マリー
ジスランさんの後も「誰かが来るかな」となんとなく待っていたのだが、その日は他には誰も来なかった。
夕食は昨日よりはボリュームが抑え気味とは言え、やはりかなり豪華だった。
当然ながらかなり残すことになったが、あの残り物はどうなるのだろうか。
ちゃんとメイドさんたちが食べていると信じたいが、万が一捨てているとしたら居たたまれない。
部屋に戻って、ベッドにごろんと転がった。
マリーは隣のベッドでまた本を読んでいる。
「マリー」
声をかけると、マリーは本を閉じて顔を上げた。
「なに?」
「さっきジスランさんと話したんだけど、ゲストルームいくつでも使っていいって。部屋を分けようか?」
「え? 私は別に一緒でもいいけど」
「そ、そう……」
本当は「なら別にしよう」という流れを期待したのだが、そうならなかった。
バロメッシュ家の俺の部屋よりもかなり広い部屋なので、二人で居ても窮屈さはないが、プライベート空間がないのがちょっと落ち着かない。
まぁ、どこかで息苦しくなったらこっちからまた提案しよう。
「そういえば、ジスラン様とどういう話になったの?」
「あぁ、あれ? 俺が住んでいた世界について聞かれたからいろいろ話したけど」
そう言うと、マリーが顔をしかめた。
「それなら私も聞きたかった。人を追い払うから何かと思ったら、そんなこと?」
「あ、それは別の話。ジスランさんもマリーと同じで、バロメッシュ家にいるとアルフォンスに襲われるから戻らない方がいいってさ。みんなでそういうこと言うんだから。分かるけどさぁ……」
「ほら、アリス以外から見れば誰だってそう思うのよ。危機感がないアリスがおかしいの」
マリーがばしっと言い切った。
「そうだけどさぁ……仲がいいし……」
ぶつぶつつぶやくと、マリーがちょっとふざけた顔をした。
「ま、アリスが覚悟を決めるっていうなら話は別だけどね」
「覚悟って……」
「ご主人様と男女の契りを結ぶ覚悟があればね」
「だ、だから、それはないって」
「ま、いいか……。私が決めることじゃないもんね。あー、ちょっと腹が立ってきたかも」
マリーが突然むすっとした顔をした。
「お、俺が優柔不断だから?」
「そうじゃなくて」
マリーが本をベッドの上に置いて、立ち上がった。
そして、つかつかとこちらに歩いてくる。
迎撃態勢を整えるために、ベッドから起き上がろうとすると、マリーが加速して突っ込んできた。
「うわっ」
マリーがベッドに勢いよく倒れ込んできて、俺の上に覆い被さった。
な、なにするの!
ちょっと痛かったんだけど!
「マ、マリー、体格差考えて!」
「体格差があるからやってるんじゃん。ふふっ」
マリーが覆い被さったまま、俺の左右の手首を掴んだ。
ちょ、これ、マリーが男だったら完全に襲われている格好なんだけど。
慌てて腕を動かそうとするが、マリーは腕を放さない。
「アリスって本当にかわいい。すぐに怯えた顔をするもんね。素直」
マリーが覆い被さって俺の腕を掴んだまま顔を覗き込んでくる。
顔を背けたいけど、至近距離過ぎて無理。
「ちょっと、マリーやめ……」
と言いかけたところで、マリーが顔を近づけてきた。
抵抗してもどうしようもないととっさに判断して、目を瞑る。
唇にくすぐったいような暖かな柔らかい感触を感じる。
その後に、ぐにゃぐにゃしたものが唇をこじ開けて入ってくるのを感じた。
「んんっ!」
抵抗の意思を示したが遅かった。
口の中に侵入したマリーの舌は、生き物のように動き回り思う存分蹂躙した。
「ん……んん……んーーー!!」
ふわぁ!
やめっ……
そんなとこに舌を……くすぐったい!
気持ちいいけど、すごくいけない気分。
それ以上は無理だって!
過敏なので気持ちいいと言うより刺激が強すぎて脳みそをいじられているくらいの感覚だ。
身体を硬くして嵐が過ぎ去るのを待つ。
「んんーー!! んん!」
拒否のそぶりを見せてもマリーは強引に舌をねじ込んできて、抜こうとしない。
うめいていると、ようやくマリーは舌を抜いて唇を離した。
「っはぁ……はぁ……はぁ……」
マリーが腕を放したので、動かせるようになった手で自分の唇をぬぐう。
それから、深呼吸をして息を整えてからマリーを見た。
「マ、マリー!?」
「ごめん。かわいくってつい」
かわい……
そう言われると非難の矛先が鈍る。
「だ、だからってこんな強引な……」
マリーを糾弾する勢いがなくなって、マリーの目を見ていられなくなって視線をそらす。
「ほ、ほんとにひどいんだけど。怒ってるんだからね。それに……どうしてもするなら、先に言ってよ。ちゃんと歯磨きしたり準備を整えてからするから……」
「前から思ってたけど、アリスって本当に乙女だよね」
マリーがなんとも言えない表情で俺を見た。
「そ、そんなことないって! この世界の女の子がデリカシーなさ過ぎるだけだって! わ、わかんないけど……」
「あー、本当に腹が立つなぁ。忘れてるかも知れないけど、最初に告白してきたのはアリスだよ?」
マリーがちょっと悔しそうな顔で言った。
そういえばそうだった。
アルフォンスに迫られたときに「女が好きです!」って言ってマリーが好きという流れになったんだ。
「そうだけど……」
「その後も私のことことあるごとに上目遣いで誘惑してきたくせに」
「え? 従順な新人っぽく振る舞っただけなんだけど……?」
「それが誘惑しているように見えるの。分かってるでしょ?」
「あ……うん」
この身体は見た目がかわいいだけでなく、表情がやたらかわいい。
だから、意図せずに誘惑しているような見た目になってしまう。
それはアルフォンスに鏡を見せられて何度も自覚させられた。
「それで私になついてくれて、頭をなでたりできるようになったと思ったら、なんでご主人様の方に気移りしてるわけ?」
「あ、ご、ごめん……でもそれは女モードだけの話で……」
「それにレベッカとも浮気してたでしょ」
「あ、はい……」
完全に言い訳の道を塞がれた。
「しかもジャンとも仲良くしてるし、ダニエル様やギュスターブ様にもいじられてキャーキャー言ってたんでしょ? ほんとどうなってるの?」
「い、言い返す言葉もありません。ごめんなさい」
「もう……なんで私だけのものにならなかったのよ……」
マリーが目を伏せながら、ちょっと真剣な顔で言った。
「そう言われても……」
「全部アリスがかわいすぎるのがいけないのよ。私だって諦めたつもりだったけど、こうやって見てるとかわいすぎてやっぱり諦めきれない」
マリーはそう言って、そのまま俺の背中に手を回して抱きしめた。
一瞬焦ったが、背中の敏感な部分には触れなかった。
安心したと思ったら、マリーが思っていた以上に深く抱きしめてきた。
密着ぶりが半端なくて、体中に刺激が走る。
胸にはマリーの豊かな胸が当たるし、股間にはマリーの服の凹凸が当たるし、マリーが少し動くと太ももがすれてゾワゾワする。
「マ、マリー! くっつきすぎ! た、耐えられないから!」
「じゃあ、アリスが抱きしめて」
「分かったから、もう無理……」
マリーがそっと緩めてくれたので、一息ついてこちらから腕を回した。
そして、あまり密着しすぎないように緩く抱きしめる。
マリーがリラックスしたように目を瞑る。
そのままお互い何も言わずに時間が過ぎていった。
抱きしめられる側だとわからなかったが、抱きしめる側に回ってみるとマリーがものすごく大切に思えてくる。
自分は抱きしめられるより、抱きしめる方が感情が動くのかも知れない。
目を瞑って安心しているマリーを守ってあげたい。
このままマリーには幸せで居て欲しい。
そんな気分になる。
それから、胸の奥からよく分からない言葉にならない感情がわき上がってきて、マリーがどんどん愛おしくなってきた。
「マリー……好き……」
「私も」
マリーが目を瞑ったままぽつりとつぶやいた。
それから10分くらいは抱きついていた。
マリーはゆっくりと起き上がると、ゆっくりと背伸びをした。
「たまには抱きしめられる側もいいね。あれ? アリス?」
俺はマリーをじっと見つめていた。
どうしよう。
すごく好き。
ものすごく好き。
言葉で表現できないくらい好き。
マリーを抱きしめていたら、どんどん感情が高鳴ってしまった。
自分でもちょろいと思うけど、この身体は本当に素直だ。
「どうしたの?」
「ん……な、なんでもない。ま、また、暴走してるだけ……」
目をそらすと、マリーが顔を近づけてきた。
「なに?」
「え? な、なんでもないけど……好き……です」
うつむきながら答える。
「なにが? 抱きしめるのが好きなの?」
マリーが分かっていない口調で聞き返した。
「そじゃなくて、マリーが……すごく好き……です」
そうつぶやくと、マリーの表情が一瞬驚きに変わり、そして笑顔に変わった。
「そうでしょ? もう、最初からそう言ってくれればいいのに」
と、またキスをしようと近づいてくる。
「キ、キスはもういいけど……す、好きだから……」
顔をそらしながら言うと、マリーががしっと俺の肩を掴んだ。
そして揺する。
景色が揺れる。
「うわっ、や、やめてってば」
「もう、ほんっっっとにかわいいんだから! 絶対に離さないからね」
マリーはひとしきり俺を揺すると、手を離した。
「私以外をこれ以上誘惑しないでよね」
「誘惑してるつもりはないんだけどね……き、気をつける」
「他の人を誘惑しないでね。ちゃんと断るのよ」
マリーが俺の目を見て念を押すように言った。
「わ、分かった」
自信がないながらも従順に頷いた。
一応努力しよう。




