手紙を出した
その日の晩、気が冷めないうちにレベッカとコレットに手紙を書くことにした。
よく知った相手だから、文語調ではなく最近の小説のような口語体で書くことにした。
こういう文体ならなんとか書ける。
手紙を書いていると、マリーが声をかけてきた。
同室なので、全部筒抜けだ。
「手紙? 珍しいじゃない」
「レベッカとコレットに書いてるんだ。縁を切ろうと思って」
「私はうれしいけど……そこまでしなくてもいいじゃない」
マリーが遠慮がちに言った。
「レベッカとバトルした人がいうセリフ?」
振り返ってジト目で見ると、マリーがばつの悪い顔をした。
「それはそうだけど……」
「別に完全に縁を切ろうって訳じゃないし」
改まって書こうとすると大変なので、非常に端的に『みんなの間でもみくちゃになるのは止めたいから、マリーとクロエに専念する。気を悪くするかもしれないけど許して』という内容でさらさらっと書いた。
時候の挨拶とかは完全に省略した。
「ええと……切手と郵便番号は?」
と、マリーに聞くと、マリーが首をかしげた。
「なにそれ?」
「え? 手紙って郵便局に出すんだよね?」
そのセリフをいった瞬間に『郵便局』という単語に違和感を覚えた。
実際には『郵便局』ではなく『手紙』+『役所』=『手紙役所』みたいな単語になったのだが、ものすごく違和感のある言葉になった。
あれ、この言葉って一般的じゃないのかも。
「ち、違う?」
「役所は関係ないわよ。普通に誰かに持って行って貰わないと」
マリーが不思議そうに言った。
なんだと……?
割と進んでいる国だと思ったけど、郵便制度が出来ていないのか!?
「そうなんだ……結構高いのかな」
「そんなの執事さんに頼めばすぐなんとかしてもらえると思うけど」
「い、いや、そこまでするほどでは……」
さらさらっと書いた内容なので、そこまで手間をかけてもらうのもなんか申し訳ない。
「いいから、行ってきなよ」
「う、うん……」
マリーに言われて部屋を出る。
手紙を持って廊下をうろうろしていると、メイドさんに用事を聞かれ、そのまま執事さんの部屋に案内された。
部屋に入ると、執事さんは襟筋を正して礼儀正しく応対した。
自分の中では執事=お年寄りというイメージがあったが、この屋敷の執事さんは40代ほどの比較的若い人だ。
「アリス様からお越し頂くとは。呼んで頂ければ伺いましたのに」
と、背筋をピシッと立てて言う。
この屋敷の人たちは、自分をかなり特別扱いするので、すこし気後れしてしまう。
「い、いえ、そんなたいしたことではないのですが……」
「なんでしょうか。なにかご不満ですか? 主人よりアリス様のご意向に沿うように金に糸目をつけずに対応しろと言われております」
「そ、そんなそんな。えーと、手紙を出したいのですが……」
「手紙ですか?」
執事さんの頬がピクリと動いた。
「ちなみに、どちらへ」
「この前までいたバロメッシュの屋敷に出したいんです」
すると、また執事さんの頬がピクピクっと動いた。
ん?
「それは……よろしくありませんな」
「……は?」
思いがけない言葉に少し不機嫌な声が出てしまった。
すると、執事さんは露骨に焦った顔をした。
「いえいえ、決してアリス様の意思を尊重しないわけではありません! ただ、うちの主人よりアリス様はアルフォンス殿と距離を取られた方がいいと、厳しく言い渡されておりまして……その……」
ジスランさん、俺に苦言を言ったが、それだけでなく執事さんとかにまで注意していったらしい。
「なるほど……」
そうつぶやくと、執事さんは慌てたようにフォローしてきた。
「決して手紙を出すなと言うわけではありませんが、内容は吟味して恋文は避けた方がいいかと僭越ながらご注意申し上げたい次第でございまして」
この言語でもこういう遠回しな表現があるんだ、と思うほど面倒くさい言い方をしてきた。
「あの……ご心配されているようですが、同僚のメイドの二人に送る手紙です。不都合あるなら、別の人に頼むか、自分で届けます」
そう言うと、執事さんはさらに慌てて肩を掴もうかと言うほどに手を伸ばして来た。
「ア、アリス様、それはどうかご勘弁ください! アリス様がバロメッシュ家に戻ったとなれば、私どもが大変な叱責を受けます!」
ジスランさん、そんな厳しく言ったのか。
俺に対してはソフトな感じだけど、本気でアルフォンスとの縁を裂く気らしい。
そういうことに他人に口を出されたくない。
不機嫌な表情を浮かべると、執事さんは必死な表情で取り繕った。
「い、いえいえ、他の者に任せることなどありません。そういうことであれば全く問題はありません。いますぐ届けさせましょう!」
「今すぐ?」
「明日朝一に届けさせますから、その手紙をこちらへ」
『コレットへ』と『レベッカへ』と書いた二通の封筒を差し出そうとして、手が止まった。
多分、普通に中身を見られる。
あ、そうか。
よくある蝋の印章って『中身を開けられていない』っていう証明なのか。
なんとなくオシャレかと思っていたけど、ちゃんと実用的な意味があるんだな。
「その前に、なにか印章とかありませんか? 誰かに見られるのも嫌なので」
この人にレベッカやコレットとの話とか見られたらやっかいだ。
「ええ、もちろんです」
執事さんは涼しい顔をして、机を開けて印章を取り出した。
しかし、その前に少し不自然な間があった。
やっぱり中を見る気だったんだろう。
油断も隙もない。
「どうも」
ろうそくを垂らして、印章を押す。
初めてだったが、意外とうまく押せた。
「これでお願いします」
「ええ、お任せください。明日の朝一には届けます」
執事さんが作った笑顔で答えた。




