久しぶりのダニエル
メアリーさんとのそんな会話があった翌日、ダニエルが顔を出した。
『出資者の都合がなかなか付かないがもう少しでなんとかなる』という、かなり言い訳っぽい事を言って、雑談らしい雑談もせず居心地悪そうにそそくさと帰ろうとした。
「ん、忙しいの?」
帰ろうとしているダニエルにそう聞くと、ダニエルが曖昧な感じで頷いた。
「まぁな……」
そして、まるでこの場に居るのが居たたまれないかのようにそわそわしている。
「ん?」
どうも不自然なので、首をかしげてすこし考え込んだ。
異世界からやってきた自分というのはかなり注目されているし、かなり価値を認められているらしい。
それはこれまでの少ない経験でも分かっている。
ということは、ダニエルとギュスターヴがあまりうまくいかないというのは、俺に問題があるのではなくダニエルとギュスターヴがあんまり信用されていないということだろう。
それで、話がうまく行かずに居心地悪そうにしているのではないか。
「うーん……普通に言えばいいのに」
ぽつりと呟くと、ダニエルがちらっとこちらを見た。
ちょっとはめられた感もあるが、一応俺としても協力するつもりだからそういうことを言ってくれればいいのに、と思うが、なにか意地があるのだろう。
ダニエルもギュスターヴも見てくれはいいが、実績があるわけでもないだろうし、特にギュスターヴはあからさまにうさんくさい。
社交界ではそれなりに顔が利いても、金を出してくれと言う話にはなかなか乗ってこないのだろう。
たぶん、話を持って行っているのは貧乏貴族ではなく金持ち貴族だろうし、もしかしたら会うことにすら苦労しているのかも知れない。
「そういえば、時計職人の方はうまくいってるわけ?」
そう聞くと、ダニエルが微妙な顔をした。
「最近行ってないが……どうなんだろうな。便りを寄こさないと言うことはさほど変わっていないんだろう。一週間やそこらで変わるとは思えないな」
「ま、そうか」
歯車一個一個作っているような状況では、早々簡単にものができるとは思えない。
そこで無言になる。
ダニエルが帰ろうかというそぶりをしている。
ダニエルのプライドを考えて黙っていようかと思ったが、やっぱり黙っていられない。
思い切って口を開いた。
「資金集め、難航してるわけ?」
「あ?」
ダニエルが機嫌悪そうに声を出しつつ、視線をそらした。
あきらかにやましい感じだ。
「さっきも言っただろ。思ったよりは苦労しているが、ま、なんとかなるさ。俺たちのことは心配せずにどんと構えていろよ」
と、俺と視線を合わせずに無理矢理自信満々の顔をする。
「困ってるなら普通に相談して欲しいんだけどなぁ……」
そう言うと、ダニエルが少し表情を硬くしたが、しばらくして脱力した顔で息を吐き出した。
「まぁ……な。でも、お前に言ってもしょうがないだろうが」
「そりゃそうだけどさぁ。二人ともそんなに信用がない……わけ?」
「おい、直球で言いやがるなぁ……。ま、そんなところよ。前のサロンのつながりとかで知り合いは結構居るんだ。とくにギュスターヴは知り合いは馬鹿みたいに多い。だけど、ほとんどが俺たち同様の三流貴族ぞろいでな」
「あ、そうなんだ」
何も考えずに言葉を打ち返すと、ダニエルが一瞬不機嫌そうな顔をした。
ちょっと何も考えなさすぎた。
「金を持っている奴はなかなかいなくてな……」
「大勢から少額の出資金を集めたらいいんじゃない?」
そう聞くと、ダニエルが大げさに首を振った。
「馬鹿を言え! それだけはごめんだ。失敗したら貧乏仲間たちに袋だたきにされるに違いないし、成功したって分け前でもめるに決まってるんだ!」
ダニエルの口ぶりには実感がこもっている。
なにか過去にもあったのだろう。
「あ、そうなんだ……。じゃあ、お金持ちを少人数探してる感じ?」
「最初はそのつもりだったんだが……人から話を聞いてそれも結構問題になるって聞いて、出資者は一人に絞ることに決めたんだ。その方が後々間違いが無いらしい」
「ということは……それに当てはまる人ってものすごく限られるよね。下手したら、そもそも面会までたどり着けてないとか?」
ダニエルが一瞬苦しそうな顔をしたが、顔を上げて反論してきた。
「全然ってことはないんだぞ!? 会えた相手も二人いる! ま、どちらも断られたが……」
「やっぱ、俺が行かないとだめ?」
そう聞くと、ダニエルが期待に満ちた顔をしたが、すぐに首を振った。
「お前が来てくれると助かるが……あんまりホイホイと連れ出せる感じでもないしな」
ダニエルが頭をかいた。
「ん? バロメッシュの屋敷に居たときはアルフォンスに遠慮してたのはわかるけど、今は別に大丈夫でしょ」
「そう思ったんだが……ここの主、お前のことがっちり抑えてるな」
ダニエルが渋い顔をした。
「え?」
意外な言葉に顔をしかめた。
ジスランさんは雰囲気いい人だし、特に何か制限をされたこともない。
自由に屋敷を使ってくれと言ってくれたとてもいい人だ。
「この前、ここの執事にちょっと話をしたら、お前を屋敷の外に連れ出すなんてとんでもないと大げさに騒いだんだ。どうもな……下手したらアルフォンスよりもやりにくい」
ダニエルが嫌そうな顔をした。
「あぁ……」
たしかにあの執事さんの雰囲気だと、それもあり得る。
なんか極端なんだよな、あの人。
ジスランさんがおかしいんじゃなくて、執事さんがおかしいんだと思う。
「いっそのこと、ジスランさんに頼んだら? お金も普通に出してくれそうだし」
「それはダメだ」
ダニエルが首を振る。
「ジスラン・モーリアックはかなりのやり手だ。あいつを噛ませたら全部持って行かれるのは間違いない。それじゃ意味が無いんだ」
ダニエルとギュスターヴは貴族ではあるが相続する物もなければお金もない。
だから、一旗揚げようと俺と絡んでいるわけだが、ここであんまりやり手の出資者を連れてくると、その出資者が名声も儲けも持って行ってしまう。
名前が売れて金が儲からなければ二人にはやる意味が無い。
「そっかー……。えー……お金を出してくれるだけで口を出さない相手か……けっこう難しいんじゃない……?」
「だから、苦労してるんだろうが。……ま、いい。こっちの話だから、俺たちに任せろ。どうしようもなくなったら頼むかもしれんが……」
ダニエルが立ち上がりかけて、気がついたように口を開いた。
「おい、この屋敷はさっさと出た方がいいぞ」
「え、な、なんで!?」
脳裏にエミリーさんの顔が浮かんだ。
まさか、メイドさんといちゃこら変なことしてるとか感づかれたのではないだろうか。
思わず顔が引きつる。
「あの男はやり手だからな……。あんまり長居すると逃がしてくれないかも知れない」
ダニエルが眉をひそめていった。
あ、そっちか。ジスランさんの方ね。
「い、いやいや、それはないでしょ。確かに執事さんは変な感じだけど、ジスランさんはいい人だと思う。多分、俺がジスランさんに帰りたいって言えばすぐ返してくれると思う」
「そうか……ならいいが。とにかく、また進展があったら来る」
ダニエルはそう言い残して帰って行った。
いやいや、考えすぎだって。
ジスランさんは普通にいい人だと思うけどなぁ……。




