律儀についてくるな!
食事を終えて食堂を飛び出したが、恐ろしいメイドのエミリーさんが後ろを追ってくる。
せめて人気の無いところにいこう。
そのまま方向転換して廊下を抜け、庭につながる扉を開けて庭に出る。
そして、庭の隅の日よけのパラソルがある場所に移動して、パラソルの下の椅子に座って二人を待ち構えた。
ここならあの二人が変な話をしても人に聞かれることはないだろう。
屋敷の方に視線を向けると、マリーとエミリーさんが同じように庭に出たところだった。
律儀についてきた……
途中で諦めて引き返してくれても良かったのに。
エミリーさんは俺の前までやってくると、すごい表情で俺を見下ろした。
せめて、もっと普通の顔をして欲しい。
「これで男……かわいい……おいしそう……」
その言葉にまたもや顔が引きつるのを感じた。
エミリーさんの横でマリーがあきれた顔をしている。
「マリー……この人やばくない……?」
その問いかけに、マリーは声を出さずにそっと頷いた。
「ち、ちなみに……エミリーさんは私にな、何をするつもりなんですか?」
体を硬くしながら、本当は聞きたくない質問をエミリーさんにぶつけた。
すると、エミリーさんは真顔になって首をかしげた。
真顔になるとものすごく普通なのに、あの笑顔はおかしすぎる。
ギャップが酷い。
「え、それは一言では言い切れませんよ」
「そ、そう……ですか」
「いろいろありますけど、まずは絶対に抵抗できないように指先までしっかり縛って、椅子か何かに固定したいですよね」
そのイメージが克明に脳裏に浮かんだ。
椅子に座ったまま体中を縛られて、身動きが出来ない。という状況が脳内に出来上がった。
ちょうど今椅子に座っているのがまずかった。
催眠にものすごくかかりやすい体質のせいで、本当に動けないような気分になってくる。
「え、ええ!?」
その暗示が思った以上に聞いて、思わず悲鳴があがった。
指先がしびれたように動かない。
ちょっ……この体あまりに素直すぎる!
「エ、エミリーさん、そういうことを言うのは止めてください!」
「その上で全身を一切の容赦なく、悲鳴も無視してくすぐってあげたいですねー」
エミリーさんが考え込むように視線をさまよわせながら言った。
その言葉の直後に全身からへんな感覚が湧き上がってくる。
なぜ、俺の脳みそがこういうときだけ無駄に仕事をするのか!
動けない苦しみとくすぐったさと絶望感が高精度にイメージの中で再現されて、息苦しくなってくる。
「お、おおおぉぉ……」
変な声が出て、それをきっかけに指先が動いた。
動くようになった手で胸の辺りを押さえて、前屈みになる。
「ぜ、ぜ、絶対に嫌ですから!」
絶叫して顔を上げると、エミリーさんはちらっと俺の顔を見て
「ほら、奴隷になりたそうですよ?」
と、さらっと言った。
「まぁ、素質はありますよね……」
マリーも頷く。
「ちょ、ちょっと、エミリーさん! 私が嫌だって言ってるんだから止めてください!」
「あの、気がついていないかも知れませんが、アリス様、すごく蕩けた顔をしているんですけど?」
と、エミリーさんがすごい真顔で首をかしげた。
「なっ……。た、たしかに、この身体になってからいろいろ感覚が違っていて……男の時とはいろいろ違いますよ。でも、それで困ってるんですから止めてくださいよっ」
体中がむずがゆくなるような感覚と戦いながら言い放つと、エミリーさんが怪訝な顔をした。
「あらら……? あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんですか」
不機嫌に言い返す。
「普通の男性からそのかわいすぎる姿になって、ウルトラハッピーでウキウキルるんるんじゃないんですか?」
「は?」
「だって、そんなかわいい姿になったら普通は舞い上がりますよね」
エミリーさんが真面目な顔で聞いてくる。
「いや、まぁ……最初に鏡を見たりしたときは結構舞い上がりましたけどね。でも、実際、いろいろ大変で……」
「そうなんですか?」
エミリーさんが不思議そうな顔をする。
「自分がよくわからないというか……。たしかにドMっぽいですけど、男だったときはそういう趣味はありませんでした。それに、男だったときは普通に女の子が好きだったけど、この身体になってから男もなんかいい……とか思ったり。それに、身体のバランスも違うし、臭いや味の感じ方も違うし、もっと言えば耳の聞こえ方から肌の感覚まで全部違って……」
そう言うと、エミリーさんが真面目な顔になった。
「あれ……もしかして思ったより深刻なんですか?」
「あ、当たり前じゃないですか。特に肌が過敏すぎて大変なんですから」
「そうですか……」
エミリーさんが真面目な顔で頷いた。
「私、アリス様が元男性だったと言うことをすごく軽く考えていた物だから、ついからかってしまいました。苦労されているのですね。申し訳ありませんでした」
と、エミリーさんが落ち着いて様子で、きっちりと謝った。
よ、よかった。
「分かってくれてうれしいです……。だから、あんまり変なことしないでくれますか。変なことされると自分がどうなるかわからなくて、本当に怖いんで」
「うーん、そうでなのですね。でも……」
エミリーさんがちょっとだけ納得していないような声を出した。
すると、マリーが小声でエミリーさんに話しかけた。
「こういう感じなんですよ。すごくかわいいんですけど、一線を越えさせてくれないんですよ。私ともキスまでしかしてないし」
「い、いや、舌を入れてくるじゃん。あれ、やばいから止めてって言ってるのに」
その言葉にエミリーさんの目が光った。ように感じた。
エミリーさんがマリーと俺を交互に見た。
「そのキス……見せてもらっていいですか?」
あんた、何言ってんだ!?
真面目になったと思ったら、また戻ってるじゃないか!
「嫌ですよ! ってか、さすがに誰かに見られますから!」
「アリスがこう言ってるので、ちょっと無理ですね」
「え、そんなぁ」
「ちょっとエミリーさん、いつまでもこんなところで油を売っていていいんですか!」
俺が怒ると、エミリーさんは気がついたように屋敷の方を見た。
「あ……しまった。あんまり長く遊んでいると怒られるんでした。し、失礼します」
エミリーさんは足早に庭を横切って、屋敷の中に戻って行った。
「こ、怖かった……」
「エミリーさん……ちょっとすごいね」
マリーが気圧されたように言う。
「マリーも大概だけどね。でもたしかに……怖い……女の人怖い……」
俺は息を吐き出した。




