257◇フェニクスパーティーVSエリーパーティー4
一秒目。
ベーラのいた位置から、アルバの許へ急ぐ。
景色の流れる速度は、馬車に乗った時の比ではない。
アタシの視界に飛び出す影があった。
【聖騎士】ラークだ。
仲間を守ろうと言うのだろう。素晴らしいではないか。
――邪魔よ。
彼の構えた大盾ごと、風刃で縦に切り裂く。
竹か薪でも割るように、大盾がパカリと左右に落ちていく。
そこにラークは――いない。
アタシの攻撃のタイミングを読んで、ギリギリで左右どちらかに飛んだのだ。
即座に捕捉。
アタシから見て左に飛びつつ、速度を落とさないアタシに斬撃を見舞うつもりなのだろう。
彼の長身と長い腕から繰り出される振り下ろしは、凄まじい威力を誇る。
だが周囲に空気の壁を展開しているアタシには届かず、弾かれた。
お返しとばかりに彼の利き腕を風の刃で断ち切る。
盾と利き腕を失った【聖騎士】にトドメは不要。時間が惜しい。
二秒目。
アルバはアタシに背中を向けていた。
こちらを警戒して動いたラークとは逆。アタシに追いつかれるより先に、他の下僕たちを片付けようというのだろう。
身軽さを生かして氷壁を飛び越えるアルバ。だが空中移動を可能とするアタシの方が速い。
けれどそこでリリーが視界の隅に映る。
――アルバは放置しておけないけど、それはリリーも同じ。
彼女の弓の腕は厄介極まりない。
彼女はアタシが近くに迫っているのに見向きもせず、人の下僕に矢を射掛けている。
風刃を放つ。
それは確かに、フェニクスパーティーの一人を真っ二つに切り裂いた。
だが、リリーではない。
「ありがとう、ラーク」
大盾と利き腕を失っても、その身がある限り【聖騎士】としての職務は果たす。
仲間を守ったラークが退場すると、リリーの姿が現れた。
彼女は弓を捨てている。ラークが稼いだ一瞬で、残り全ての矢を放ち切った。
『神速』が向かう先は、アタシの仲間。
仲間に警戒を促すための魔力を、瞬間的に防壁用へと変換。
瞬きほどの間で目標を穿つ矢の群れを、空気の壁で全て弾く。
三秒目。
剣鉈を抜くリリーだが、四方から迫るアタシの風刃は防げない。
美しいエルフは魔力粒子と散った。
それを見届けることなく、アタシは加速。
アルバは素手だが、それは問題にならない。
何故なら――地面に無数の剣が刺さっているから。
氷で出来た剣が。
彼はそれを掴んで、投擲する。
それは足に矢傷を負ったライアンに向かった。
「ハッ!」
【白魔導士】ケントだった。
唯一無傷の彼が、自身のスーツで飛んできた剣を巻き取る。
アルバはムキになることなく、新たな剣を握ってアタシに振り返る。
――その目が『来いよ』と語っていた。
四秒目。
彼の笑みに、アタシの直感が告げる。
――黒魔法はダメね。
思えば最初の対応も妙だった。不自然でこそないが、今考えると怪しい。
どれだけライナーとライアンが優秀であろうと、魔王軍参謀の技量には及ばない。
共に戦ったアタシたちは、それを理解している。
なのに、レンに黒魔法を掛けられたときと同じように魔法剣を使った。
動けないほどではなかったのに、敢えて動かなかったのだ。
ライアンの黒魔法は途切れたが、ライナーの黒魔法は続いている。
なのに、アルバの動きは軽快。
――耐性を付けたわね?
正確には耐性ではなく慣れだが、『速度低下を掛けられた状態』を何度も経験し、あるいはその状態で戦闘訓練を行うことで、『遅くなった状態での戦い方』を修得するような。
今の業界では不要な努力と笑われそうだが、フェニクスパーティーは『難攻不落の魔王城』第十層を経験している。
いずれ来る再戦の際に、必要になるとの考えか。
「ぶった斬ってやる」
挑発的に笑う【戦士】。アタシは勢いを緩めない。
アルバの振り下ろしは、アタシの鼻先にギリギリ触れない距離を通過。
「あァッ!?」
彼は驚いていた。
黒魔法を掛けられた状態を前提に体を動かしていた彼に、白魔法による『速度上昇』が掛かったからだ。それだけではなく、同時に『速度低下』は解除されている。
その所為で、彼の斬撃は予定よりも早く、速く、振るわれてしまったのだ。
「ぶった斬ってあげる」
通り過ぎざまに振るったアタシの聖剣によって、彼の体は上下に分かれていた。
これで、五秒。
そして、残すは一対一のみとなった。
突如として周囲一帯から生えた、氷の円錐によって仲間が貫かれたからだ。
『きゅ、急展開――!! わ、僅か数秒の攻防を経て、戦いは終局に差し掛かるという事態に!』
たった五秒だ。けれど、あの致命傷を受けてからではあまりに長い五秒だったはず。
アタシはベーラに視線を向け、彼女の成長を目の当たりにする。
裂けた腹を、氷結で覆っていた。魔力漏れを僅かでも遅らせるための処置。
彼女の公式デビュー戦。【恋情の悪魔】シトリーに致命傷を受けたベーラは、そのまま倒れて退場した。
あの場のヘマは、広域展開の代わりに魔法威力が落ちたことを失念した――だけではない。
油断はもちろん禁物だが、致命傷を受けてから実際に退場するまでの時間を有効に使えなかったことこそが、彼女の失態だったのだ。
最早、ベーラは未熟な新人などではなかった。
フェニクスパーティーの、確かな戦力である。
「よくやった、ベーラ。あとは任せるといい」
「はい、リーダー」
魔力体が限界に達したのか、ベーラの体が砕け散る。
『神速』とアルバに意識を向けさせ、トドメは致命傷を負ったベーラが担う。
咄嗟の連携にしては出来すぎている。
アタシの仲間たちの機動力が落ち、アタシ自身がサポートに向かわざるを得ない状況だからこそ、あそこまで綺麗にベーラの攻撃が刺さったのだ。
そうでなければ――いや、今考えるべきことではない。
このレベルの連携を自然に行えるほどに、フェニクスパーティーは成長したということ。
唯一それまで怪我をしていなかったケントだけが、退場まで僅かな猶予を残していた。
「エリー様に、時を置き去りにする閃きを――思考力上昇」
彼が退場すれば途切れる、そんな短い時間の思考力上昇。
だが充分。そして最高の選択。
ここでアタシの右足を治癒しようとしたら、叱りつけているところだ。
最後まで、全ての選択は勝つために。
思考力上昇は、時間内により多くのことを考えられるようになる魔法だ。
そして、魔法は思考力によって組み上げるもの。
つまり、考える時間が多くなるほどに、より詳細に魔法を構築することが出来るようになる。
「二回戦の準備をしております」
短い言葉。アタシの勝利を疑わぬ言葉。
「えぇ、そうなさい」
――この状況を、どう見るか。
たとえば、こういう見方もある。
アタシたちの奮闘を称える、というものだ。
結果だけ比べれば、互いに四人の仲間を欠いている状態。
不遇【役職】四人抱えて、世界四位パーティーと一対一に持ち込むなんて快挙。
そうかもしれない。
だが違う見方もある。
【勇者】の疲弊具合だ。
アタシは既に、かなりの魔力を消耗している。フルで魔力器官を働かせ、常に魔法を行使し、意識を研ぎ澄ませながらフィールドを飛び回った。
対してフェニクスは、ほとんど動いていない。
何故何もしなかったか。怠慢? 違う。
仲間に任せて精霊の魔力を温存し、自分の魔力を練りに練っていたのだ。
今、フェニクスの聖剣には凄まじい魔力が流れ込み、解放の時を今か今かと待っている。
仲間を支え、仲間に支えられながら戦い、四人を退場させたエリーパーティー。
仲間を信じ、仲間に任せながら力を溜め、四人を退場させたフェニクスパーティー。
同じなんかじゃ、ない。
悔しいが、悔しくてならないが、アタシたちがこの状況に持ち込めたこと自体が、全天祭典競技という企画あってこそ。
まだまだ先があるからこそ、互いにそれを見据えた戦い方を選んだというだけ。
そしてフェニクスは温存に成功し、アタシは失敗した。
レイドで魔物側と同盟を結んだ時は、その場が最初で最後の舞台だった。だからあそこに全力を投入出来たのだ。
いくつもの段階を超えてようやく伝説との対峙が叶うこの催しでは、戦い方が変わるのは当然。
みんな同じ条件。
その条件下で、フェニクスパーティーの方が立ち回りに優れていたということ。
「精霊よ」
アタシだけが精霊の魔力を借りることになった現状が、それを証明している。
『片や泰然と構える【炎の勇者】! 片や戦場を舞う【絶世の勇者】! 瞬きさえ許さない超速戦闘の果てに訪れた一騎討ちの機会! 勝つのは一体、どちらなのか――!!』
人はどういうわけか、速さに魅了されるものだ。
子供の時分には、足の速い者が持て囃されるように。
速く走る馬は羨まれるし、速い攻撃は視聴者を沸かす。
リリー・スーリ・カリナの三名が使用する『神速』や、スカハの『迅雷領域』などが有名か。
アタシにも、ある。
フェニクスが、聖剣を上段に構えた。
浅く一呼吸。
そして、勝負が決まる。
「『瞬刻』」
下僕やベーラに倣ってではないけれど、魔法についた名を口にする。
速すぎて常人には知覚さえ出来ないこの攻防は、エンターテイナーの選択としては愚策もいいところかもしれない。
それでも、勝つために。
アタシは、フェニクスに正面から挑む。
一度瞬きするまでの時間を、更に細かく刻む。そんな極々短い時間。
フェニクスの眼前に到達。
だが、アタシの姿は一つじゃない。
彼の背後にも、ミラージュによって映し出されたアタシがいた。
思考を挟む余地もないこのタイミング。
アナタの反射はどちらも捉えてしまうはず。
そこに生じる一瞬のブレが、命取り。
フェニクスの一閃がアタシを切り裂いた。
「――――」
彼の刃には、僅かな迷いも遅れもなかった。
両刃の剣、アタシに向けられた刃の逆側。そこから炎が噴き、彼の斬撃は急加速。
空気の壁は融けるように裂かれ、アタシの聖剣は軌道をズラすことしか出来ず、体の右側が灼き斬られた。
魔力体は即座に限界を迎え、粒子と化す。
『何故?』というアタシの感情が瞳に浮かんでいたのか、彼が口を開く。
もしかしたら、幻聴かもしれない。
だって、紡いだ言葉を聞けるような時間は、アタシにはなかったもの。
それでも、聞こえた。
「貴方は勇者でしょう」
――あぁ、そうか。
アタシたちは、勇者だ。
最後の最後に、敵を背後から襲うなんて、そんなの勇気ある者のすることではない。
そんな、単純なこと。
だからフェニクスは最初から、正面のみを警戒していた。
真後ろにアタシの姿がちらつこうが、そんなものには惑わされなかった。
勇者という在り方を信じ、アタシもそうであると信じたのだ。
視界が暗転する。
退場だ。




