翌日の朝
そして翌日。
俺が目を覚ますとマリーはすでに起きていて、荷物の片付けの続きをしていた。
「え? 朝からなにやってるの?」
寝ぼけ眼でマリーを見ると、マリーがしまったという顔をした。
「あ、起こしちゃった? 静かにやってたつもりなんだけど」
「っていうか、なんで朝から……」
「うん、なんか落ち着かなくてね」
意外とマリーは繊細なのだろうか。
なんかどこに行ってもテキパキこなすイメージなんだけど、さすがにこの環境の変化に戸惑っているらしい。
「まぁ……そうだね。昨日はマリーもお嬢様扱いだったもんね」
「そうなのよね……ちょっと驚いちゃった。いい体験だとは思うんだけど……」
マリーが取り出した下着のしわを伸ばしながら、またたたみ直す。
そんなところまで気にしなくてもいいと思うのだが、なにかしてないと落ち着かないらしい。
それにしたって朝からやらなくてもいいのに。
昨日のお昼まではマリーはメイド扱いだった。
つまり、マリーが俺の面倒を見ていてもこの屋敷のメイドたちもなんとも思わず、完全にお付きのメイドと思われていた。
しかし、夕飯の時に執事とメイド長に改めて挨拶したときに『私は前の屋敷でメイドをしていて、マリーは先輩で友人です』と紹介したら、態度が一転した。
俺のことを異世界から来た人間だということは知っていてものすごく丁寧に扱ってくれていたが、まさか元々メイドだったとは知らなかったらしい。
お世話しなければならないゲストの俺の先輩であり友人でもあるマリーに仕事させたなんてとんでもない、という話になり、逆に俺とマリーが焦ったのであった。
執事さんがやたら焦りだして『とんでもなく失礼なことを……』とか大の大人が本気で謝りだしたので、こっちが焦った。
そんなわけでマリーがメイド服を着ているのもなんかおかしな感じになり、マリーも私服を着ることになった。
マリーも休みに外に行くぐらいのことは考えていて私服を持ってきていたので服はなんとかなった。
マリーの一番お気に入りの服は俺が着ているので、マリーが今着ている服は日本人の感覚から言ってもちょっと野暮ったい感じだ。
口に出しては言えないけど。
「でも、昨日の夕食はすごかったじゃない。スープや飲み物まで全部面倒見てくれてさ。あそこまでの体験はめったに出来ないよね。たしかに……ちょっと堅苦しかったけど」
「アリスは他の世界からやってきたけど、私はただのメイドだからさ……なんか申し訳なくて」
マリーが釈然としない表情で言った。
「そ、そんな気にしなくていいと思うけど」
「そうなんだけどさ……落ち着かなくて。私は貴族じゃないし、あんな体験初めて。変な感じ」
たしかにマリーは長年メイドをやっていたから、逆の立場になると戸惑うのだろう。
「アリス、目が覚めてきた?」
「まぁ、これだけ話せば目が覚めるよ……」
マリーが片付けをしている時点で驚いてかなり目が覚めている。
「ちょっと愚痴聞いてもらってもいい?」
「ん? なに?」
マリーはごそごそと手元にある荷物を引き出しに乱暴に突っ込んだ。
そんな風に扱うならさっき丁寧にたたんでいた意味がない。
片付けたかったのではなく、単純に落ち着かなくて身体を動かしたたかっただけみたいだ。
そして、マリーは俺のベッドに腰を下ろした。
じーっと俺の顔を見てくる。
「ちょ、あんまり見ないでよ。寝起きで酷い顔してると思うから」
手で顔を隠す。
「大丈夫、かわいいから」
マリーが真顔で言った。
「っ……! 朝からそういうのいいから! な、なに?」
朝から攻撃力が高い。
あんまりかわいいとか言わないでほしい。
「ほんとはさ……」
マリーがちょっとすねたような顔をした。
「ん?」
顔を隠すのを止めてマリーを見た。
「ほんとは……アリスと私だけで小さな家を借りて住むはずだったのよね」
「そうだね。でも、実際危ないし」
「それは分かってる。でも、まさかこんな至れり尽くせりなんて……」
「え? いいことじゃん……」
「なんか、私全然頼られてない……」
「は?」
首をかしげると、マリーがなんとも言えない顔で俺を見た。
「アリスって……ぶっちゃけ頼りないでしょ?」
「……ほ、本人に言わないでくれる? 朝からへこむんだけど」
「でも、そこがかわいいの! だから、お屋敷を出たら私にすごく頼ってくると思ったのに……なんか最初から私より順応してるし……」
マリーが納得いかない顔をしている。
「え? まぁ、サロンとかクロエの家でもゲスト扱いされたから、その感じかなーって思って対応してるだけだよ。マリーはゲスト側になるの始めてだから落ち着かないのは仕方ないよ」
「それはそうだけど……もぉ」
マリーがぐっと腕を伸ばしてきて、俺の肩を掴んだ。
「え?」
そして力をかけてきて、俺の身体を揺すった。
うわ! マリー力強い!
「うわっ、な、なにぃ!?」
「私が付いてきた意味があんまりないじゃん。もっと頼ってよーー! もぉーー!!」
マリーが俺の上半身をぐわんぐわん揺すりながら、ちょっと子供っぽく言った。
「揺するの、止めて! うわ! 酔う!」
大声を出すとマリーは揺するのを止めて、そのままくたっと俺のベッドに倒れ込んだ。
「あれ、どうしたの?」
「ごめん……あんまり寝れて無くて」
「あぁ……そうなの」
それで朝からこんな深夜テンションなのか。
なんかおかしいと思った。
「じゃあ、今から寝直せばいいじゃん。お昼ぐらいになったら起こしてあげるから」
「それは嫌。だって、来ていきなり昼まで寝てるとか、すごい怠惰な人だと思われちゃうし」
マリーはなにかメイドとしてプライドがあるっぽい。
おそらく、自分はメイドとして来たという認識があるから、立派なメイドっぽく振る舞わないとこの屋敷のメイドたちに下に見られるという気持ちがあるのだろう。
「まぁ……そんな片意地を張らなくてもいいじゃん。貴族のご婦人方は毎日夜遅くまで舞踏会をして、起きるのはいつもお昼とか言うじゃん。別に昼まで寝てたって文句言われないって」
「私貴族じゃないし。でも、本当に眠くなって来ちゃった……」
マリーがベッドの上で脱力している。
夜の間は神経が高ぶっていて、俺に言いたいことを言ったらちょっと気持ちが落ち着いてきたらしい。
「朝ご飯行くときに起こして……」
「うん、わかった」
そう答えると、マリーはすっと俺のベッドの上でそのまま寝てしまった。
時計を見るとまだ6時前だ。
さすが大貴族の別荘というところで、ゲストルームにもちゃんと掛け時計がかかっている。
朝食は8時までに準備すると聞いていたので、ちょっと早すぎる。
「もう一寝入りするか……」
俺はマリーを起こさないようにマリーに引っかかった毛布を引っ張って、俺とマリーの両方に毛布が掛かるようにして、そして目をつむった。
◆
重い。
息が出来ない。
苦しい。
「う……うぅ……」
身体が動かない。
必死にもがく。
もがいてもがいて、そして目が開いた。
カーテンの隙間から強烈な光が差し込んでくる。
しかし、息が苦しい。
またばたつく。
「うう……うっ!」
胸の上にやたら重い物が乗っている。
必死にもがいてその重たい物から抜け出す。
抜け出して安心したところで光が直接目に入って、目が覚める。
「ん……んん?」
身体を起こしてみると、重たい物体の正体はマリーだった。
俺はベッドに対して正しい向きで寝ていたのだが、マリーは寝返りをうって斜めになってしまったらしく、俺の身体を枕代わりにしていたみたいだ。
枕がなくなったマリーもけだるそうに身体を起こした。
「今……何時……」
「え?」
時計を見る。
10時25分くらい。
「あ……しまった」
「え?」
マリーも寝ぼけた顔で時計を見た。
そして、小さく悲鳴を上げる。
「ア、アリス! なんで起こしてくれないの!」
「普通に寝ちゃって……」
「もぉ!」
マリーがガバッと身を起こして、さっきまで寝ていたとは思えない身のこなしで髪の毛を整えて、俺がいるにもかかわらず躊躇無く寝間着を脱いでメイド服を取り出す。
「え? メイド服着るの? 私服でしょ?」
「あ……そうね」
マリーはメイド服をしまうと、今度は少し落ち着いた速度で私服に着替えた。
「ほら、アリスも着替えて」
「着替えるよ。だから……先に行っててくれる? 部屋の前で待っててくれてもいいから」
「なんで?」
マリーが意味が分からないという顔をした。
「なんでって……裸見られたくないし」
「何度も見てるから気にしなくてもいいじゃん」
マリーが真顔で言う。
本当に全く気にしてない。
「そういう問題じゃないの! 頼むから……」
「はいはい」
マリーがもう一度髪を整えてから、扉を開けて出る間際に小さく「私より女の子じゃん」と呟いた。
だって、裸を見られるって恥ずかしいじゃん。
ってか、この世界の女の子は本当に大胆すぎる。




