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修羅場明け

 夕食の時間になってもアルフォンスは食堂に来なかった。

 マリーが呼びに行っても後で食べるとのことだった。


 今日は自分が配膳当番だったので、厨房の中でそわそわしながら待っていた。

 まかないはすでに食べたのでお腹は空いていないが、ただひたすら待つというのはなんとも落ち着かない。


「なんだい、アルフォンス様はまだ仕事をしてんのかい。冷めちまうなぁ」


 フィリップが料理道具を片付けながら嫌そうな顔をした。

 当然ながらこの世界に電子レンジみたいな便利な物はない。

 スープぐらいなら鍋で温めればいいが、他の料理は暖めるのが結構大変だ。


「今日中に書類を出し直さないといけないらしくて……多分今修羅場です」


 そう言うと、フィリップは頷いた。


「ああ、さっきマリーから聞いてるよ。それにしたって、飲まず食わずじゃ効率が悪いと思うがね。よし、アリス、食事を書斎に持って行ってやれよ」


「あぁ……そうですね」


 頷いて、料理をカートに乗せて引いていく。


 廊下を抜け、書斎に入る。

 そこでは、アルフォンスがつらそうな表情で書類に向かってペンを走らせていた。


「あの、夕食ですが……」


 男は顔を上げて俺をチラリと見て、一瞬表情を取り繕うとした。

 しかし、すぐに諦めてまたつらそうな表情に戻る。


 うわ、こんなヘロヘロなアルフォンスを見るのは初めてだ。


「あと1枚だ……待っててくれ……」


「は、はい」


 あと少しとなると逆に焦ってへまをすることがある。

 大丈夫かなぁ、と思いながら見ていたが、特にトラブルも無く男は書類を書き終えた。

 

 そして、書き終えた書類をぱらぱらとめくってから、大事そうに皮でできた書類ケースに入れた。


「よし……ようやく終わった。こいつを門の所まで持って行ってくれ……。配達人が待ってる……」


 男が椅子にどかっと寄りかかって、脱力した様子で言った。


「わかりました」


 書類ケースを受け取ると、小走りで廊下を抜け、玄関に出る。

 すると、門のところで何かの制服を着た男が暇そうに立っていた。

 書類ケースを渡すと、男は「受け取りました」とだけ答えて、門の脇に隠れていた馬に乗ってあっという間に駆けて行ってしまった。


 おお、やっぱこの時代は馬なんだなー。


 とか思いながら、書斎に戻ると、男は料理にかじりついていた。


「渡してきたか!?」


 男は俺の顔を見るなり聞いた。


「は、はい。なんかすごい勢いで馬で走ってきましたけど」


「それでいい。よし、なんとかなった!」


 男が行儀作法を無視して、スープを一気に飲み干す。


「なんか……大変だったみたいですね」


「あぁ、本当にな」


 男は相変わらず行儀作法を無視して、ガツガツ食べていく。

 すごい食べっぷりだ、と驚いていると、あっと言う間に食べ終えてしまった。


「あの、お代わり持ってきた方がいいですか?」


「ん? いや、いい」


「そうですか……?」


 そうは見えない食べっぷりだなぁ、と思いつつ、とりあえず空になった皿をカートの上に戻していく。

 横目で見ると、食事を終えた男は気の抜けた様子で椅子に座っていた。


 あ、そうだ。

 忘れないうちにお礼を言っておこう。


「あのー……さっきはありがとうございました」


「ん?」


「気が動転したときに頭を撫でてもらって、あれで結構持ち直しました。あのままだとちょっとヤバい状況になってたかもしれません」


「あ、あぁ、そうだな」


 照れくさいのか男は視線をそらした。


「ダニエルとギュスターヴが居たからはねのけましたけど、本当はすごいありがたかったんで……」


「分かってる」


 男が気恥ずかしそうに頷いた。


 な、なんかむずむずするなぁ。


「と、とりあえずそれだけです」


 カートを引いて書斎を出ようとすると、男がガバッと身を起こした。


「お、おい、アリス、用事が終わったらもう一度ここに来てくれ」


「え? 用事ですか? わかりました」


 頭を下げて、書斎を出た。



 皿洗いを済ませて、レベッカとこの世界の料理の話をしながらのんびり雑用して、そろそろ自室に戻るかーというところで、アルフォンスに言われていたことを思い出した。


「うわっ、うっかりしてた……」


 すでに二時間以上経っている。


「す、すいませーん。遅れました……」


 怒られないかちょっとドキドキしながら書斎に入ると、ソファに座っていた男がガバッと身を起こした。

 やっぱりそのソファ、自分がゆったりするために持ってきたんじゃないか?


「えーと、ちょっといろいろあって遅れました……。な、なにかご用でしょうか?」


「忘れられたかと思った……」


 男が微妙な顔で言った。


 うん、忘れてた。

 ごめん。


「とにかく、こっちに来い」


 男がソファに座ったまま手招きをする。


 え、そこに?

 そこってセクハラスポットになってる気がするんだけど。


「いえ、用事でしたらそのまま言ってもらえれば……」


「頭を撫でてやるから」


「え? あ、そ、そうですか……?」


 すすっとソファに近づいて、男の隣に座り込んだ。

 あれ、なんか自分の意思より先に体が動いていた気がした。


 完全に無意識レベルで頭なでなでの気持ちよさの虜になっている。


「えーとー……」


「お前、本当に好きなんだな……」


 自分で呼んでおいて、男がちょっとあきれたように言う。


「べ、別にいいじゃ無いですか。健全だし……その……」


 と、言いかけたところで、頭に手のひらが乗った。


 こ、これ~~!!


「ん、ん~~~!!」


 無意識に男に寄りかかる。


 男の手が止まる。


「も、もっとぉ……」


「あ、あぁ……」


 男が戸惑った様子でぎこちなく頭を撫でる。


「ふにゃ~~……」


 身も心もとろける~~


 全身の力が抜けて、くすぐったいような気持ちいような、変な感じを味わう。


「えへ……えへへ……」


 変な笑いが漏れてくる。


 と、そこで手の動きが止まって、手が頭から離れた。


「え!? ちょっ! まだ止めちゃダメですから!」


 見上げると、男は変な顔をしていた。


「その……いくらなんでも今日は無防備すぎないか?」


 男の心配そうな声で、ふと我に返った。


 ん?

 たしかに。


 今までも撫でられて無防備だとアルフォンスに言われたけど、今日はそれにも増して無防備だ。

 自分でも完全にアルフォンスを信用しきっていて、警戒感がゼロなのが分かる。


「あ、あれ、なんでだろう?」


 アルフォンスに体を押しつけながらも、首をひねる。


「今日なにかあったっけ? えーと……とりあえず、気分がものすごく落ち込みそうになったときに慰めてもらったのは助かりましたけど……」


 体がこわばったときに頭を撫でられてうれしかったことを思い出す。

 すると、無意識にさらにアルフォンスに体を押しつけていた。


 うおおお!?

 

 あわてて意思の力で体を引き剥がす。


「うわ、やっべ……」


 思わず男言葉に戻って、自分の体を抱きかかえた。


「どうした?」


「えっと、うっかりしてました……。この体めちゃくちゃチョロインなんだった。あんなタイミングで優しくされたから、なんか……ちょっと暴走しているようで……あはは……」


 ぎこちなく笑って、さらに横にずれる。

 しかし、心の奥底の何かがアルフォンスから離れることに激しく抵抗してきた。


 ちょ、洒落になってないぞ。

 無意識レベルの衝動に対して、意思が対抗できなくなってきている。


「あ、あれ……なんかまずい……」


 ものすごくアルフォンスにひっつきたくなっている自分に気がつく。


 いや、さすがにそれはまずい。

 いくらアルフォンスが自分が元男だと知っていても、この女の子の身体でべたついたらアルフォンスも吹っ切れてしまいそうだ。

 ってか、よくよく考えると、最近普通にアルフォンスとベタベタしすぎだよな。

 頭撫でられるのが普通になっていて気にしてなかったけど、あきらかに近づきすぎていた。


「どうした?」


 アルフォンスが心配そうな顔をする。


「い、いえ、なんでもないです……」


「なんでもなくないだろ。そういえば、この前痛みがあるとリセットされると言っていたな。つねってみるか?」


 アルフォンスが心配そうに言う。


 あ、それはいいかもしれない。

 頭撫でられるのがやたら気持ちいいからアルフォンスにひっつきたくなってしまうのだ。

 嫌なことをされたら距離を取りたくなるだろう。


「そ、そうですね。お願いします……できるだけきつめにお願いします」


 腕をそろそろと差し出す。

 痛いのは嫌なんだけど、仕方が無い。


「よし」


 アルフォンスが俺の腕をそっと持つ。


「あ、そうじゃなくて……もっと逃げられないようにがっつり掴んでください」


「ああ」


 アルフォンスが頷く。


 あれ?

 なんで俺はそんなことを言ったんだ?


「絶対に逃げられないように……しっかり……もっと……」


「あ、ああ」


 アルフォンスがためらいがちながら、俺の腕に腕を絡める。


 う、うわっ……ちょっ……なんかこれ、いかんでしょ……


「め、めちゃくちゃに……」


 ん、んん!?


 なんか勝手に変なことを言っている。


 これ、あきらかにおかしいぞ!?

 まじで暴走している。


 空いている手で自分の頬をつねる。


 痛っ!


「ご、ごめん、なんか今日おかしいみたいで……ちょっとマリーの所に行ってきます」


「あぁ……わかった。いろいろ話もしたかったが……仕方ない」


 男が残念そうに腕を放した。


「し、失礼します」


 ものすごく変な気分になった身体を抱えて書斎を飛び出した。



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