250◇怪物たちの集会
「んじゃ、行こうか」
転移用記録石が配置されたのは、広場だった。
転移用の魔力をダンジョン外から賄うのは相当大変だった筈だが、そこはフェローさん、なんとかしたようだ。
……まぁ、ダンジョン外で魔力体によるタッグトーナメントを開催したような人だもんな。
代表としてレイスくんが登録証を貰い、僕らはそれぞれ触れ合う。
登録証を持っている者に触れていれば、一緒に転移出来るからだ。
レイスくんがフランさんの右手に触れ、僕がフランさんの左手に触れる。
僕の方に手を伸ばしたレイスくんを制し、フランさんがぐいっと腕を突き出したのだ。
「ふぅん?」
「……なに」
今日も二人は仲がいい。
続いてヨスくんが僕の手に触れ、そのヨスくんがメラニアさんに手を差し出した。
メラニアさんは赤面しつつ、躊躇いがちにちょこんっと指を触れる。
「レイスくーん、がんばってー!」
最後とばかりに大きな声で応援の言葉が掛かる。
レイスくんは完璧な笑顔を返した。
「はーい、頑張るよ。じゃあまたね」
僕らの視界が切り替わる。
転移したのは、先程の広場よりもより広大な空間だった。
野外のコンサート会場などを想像すると、規模は近いかもしれない。
地面は白くて、とても高いが天井もあり、ステージにあるのが演者や楽器類ではなく巨大な球体という違いはあるけれど。
「なんでしょう、あれは……」
ヨスくんが不思議そうに呟いた。
「多分、くじじゃん? あのおじさん、大げさなの好きだから」
レイスくんが言ったように、トーナメントの組み合わせを決めるもののようだ。
球体は透明かつ中は空洞で、そこにこれまた巨大なカプセルが詰まっている。
あのカプセルの中に、番号が書かれた札なり紙なりが入っているのだろう。
サイズ感は単にフェローさんの趣味というより、参加者の中に巨人もいるからという配慮ではないか。
そんなことよりも。
なんて言えばいいのだろう、このような場所のことを。
あぁ、冒険者オタクにとってはそう、たとえば楽園なんて言葉が最も適しているのではないか。
僕らより一足先に転移していた、絵本作家兼世界ランク第六位の【雪白の勇者】率いる――スノーパーティー。
高位の土の分霊と契約し『樹木を操る力』を与えられた、世界ランク第七位【森羅の勇者】率いる――デメテールパーティー。
精霊に気に入られながらも契約を断ったという異端の過去を持つ、世界ランク第八位【十弓の勇者】率いる――ジャックパーティー。
四大精霊契約者を指す【泥の勇者】に最も近いとまで言われる、最高峰の土属性使い【大地の勇者】率いる――ヴェーレパーティー。
レイスくんが現れるまで純粋な水属性使いの中では最強と謳われていた、世界ランク第十位【波濤の勇者】率いる――ブルームパーティー。
彼らだけではない。
東西南北の【魔王】とその配下、そしてレメゲトンの所属する『難攻不落の魔王城』より【魔王】ルシファーを含む配下の魔物たち。
他にも、【正義の天秤】アストレアパーティーを含む騎士団の最高戦力や、全天祭典競技が開かれるまで注目されていなかった強者たち。
ランクや知名度で勝る対戦相手を倒し、この場に至った気鋭の実力者たち。
そして当然、彼らもいる。
「へいへーい、レイスちゃんじゃーん。レメちゃんも久しぶり~」
にへらっとした笑顔を向けながら手を振ってくれたのは、【遠刃の剣士】ハミルさん。
世界ランク第五位【迅雷の勇者】率いるスカハパーティーのメンバーだ。
常に陽気なお兄さんという雰囲気を崩さない人だが、その実力は本物。
剣の腕だけで言えば、世界五指に間違いなく食い込む巧者。
「ハミルさんじゃん。レイド振りだね」
「だねぇ。おっ、パーティー完成してるじゃない。そこのお嬢さん、おれはハミルって言います、どうぞよろしく」
「びゃい……っ」
声を掛けられたメラニアさんは緊張しきっている。
「あはは、俺の仲間泣かせたら凍らすかんね」
レイスくんは軽い調子で言っているが、多分本気だ。
その時、ハミルさんの耳を引っ張る人がいた。
「……後輩の前で恥ずかしいですよ、ハミルさん」
「いだだっ。痛いよカリナちゃん。まぁ嫉妬してくれるのは可愛いけど」
【魔弾の射手】カリナさんだ。
レイド戦では大きな活躍を見せられないままに退場してしまったが、彼女は優秀な【狩人】。
「過去現在未来に亘って、そのようなことは起こりえませんけど」
「未来も!? 未来は未定じゃない!?」
「はぁ……」
「今日もまた溜息が深いねぇ。幸せが逃げてしまうよ?」
「もしわたしが不幸になったらハミルさんの所為ですよ」
「その時は責任とるよ」
「お金でお願いしますね」
「もちろん、愛でね」
「あ、もうレイスくんたちいませんよ」
「えぇ!?」
「みんなハミルさんの扱い方をよく理解しているようですね」
レイスくんは適当に歩き出しながら、一瞬目が合ったスカハさんに手を振った。
スカハさんは頷きを返す。
「誰か探してるの?」
僕が訊くと、レイスくんは首を横に揺らしながら笑った。
「そういうんじゃないよ。ただ誰と当たるか分からないから、出来るだけ大勢見ておこうかなって思っただけ」
「……あぁ、それはいいね」
対戦相手になるかもしれない相手を、直接見ておく。
これは決して無意味ではない。
心構えを済ませておくためだけではなく、実際に対峙することで得られる情報というのは馬鹿に出来ないからだ。
そして、此処にいる者たちならば誰もがそれを理解している。
レイスくんに集まる視線の多さが、彼らの警戒と興味を証明している。
そして、ありがたいことに――僕に集まる視線も多かった。
――少し前までだったら、こんなこと考えられなかったな。
ニコラさん――いやベリトか――と共にタッグトーナメントに出場した時なんかは、僕を軽んじる参加者の方が多かったし、彼らの油断を利用して勝利を掴んだものだ。
しかし、ここから先はもうそういった戦い方は通じない。
会場の空気が、少し変わったのが分かった。
視線が分散する。
レイスくんや僕を見ていた人の何割かが、彼らに向いた。
百三十年ぶりに『火』を司る四大精霊の契約者となった男、人類最強候補、僕と同郷にして幼馴染。
世界ランク第四位【炎の勇者】率いる――フェニクスパーティー。
彼らがたった今、転移してきたからだ。
フェニクスと視線が合う。あいつは嬉しそうに微笑むと、こちらに近づこうとした。
それは途中で声を掛けた【迅雷の勇者】スカハさんによって中断される。
【灰燼の勇者】ガロさんの時といい、先輩によく絡まれるやつだ。
今更あいつを見る必要などないし、放っておこう。
適当に手を上げて気づいたと示し、視線を外す。
エルフの【狩人】リリーが、スカハパーティーの射手に近づくのが見えた。
カリナさんではなく、その師である【無貌の射手】スーリさんだった。
リリーとスーリさんは同郷どころか、兄弟子妹弟子の仲。
エルフとしての自分を隠して冒険者となった兄弟子に、リリーは怒りを抱えていた。
それはレイド戦で彼女が【深き森の射手】ストラスとして戦うきっかけにもなった。
伝わるものがあったのか、レイド戦後、スーリさんは長くその耳を隠していたフードを下ろしたのだ。
「……何か心変わりがあったようですね」
「……あぁ」
「己の耳を隠さずに済む生活はいかがです」
「……想像していたよりは、悪くない」
「そうですか」
「そうだ」
二人共無表情だったが、最後には互いの唇が笑みの形に歪んでいるようにも見えた。
また一方では、こんな会話も。
「ベーラ」
「……お久しぶりです、【勇者】スノー殿」
僕と入れ替わりでフェニクスパーティーに加入した、【氷の勇者】ベーラさんだ。
彼女に話しかけているのは、【雪白の勇者】スノーさん。
どうやら二人は知り合いのようだ。
「そのような他人行儀な呼び方はやめてください。わたくしはとても悲しいですよ?」
「はぁ、そう言われても……」
「昔のように、『大好きですスノーおねえさま』と言ってくださいな」
ベーラさんが眉をひそめる。
「呼び方はともかく、発言内容は記憶に無いのですが」
「貴女はまだ幼かったから、記憶が曖昧なのでしょう」
「割合明瞭ですが、やはり記憶にありませんね」
スノーさんは一瞬目を逸してから、微笑んだ。
「細かいことは良いではないですか。要するに、昔の貴女からは愛を感じたということです」
「やっぱり、言ってないんですね?」
「もう、しつこい子は嫌われてしまいますよ? それよりも早く、『おねえさま大好き』と。今のわたくしは愛に飢えているのです。甘く温かい囁きという水を与えてください」
「おねえさま、しつこい方は嫌われるそうですよ?」
「まぁ、酷いことを言う人もいるのですね。大事なことは繰り返し伝えるべきだというのに」
「どうやらおねえさまの記憶能力には問題があるようですね」
年の差を考えると、姉妹ということは考えづらい。
しかし向かい合っている二人を見ると、他人とも思えない。
答えはすぐに判明した。
スノーさんのパーティーメンバーの一人が「大きくなったねベーラちゃん。あとスノー、いい加減姪っ子に姉と呼ばせるのはやめたらどうだ?」と指摘していたからだ。
なんと、ベーラさんはスノーさんの姪だったのか。
そんな話は出回っていないから、ベーラさんにとっては特に広めたくはないのかもしれない。
僕も聞かなかったことにして、視線を外す。
「そうだベーラ。ゆきぼうやを出してあげましょう。貴女、大好きだったでしょう? 貴女の笑顔を見ると、わたくしはいつも雨上がりの虹を見たような晴れやかな気持ちになれるのです」
「おねえさま、私はもう十三です」
「いくつになっても、貴女は可愛いわたくしのベーラですよ」
「そういうことではなく」
「世間で『ベーラたん』という愛称で呼び慕われていても、わたくしにはずっとずっと可愛い可愛い姪っ子です」
「二度とその語を口にしないでください」
「ベーラたん?」
「怒りますよ」
叔母と姪の関係は良好のようだ。
そんな和やかな光景が広がる一方で、剣呑な雰囲気を放つ一画も。
東西南北、そして『難攻不落』の魔王城勢力だ。
彼ら彼女らは決して交わらず、それでいて意識し合っているのがよく分かった。
先程も話した【六本角の魔王】アスモデウスさんは、僕に気づくとひらひらと手を振った。
会釈で応じ、再び周囲に視線を巡らせようとしたところで、それに気づく。
「ふぅ! よく来たな! まぁお前さんパーティーリーダーだもんな、来るしかねぇよな。いやぁ久しいな、元気してたかよ! オレはこの通り元気だぜ! ……なぁ、オイ、何シカトしてんだコラ。鎧の中に入ってんのは分かってんだぞ……まさか……まさかこいつ――寝ていやがる!」
予選で戦った【竜の王】ヴォラクさんである。
彼女は『西の魔王城』四天王にして、真・異種格闘技戦の世界チャンピオン。
先代ヴォラクは『難攻不落の魔王城』勤務の魔物で、その縁で当代の【刈除騎士】フルカスとは幼馴染の関係。
なのだが、どうにも関係は良くないようだ。
というか、ヴォラクさんの方はフルカスさんに関心があるが、逆は……という感じ。
「お、お前なぁ! 幼馴染が挨拶に来てんだぞ……! なぁにすやすや寝てんだ! どうせなら寝顔見せろコラ!」
鎧を剥がそうとするヴォラクさんの行動を、今回フルカスパーティーのメンバーとなっている【黒き探索者】フォラスが止める。
ミノタウロスの【黒魔導士】である彼は、本来はレメゲトン直属の配下。
「あ? なんだぁテメェ。ま、ま、まさかお前、ふぅの彼――」
「いい加減にしとけ!」
と、【獣を統べる義賊】バルバトスさんがやってこなかったら、どうなっていたか。
バルバトスさんは、ヴォラクさんを含むメンバーを束ねるリーダーで、同じく四天王。
「邪魔すんなよ!」
「魔王城間の繊細で微妙な関係ってもんが分かんねぇのか、ぽんこつチャンピオン」
「知ったことかよ、昔馴染みと喋んのに誰かの許可がいんのか」
「ここじゃねぇとこでやれって話だ」
「うるせぇ! 出来るならやってるっつの!」
ヴォラクさんの悲しい叫びが響き渡る。
確かヴォラクさんはフルカスさんに逢おうとして何度も失敗してるのだったか。
レメゲトンの主、【魔王】ルシファー様は少し離れたところで微かに笑っていた。
傍らに控える【時の悪魔】アガレスさんらとも目が合うが、公式には他人。互いにそれを理解しているため、僕らはそのまま何事もなかったように視線を逸らす。
一瞬、西の魔王が額を押さえているのが見えた気がした。
トップというものは大変だ。
「対戦相手候補を舐め回すように観察しているところ失礼するよ? ――【最良の黒魔導士】殿」
ふわりと、風魔法で目の前に下りてきたのは――【先見の魔法使い】マーリンさん。
世界ランク第二位【漆黒の勇者】率いるエクスパーティー所属の女性だ。
オリジナルダンジョン攻略の際に共に戦った仲でもある。
「マーリンさん」
「あぁ、レメ。君が再びパーティーを組んだ姿を見ることが出来て、嬉しく思うよ」
僕が思っている以上に、フェニクスパーティー脱退を気にしてくれた人達がいたのだと気づいたのも、割と最近のこと。
「自慢の仲間です」
「そうだろうとも。ヨス少年も、また逢えたね」
「は、はいっ……!」
「うちの馬鹿勇者も、レメのおかげで随分と元気になった。『今度は現実で』――だそうだよ?」
僕とエクスさんは、ダークの作り出した夢の中で戦った。
あれは一騎打ち。
けれど本来、冒険者はパーティーで戦うもの。
僕は笑顔で頷く。
「はい」
マーリンさんは楽しげに微笑んだあと、視線をレイスへと向けた。
「しかし……うちの馬鹿以外にも、こんな面白いメンバーを集める勇者がいるとはね」
「面白いだけじゃなくて、強いよ」
「ふふ、そうか。では同じだな」
「かもね。どっちが強いかは、当たったら分かる」
「それは楽しみだ」
エクスパーティーは、【騎士王】アーサーさんと【超越者】モルドさんが欠席。
最低限リーダーが出席すればよいので、他のパーティーでも欠席している人は少なくない。
僕は再び周囲に視線を巡らせる。
世界ランク第九十九位【銀嶺の勇者】ニコラさんが世界ランク第九十五位【絶世の勇者】エリーさんに話しかけられていたり、世界ランク第三位【魔剣の勇者】ヘルヴォールさんが強そうな人を見つけては声を掛けていたり、以前関わりがあった強者も多くがこの場に集まっていた。
「それで、元気になったっていうそっちのリーダーは、何してんの?」
レイスくんが言う。
「やつがレメに気づかないくらい集中しているんだ、理由は一つだろう」
エクスさんは、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
普段の温厚な彼からは想像出来ないくらい、真剣な表情である一点を見つめていた。
――あぁ、そうか。
現れた。
転移用記録石を通して、空間を越えそのパーティーはやってきた。
再び会場の空気が変わったのが分かる。
【炎の勇者】フェニクス、【湖の勇者】レイス。この二人と同じく、四大精霊と契約した者。
それも、この二人よりも先にデビューし、長く最高位に君臨し続ける最強の男。
世界ランク第一位【嵐の勇者】率いる――エアリアルパーティー。
彼は集まった者たちを見回し、それから――子供みたいに笑った。
「あぁ……実に素晴らしいね。本気の者しかいない、息が詰まるような――心地いい場所だ」
多分、その瞬間だけは。
会場に集った全ての者の意識が、エアリアルさんに向いた。
そして、その全員が、彼の言葉に同意したことだろう。
どのパーティーと当たっても熱戦は必至。
こんなに喜ばしいことがあるだろうか。
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