アルフォンスの焼き餅
屋敷の中に戻ると、廊下でアルフォンスとすれ違った。
「おい、アリス」
「ん、なんですか?」
後ろから声をかけられて振り向くと、男がなんともいえない顔で俺を見ていた。
「お前……また手伝いの男達をたぶらかしてるんじゃないだろうな」
「あ、なんか見てたんですか? でも、人聞きの悪い。普通に前の世界の話をしたり、いろいろ相談に乗っているだけですけど」
「だけどな、あの年頃の男は思い込みが激しいからな……」
男が眉をひそめる。
「分かってますけど、大丈夫ですよ、別に。私だって元男だからその程度分かりますって」
冷めた感じで言い返したが、男は眉をひそめたままだ。
「そうか?」
男がやたら心配そうにしている。
なんだ一体。
「……もしかして焼いてます?」
ふざけて聞いてみると、男は露骨にうろたえた。
「おい、そんなわけないだろう」
男が慌てる。
これは……ちょっと楽しいな。
やっぱり、人を翻弄するのって楽しい。
「なんですかー。最近かまってあげないからすねてるんですか?」
調子にのってさらに煽ると、男はげんなりした顔をした。
「お前……なんかずいぶん楽しそうだな。ちょっと来い」
と、男が手招きした。
付いていくと、いつものように書斎に入って、男はソファにどかっと腰を下ろした。
「え、座れって?」
「ああ」
男は当然のように頷いた。
「えー……」
ふてくされながらソファに座ると、男が当然のように肩に手を回してきた。
「なっ、なにやって……」
ビクッと身体を震わせて驚いているのに、男はそのまま俺の肩を抱えた。
そのまま抱き寄せられる。
な、なんだよ、これ!?
「ひゃっ! なに当然のように触ってるんですか……」
「随分楽しそうじゃ無いか」
「男同士なんだから自重してくださいよっ」
抵抗すると、男はあきらめたように手を離した。
全く……何を考えているんだ。
「頼られて相談されるのがちょっと楽しいだけですよ。考えすぎ……ってか、私男なのを忘れないでくださいよ」
「忘れてないさ。だが、最近いくらなんでも淡泊じゃ無いか? 全然来ないじゃ無いか」
男がすこし寂しそうな顔をする。
「やっぱり焼いてる……?」
「違う!」
アルフォンスが声を荒げる。
いやー、アルフォンスをからかうのも楽しいなぁ。
でも、男同士なのを忘れないで欲しい。
ボディタッチはいい加減にしてもらいたい。
「そもそも、ジャン程度で騒がないでくださいよ。ダニエルとギュスターヴは本当に酷かったんですから」
「そうか……そんなに酷かったのか」
男が何気なく手を伸ばしてきて、俺の肩に手を置いた。
「あの、また肩……」
「ん……い、嫌か?」
アルフォンスが照れくさそうに聞いてきた。
なんだ、本気で焼いているのか?
ああ……なんか、もういいや。
いちいち指摘するの面倒だし。
手を振り払うのをあきらめて男の手と一緒にソファに寄りかかる。
「はぁ……まぁ、いいですけど。でも、面と向かってエロ心発揮されても困るんですけど。ダニエルとギュスターヴもそうでしたけどね。そういうのは風俗とかにでも行ってくれませんか?」
冷静にそう言うと、男はぎょっとした顔をした。
「お、おい、お前もうちょっと優しかっただろ?」
「うーん……今、あんまりご主人様にかまう感じじゃないんですよ。いろいろと……」
特にマリー。
というか、マリーしか無い。
なんだあのマリー。
ドSすぎるよ、あのマリー。
男がそれを指摘してないから、昨日のアレはレベッカの部屋では聞こえても男の部屋までは届かなかったようだ。
そりゃそうだよな。
それが筒抜けになっていれば、もっと前から「夜中になにやってる」とか言われているはずだ。
いやぁ、屋敷が広くて良かった。
「ん、悩んでいるのか?」
男が俺の顔を見た。
「いえ……こっちの話なので、気にしないでください」
「そうか……」
男ががっかりした顔をする。
なにかいいところを見せたかったのだろうか。
男というものは本当に見栄っ張りだ。
「ジャンにもいろいろ相談されてますしね」
「お前が女達といちゃついているのは知っているが……男は俺だけにしておけ」
「ん?」
顔を上げると、男が気まずそうな顔をしていた。
「……は? なんですか、それは?」
「だからいろいろ面倒なことになるから止めておけと言っているんだ」
「いや……別に大丈夫ですから。そんなに口出ししないでください」
思わず口調がきつくなる。
メイドはやっているが、仕事と関係ないことまで指図はされたくない。
「だいたい、ジャンとも普通に男同士として付き合ってるんであって、変な意味は無いですから」
「お前はそのつもりかもしれないが、相手がそうだとは限らないだろ」
「もしそうだったとしても、自分でなんとかします! 元男ですから大丈夫です!」
男をにらみつけると、男は視線をそらして俺の肩を離した。
「別に俺は喧嘩をしたかったわけじゃ無くてな……」
「なんです?」
「最後まで言わせるか」
「は? あの、そういう遠回しな言い方止めてください。煽りじゃ無くて、本当に分かりません」
「お前……」
男が言いよどむ。
「はい」
「笑うなよ?」
男が気まずそうな顔をした。
「ん? なんですか。笑わないから言ってください」
「も、もっと……俺にかまってくれないか」
「……はい?」
俺はあっけにとられた。
相当間抜けな顔をしているだろう。
「さ、寂しいだろ」
「え、ええ!?」
アルフォンスは、なんだかんだとプライドを大事にする男だ。
そんな男がいきなりそんなことを言うので、正直驚いた。
「ど、どうしたんです? そ……そうなんですか? ってか、私は男なのに?」
「中身が男だろうとなんだろうと、最近のお前はあまりに冷たい。も、もっと、俺の所に来い」
「いや……それ、なんか変な告白に聞こえるから止めてください」
顔がだんだん赤くなってくる。
ああ、もう!
すぐに顔に出るんだから、嫌になる。
ってか、アルフォンスの奴、一体何なんだ!
「なんで最近来ないんだ」
「なんでって……いろいろあるし、そもそも面倒……」
「面倒?」
「だって、いちいちしっかりした女言葉を使わないと嫌な顔をするじゃ無いですか。私だって男言葉を使ってラフに行きたい時ぐらいあるんです」
「そうなのか……別に俺は男言葉でもいいぞ」
と、男が本心では無いのが丸わかりの表情で言った。
「それは嘘ですよね。男言葉使うと露骨に嫌な顔をするのはよく分かってます」
「そんなに態度に出てるか?」
「めちゃくちゃ出てます」
「そうか……まぁ、そうなのかもな……」
男がもどかしそうに身じろぎする。
「じゃあ、話さなくてもいいから毎日来てくれないか?」
男がお願いをするような言い方で言ってきた。
うわ、ずるい。
「な、なんですか、それ……」
こっちも落ち着かなくて身体を動かした。
なんだよ、この変な雰囲気……。
断りにくい。
「なら、俺の方からお前の部屋に行ってもいいか?」
「え……?」
なんてことだ。
折角平和になった我が城にまた乱入者が現れようとしている。
「ぜ、絶対ダメです」
「おい……冷たいじゃ無いか。なぁ、給金を上げてやってもいいから」
男が甘えるような感じで身体を寄せてきた。
なん!?
「べ、別に給金は……どうでもいいですよ。いろいろ自由にやらせてもらってるし。ってか、本当に今日はなんなんですか!?」
「なにと言われても、説明しようが無いが……。最近あまりに冷たいだろ……。そうだ、頭撫でてもいいか?」
「頭……」
アルフォンスの頭の撫で方は、なんというかかなり好きだ。
「あ……」
想像していたら、なんかうずうずしてきた。
昨日のマリーのあれで、正直なんか落ち着かない。
撫でてもらったらすっきりするかもしれない。
ま、まぁ、ちょっとぐらいアルフォンスの機嫌を取っておくのもいいだろう。
頭を撫でるのとか、別に全然エロくないし、健全だし。
「い、いいですけどぉ……」
わざとあさっての方を向いて、小さな声でつぶやく。
「お、いいのか?」
男の声が変わった。
「いいですけど……なんか下心ないですよね」
「人聞きが悪いな」
男が顔をしかめる。
「分かりましたよ。まぁ、それぐらいは……どうぞ……」
そんなことをいいながら、待ちきれなくなってきた。
はやくすっきりさせてくれ。
男に寄りかかる。
「お、お願いします……」
視線は全然関係ない方を向きながら、つぶやいた。
「なんだかんだ言っておいて、ノリノリじゃないか?」
頭の上から男のあきれた声が響く。
「撫でるなら……早くしてくださいよ。撫でないなら、もう行きますけど」
「せかすなよ」
アルフォンスの手が頭に乗った。
あ、やっぱり大きい手を載せられると、すごく落ち着く。
「あ……」
その大きな手がゆっくりと頭をなで回し始める。
「あぁ……へあぁ……」
変な声が出る。
あ、これやばい。
昨日マリーにいじられたせいか、なんかすごく感じやすい。
「溶けきってるな……」
「そ、そんなことない……ふえっ……ふぅっ……」
や、やば。
変な声は抑えないと、いくら何でもまずい。
「フー……フー……」
気の立った動物みたいな息をしながら、なんとか声だけは抑える。
アルフォンスが俺を抱きかかえるようにして、頭をなでる。
き、気持ちいいんだけど……
なんかいつもより、すんごく気持ちいいんだけど……
「フー……フー……えへ……えへへ……」
変な笑いがこぼれる。
やばいやばい。
でも、気持ちが溶ける。
「おい……俺が言うのもおかしいが、無防備すぎるぞ……」
なんかふわふわしてくる。
やば……
「えへへ……ち、力が抜けてぇ……えへへ……」
「お前、他の男に頭を撫でさせるなよ。これは危ないぞ」
「大丈夫れすぅ……あふっ」
「ほ、本当か?」
「ふあっ……あっ……」
え、や、やばっ、なんか今へんな痙攣した。
「今のは違っ……」
「ああ、分かってるよ。全く紛らわしい奴だ」
男が軽い口調で言うが、その言葉とは裏腹に撫でる手に力が入る。
ちょっ……今の痙攣、実はなんか気持ちいい痙攣だったんだけど……
別に変な意味は無いよな!?
ただ、頭を撫でてもらうのが心地よかっただけだよな!?
へんな快感とかじゃないよな!?
男に頭撫でられるだけで変な意味の痙攣するとか、いくらなんでもそこまで変態な身体じゃ無いよな!?
「ん……んん……ん……フー……フー……フーッ……ん、んっ」
なんかまたちょっと痙攣した。
ちょ、今日やばい……
「お前、今日は随分と感度がいいな……」
「は!? なにそんな変なこと言ってるんですか!? んふっ」
変な声が出そうになって、あわてて抑える。
「なんか随分と……なぁ、背中を触ってもいいか?」
「だ、駄目! 絶対に駄目! ……んんっ」
また声を抑えた。
そのうちだんだんと痙攣が治まってきた。
残っているのは、ふわふわとした気持ちいい感覚だけ。
よし、もう痙攣はしないぞ。
大丈夫。
健全。
俺は変態じゃ無い。
ちょっと感度がいいだけの、普通の身体。
女の子だけど。
「あは~……」
撫でられているうちにだんだんと体中が暖かくなってきた。
撫でるのに疲れたらしく、アルフォンスが手を止めた。
終わったのを確認して立ち上がった。
身体がぽかぽかして、温泉に入った後のような気分だ。
なんだこれ。
「えへ、えへへ……」
あれ、なんか俺、変な声で笑ってる。
「あれだけ文句を言っておいて……機嫌良さそうじゃ無いか」
男があきれたような顔をした。
「えへ……わ、悪いですか? き、気持ちよかったんで……」
「そうか……まぁ、いいけどな」
男がなんとなく気まずそうな顔をする。
いや、変な気持ちよさじゃ無いから。
健全だから。
「じゃあ、また折を見て顔を出すようにしますね」
「あぁ、そうしてくれ」
「えへ、えへへ……」
変な笑いを浮かべながら、俺は書斎を出た。




