。
最初の頃の過敏さは少しマシになってきては居るが、それでもそんなに熱心に見られたら恥ずかしい。
横でマリーが『なに可愛く振る舞っているの』という意味でわざとらしくくしゃみをした。
そう言われても、恥ずかしい物は恥ずかしい。
「こ、これは済まない。まさか本当にこれだけ……なぁ? アロイス、なんか言え」
「いえいえ、殿下がこれだけ女性に対して困惑するのは珍しい。なかなか興味深い光景です」
キツネ顔の従者がニヤニヤしながら答えた。
「茶化すなっ」
王子は従者とかなり仲がいいようだ。
お互いに軽口をたたき合っている。
「会って早々に失礼ですが、あなたが元々男性だったというのは……本当でしょうか。お姿を見るとどうも信じられないものですから」
王子が怪訝な顔で聞きにくそうに言った。
やっぱそれはそう思うよなぁ。
自分で見ても完全に美少女だし……。
でも、ここはきちんと男だと宣言しておかないといけない。
「は、はい、本当です。今はこんな姿ですが、男でした」
「そ、そうなのか……」
王子は面食らった顔をした。
そして、ぎこちなく頷いた。
「殿下、記事の通りの女性でしたな。意外とゴシップ誌もあなどれませんね」
「あ、あぁ……」
従者の軽口に対しても、王子は言い返すでも無く曖昧に頷いた。
それから、王子は矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
「前の世界は……」
「この世界の感想は……」
「不便していないか……」
「欲しいものがあるか……」
なんだか、王子が必死に話しかけてくる。
話が盛り上がって、ぐいぐい身を乗り出して来る。
それに一生懸命答えていると、隣でマリーが咳払いをした。
見上げると、マリーがギロッと俺をにらんだ。
「申し訳ありません。アリス様のお化粧が乱れていますので少しお時間いただけないでしょうか」
「あ、あぁ、構わない」
王子の返事を聞いて、マリーは俺の手を掴んで部屋の外に連れ出した。
化粧は極軽くしているだけなので、あきらかに化粧は口実だ。
ゲストルームから離れて声が届かない距離まで移動すると、マリーがあきれた顔で俺を見た。
「事務的に対応するだけじゃ無かったの?」
「い、いや、聞かれたから答えていただけだよ……」
「自覚してないみたいだけど、すごくうれしそうに目を輝かせているのよね。絶対、王子も勘違いするわよ」
「そ、そんなつもりないんだけど……」
そういえば、そうだった。
この顔は普段はすごく無防備で、いざ人と話すと目が輝くような表情になるのだ。
魅了の魔法でもかかっているんじゃ無いか、と自分で突っ込みたくなるぐらいだ。
「無意識なのね……。ほんと、アリスって無防備」
また無防備って言われた。
「ど、どうしよっか」
「婚約者がいることを早く伝えておきなさいよ」
「あ、そ、そっか……」
あまり長く空けると失礼なので、足早にゲストルームに戻る。
すると、王子は従者と話していた。
「顔が崩れていましたね。なかなか見られない顔でした」
「アロイス、いくら俺でも怒るぞ!」
「もう怒っているでは無いですか。おっと、お戻りですよ」
「ん? あ、あぁ、気にしないでください。是非お話の続きを」
王子がこちらに向く。
そして、身を乗り出して来る。
それがすごい勢いなので、ちょっと驚いた。
「あ、あの……先にお話ししたいことが……」
「な、なんですか?」
「実は……」
婚約者がいると言いかけて、言葉が止まった。
よく考えてみれば、この状況で初対面の相手に婚約者がいるというのは変な感じだ。
『あなたは私に興味があるようですが、私には婚約者がいるのでそれは無理です』と言っているのと同じだ。
それって相手に失礼では?
普通の相手ならいいけど、王子相手にそれはまずいような。
相手も『別にお前に興味ないのに、なに勘違いしてるんだ?』とか憮然とするかも知れない。
「え、えーとー……」
「はい」
やば、どう言えばいいんだ。
困っていると、マリーが咳払いをした。
「僭越ながら、私が代弁致します。実はアリス様はアルフォンス・バロメッシュ様と婚約をされております。王子といえどもあまり親密にするのはアルフォンス様に悪いのでは無いかとアリス様は気にしております」
マリーが代わりに言ってくれた。
しかも自分が言うよりも気まずくならないような言い方で。
いつもマリーには助けられていて、感謝しか無い。
いざというときには頼りになって、すごい。素敵。
「な、なるほど、そ、そういうことだったのですか」
王子は少し動揺した様子で、わざとらしくお茶に口を付けた。
それを従者がにやにやしながら見ていた。
「随分、お気に入りじゃないですか。そんな露骨にがっかりされなくても」
「アロイス、いい加減にしてくれ! あぁ、気にしないでください、こういうやつなんですよ」
王子は従者を叱りつけながら、愛想笑いを浮かべた。
「しかし、婚約とのことですが、アリス様は元々男性なのでは?」
従者が突っ込んで聞いてきた。
王子よりも従者の方が堂々としている。
そ、それ聞く……?
普通聞かないよなぁ。
「アロイス、お前、少しは口を慎め!」
「申し訳ありません。ただ、興味があったものですから」
王子と従者が俺の返事を待っている。
王子も従者を叱ったものの、それについて興味があるようだ。
えー……言うの……?
結構羞恥プレイなんだけど……。
「そ……その……す、好きと言われて、じ、自分も嫌いじゃ無かったんですけど……。でも、元々男ですし、いつ元の世界に帰ることになるかわからないから、女になりきるわけには行かないと拒否していたんですけど」
俺の言葉にマリーの視線が厳しくなったのを感じた。
多分、『拒否? めちゃくちゃイチャついていたでしょ』って言いたいんだと思う。
「だ、だけどその……英雄のお墓を見て、過去にこの世界に来た方達も元の世界に戻れないと知ったんです。そうであれば女として生きていくしか無いわけですから、それならばそのお申し出を受けようと思って……こ、婚約を受ける形に……」
なんかこういうのを改まって話すのも恥ずかしい。
ムズムズしながら話すと、従者の男がキツネ顔な目をさらに細めた。
「ほほお。お相手とはどこまでいかれたんです?」
は、はぁ!?
そこまで聞いてくる!?
「ど、どこまでって、キ、キスまでですけどぉ!?」
自分の顔がゆでだこのようになっているのを自覚しながら答えると、従者の男は楽しそうに笑った。
「アロイス! 失礼だぞ! 申し訳ありません」
王子が頭を下げた。
「い、いえ、大丈夫です」
本当は大丈夫じゃ無いけど。
顔がめちゃくちゃ熱いけど。
「相手が居て当然だろうな……。これだけの女性ならば」
王子が独り言のように小さく呟いた。
「い、いえ、この見た目はこの世界に来たときにもらっただけで、中身はどうしようもない人間ですよ」
すると、王子はまた身を乗り出した。
「そんなことはありませんよ。魅力的ですよ」
「み、魅力的なんかじゃないです。わ、私は前の世界でも普通の人間で、この世界では隣に居るマリー含めて皆さんのおかげでなんとかやっているだけで、決してそんなに素晴らしい人間ではないです」
「そんなことはない! そんなに自分を卑下しないで欲しい。君は知性も魅力もある素晴らしい女性だとも!」
王子は少し大きな声を出して、ハッと我に返ったように声を落とした。
「失礼、少し声が大きかったですね。……あなたは素晴らしい女性ですとも。お相手の男性がうらやましい」
「い、いえいえいえ!」
「ご自分の魅力を分かられた方がいい。博識な上に美しくて謙虚で、本当に魅力的ですとも」
王子が俺の目を見てくる。
前の世界のことを軽く語っただけで、それほど博識なところを披露した覚えがはないが、とにかく王子は自分のことを褒めてくる。
な、な、なんだこの勢い。
すると、王子の従者がわざとらしく咳払いをした。
王子が従者を見返す。
「なんだ」
「申し訳ありませんね。しかし、この状況を前にして何も言わずにいられるほど私も大人ではありません。よくもお相手が決まっている女性相手にそこまでねばることができますね」
「なにもやましいことはしていないだろう!」
「これは失礼」
従者が肩をすくめる。
王子と従者の年齢は同じくらいのようだが、明らかに従者の方が上手なようだ。
「その……あなたはしばらくここに滞在されるのですか?」
王子が咳払いをしてから聞いてきた。
「そ……そうですね。本当はバロメッシュの家に帰りたいのですが、いろいろ事情があってここにいることになって……」
「分かりました。明日……は無理か。明後日……明後日にまた来ます。会っていただけますか?」
王子がじっと俺の顔を見た。
反射的に頷いた。
「は、はい。も、もちろん」
◆
王子が帰った後、様子を聞きに来た執事を追い返し、それからマリーは俺を困った顔で見た。
「ちょっと……断るんじゃ無かったの? 仲良くなってどうするのよ」
「婚約者がいるって言ったし、だ、大丈夫でしょ?」
「大丈夫……かしら。アリス、本当に表情をもうちょっと気をつけて」
「そ、そう言われても……」
「せめてもう少し男っぽく振る舞うとか。エドワード様、完全にアリスにぞっこんじゃない?」
「婚約者居るって言ってるから大丈夫でしょ……」
「どうかしらね」
マリーがため息を吐いた。
「それに、このドレスで男っぽく振る舞うとか無理だって……。この前ジャンに会ったときは少し男っぽく振る舞えた気がするけど、さすがに王子相手にそんな振る舞い出来ないよ」
「まぁ……終わってしまったことはしかたないわね」
マリーがまたため息を吐いた。




