260◇レイスパーティーVSアスモデウスパーティー2
アスモデウスさんが『調整者』と呼ばれるのには、当然理由があった。
『難攻不落の魔王城』に挑むには、東西南北の魔王城を攻略できるだけの実力が必要、というのが暗黙のルールだったりする。
最近はこれを無視する勇者パーティーも増えてきたが、自分たちの今の実力を測るためにしっかり挑戦する者たちもいる。
で、アスモデウスさん率いる『北の魔王城』は、最も突破しやすい魔王城だとされている。
単に自分に勝つ力があるかどうかではなく、彼女は『先に進ませる価値のある者たちかどうか』で勇者パーティーを判断するのだとか。
つまり、アスモデウスさんが真の実力を見せることは滅多になく、彼女を満足させることが出来れば、倒すことが出来てしまう。
【万天眼の魔王】パイモンさんが彼女を試験官気取りなどと言ったのも、これが理由だろう。
悪い取られ方をすることも多いが、僕は少し違う考えだ。
確かに、全力同士の戦いは素晴らしい。僕だってその方が好きだ。
けれど、五大魔王城の君主はそれぞれ強すぎる。
ただ潰されて強くなれる者は、きっと少ない。
何がなんだか分からない敗北からは、学ぶのが難しい。
アスモデウスさんは、挑戦者たちのギリギリの力を引き出してくれる。
その上で、『難攻不落の魔王城』を経験してより成長できる者は通し、まだそこへ至っていない者たちは倒すのだ。
彼女は、敵であるはずの冒険者たちを、高みに引き上げる魔王なのだ。
だからこそ、フェニクスパーティーはかつて『北の魔王城』を選んだ。
「君がフェニクスパーティーに残った状態で、どこまで行けただろうかと今も考えるよ」
試合開始直前、アスモデウスさんがそんなことを言った。
「どうでしょう……でも、僕は今の自分が好きです」
「それは良いね。見定めさせてもらおうか、今の君を」
『全天祭典競技第二段階黒組二回戦! アスモデウスパーティーVSレイスパーティー――開始!』
開始と同時に、試合は動き出す。
レイスくんが『水刃』を放つ。
超高圧の水流は、敵を断つ刃となる。
だが――。
「良い精霊術だな、坊や。済まんが水浴びの気分ではなくての、消してしまった」
一瞬で、蒸発してしまった。
周囲に水蒸気が広がる。
【水槽の悪魔】クロケル。
有する魔法は『水の支配』。
「褒めてくれてありがとね、おじいちゃん。次はもっと強くするから、溺れないよう気をつけろよな」
レイスくんの闘争心に火が点いた。
「はっはっは、元気な童だ」
水精霊に愛された者と、水の支配者の戦いが勃発する。
「あれ? 盗れない……?」
空から声。
【理の略奪者】シャックスさんだ。
彼女は両翼で空に留まりながら、不思議そうに首を傾げている。
翼とは別に生えている人の腕を、ぐっぱっと開閉した。
「こんなガードが堅い子は初めてだなぁ。燃えるなぁ」
彼女は僕を見下ろして、笑みを深めている。
『概念さえも盗む』魔法は、とても恐ろしいものだ。
しかし、魔法ではあるのだ。
対象に干渉する魔法は、自分の魔力を相手に触れさせることで起動する。
黒魔法白魔法と同じなのだ。
故に――抵抗可能。
だが抵抗技能とは、魔力を垂れ流しにすることで他者の魔力を弾くもの。
鎧を着て矢を弾くようなものだ。
有用だが万能ではない。
隙間はあるし、魔力差によってはゴリ押しも出来てしまう。
「シャックス、彼は諦めた方が良い」
アスモデウスさんの声。
「え~。うち、『なんでも盗める』をウリにやってんですけど、ここで諦めたら名折れっていうか――どわっ」
シャックスさんが空中で回避行動に移った。
メラニアさんがジャンプしながら振るった棍棒が迫っていたからだ。
「プロは下調べの上で本番に挑むものだよ。金庫が堅牢なのは分かった。ならばまずは引いて攻略法を考えるべきではないかな?」
「魔王様それいいですね。採用さしてもらいまーす――ほいっと」
メラニアさんの腕から棍棒が消える。
「要らないから返しますね」
それはシャックスさんの眼前に出現。
空中から地面へと落ちていく。
シャックスさんがいたのはメラニアさんの頭上。
つまり、彼女の脳天に向かって棍棒が迫っていた。
「く、ぅっ」
メラニアさんは反応した。
ステージが大きく揺れ、棍棒が倒れる。
再び手に取るべきか、メラニアさんの迷いが見てとれた。
「抵抗領域だね、レメ。素晴らしいじゃないか」
アスモデウスさんには僕のやっていることが分かるようだ。
抵抗が魔力の放出による鎧なら、抵抗領域は魔力の循環による結界だ。
今、僕の周囲には半球を形成するように魔力が循環している。
これによって隙間なく自分の魔力を展開し、敵の魔力を防ぐことが出来るのだ。
しかし、通常魔力に命令を与えると魔法になってしまう。
同じ抵抗機能があっても、炎や水で自分を囲みながら戦うのは現実的ではない。
なら僕は今、どうやって魔力に『循環』という命令を与えているのか。
実は単純な理屈だ。
『起動前の黒魔法』なのである。
対象に当てるために、魔力を操作する技術の応用。
僕は今、黒魔法を自分の周囲にぐるぐる展開しているだけ。
対象が見つからないから、魔力はいつまでも周っている。
その魔力が、結果的に僕を守っているという理屈。
維持するために集中力と魔力が必要だが、僕なら可能。
「君は本当に、見る度に新しいね」
感嘆するような魔王の声。
――そうでもしなければ、勝てない相手ばかりなのだ。
「……【黒魔導士】、レメッ」
憎々しげに、僕を呼ぶ声がする。
【時読み騎士】エリゴスさんが剣を抜いて僕に迫っていた。
だが僕も対応済み。
彼に『思考力低下』の黒魔法を掛けている。
彼の魔眼は未来を『視る』ものだ。魔力を『感じる』機能は備わっていない。
見えない攻撃は相性が悪いのだ。
そして思考力が低下してしまえば、自分の目に映る未来の情報を処理した上で、現在の自分の動きに反映させるという一連の流れを滞らせることが出来る。
結果――。
「いいだろう、この瞳を封じて、貴様の首を刈ってみせようではないか」
そう言って、彼は右目を閉じた。
あちらが魔眼なのか。未来視を自主的に封じることで情報量を軽減、『思考力低下』を受けたまま戦闘を続行しようというのだ。
そこに、【破壊者】フランさんが襲いかかる。
「その若さから考えられぬ破壊力、体捌き。実に見事」
エリゴスさんはフランさんの攻撃を巧みに回避し、彼女の怪腕を撫で切りしていく。
ぷつっと散る魔力粒子。
フランさんは意に介さず連撃を続ける。
「だが、壊すだけが戦いではない」
彼女の攻撃を避け続けること数秒。
突如としてエリゴスさんが彼女を無視し、再度僕に向かって駆け出す。
「……? ――ッ!」
フランさんは、追いかけることが出来ない。
「こんな可愛い子を縛り上げるなんて、可哀想だわ。でも真剣勝負なのだし、仕方ない……わよね?」
気づけば、フランさんの体には蜘蛛の糸が絡みついていた。
【雷雲の支配者】バエル。
糸を生み出し操る能力に加え――。
「――――ッッッ!?」
雷撃の魔法を得意とする半魔人半蜘蛛の亜人。
糸を通して伝わる雷電が、フランさんの身を灼く。
「ヨス……!」
レイスくんが叫んだ。
「あぁ!」
【白魔導士】ヨスくんがフランさんに治癒を施す。
そして、メラニアさんが盾を投擲した。
それはフィールドに張り巡らされた蜘蛛の巣を巻きとりながら、反対側の壁に激突する。
「フランちゃん!」
メラニアさんのおかげで張り巡らされた糸の総量が減り、それによってフランさんに僅かに余裕が出来たようだ。
半ば強引に糸の拘束から抜け出す。まだまだ絡みついているが、動けはするようだ。
「……こっちは、いい」
フランさんの言葉に、メラニアさんがハッとした。
慌ててエリゴスさんを探すが、彼は彼女の股下を駆け抜けたところだった。
「い、行かせない!」
メラニアさんが反転し腕を伸ばすが、届かない。
その動きは、いつもの彼女と比べて、とても鈍重だった。
「残念、君の『素早さ』は盗っちゃいました。返してほしかったら、うちを捕まえることですね」
これ見よがしに、シャックスさんが空を飛ぶ。
メラニアさんから盗んだ『素早さ』もあって、彼女は凄まじい速度で移動している。
「儂にかまけてばかりでいいのか坊や」
数を増やした『水刃』もクロケルさんには届かない。
文字通り霧散してしまう。
「余計なお世話は歳の所為?」
レイスくんは聖剣を抜いて彼に迫る。
「威勢のいいことだ」
水蒸気が、蠢いた。
クロケルさんの魔法により形態を変え、『水刃』となってレイスくんを襲う。
「レメさんには、近づけさせない!」
「邪魔だ子鬼」
僕を庇うように立ち塞がるヨスくんを、【時読み騎士】エリゴスさんは一蹴。
最初の斬撃でヨスくんの杖を真っ二つに叩き切り、即座に回し蹴りを放つ。
ヨスくんは腕で防御したが、体が大きく流れる。
その隙に、エリゴスさんは一息に距離を詰めてきた。
「優れたサポート【役職】。ならば、本領を発揮するより前に排除する」
それだけ僕を警戒しているということ。
ありがたいし、分かっていた。
僕はパーティー内での作戦会議を思い出す。
◇
「相手が最初に潰そうとするのは、僕かレイスくんだと思う」
泊まっている宿の食堂で、僕らは作戦会議をしていた。
「だろうね。レメさんが厄介なのはもう参加者みんなが分かってることだし、俺はほら、俺だしね」
レイスくんが当然のように頷く。
フランさんもこくりと同意を示した。
「僕も異論ありません。放置しておくと厄介という意味では、万能かつ攻撃力の高いリーダーと、優れた黒魔法使いであるレメさんがこのパーティーの脅威でしょう」
「フランさんとメラニアさんの攻撃力、ヨスくんの白魔法や耐久力も脅威だよ。けれど早めに排除しておきたいのは、うん、やっぱり僕とレイスくんだと思うんだ。僕らが狙われるなら、どういう流れになるかを考えよう」
「クロケルが俺にちょっかい掛けてくるのは絶対だよね、向こうからしたら相性良すぎだし」
「だね。ここは乗ってほしいんだ。観客には苦戦しているように見えるだろうけど」
「いいよ。実際苦労するだろうし、逆境を覆すのって勇者っぽいじゃん?」
レイスくんVSクロケルさんは、敵も邪魔しないだろう。
「そうなると、シャックスさんは僕の方を狙うと思うんだ。それをなんとかする術はあるんだけど、僕にこだわるか他を狙うかは微妙に読めない。性格的には『掠奪』出来るまで……ってなると思うんだけど」
アスモデウスさんは止めそうだな、とも思うのだが。
「どれだけ魔王の言うこと聞くかだね。こればかりは普段別の層にいるし、確定まで持ってくのは無理でしょ。狙い続けるなら良し、そうじゃない場合は誰が危ない? フランとか?」
「『攻撃力』を奪われる可能性はあるね。それで言うとメラニアさんもかな。魔法は奪えないっていう制限があるけど、感覚は奪われるからみんな気をつけて」
『思考力』を奪われてしまうと、魔法も何もなくなる。
僕もしっかりと警戒しなければ。
「バエルさんは本来、糸を張り巡らせて獲物が掛かるのを待つ戦いが得意なんだ。トーナメントでは、試合開始と同時に糸を伸ばしていくことになる。後方にいる僕とヨスくんをいきなり狙う可能性は低い。一応遠距離技もあるから、そこだけ警戒しよう」
「残るは魔王アスモデウスと、【時読み騎士】エリゴスですね」
ヨスくんが言う。
メラニアさんはあまり発言しないが、真剣な表情で話を聞いていた。
「アスモデウスさんは、ある程度状況が動くまで攻撃には参加しない筈だ」
「『調整者』の癖ってやつ?」
「僕らがどう戦うか、どれだけ戦えるかを自分の目で見て、その日自分がどう戦うかを決める。彼女が北の魔王として戦うなら、そのやり方でくる」
「まぁもし襲ってきたら、俺が魔王でフランがクロケルで行こう」
幼馴染コンビが視線を合わせ、互いに頷く。
「で、エリゴスさんだけど。彼はその……アスモデウスさんへの忠誠心がとても高いんだよね」
『難攻不落の魔王城』で言うと、ルーシーさんに忠誠を誓うアガレスさんみたいな感じ。
「あー、あの魔王って俺とレメさん、特にレメさんのこと気にかけてるっぽいもんね。忠臣としてはちょっと気に入らない的な?」
抽選会に行く途中。
黒魔法で周囲にバレないようにしながら、アスモデウスさんは僕に話しかけてきた。
その時の様子からすると、【黒魔導士】として認めてくれているようだった。
それをエリゴスさんにも話しているのなら、みんなが想像するよりずっと僕に思うところがあることだろう。
「開幕、多少無理してでもエリゴスさんに『思考力低下』を掛ける。普段の彼なら一旦退くかもしれないけど、もし魔眼を封じて強行突破するようなら――彼を通してほしい」
みんなが、目を見開く。
「レメさんのことだから作戦があるんだろうけど、正直剣の腕だと向こうが上だよ?」
「僕も出来る限りサポートしますが、それでも魔人と近接戦闘は危険です」
レイスくんとヨスくんが言う。
こういうことを、ちゃんと言ってくれる仲間でありがたい。
僕を信頼した上で、過信はしない。
「そこだよ。向こうもそう思う。聖剣を持ってようが、僕は【黒魔導士】。魔眼を封じられていても、勝てる筈なんだ」
「――なるほど。自分の思い通りの展開になっている限り、誰もそれを罠だとは疑わない」
「ま、待ってください。じゃあ……その、レメさんはそれを覆す策があるということ、ですよね」
「うん。ただこれは君たちにも話さない。エリゴスさんを通したら僕が危ないと思って立ち回ってほしいんだ」
「策を聞いたらどっかで安心しちゃうかもしれないもんね。あはは、面白いんじゃない? 仲間も知らない秘策か。レメさんといると退屈しないよ」
「わ、分かりました。耐久力には自信がありますから、もしもの時はレメさんの盾となります」
「わたっ、わたしもっ! 難しいことはわかりません、けどっ、が、頑張ります!」
「ありがとう、みんな。これが上手く行ったら、五対四になるだけじゃない。敵は絶対に混乱する。彼らは一流の魔物だから、それは一瞬かもしれないけど、それでも絶対に混乱する」
僕らのパーティーはまだ発展途上。
既に一線級の強さを誇るレイスくんさえ、いくらでも成長の余地がある。
パーティーの総力で言えば、向こうが上。
それでも勝つ。最初から結果の見えている戦いなど、ない。
「勝とう」
僕の言葉に、全員が力強く頷いた。
◇
「これは――」
抵抗領域に踏み入ったエリゴスさんは顔を顰める。
彼の動きが遅くなった。
抵抗を纏った状態でも、循環する魔力は隙間から入り込む。
黒魔法が起動し、『速度低下』が機能したのだ。
僕は聖剣を抜く。
『思考力低下』と『速度低下』が掛かってなお、エリゴスさんの動きは迅速極まった。
そもそもそれだけの実力がなければ、強行突破など試みないだろう。
それでも、剣を打ち合わせる程度は可能。
『ぶちかまそうか、相棒』
頭の上に乗った黒ひよこが、声を弾ませていた。
『新たな加護を、見せてやるといい』
僕は剣を振りながら、それを口にする。
「精霊よ」
ダークの精霊術が、発動する。




