パジャマパーティじゃなかった
その夜、いつものようにお湯を使ってから部屋に戻ってくると、マリーがやたら分厚い寝間着を着てベッドで本を開いていた。
そして、なにか落ち着かない様子でそわそわして俺を見た。
「あれ、どうしたのその格好? 寒い?」
いつもはもっと薄手の寝間着を着て布団を大量にかけるタイプのマリーにしては珍しい格好だ。
「そ、そういうんじゃないけどね……。後でのお楽しみ……」
マリーがなぜか少し恥ずかしそうな様子で顔を伏せた。
ん?
そういえば、今夜なにかをやるとか昼間言っていたっけ。
でも、なぜ分厚い寝間着を着てそんなにもこもこする必要があるんだろう。
「んん……?」
マリーはそわそわしながら、本をめくっている。
本の中身も頭に入っていなさそうだ。
一体何が始まるのか気になるが、聞いても教えてくれないだろう。
とりあえず待つしか無い。
「んーー……」
手持ち無沙汰にひたすら待つ。
男だったときは暇に耐えられずにスマホとかいじっていたけど、今となってはそんなものが無くてもなんとなく待つことができるようになった。
進歩なのか退化なのかよくわからない。
ひたすらぼけーっと待っていると足音が聞こえてきた。
そして、ノックの後に扉が開くと、寝間着姿のエミリーさんが入ってきた。
「夜分に失礼しまーす……」
エミリーさんがささやき声でマリーに挨拶をする。
マリーが飛び跳ねるようにベッドから立ち上がる。
「エミリーさん、他の人は……」
マリーがなにか言いかけると、エミリーさんはそれを手で遮った。
「大丈夫です。こっちの廊下には誰も居ませんから」
「そ、そう……」
マリーが緊張した様子で頷く。
ん、本当に何をやるんだろう?
なんか、マリーの雰囲気が本当にただ事じゃない。
こんなに緊張したマリーの顔は初めて見るかもしない。
「エミリーさん、あんまりこっち見ないでくださいね」
と、マリーがエミリーさんに念を押すように言った。
なんだ?
なんか、エミリーさんもちょっと興奮気味な気がする。
いや、それはいつものことか。
なにかおかしなことが起ろうとしているのを感じて脳内警戒レベルを引き上げていると、おもむろにマリーが分厚い寝間着を脱ぎ始めた。
やっぱり重ね着していたらしく、肩がはだけると下にレースのような生地が見えた。
ん? 薄い生地はよくあるけど、なんか肌透けてないか?
と、思っているうちにマリーがするすると寝間着を脱いでいく。
「おおおおっ」
エミリーさんが横で声を上げている。
抑えているのだろうが、結構な音量だ。
それにしても、マリーは一体何を着て……
「え゛!?」
全容が明らかになって、思わず濁った声が出た。
ふわっと身体を包むように服を羽織っているが、それが服の役割を果たしていない。
完全に透けているレース生地の衣装で、肌と下着がはっきりと見えている。
日本でも存在しそうな凝ったデザインの黒いパンティ、そしてブラージャーはしていなくてトップレス。
形のいいおっぱいが俺の眼球に飛び込んでくる。
「…………」
どう反応していいか分からなくて、とりあえずまじまじと見る。
うーん、スタイルいいなぁ。
おっぱいの形もいいなぁ。
エロ心は関係なく、純粋に感動してしまった。
そして、ずっと見続けるのもなんだか気まずく感じて、エミリーさんに視線を移す。
エミリーさんは食い入るようにマリーを見ている。
そして、俺の視線に気がつくと、慌てたように手を振って、マリーを見ろと必死でハンドジェスチャーを送ってきた。
なので、もう一度視線をマリーに戻す。
「う、うーん……」
前の屋敷ではみんなポンポンと躊躇無く服を脱いでいたので、裸を見るのは初めてではない。
でも、こんな扇情的な格好を見たのは初めてだ。
この世界の下着というのは実用一辺倒で色気もクソもない。
この凝った衣装のパンティはよほど高かったんだろう。
「へぇ……す、すごいね。そういうの売ってるんだ……」
なんと言っていいか分からずにそう言うと、マリーがはにかみながら笑った。
「ど、どう?」
「え? いいんじゃない。すごい色気があって……あ、圧倒されるよ」
貧相な身体の自分が来ても決まらないだろうなぁ、と思いつつ言った。
マリーは胸も大きいし、スタイルがいいから、そういう格好をしてもすごく決まる。
「そ、そう? よかった」
マリーが恥ずかしそうに笑った。
うわ、目の毒だ。
やっぱりその衣装は刺激が強すぎるよ。
「えーとー……?」
やっぱり視線の置き所に困ってきて、耐えきれずに視線をエミリーさんの方に向ける。
今度は俺の視線にも気がつかず、エミリーさんは食い入るようにマリーを視姦している。
なめ回すように見ている。
並の男よりもよっぽどねっとり見ている。
ある意味すげーぜ、エミリーさん。
うーん、パジャマパーティだと思ったけど、もしかしてそういう人に見せる機会が無いきわどい衣装を見せ合うパーティなのか?
たしかに、こんな衣装を買ってもなかなか披露する機会が無いし、当然男に見せるわけにも行かない。
こういう機会に女同士で披露してお互いに褒め合ったりするのかな。
「な、なんですか、アリス様!? 私じゃなくて、マリーさんを見てくださいよ!」
俺の視線にようやく気がついたエミリーさんがうろたえる。
順番的に次はエミリーさんがすごい格好をするのかな?
「エミリーさんはどういう衣装を?」
「は?」
エミリーさんが話が通じていない顔をする。
「あれ? 次はエミリーさんが脱ぐんでしょ?」
「えっ!? はぁっ!?」
エミリーさんが焦ってすごい勢いで手を振って否定した。
「な、なんで、そうなるんですか!?」
「え? そういう衣装を見せ合うパーティなんじゃないんですか? それで、最後に自分もそういうの無理矢理着せられるとか……それで二人で悪巧みしてたんじゃないの?」
ところがエミリーさんはぶんぶん首を横に振った。
「ち、違いますって! マリーさんはアリス様を誘惑してるんですよ! それぐらい察してください!」
「え?」
改めてマリーに視線を向けると、マリーは真剣な顔で俺を見ていた。
そのきわどい衣装で俺を誘惑?
「あ、あの……」
『正直、困るんですけど』と言いかけて、多分地雷だと察して言葉を止めた。
「今夜は……私の恋人でいてほしい」
マリーが俺の目を見て言った。
その目は期待に満ちている。
「そ、それってどういう……」
いや、そんなこと聞かなくても分かる。
でも、そう言って引き延ばすしかない。
ってか、なんでいきなりそういう話になってるの!?
唐突すぎて意味が分からない!
マリーも完全にスイッチ入っているし、ついていけない!
もっと前振りしてよ!
そして、こんな扇情的なマリーの姿を見ても、「やったー」とか「うれしい」みたいな感情は湧いてこず「困った」という感想しか沸いてこない。
男としての本能は完全に迷子になっている。
改めて認識するとちょっとショックだが、そんなことを言っている場合じゃない。
「そ、そう言われても、今は女の身体なので……」
後ずさりながら答えると、期待に満ちた顔をしていたマリーの表情がみるみる崩れた。
「アリス?」
その声色がすでに怖い。
うわ、まず!
「アリス、ご主人様のことを気にしてるんでしょ? ご主人様のなにがいいの? エッチなことしてくれるからでしょ!?」
マリーが叫ぶように声を出した。
屋敷に響いていないか一瞬不安になる。
エミリーさんも気がついて、マリーをなだめようとするが、マリーは躍起になっている。
表情も余裕がない。
「ちょっと、落ち着いて! マリー、落ち着いて!」
「私、こんな格好までしてるのに……」
マリーが少し悲しそうな表情で呟いた。
う……そ、そりゃそうですけど、前振りしてくださいよ。
いきなりそんな格好で迫られてもこっちも困るよ。
「マ、マリー、と、とにかく……お、落ち着いてよ……」
「アリスはなんで私のことみてくれないの? いっつもご主人様とかジャンとかダニエル様とか、男ばっかりみてるじゃない」
マリーが気落ちした声のトーンで言った。
先ほどまでは妖艶なポーズを取っていたのでエロ衣装も映えたが、今はそのポーズも崩れてしまっていて逆にエロ衣装が痛々しく見える。
「え、い、いや、別にそんなつもりないし……別に男が好きなわけじゃ無いからね……?」
「私のこと、恋人だって言ってくれたじゃない。違うって言うなら……今すぐ振ってよ!」
マリーが声を張り上げた。
だから……とにかく急なんだよ! 困るんだよ!
「え、あ、その……とにかく……落ち着いて……」
いくら俺でも、こんなエロ衣装を着て頑張っているマリーを振るとかできない。
どうしようか困っていると、マリーが顔を上げて怒っている声で話した。
「あのさ。私だってアリスがご主人様に惹かれてるのはよく分かってるから、別にそんなことじゃ怒らない。でも、恋人だって言ってくれたんだから、せめて嘘をついてでも恋人のふりをしてよ! 今日だってこんなにがんばってるのに! 一人でやきもきしてるのって……本当にもう……」
マリーは声にならない様子で口を一文字に結んで、また下を向いた。
もう少しで涙がこぼれそうな様子だ。
え、えっと、どうすればいいんだ!?
わからない!
誰か教えて!
助けを求めてエミリーさんに視線を向けると、エミリーさんがすごい勢いで首を振った。
こっちを見るなと全力で拒否している。
え、助けてよ。
「あ、あの……ごめん」
何を言っていいか分からなくて、マリーに向かって謝ると、マリーは泣きそうな顔を上げて、俺の目をじっと見た。
「今夜はちゃんと恋人のふりをして。嘘でもいいから」
「ご、ごめん……心配かけてたんだね」
ぎこちなくマリーに近づくと、いきなり腕を背中に回された。
とんでもない速度だ。
「うわ、え!?」
目を開けると、俺はベッドの上に仰向けになっていて、その上にシースルー姿のマリーが馬乗りになっている。
どんなアクロバティックな動きをしたわけ!?
さっきからどういう動きをすればこうなる!?
「お、お゛お゛お゛ぉ……」
エミリーさんが横で変な声を出している。
マリーが俺を見下ろしている。
そして、逃がさないとばかりに身体を密着させて来る。
「え、ちょ! 待って! 許して!」
なんかこんなこと前にもあったなーという思考が一瞬脳裏をよぎる。
そのときの記憶と同じように、両手の手首を掴まれて、両手をベッドに押しつけられる。
完全に逃げられないし、反抗もできない。
ちょっ!
無理無理! まじで無理!
怖い怖い!
必死に身じろぎしたが、マリーの力には全く敵わず、マリーが強引に口を近づけてくる。
覚悟を決めて目を瞑ると、マリーの舌が俺の口の中に侵入してきた。
「ん……んっ! んっ! んんーーー!!」
だから、これダメだって!
ダメだって!
ダメだって言ってるのに!
口の中なめ回さないで!
刺激強すぎるんだって!
止めて止めて、許してって!
「んっ! んんっ! んんーーー!!」
身体を痙攣させながら反抗するが、上から覆い被さるマリーには全く敵わない。
そのままマリーに口の中をなめ回される。
口を閉じたいけど、そうするとびくっとしたときにうっかりマリーの舌を噛んでしまうかもしれない。
口を閉じたいのに閉じれずに、ただただ耐えて耐え続ける。
「うわー……」
横からエミリーさんの声が聞こえてくる。
「すごー……すげー。すげーわ、これ」
エミリーさんの完全に素の声が聞こえてくる。
「ん、んんーー! んっ! ぶはっ!」
苦しくなって息を吐き出すと、マリーが口を離した。
そのすきに激しく息を吸う。
「っはぁ……っはぁ……はぁ……」
息を整えて、見上げると、マリーが「またキスするから」という目で俺を見ていた。
「えっ!? だめっ! もう許して! ねぇ!」
必死に抵抗して声を上げたが、マリーが躊躇無く顔を近づけてきて、またしても口を塞がれた。
「んんーーー!!! んーーーー!!!」
マリーの舌を噛まないように、強い刺激を必死に逃がしながら口を開ける。
「わー、これ完全にレイプだ。あちゃー……」
エミリーさんの冷静なコメントが横から聞こえてくる。
永遠にも思える時間を耐え続けていると、ようやくマリーが口を離した。
「っはぁ……はぁ……おえっ……」
刺激が身体の中にたまりすぎて、気持ちいいとかいうレベルじゃなくなっている。
だるい身体をゆっくりと起こして、ベッドに座りなおす。
右手で口を抑えながら、左手に体重をかけて身体を支える。
刺激が薄れるまで耐えていると、目の前のエミリーさんと視線が合った。
「…………」
無言で居ると、エミリーさんが愛想笑いで返した。
「ははは……マリーさん、すごいですねぇ。というか、あんな格好しているマリーさんよりアリス様の方がエロかったですけど」
「そ、そう……ね……」
それもそうだ。
なんでシースルーのエロ衣装着ているマリーが平然として、ただの寝間着姿の自分が感じまくって悲鳴を上げているのか。
「え、えーと、エミリーさん……」
「あ、どうしてもお邪魔なら部屋に戻りますけど……」
エミリーさんが気まずそうに立ち上がろうとする。
「い、いや、そのまま居て! 危なくなったら止めて欲しい!」
慌てて手をエミリーさんに伸ばして引き止める。
「アリスー?」
横からマリーの怖い声が聞こえた。
ゆっくりと顔を向けると、マリーが黒い笑みを浮かべながら俺を見ていた。
あ、なんかこの感じ久しぶり。
「こんな格好をしているのに、手を出さないの?」
やばい。
「あ、あのさ……この身体になってから自分がすごい敏感だから、人に触れるのも躊躇しちゃうんだよ。自分が触られたらつらいから、他の人も触られたらつらいんじゃないかって思ったりして……」
「私は大丈夫だけど?」
マリーが黒い笑みを浮かべながら言う。
「そ、そうかもしれないけど、ほ、ほら、エミリーさんが居るし……あ、エミリーさん帰ったりしないでよ!?」
エミリーさんが帰らないように念を押す。
「っていうか、襲われるの俺の方じゃない? そもそも、今の体だとマリーに迫られても本当に困るんだってば……。わ、わかるでしょ!?」
必死にマリーに同意を求めると、マリーの顔から黒い笑みが消えて、真顔になった。
う……真顔も怖い。
「わからない」
「わ、わかるでしょ!? だって、マリーだって女同士の俺にどうしたいとかないでしょ!?」
と、聞き返す。
マリーは意外と知識が薄いから、変な事は思いつかないはずだ。
「私はアリスを裸にして、全身触って舐め回したいけど」
と、マリーが当然のように言った。
この身体になってから想像力が激しすぎて、ちょっとした言葉で感覚が克明にイメージできてしまう。
う、うぎゃぁぁぁ!!
うわ、ちょ、まじでムズムズする気持ち悪い!
「い、いや、無理! 無理だから! ダメ! ダメ!」
体中をナメクジが這い回るような感覚が再生されて、肩がガクガクと震えた。
逃げるようにベッドから立ち上がって離れようとすると、
「エミリーさん捕まえて」
「は、はいっ」
とマリーの言葉でエミリーさんに腕を掴まれた。
「そのまま、捕まえていてください」
「は、はいっ」
エミリーさんはマリーの迫力に気圧されて言いなりになっている。
もう片方の手を掴まれる。
両手をエミリーさんに掴まれたまま、マリーの前に突き出される。
シースルー姿の妖艶な姿のはずのマリーが、ものすごく危険な存在に見える。
表情に影がかかっているような、すごい悪い顔に見える。
怖い!
なんで怖いことばかり起こるわけ!?
その危険なマリーが獲物を前にしたような表情で、俺の全身をじろじろと見回す。
「だ、だめ! 寝間着の生地、薄いんだから、触らないでよ!?」
「それ、触って欲しいって事よね?」
マリーがニコッと笑って、手を伸ばして来た。
「だ、ダメダメダメ!」
その手が俺の胸に当たった。
全然起伏はないけど、感度はやばい胸だ。
そして、寝にくいので寝間着姿の時はブラジャーとか下着は着けていない。
「ひぃっ!!」
マリーがゆっくりと胸をなで回すと、擦れる度に強い刺激が走って、膝がガクガクと笑った。
立っていられずに崩れ落ちそうになる。
「エミリーさん、そのまましっかり支えていてください」
「は、はい……」
と、エミリーさんが答えたが、エミリーさんはなにを思ったか俺をかばうようにくるっと身体を回した。
「エミリーさん?」
興奮状態のマリーが不機嫌そうな態度を隠そうともせずに、エミリーさんをにらみつけた。
「マリーさん、落ち着いてください。ちょっとこれはやり過ぎですよ」
その言葉に安心して、床に崩れ落ちた。
そして、自由になった手で自分の胸元を押さえる。
や、やばかった……ほんと、感度が洒落になってない。
冗談抜きでお漏らししかねない……。
さっきトイレに行ったばかりだから大丈夫だとは思うけど……。
「だって、アリス、ドMですよ?」
マリーが怖い顔でエミリーさんに噛みつく。
「いくらマゾでもアリス様は悦んでないじゃないですか。そういうのはよくないですよ」
エミリーさんが毅然とした対応をする。
エミリーさん、格好いい!
ただの変態だと思っていたけど、すんごく見直してる!
「エミリーさん!?」
「マリーさん、落ち着いてください。これはさすがに強引すぎですってば」
エミリーさんが必死でマリーをなだめる。
興奮状態だったマリーも次第に落ち着いてきて、肩を落とした。
「ごめん……」
一言だけ言うと、そのままくたっとベッドに倒れ込んでしまった。
「あ、マリー……」
怒濤の展開にどうしたものか困っていると、エミリーさんが手招きした。
「あの、空いているゲストルームがあるのでそちらに行きましょう。ここじゃ気まずいですよね……」
「そ、そうですね……」
そして、別の部屋に行って、エミリーさんにベッドを準備してもらった。
「なんか……思ったよりお二人って大変なんですね。あんまり茶化しちゃいけなかったですね……」
ぼそっと呟いてからエミリーさんは部屋を出ていった。
その晩は、当然ながらなかなか寝付けなかった。




