暴走明け
「ん……?」
目を開けると、朝だった。
窓のカーテンの隙間から光が差し込んでいる。
眠いけど仕事をしなきゃいけない。
気合いを少し入れて体を起こして、違和感を覚える。
「ん?」
いつもは寝間着を着て寝ているのに、下着姿で寝ていた。
よく風邪を引かなかった物だ。
「って、あれ? 昨日、なんかあったっけ?」
今日はいつもの朝とは違う。
そんな感覚を感じて、カーテンを開けて光を取り入れる。
違うはずだ。
この陽の感じではもう昼だ。
日差しが目に入るとだんだんと覚醒していって、記憶がうっすらを蘇ってくる。
つまり、昨日は女モードになってアルフォンスにベタベタして、それをマリーたちが見ていて……
「ぬおおおおお!?」
頭を抱えて悶える。
おい、なにやってんの、俺!?
夢だと思いたいけど、多分夢じゃ無い!
アルフォンスの前で寝てしまって、自分の部屋まで運ばれたに違いない。
そして、メイド服のまま布団に入れるわけに行かないから、マリーかレベッカがメイド服を脱がして布団を掛けたのだろう。
「なにやってんだ……」
低血圧な体だけど、今回ばかりは一気に意識が覚醒した。
体は少しだるいけど、頭だけはフル回転している。
アルフォンスにベタベタした記憶もあるし、『全部あげます』とか馬鹿なことを言った記憶もある。
それから、マリーが激怒して書斎を出て行った記憶もある。
「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛……」
どうすりゃいいんだ。
謝って回るしか無いけど、それ以前に顔を合わせたくない。
このまま消えてしまいたい。
でも、悶えているうちに尿意を催してきた。
生理現象だけはいかんともしがたい。
下着姿では外に出れないので、メイド服を手早く着る。
扉に耳を当て、人の気配がないことを確認してから廊下に出る。
音を立てないように屋敷の一番隅にあるトイレに滑り込む。
ダニエルの家ではトイレは別の建物だったが、アルフォンスの屋敷ではおなじ建物の中にある。
もちろん、匂いその他を考慮して建物の一番端っこだ。
すっきりしてからトイレを出ると、水が飲みたくなった。
いつもは厨房の水壺から飲んでいるのだが、出くわすわけには行かない。
そうっと裏口から出て、井戸に行こうとすると、拍子の悪いことにレベッカが水をくんでいるところだった。
「アリス、起きたの?」
レベッカが水をくみながら聞いてきた。
「う、うん……」
「そっか。今日はいい天気だね」
レベッカがなにも気にしてないように言った。
あれ、もしかして、昨日のことはやっぱりただの夢?
いや、違う。
多分、レベッカは気まずくならないように演技しているだけだ。
だって普段はいい天気だねーとか言わないし。
「そ、そうだね……。えーと……昨日のことだけど……」
「折角気を使ったのに……」
レベッカが視線をそらす。
やっぱりそうだった。
「その……昨日のことってやっぱり現実? 夢じゃないかなーとか思ってるんだけど」
「ご主人様に抱きついていたのと、マリーが怒ったのは現実」
レベッカが顔をそらしながら言った。
やっぱりそうか……。
黙っていると、レベッカが俺を見た。
「ご主人様の方はたぶん大丈夫だと思うけど、マリーとは早く話をつけた方がいいよ。マリーはいつもみたいに仕事してるけど、様子がおかしいし……」
「あ、俺も仕事した方がいいかなぁ……」
「無理しなくていいってば」
「ありがとう。でも、体調が悪いわけじゃ無いから」
「というか、マリーとギスギスしながら仕事されてもこっちもつらいし、アリスもやりにくいでしょ。とにかく早く仲直りしてからにして。それまでは私とコレットでなんとかするから。今のマリーは……正直、戦力外」
「え、あのマリーが?」
驚いてレベッカを見た。
いつも要領が良くてテキパキと物事をこなすマリーが戦力外なんて想像が出来ない。
「うん。なんか……皿洗いをしながら突然物思いにふけっちゃったり、お皿を落としたりね」
「うわ、信じられない」
「それくらい動揺してるってこと。とにかく、早く仲直りしてね」
レベッカは水をくんで、そのまま屋敷の中に戻ってしまった。
とりあえず、井戸から水をくんで飲んでから、部屋に戻った。
部屋に戻ってから落ち着かずにそわそわしていた。
お腹は空いているから厨房に行きたい。
でも、マリーと出くわすに違いない。
マリーになんといって謝っていいのかわからない。
たぶん、こんなものはぶっつけ本番でやればなんとかなるのだろうが、考えすぎてしまって動けない。
扉を叩く音がして、マリーが入ってきた。
一瞬緊張で息が止まったが、ちょっとほっとした。
これで話が片付く。
ところが、マリーは怒っているのではなく沈んだ顔をしていた。
あれ?
めちゃくちゃ怒ってると思ったんだけど……。
マリーは立ち尽くしたまま、黙っている。
「あ、マ、マリー、昨日は……」
ごめんと言いかけたけど、マリーがあまりに落ち込んだ顔をしているので声が止まった。
なにか、想像していたのと違う。
「わかったから……」
マリーがぽつんとつぶやいた。
「え?」
「アリスがご主人様のことが好きなのは分かったから、私はもう邪魔をしない。いままで、ありがとう」
マリーが俺の顔を見ないまま言うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
俺はあっけにとられて、ただ固まっていた。
「え、ありがとう……?」
それって、別れの言葉?
ええ!?




