もやもやした一日
昨日の夜はお絵かきに挑戦し、大変に心にダメージを負った。
まず、根本的に絵が下手。
元から下手だったんだけど、この身体になってもそれが変わってない。
でも、そんなことより、基本的な動作がうまくできない。
丸や線を描く動作がまともにできない。
文字は書けるのに、なぜか絵になると全然描けない。
「あれはひどい……」
しばらく描けばうまくなるかと思ったけど、そんな簡単なものじゃ無かった。
自分は3歳児程度の能力しか無いと諦めて、線や丸を描く練習をしないとだめそうだ。
「絵はもういいや……」
早々に気持ちが折れている。
「あー……朝日がまぶしくていい天気~」
窓枠を雑巾でのんびり拭きながら目を細める。
青い空、強い光。
とってもいい気分。
なんかピクニックとか行きたくなる気分。
嘘。
本当はピクニックとかそんな情緒豊かなものより、普通に買い物に行きたい。
こんな天気の中、ウィンドウショッピングしたら楽しいだろうなぁ。
「はぁ……」
なんとなくため息を吐いてから、雑巾を洗う。
強い光を浴びているときはいい気分なのだが、日陰にくると途端にモヤモヤし出す。
といってもお通じが悪いとかそういう話では無く、なにかもやもやするのだ。
「なんか……今日はおかしいな……」
さすがにずっと光を浴びていられないので、雑巾を置いてモップに持ち替える。
廊下をいつものようになんとなくモップで掃除するが、やはり変な気分だ。
「うーん……」
なんかおかしい。
とにかくおかしい。
「どうも落ち着かない……」
居ても立っても居られなくて、モップを放り出してゲストルームに駆け込んだ。
「風邪……?」
自分でおでこに触ってみるが、熱のある感じはしない。
朝の食事も普通にできたので、食欲が無いわけでは無い。
とくにだるいわけでも無い。
それなのに、なにか違和感がある。
昨日は寝不足気味だったが、今日は普通によく寝られたので睡眠も十分なはずだ。
それなのに、なんだかおかしな気分だ。
「気のせい……いや、違う。絶対になんかおかしい」
とにかく落ち着かない。
もやもやする。
「なんだ、これ……なんだ?」
なにかの病気だろうか。
モヤモヤした気分で、マリーに相談しようと思って厨房に顔を出すと、レベッカが一人でお皿を洗っていた。
「あれ、マリーは?」
「ん? アリスどうしたの? マリーは今日は半分お休みだって」
レベッカがお皿を洗いながら答えた。
「半分お休み?」
そんなの初めて聞いた。
「部屋で本を読んでいるってさ」
「へぇ……」
「なに、マリーに用事?」
「うん」
軽く手を振って厨房から出る。
レベッカに相談してもいいのかもしれないが、なんとなくマリーに相談したい気分だ。
理由は分からないけど、マリーに相談したい。
「ん、んん?」
自分でもよく分からないけど、とにかくマリーに相談した方がいいらしい。
そういう気分がする。
廊下をちょっと歩いて、マリーの部屋の扉をノックする。
「マリー、今いい?」
「うん」
ちょっと間があってから返事があった。
中に入ると、マリーがベッドに座って小説を読んでいた。
「本、借りてるよ」
マリーが顔も上げずに言った。
そういえば、本を借りるとかそんなことを言っていた。
「あ、うん、それはいいけど……」
相談が……と言いたいところだが、マリーが真剣な顔で小説を読んでいる。
こんなに真剣な顔を見るのは初めてかもしれない。
なんとなくもっと優雅に本を読みそうなイメージがあったけど、実際はがっつり集中して読むタイプらしい。
一分の隙も無い。
「急ぎの用事?」
マリーがちょっとだけ視線をこちらに向けた。
「あ……べ、別に」
思わずそう言ってしまった。
なんとなく変な感じ……これを急ぎの用事とは言いにくい。
でも、相談をしたいのは事実だ。
「急ぎじゃ無いけど、できればちょっと相談に乗って欲しいんだけど……」
「ちょっと待って。キリのいいところまで読むから」
「分かった」
マリーの横に腰を下ろして、横目でマリーの様子をチラチラ見る。
読んでいるのは、途中の展開がかなり面白い恋愛小説だ。
最後の方でぐだぐだになってがっかりしたが、途中までは文句なく面白い。
でも、章は細かく分かれているから、しばらく待てば章が終わるはずだ。
「…………」
ところが、全然ページが進んでいかない。
ものすごくゆっくりじっくり読んでいる。
そういえば、コレットにも本を読むのが速いとか言われたし、みんな本を読む速度はそれほど早くないのかもしれない。
「うー……」
感覚的に自分の3倍以上は時間をかけて読んでいる。
本当に全然ページが進んでいかない。
相談したいのに。
まだか……まだかまだか……
待っていると、身体がうずうずしてくる。
ちょっと横にずれて、マリーに近づく。
うずうずする。
また横にずれて、マリーに近づく。
遅い……遅い……
また横にずれて、マリーに肩が触れる。
「あ……」
なんかちょっと落ち着いた。
そのまま少しだけ体重を預ける。
「アリス、邪魔」
本に集中するマリーが感情のこもってない声で淡々と言った。
「あ、ご、ごめん」
慌てて距離を取る。
……邪魔って。
言いたいことは分かるけど、言い方って物があるんじゃない?
マリーを見るが、マリーは本に集中していて全然こちらに注意を向けていない。
多分マリーは悪気も無く普通に言ったんだろうが、なんだか心に堪えた。
「マリー……」
小さくつぶやいたが、マリーは聞いてないらしく本に集中したままだ。
気がつくと、ずっとマリーの一挙手一投足を見ていた。
ページをめくる手つき、眉をひそめる様子、真剣な顔、呼吸で上下する胸、細かく揺れる足。
なんでこんなにずっとマリーのことを見ているんだろう?
「ねぇ……」
遠慮がちに声をかけたが、マリーはこちらに視線を向けない。
大声を出せば気がつくだろうが、邪魔をして機嫌を損ねたくない。
じっと我慢していると、扉が開いてレベッカが顔を出した。
「マリー、お昼の配膳!」
レベッカはそれだけ言って、早歩きで戻っていく。
「……うん」
マリーは名残惜しそうに本を閉じて脇に置くと、髪の毛を整えて立ち上がった。
「マ、マリー……」
遠慮がちに声をかけると、マリーが一瞬だけこっちを見た。
「あ、ごめんね。後でいい?」
「うん……」
昼食のちょっとした雑用が終わると、マリーはまた部屋に閉じこもった。
無理だとあきらめて、とにかく夜を待つことにした。
夜になれば、いつものようにマリーとキスとしたり会話をすることになる。
そのときに相談しよう。
マリーに触ってると安心する、とか言ったらすごく喜びそう。
 




