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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第5章 バロメッシュ家を離れて
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いつもと違う女モード

 目を開くと、マリーとアルフォンスが口論を止めて私を見つめていた。


「あれ? どうしました? えっと……何をしてたんでしたっけ?」


 そう聞くと、マリーが困った顔でアルフォンスを見た。


「お、俺のせいじゃないぞ。と、とりあえずだな……」


 アルフォンスが困った顔でおずおずと手を出してきた。


 そのアルフォンスの顔を見ていると、愛しい気持ちが湧いてきた。

 私はその手を取って、アルフォンスに正面から抱きつく。


「お……」


 アルフォンスが変な声を出して止まる。


 ん? なんだろう?


 身体を離してから男を見上げる。


「お久しぶりです。あの……」


 何を言っていいかわからず、言葉が止まる。

 記憶が遠くて、一体自分が何をやっていたのか判然としない。

 とりあえず、久しぶりにアルフォンスにあったことだけは確かだ。


「あ、アリス、大丈夫!?」


 マリーが心配そうな顔で私をのぞき込む。


「え、なに? ちょっと記憶が遠いけど、なにかあった?」


 そう聞き返すと、マリーがうろたえた。


「女モード……どうやって戻すんだっけ」


「ま、待て、落ち着け」


 男が言った。


「あの……よく分からないんですが、なにかあったのですか?」


「ん……たしか戻すキーワードがあったよな。なんだったか覚えているか?」


「いえ、忘れてしまいました……申し訳ありません」


「そうか……」


 マリーとアルフォンスが私の分からない話をしている。


「ちょっと! 私にも説明してください!」


 怒ってそう言うと、アルフォンスが困った顔で私を見た。


「参ったな。まぁ……しばらくすれば戻るだろう。外に散歩にでも出よう」


「そうですね。身体を動かした方がいいかもしれません」


 マリーが頷き、三人で屋敷を出た。

 いつ見ても広大な敷地で、寒さで色は変わっているがきれいに刈りそろえられた芝生で敷き詰められている。

 その中をゆっくりと三人で歩く。


「アルフォンス……ご主人様……どっちで呼べばいいんでしたっけ?」


「どっちでもいい」


「じゃあ、アルフォンスと呼びます。婚約者ですし、敬称はなくてもいいですよね」


「あ、あぁ」


 アルフォンスがぎこちなく頷く。


「こんな状態のお前に言うのはなんだが……俺は婚約を本気で考えていた。でもさっきの態度を見ていると、俺の独り相撲だったかと」


「ご主人様、この状態のアリスに言っても仕方がありません」


 マリーが横から言う。


「分かっている。だけど、俺にも言いたいことぐらいある。お前が俺とアリスを引き離したいのも分かっているが、俺だって俺の考えがあるんだ」


「それはそうですが……」


 雨よけのパラソルの下の小さな机と椅子、いつも自分がひなたぼっこしている場所に行き、自分とアルフォンスは向かい合わせに座った。

 椅子が2つしか無いのでマリーは立って、こちらを見下ろしている。


「あー……本音を聞かせてくれ。お前は俺のことをどう思っているんだ?」


「もちろん、お慕いしております。ただ、今日はすこし気持ちがふわふわしていて、熱い感情がわいてこないんです。体調が悪いのでしょうか」


 私は手のひらを額に当てて見た。

 熱はないようだ。


「昨日も夜更かししたからでしょ……」


 マリーがぼそっと呟いた。

 夜更かししたのだろうか。それすら記憶が無い。


「そ、そうか。単刀直入に聞くが、お前は俺と結婚するのは……ど、どうなんだ?」


 アルフォンスが身を乗り出して聞いてきた。


「ご主人様! この状態のアリスに聞いても意味ないです!」


 マリーが止めるように手を出してきた。


「わ、分かってる。それでも聞きたいんだ」


 そのマリーをアルフォンスがいさめた。


 ふっと空を見てから、もう一度アルフォンスの顔を見た。

 なにか今日はいつもと違う気分。


 この人は私のことを好きらしい。

 私もこの人のことが好きだ。

 好きな人同士で結婚するのはとても幸せなことに違いない。

 でも、なにかが心の中に引っかかっている。


 いつもの私なら激情に流されていただろうが、今日はなぜか冷静だ。


「それで本当に私とアルフォンスが幸せになるならば、喜んで結婚致します。ですが、なにか引っかかります。ご両親が反対しているんでしたっけ?」


 と、ゆっくりと首をかしげた。


「い、いや、お前はまだ俺の両親とは会ったことはない。な、なにか、今日の女モードは雰囲気が違うな」


 アルフォンスが困った顔でマリーを見る。

 マリーも少し困った顔をした。


「そうでしたか……? では、ご両親にお会いする前に結婚しようなどと軽々しくは言えませんよね」


 アルフォンスに確認を取るようにゆっくりと言うと、男は面食らった顔をした。


「そ、それはそうだが……。お前がそんな正論を言うとはな……」


「それに、誰かが反対していた気がします。たしか……マリーは反対してましたよね?」


 と、マリーに視線を向けた。

 すると、マリーは少しだけ顔を引きつらせた。


「う、うん。な、なんで敬語なの?」


「それから誰かもう一人が反対していた気がするんですけど……」


「あ、ご主人様、ジスラン様も反対されているようでした……」


 マリーが少し言いにくそうにアルフォンスに伝えた。

 その言葉にアルフォンスが渋い顔をする。


「あの男! 俺の屋敷から連れ出しておいてそんなことを吹き込んだのか」


「いえ、ジスラン様ではなくなにかもう一人大事な人が反対していた気がするのですが」


 その問いにアルフォンスが身を乗り出した。


「レベッカとコレットか? ん……もしかしてあのジャンか!?」


「いえ、そうではなく……」


 誰かが反対をしていた。

 でも、その人の名前どころか顔も浮かんでこない。

 でも、その人の意見は無視してはいけないはずだ。


「もしかして……」


 マリーがおずおずと言った。


「それは……アリス自身? 男モードの」


「私? 私……? 私はアルフォンスのことが好きなはずですが……」


 マリーの言葉はなぜかしっくりきたが、でもなんで自分自身が反対しているかが分からない。


「今は忘れているだろうけど、元の世界に帰るために女になりきるわけにはいかないって言ってたから」


「女になりきるわけには行かない?」


 意味が分からない。

 私はなんでそんな言葉を言ったのだろうか。


「よく分かりませんが……」


「だから……言っても分からないと思うけど、アリスは元々男の子だからね。身体は女になってるけど、元は男の子だから、心まで女になったら男に戻ったときに困るって自分で言っていたでしょ」


「元々男……!?」


 その言葉に衝撃を受けた。

 そんなことがあるわけがない。

 でも、自分でそういったということは、なにか理由があるのだろう。


「どうも記憶が遠いのですが、なにか私には隠された過去があるのでしょうか」


「あ、あのねぇ……」


 マリーがちょっとあきれ顔になる。


「とにかく、諸々のことをはっきりさせないと結婚など出来る訳がありません。ご両親への挨拶、マリーの反対、それから私自身の記憶など、それらがきれいに片付いたら結婚をお受け致します」


「お、俺が聞きたいのはそういう形式上の話ではなく、俺のことをどう思っているのかということなんだが……」


 アルフォンスが不安そうな顔をした。


「ええ、お慕いしています。そのはずです」


「そ、そういうのではなくてだな……。普段はもっと上目遣いで見てきたり、身体をなすりつけてきたりしただろう。今日はそういうのが全くないから、どうなったのかと思って……」


「あぁ……」


 遠い記憶がいくつか蘇ってきて、顔が熱くなった。

 そういえば、抱きついて『結婚して』『奴隷にして』とか言った記憶がある。

 我ながら、理性が全くない行動だ。


「私はどうも激情に流されやすいようです。過去には醜態をお見せしました。私って性欲が強いのでしょうか? ……あ、すみません」


 咳払いをしてごまかす。


「今の私はそういった激情はありませんが。そうですねぇ……有り体に言うのであれば……」


 と、アルフォンスの顔をまじまじと見る。

 私のことを好きだと言ってわざわざ尋ねてきてくれた人。

 そして、自分の中にもこの人を好きだという思いがある。


「な、なんだ」


 アルフォンスが固唾をのんで私を見守る。

 少し考えてから、口を開いた。


「アルフォンスには幸せになってもらいたいので、そのために私が必要というなら一緒になってもいいです。でも、アルフォンスが他の女性と結婚した方が幸せになるというのであれば、慎んで身を引きます」


「い、いつもと違いすぎる……な……」


 アルフォンスが困った顔でマリーを見る。

 マリーも困った顔をした。


「変な状態で女モードに無理矢理入るとこうなるんですね……。見境無くご主人様に抱きつこうとするのも困りますけど、いつものアリスと全然違う感じで来られてもこ、困りますね……」


「あぁ……」


 男が落ち着き無く、自分の腕をかいた。


「とにかく……諸々の事が片付けば俺と一緒になってくれるんだな? 俺のことが嫌いとか……そ、そういうことはないんだろうな」


「そんなわけないじゃないですか」


 と、微笑むと、男は目を見開いた。


「そうか……」


 そして、初めてホッとした顔をした。


「好きって言って欲しいのですか? ならいくらでも言いますよ。アルフォンス、好き」


 微笑みを浮かべると、男はあっけにとられた顔をした。

 そして、すぐに気恥ずかしげに顔を隠した。


「そ、そういうのはいい。わ、わかった。それから……久しぶりだから、少し頭を撫でてもいいだろうか?」


「頭ですか? ええ、大丈夫ですよ」


 すると、アルフォンスは立ち上がって、私の椅子の横まで来て、私の頭に軽く手のひらを載せた。

 とても懐かしくて愛おしい感覚だ。


 心がふわっと解けていくのを感じた。


「あ……これ、とってもいいですね。なにか、すごく大事に思われているのを感じます」


「そうか……。それはうれしいが、いつもみたいにとろけたりはしないんだな……。なにか妙な気分だ」


 それからアルフォンスはずっと私の頭を撫でた。


 とても心地よくて、私のことを守ってくれる手だと感じた。

 そして、この手に私のことを任せてもいいと思えた。

 この手は私のことを裏切らないだろう。


「な、なにか、今日のお前は……深窓の令嬢というか、聖女というか……なんというか穢してはいけない雰囲気だな……なぁ?」


 アルフォンスがマリーに同意を求めると、マリーもうんうんと頷く。


「からかわないでください。いつもの私ですよ」


 そう返すと、アルフォンスは否定するように首を横に振った。


「とにかく……ひとまず帰る。また日を改めて来るからな」


「はい。お待ちしております」


 アルフォンスの姿がふっと消えると、途端に激しい眠気が襲ってきた。


「あれ……眠い……」


「え、いきなり? 部屋までは歩いてよ」


 マリーが慌てたように駆け寄ってきた。


 そのまま自分の部屋にたどり着くと、倒れるように眠り込んでしまった。



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