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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第1章 バロメッシュ家
18/216

自分の正体を告白した

 その後レベッカは追ってこなかった。


 俺はモップを持ったまま廊下を歩いて行き、用も無く人気の無い廊下を右往左往していた。


「あ、頭ぐちゃぐちゃ……ぐちゃぐちゃ……ぐちゃぐちゃ……」


 変なことをつぶやきながら、とにかく右往左往する。


 男の時も、衝撃を受けて混乱することはあった。


 でも、今の状況はそのときとちょっと違う。


 本当に頭の中で糸がこんがらかってしまった状況で、なにをどうすればいいのか分からない。


「も、もう駄目。無理。吐き出さないと無理」


 誰かに話せばすっきりすることは直感的に分かっている。


 しかし、言う相手は居ない。


 レベッカもコレットにも話せない。

 どちらかに話せば当然マリーに伝わる。

 男にキスしたと思ったらマリーもショックを受けるだろう。


 そして、俺を男だと知ったマリーがどんな顔で俺を見るだろう。

 それを思うと、とても耐えられない。


「ほ、他に話せそうな相手……だ、誰か……」


 日々接する料理人のフィリップが頭にうかんだが、一瞬で否定した。


 気さくな男だが、そういうデリケートな話を出来る相手ではない。


 執事のガストンはそもそもほとんど話をしたことが無い。


 他に人……


「残ってるのはアルフォンスだけじゃん……」


 って、それは無理だろう。


 そう思っているのに、身体は勝手にモップをかけながら書斎の前にまで移動していた。


「い、いや、無理だって」


 書斎の前の廊下を左右にモップをかけ続ける。


「ア、アルフォンスに言うのか? 俺が男だって? あ、あの男に? な、ないだろ、それは……」


 目を白黒させながら、右往左往し続ける。


 考えよう。


 昨日の騒動で、すでにかなり嫌われている。


 今更男だと知られても好感度はそれほど変わらないかもしれない。


 それに転生者だと言えば逆に興味を持たれるかもしれない。


「よ、よし、話そう……い、いや、待て」


 書斎の方向に足を踏み出しそうになって、慌てて歩く方向を変えた。


 まだ考えが甘い。


 考え直そう。


 あの男アルフォンスは、俺を美少女だと思い、その美少女に好意を寄せて否定されて恨んでいるはずだ。


 しかし、いくら恨んでいると言っても、俺が美少女であることに違いない。


 なんだかんだで『また次の機会もあるだろう』という下心を持っているだろうし、それならばこの屋敷においてくれるかもしれない。


 しかし、もし俺が男だとばれたらどうなる?


 『善くも騙していたな』と本気で怒って、俺を屋敷の外に放り出すかもしれない。


 そうしたら、本当に野垂れ死にか、どこかの変態に拾われて酷い目に遭うコースだ。


 もしかしたら優しい人が拾ってくれるかも……なんて期待はできない。


 ここは異世界なのだ。


 どういう世界でどういう人たちが屋敷の外に居るのか分からない。


 俺には戸籍もないし、なんの身寄りも無い。


 それに、転生者なんて意味がわかるだろうか。


 もしかしたら、頭がおかしいと思われて精神病院とかに連れ込まれるかもしれない。


 この世界の精神病院とか、おそらく一生出てこれない収容所だ。


 それを思うと、歯がカチカチと震えた。


「む、無理。駄目だ。言うわけにはいかない! 言えないんだ! 我慢しろ、俺!」


 理屈では全部心の中に納めておけばいいと分かっている。


 でも、吐き出さないと頭が狂いそう。


 誰かに話したい。


「うぅ……く、くそ! どうすれば!」


 本当に困って、やけくそ気味にモップを壁にぶつけた。


「おい、扉の前でバタバタしてるのは誰だ! うるさいぞ!」


 突然、書斎の扉が開いて、男が顔を出した。


「あっ……」


 思わずモップを放り出してしまい、モップの柄が床に倒れ込んだ。


「なんだ……アリスか。用があるなら入ってこい。気になって仕方ない」


「え、えっと……」


「用があるんだろ。さっさと来いって」


 男が無造作に近づいてきて、俺の腕をつかんだ。


 やはりまだ機嫌が悪そうだ。


「い、行きますから、離してくだ……」


 と、言いかけているうちに、書斎の中に入ってしまった。


 男は壁際から椅子を持ってくると、それを執務机の前に置いた。


「ここに座れ」


「あ、すみません。本来は私が椅子を運ばないといけないのに……」


 そう言うと、少し男の表情が緩んだ。


「気にするな、本当に真面目だな、お前は」


 態度が柔らかくなったのを見て、俺も少しリラックスしてその椅子に座った。


 男は執務机の椅子を引っ張ってきて、俺と向かいに座った。


「で、どうかしたのか? 昨日のことか?」


「は、はい……あの……」


「まぁ……あれは俺も悪かったよ」


 と、男がちょっと気まずそうに視線をそらした。


「え?」


「俺も強引すぎた。逃げ道が無くて、マリーが好きだなんて突拍子も無いことを言ったんだろ? 悪かった。もう、あんなことはしない」


 俺は思わず男の顔を見た。


 その台詞に、俺の中のアルフォンス好感度がぐんぐん上がっていく。


「あ、い、いや、そ、そんな! 別に私も嫌だったわけじゃ無くて、ちょっと急だから困って……」


 と、勝手に口走っていた。


 おい、何を言ってるんだ、俺!


 そういう台詞を言うから、面倒になるんだ!


 口にチャック!


「そ、そうか。焦って済まなかった。もっとゆっくりと行こう……な」


 男が優しそうに言う。


「はい……」


 と、返事した。


 ん?


 いや、違うって!


 なに勝手に受け入れてるんだよ!


 前頭葉を無視して、勝手に反射反応で頷くなよ!


 感情のままに動くなーーー!!


「い、いや! 『はい』じゃないです! そ、そっちのフラグは立ちません! あきらめてください!」


「は? フラグ?」


 男が首をかしげる。


 フラグはそのままFURAGUという発音だったので、当然男には伝わっていない。


「と、とにかく、私が話したかったのは、そっちじゃなくてマリーさんのほうの話です」


「ああ、マリーか。あの後、どうしたんだ?」


 と、男が興味深そうに聞いてきた。


「その、昨日の夜マリーさんが私の部屋にやってきまして」


「ほお!?」


 男が身を乗り出す。


 あ、百合展開にご興味がおありですか?


 まぁ、俺もマリーも大変な美少女ですからね。


 お気持ちは分かります。


 でも、ちょっと露骨すぎますね。


「ちょ、ちょっと、身を乗り出さないでくださいよ」


「あ、あぁ、すまんな」


 男が気まずそうに首を引っ込める。


「そうしたら、マリーがいきなりキスをしてきて」


「なにぃ!? お前とマリーが!?」


 男の目がらんらんと輝いている。


 うん、その気持ち分かる。


 二人の美少女同士が同じ屋敷の中でいちゃついていたら、男なら誰でも興奮しようというモノだ。


「は、はい」


「お前ら、いきなりそんなところまで!? ちくしょう、見たかった」


 男が正直な感想を漏らす。


 うん、その正直さ、嫌いじゃ無い。


 でも、目の前に居るのは一応女の子だと思ってるんなら、もうちょっと気をつけた方がいいぞ。


「で、ですが、私がマリーを怒らせてしまって……」


「なんだ、キスのやり方が下手だったのか?」


 男が首をかしげる。


「ち、違うわっ! あほかっ!」


 心の中で使っていた関西弁が、ついに口に出た。


 実際には関西弁では無くいわゆる地方の訛り言葉で、日本における関西弁みたいな立ち位置の言葉だ。

 面倒だから関西弁と言うことにしておく。


 そして、関西弁が出ると同時に、手で男の肩をバシンと結構な勢いで叩いてしまった。


「あっ……」


 や、やばっ!


 男の表情が露骨に変わる。


「お、おい、いくらなんでも今のは無いだろ」


 男の顔が険しくなる。


 貴族の男は平民の女でも優しく接するが、女は女で礼儀を返さないといけない。


 今の行為は当然社会的にアウトだし、心情的にもアウトだろう。


 やば……


「す、すみません。ご、ごめん……」


「ふん! さすがに今のは気に食わないな」


 男の機嫌が本当に悪くなった。


 あまりにいたたまれない。


「も、申し訳ありません。こ、これで……」


 立とうとすると、素早く立ち上がった男に乱暴に腕を掴まれた。


「おい、それは無しだ。最後まで話してもらおう」


「す、すみません。乱暴なことをしてしまって」


「いいから座れ」


 男に言われ、しぶしぶ椅子に座り直した。


「それで、どうした?」


 男が機嫌悪そうに聞いてくる。


 機嫌が悪いときの威圧感が本当に半端ない。


「で、ですから、マリーを騙してしまったのが申し訳なくて、途中で拒否をしてしまったんですよ。本当はこんな姿じゃ無いから……あ……」


 あ……


 ああ……


 あああ!!


 男の目が険しくなる。


「どういうことだ?」


 男の威圧的な声にまた頭の中がぐるぐるしてくる。


 駄目だ。このプレッシャーに耐えられない。


「だから……」


「姿が違うとはどういうことだ?」


 男が問い詰めてくる。


「ち、違う……」


「ごまかされんぞ。きちんと言え」


 頭が完全にパンクした。


 もう無理だ。


 もうどうとでもなれ!


 言ってしまえ!


「ですから……私、男なんですよ!」


「……は?」


 男の表情が固まる。


「も、もういい! 全部言います! 見せます! どうとでもしろ、こんちくしょう!」


 俺は走って廊下に出て、自分の部屋に帰り、腕時計をつかんでとって返してきた。


 男は固い表情のまま待っていた。


「お前、それはどういうことだ?」


「いいから、これを見てください! これが、この世界にありますか!?」


 俺は男の手にデジタル腕時計を押しつけた。


 高度計などの機能がやたらたくさんついていて、スイッチもメーターもたくさんついている。

 今見てみると、本当にゴテゴテした時計だ。


「ん……んん?」


 男は腕時計をつかんで、本当にあっけにとられたらしい。

 腕時計の盤面をじっと見たまま、なにも言わない。


「ど、どうですか?」


「な、なんだこれ……? 文字が動いて……いる? 知らない文字だが……」


 男が片言になりながら言った。


「こ、こんなものがこの世界にありますか? こ、これは私が前の世界から持ってきたものです」


「前の世界……お前何を言って……いや、しかし」


 男は腕時計と俺を交互に見た。


「い、意味が分からん! とにかく、言いたいことを言ってみろ」


 男は困った顔で言った。


「なら言わせてもらいます。私……いや、俺は、男でした。こことは違う、もっと文明や技術力が遙かに進んだ世界で男として生活をしていました」


「他の世界? お、男!?」


 男が素っ頓狂な声を上げた。


「そうです。男です。そして大学に通っていました」


「だ、大学!? お、お前、そんな高等教育を受けていたのか?」


 男がまたも素っ頓狂な声を上げた。


「その大学からの帰りに自転車をこいでいたのです」


「自転車……そんな高価なものを持っている身分だったのか」


 男がつぶやく。


 もういちいち説明が面倒だからそれには答えない。


「そうすると、自転車で転んで……気がついたらこの屋敷の前に倒れていたのです。あのとき、変な服を着ていたでしょう」


「あ、あぁ、そうだな。たしかに見たことの無い服を着ていたな。だが、他の世界から来ただと……?」


 男は黙って腕時計を眺めていた。

 裏をひっくり返してみたり、横を見てみたり、俺には目を向けずにただ腕時計を眺めていた。


 しばらく考え込んでいるようだったが、最終的に男は腕時計を見ながら頷いた。


「よし……信じるとしよう。ということは、お前も使命を授かってこの世界に来たのだな?」


「え、使命?」


 思わぬ言葉に聞き返した。


「ん? つまり、伝説の三勇士と同じだと言いたいんだろ」


 男が首をかしげた。


「で、伝説の三勇士?」


「ん、知らないのか? 他の世界からやってきたと名乗る男が、滅びそうになっていた国を再興した話だとか、同じように他の世界からやってきたという女賢者が、飢饉にあえぐ国で一生をかけて農法を改善して国を救った話だとか。そういうやつだ。あともう一人は、猛威を振るった疫病を誰も聞いたことがないような方法で押さえ込んだ医者の話だ」


 男がすらすらと説明する。


「い、いや、知りませんよ、そんなの!? でも、それってつまり転生者!」


 なるほど、この世界に転生してきたのは俺だけじゃ無い!!


 ぱっと視界が開けてきた。


「そ、その人たちはどこにいるんですか!?」


 俺は身を乗り出した。


「馬鹿、何を言っているんだ。もう何百年も前の話だぞ。彼らは使命を授かってこの世界に来て、使命を果たした後は元の世界に帰って行ったとされている。お前の使命はなんなんだ?」


 逆に男に聞き返されてしまった。


「え、し、使命ですか? だって、転んだらいきなりここに来ただけで……」


 すると、男は困ったように額に手を当てた。


「使命が無い……のか? 信じがたいが……こんな機械は見たことが無いし、素材も見たことが無い。ゴム……でもないな、なんだこれは」


 男は興味深そうに腕時計を見る。


「素材はプラスチックだと思いますが……」


「プラスチック? 聞いたこと無いな。それになんの機械だ、これは」


「時計です」


「時計!? これが!?」


 男が大声を上げた。


「な、なんですか」


「こんな時計があるか!? 時計というのは長針と短針があって、それにぜんまいが……」


 どうやらこの世界には懐中時計程度はあるらしく、男が話をし出したのは懐中時計のことだった。


「これはデジタル時計で、その文字が時間を表しているんですよ。それから……」


 男から腕時計を返してもらい、スイッチを押してデモンストレーションをした。

 ストップウォッチにしたり、高度計にしたり、アラームを鳴らしたりした。

 一つ一つのデモに、男は完全に興奮していた。


「ほお……すごいな。なるほど、お前の言うことはもっともだ。こんなもの、この世界で作れるわけが無い。まさか海抜の高度まで分かるとは……」


 男は俺が持っている腕時計を見つめながら、感心するように顎をさすった。


 あ、ここまで気に入っているなら、取引に使えるかもしれない。


「あの……よかったら差し上げましょうか?」


「なに!?」


 男はそれこそ目を見開いて俺の顔を見た。


「役に立たないモノですが、拾っていただいたお礼に」


「ば、馬鹿を言え。こんなモノ、一体どれだけの値段がつくか……いや、勘違いするな、俺は売ったりはしないぞ」


 男が首を振るが、台詞がもらった後のことを言っている。

 本気で欲しいらしい。


「というか、その……交換条件としませんか?」


「ん、なんだ?」


「こ、この館においていただく代わりにその時計を差し上げます。ですから、どうかおいてください!」


 俺は頭を下げた。


「顔を上げろ! わ、分かってる。異世界から来たと言うことで話が分かった。別に罪人というわけじゃないんだ、追い出したりはしないから安心しろ。むしろ、そんな逸材がよくぞうちに来てくれた」


 その言葉に俺は頭を上げた。


「逸材?」


「他の世界からやってきたとなれば、とんでもない逸材だろう」


 と、男が冷静に言う。


「ま、まぁ、それはそうですね……。とりあえず、この時計は差し上げますので」


 と、腕時計を差し出すと、男はそれを恭しく受け取った。


「そ、そうか? なら、ひとまずこの時計は預かっておこうか。だが、これはどうやって保管すればいいんだ? 錆びたりしないだろうな!? うっかり取り扱いを間違えて壊したりしてしまったら取り返しがつかん!」


 腕時計を渡された男はうろたえだした。


 たしかに、この世界ではあの程度の物でもオーバーテクノロジーだ。


「そんなに大げさに考えなくても大丈夫ですよ。生活防水ですから、水をかけたりしても壊れませんし」


「お前は馬鹿か! 誰が時計に水をかけるか! 壊れるに決まってる! こういうものは柔らかい布で拭く物だ」


 男は本気で俺を馬鹿呼ばわりしてから、大事そうに時計を引き出しにしまった。


 男はかなり機嫌が良くなっている。


 こちらの世界でも男は機械好きらしい。


 その様子を見て、俺は力が抜けてきた。


「はぁ……よかった……」


「どうした?」


「屋敷を放り出されるかと心配だったので……」


「それは大丈夫だ。安心しろ」


 と、男が笑みを浮かべた。


「はい……」


 脱力して、背もたれに体重を預けた。


「で、お前元々男だったと?」


「あ……はい。そうなんですよ」


 男の態度が柔らかくなってきたので、こちらも軽い言葉で返事をした。


「なるほど、だから俺の誘いを断ったのか」


 と、男が頷いた。


「そ、そういうことです。騙していてすみませんでした」


 軽く頭を下げる。


「いや、それはいい。まぁ、いきなり別の世界に来たとなれば不安になるのは仕方ないな。お前の心情も分かる」


 男は頷いた。


 分かってもらえてよかった。


「で、マリーがどうしたって?」


「あ、そうだ。その話でしたね」


 自分の正体を白状したことで頭の中がいっぱいになっていた。


「その、マリーが私に……あ~『私』っていうの止めた方がいいでしょうか。そもそも女言葉を止めた方がいいでしょうか」


「ん……」


 男が真剣な顔で俺を見た。


「その見た目だ。今まで通りに女として振る舞った方がいいだろう。ボロを見せない方がいい」


「そ、そうですよね。やはり、普通のメイドのふりをした方がいいですよね。なにが起るかわかりませんし」


「ああ。それで、マリーがどうした?」


「マリーが……私にキスをしてきたんですよ。でも、本当は美少女じゃ無くて男なので、なんだか騙している気がして拒絶しちゃったんです」


「その気持ちはわからなくはないが……自分で美少女って言うか?」


 男が微妙な表情で俺を見てきた。


「だって、本当ですし」


 俺は開き直った。


 ふと見ると、書斎の壁に大きな鏡があった。


 立ち上がって近づいて、自分の姿を映してみる。


「か、かわいい……!!」


 気が抜けていたので、男の前でありながら本音が出た。


 だって、本当にかわいい。

 

 無意識にポーズを取ってしまうくらいかわいい。


「じ、自分で言うか?」


 後ろから男の声が飛んでくる。


「だって、かわいいじゃないですか」


「まぁ、それはそうだけどな」


 男が軽く返してきた。


 その口調は正体を明かす前とは大分違った。


 軽くツッコミを入れてくるし、声から緊張を感じられない。


 いままでは俺を女だと信じ込んで、格好よく見せようとちょっと気を張っていたのだろう。


 アルフォンスの方がいくつか年は上だが、この感じはあきらかに男友達感覚。


 ホモルートは排除された。


「いや~、かわいい! 私かわいい!」


 気分が良くなったので、鏡の前でポーズをとり続ける。


「おいおい……」


 後ろからあきれた声が聞こえてくる。


「だって、こんだけかわいい娘ってそうそういないですよ?」


 男がため息を吐き出す音が後ろから聞こえてきた。


「あぁ……そうだな。だけどな、それだけ元気になったなら聞いておかないといけないな」


「え? なんです?」


 俺は晴れ晴れとした気分で振り返った。

 男はジト目をしている。


「お前なぁ……女のふりをしていたのは納得するが、だからといって俺を誘惑するようなことをするなよ。ったく、恥かかせやがって」


 男はやってられないとばかりに、首を振った。


「は……? 誘惑なんてしてませんよ?」


 意味が分からないので、俺は首をかしげた。


「してるだろ! なんだその無防備な仕草は! 誘ってるだろ!」


 男が大声を出す。


 それは心外すぎる。


 たしかに、抱きついたのはやばいと思ったが、今は別に何もしていない。


「は、はぁ!? 今ですか!? 今はなにもしてませんよ! 私は普通に振る舞ってるだけです! この体とか感受性が女の子だから、普通に振る舞っても女の子っぽくなっちゃいますけど、私はそういうつもりじゃないですから」


「そういうつもりじゃない……って、お前なぁ」


 男が立ち上がって俺に近づいてきた。

 俺の前で立ち止まって、じっと俺の顔を見てくる。


「な、なんですか」


 恥ずかしくなって、視線をそらす。


「ほら、それだ」


 男が冷たい声を出した。


「は、なんです?」


「なんです、じゃないだろ。いちいち顔を赤らめるな!」


 またしても冷たい声。


「赤らめてないですよ!」


 必死に反論した。


「嘘をつけ。いちいち誘うような仕草をしやがって」


 男が吐き捨てるように言った。


 理屈では軽口を少し乱暴な口調で言っているんだと分かっていた。


 しかし、なぜか自分のすべてを否定されたような気分がした。

 心が大きな重りに押しつぶされたような苦しさを感じた。


「あ……あの……す、すみません……き、気をつけます」


 声が震えた。


 気分が急速に落ち込んでくる。


「お、おい、どうした?」


 男の不遜な表情が崩れた。


「な、なんでもないです」


 視線をそらした。


「なんでもなくないだろ」


 男が手を伸ばしてくるので、それから逃れる。


「ほ、ほっといてください」


「だから、そういうのが誘っているって……」


 男がちょっと馬鹿にしたような顔をした。


 それが心の奥底をえぐった。


 それと同時に理解した。


 本当は不安がいっぱいで、今の自分には全然余裕がなかった、ということを。


「さ、誘ってないです! だいたい、なんだと思ってるんですか! いきなり体が変わって、感じ方まで変わって、全然知らない世界でひとりぼっちで、本当に……本当に心細くて……それなのに……あれ、また……」


 突然感情が爆発し、涙が流れ出した。


「お、おいおい! そういう演技は止めてくれよ!」


 男が手で振り払うような仕草をした。


 その仕草がまた心をえぐった。


「え、演技じゃ無いです。演技だったらこんな……」


 涙がポタポタ垂れていく。


 本当にこの体は締まりが無い。


 理性では泣くときじゃないと言っているのに、意思とは無関係に涙が流れていく。


 全然止まらない。


 男だった時なら、こんなものちょっと硬い表情でやり過ごせたはずなのに、この身体だと全然抑えられない。


「わ、悪かったよ。まぁ、いくら元々男だと言っても、違う世界に姿まで変わって放り出されればつらいものな」


 男が俺を見る表情が、気の毒そうなものを見ている表情に変わった。


「は、はい……つ、つらい……です」


 涙が流れ続ける。


「な、なぁ、変なことを聞くようだが、お前、俺より年下か? まさか、俺より年上ってのは……」


 と、男が困った顔で俺を見ながら聞いてきた。


「年下です……」


 涙を拳で拭きながら答える。


 拭いても涙が止まらない。


「そ、そうか。ま、まぁ、見た目がやたらかわいいけど、弟みたいなもんだな」


 男が遠慮がちに頭をポンポンとたたいた。


 心がちょっと楽になった気がして、そのまま男に抱きついた。


 『またか』と理性的な突っ込みも脳の片隅で浮かんだが、もう離す気にはなれない。


 男に抱きついたまま、涙を流し続けた。


「う、うぅ……なんで……こんな……こんなことにぃ……なんで……なんで……」


「おいおい、そんなに泣くなよ」


 男が頭をぽんぽんと叩いた。


「な、泣いてません……って」


「どこが」


 見上げると、男が恥ずかしそうな顔で視線をそらしていた。


「あ……す、すみません……。男なのに、き、気持ち悪いですよね」


 俺が男を離そうとすると、男の手が俺の後ろに回って、俺の身体を抱きしめた。


「……気にするな」


 男が俺の頭をなでた。


「は、はいぃ……」


 俺は涙を流し続けた。


 男が私の頭をなでつづける。


 その気持ちよさに身を委ねる。


 体を押しつけ、たくましい体に体を預け、感情のままに泣きじゃくる。


 とても気持ちがいい。


「う、うぅ……ひぐっ……ひっぐ……」


 俺は全部の理性を吹き飛ばし、泣き続けた。


「すみません。肉屋の支払いなんですが……」


 扉が開く音がして、そんな声が後ろから聞こえてきた。


「ひぐっ……え……? え?」


 泣きながらも、直感的に危険を感じて振り返る。


 すると、マリーがこちらをみて、固まっている。

 俺も、固まる。


 マリーにめちゃくちゃ見られている。


「う、うがぁぁぁ!! これ、違う!」


 あわてて、抱きついていた男を突き飛ばす。


「うわっ」


 男が姿勢を崩すが、気にせずマリーに向き直る。


「こ、これは誤解! 違う、違うから!」


「う、うん。だ、大丈夫だよ」


 マリーが笑ってない笑みを浮かべた。


 全然大丈夫じゃ無い。


「ち、違う! ただ私が泣いちゃっただけで……」


「い、いいの。分かってるから」


 マリーが笑ってない笑みで頷く。


「ま、待って、それ違う!」


「ご、ごめんなさい。お、お邪魔しました……」


 マリーがぎーっと音を立てて扉を閉め、走って行ってしまった。


「あ、あぁ……や、やっちまったぁ……」


 思わず男言葉を出して、そして振り返る。


 男も、同じく気まずそうな顔をしていた。


「お、お前、いきなり素に戻るな! 俺の……男の立場はどうなる!?」


 男がすごくやるせない表情を浮かべている。


「そ、そんなことより、マリーに見られましたけど……」


「そんなこととはなんだ! お、俺の気持ちも考えろ! お、お前でなんとかしろ!」


 男はやたら顔を赤くしてわめくと、俺を書斎から追い出した。


 無責任な!


 ってか、どうするんだよ、これ。





○解説

主人公がアルフォンスに正体を告白したことでフラグが折れるかと思いきや、主人公が泣いてしまったためまたフラグが立ちました。

このように、この作品は一度立ったフラグは基本的に折れない仕様となっています。

つまり、フラグはひたすら増え続けます。

終盤はどうなるのか見物ですね。(書けるレベルに収まるのだろうか……?)



○お知らせ

ちょっとお知らせがあります。


作者がこの作品につけたいタイトルは、片手では数え切れないほどたくさんあります。

普通の人は「じゃあ、その中から一番いい物を選んで決めればいいじゃない」と思うかもしませんが……


そいつは待ったぁ!

作家たる者、そんな思考停止状態でどうする!?

そいつは、すべての書物が紙媒体で、タイトルという文字列でしか作品を一意に識別できなかった時代の、前時代的な常識!

「タイトルは1つ」そんな古くさい概念は平成と共に置いてきたぜっ!

WEB小説なんてURLで一意に識別できるじゃねぇか!


ということで、作者はこの作品にタイトルを5や10ではなく20とかたくさんつけます。

しかし、すべての小説投稿サイトは前時代的なので、タイトルが一つしかつけられません。(時代が私に追いついていない)

なので、定期的にタイトルを変更していきます。

(せっかく小説という遊びをやってるんだから、タイトルも遊ばなきゃね♪)


つまり、今ごらんのタイトルは数日後には消滅し、あなたは二度とこの作品を発見できなくなる可能性があります。

続きが気になる方は、なろうのブックマークかブラウザのブックマークに入れてくださるようお願いします。

(検索で絶対に見つからないくらいに極端に違うタイトルに変えます。絶対に想像できないほどに変わりますので、お楽しみに)

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