225◇正義の天秤アストレア
十三人の騎士団長について、集められた情報は少ない。
精霊との縁が子孫へと受け継がれていくという『契約継承』の継承者であること。
その分霊達は最初期の『本体から分かれた大きな欠片』であり、その力は本体に次ぐと考えられること。
これは団長個人ではないが、仮に四大精霊契約者が力の全てを有したまま人類の敵になったとしても、騎士団はこれを打倒出来ると公言していること。
そして【正義の天秤】アストレアは、騎士の頂の中でも更に特別。
なにせ、彼女は――【勇者】なのだ。
彼女の動きはあまりに迷いがなく、迅速で、目で追い切ることが出来なかった。
だからこれから語る動きの一部は、僕が予選後に録画をスロー再生して得た情報だ。
彼女はまず聖剣を地面に突き立てることでレイスくんの『水刃』を防ぎ、フェニクスの横薙ぎを地面に頭がつくほどの前傾姿勢をとることで回避。
オリビア選手を狙ったのと同じく『不可視の圧力』の安全地帯を経由した黒魔法は抵抗し、同様の軌道を描いたリリーの矢は浮き上がった。
更にアストレアさんは立ち上がりざまに土魔法で地面から剣を形成し、それを掴んでフェニクスに切り掛かった。
これを聖剣で受けたフェニクスだが、彼女の剣は形を保っている。
土魔法で作っただけの剣なら、火の聖剣に耐えられる筈がない。
聖剣にしたのだ。
聖剣は剣が特別なのではない。精霊が加護を宿した武具を聖剣と呼ぶだけなのだ。
だから、レイスくんの『水刃』を防ぐ役割を果たし、先程の体勢からは掴めない剣は不要と判断。
地面から剣を作りざまに精霊の加護を移した。
当然、加護の抜けた剣はただの剣に戻る。
――そう簡単に出来るものなのか。
何が起こったかを少し遅れて理解した僕の疑問に、ダークが答える。
『精霊が応じればね。あの対応速度は……普段からよく喋ってるんだろう。人間は見守るのが基本だろうに、団長とやらに憑いてるのは随分変わり者みたいだ』
よく分かったけど、その理屈でいくと君も変わり者だよ。
『あはは』
フェニクスとアストレアさんの二人が鍔迫り合いに移行したかと思えば、刃を交わした状態のまま――フェニクスの体が下がっている。
押し負けた!?
いや、違う。
あの精霊術の正体はもはや疑うまでもない。
分類するなら『大地の力』の欠片……なのか。
『重力操作』だ。
『不可視の圧力』では重力を増し、矢を浮かせた時は軽くしたのか。
そして今、斬撃に合わせて大地の力を倍加しているのだろう。
フェニクスには、彼女の剣が異様に重く感じている筈だ。
しかし重力に干渉――それに似た効果を及ぼすものだとしても――深奥の領域じゃないのか。
『そうだね。分霊って言っても、あそこまでいけばほとんど本体と格は変わらない。とはいっても今の本体達は――』
ダークの声も耳に入ってこない。
彼女と目が合った。錯覚ではない。
「優先順位を誤ったことを、認めよう」
アストレアさんはこう言っている。
最初に【黒魔導士】レメを倒すべく、動くべきだったと。
「おい……ッ!!」
ドンッ、と衝撃。
体が横に流れる中で、僕を突き飛ばした者を見る。
声で分かっていた、アルバだ。
彼は一瞬上を見て、舌打ちした。
「チッ、借りは返したぞ」
借りって……あぁ。
仲間なら助け合うのは当たり前だけど、僕らは違うパーティー……つまり敵だから。
サポートを受けたことはアルバにとって、借りにあたるのか。
彼は借りを返そうとした。
だがそれによって――僕を狙った『不可視の圧力』に潰され、退場してしまう。
彼女は、【正義の天秤】アストレアは。
仲間四人がほぼ同時に打倒され、二人の勇者に狙われ、他の敵も自分に向かおうとしている中で。
それらに対応しながら、僕を狙い撃ちするだけの精霊術を放ったのか。
そんな思考を終えた頃にようやく、突き飛ばされて一瞬宙に浮いていた僕の足が地面に戻る。
同時に、僕は駆け出した。
「ラーク! リリーを抱えてなるべく離れるんだ! リリーは狙えるギリギリの距離から彼女に射掛けてくれ!」
二人の返事を聞かずに走り続ける。
僕の背後で、大きな魔力が降ってくるのを何度も感じる。
――まずい。
分かってしまった。
アストレアさんは言うなれば、幼少期から努力を怠らなかった天才だ。
僕がフルカスさんに褒めてもらった観察力を、彼女も持っている。
それだけではない。
『契約継承』の関係で生まれながらにして騎士となることを運命付けられていたのだとしたら。
彼女は幼い頃から魔法や剣の鍛錬を積んだ筈だ。
レイスくんは十歳という年を考えると魔力関連の能力が高い。
これは【不屈の勇者】を父に持った彼が幼い頃から魔法に興味を示し、父やその周囲の人達がしっかりと教導したからだ。物心ついてからは、彼自身積極的に鍛錬に励んだ。
普通は特定の職業に適した努力は【役職】判明後に行う。つまり十歳。
僕だってこれに該当する。
しかし、レイスくんやアストレアさんは違ったわけだ。
レイスくんは現在十歳で、世間を驚かせるだけの魔法を扱う。
では彼と同じく幼い頃から、二十代後半ほどの今日まで、厳しい鍛錬を積んだアストレアさんなら?
極めつけは、彼女の精霊術だ。
「捉えた」
ついに、『不可視の圧力』に捕まってしまう。
だが――間に合った!
聖剣に通した魔力を、周囲に展開する形で放出。
ググッと、高濃度の魔力が干渉するのが分かる。
なんとか相殺、出来ているようだ。
僕はそのまま、彼女に近づくべく走る。
『やっぱり、あれ術式弄ってるよ。君らが深奥って呼ぶ精霊術はとにかく魔力喰らいなんだけど、それは「万物を灼き尽くす」とか「空間を支配下に置く」とか理に干渉するものだから。魔法と同じだよね、威力を上げようとしたら消費魔力が上がる』
つまり、『神々の炎』で言うなら『万物を』『問答無用で』『灼き尽くす』という効果を実現することに、凄まじい魔力が必要ということ。
『そうそう。これ最初の項目を「一本の木を」に変えたらどう? 消費魔力は超下がるよね?』
本当の『重力操作』から条件を緩くすることで、ある程度の連発や長時間発動を可能にした?
『だね。だってほら、騎士団長が開始即使った大技ってさ、ショタコンとツンデレの契約者の大技とほぼ同格だったでしょ?』
ショ? ……水精霊と火精霊本体のことを言っているのだろう。
確かにあれが本当に『深奥』なら、もっと高威力でもおかしくない。
『というか山を平らに出来るから、あのネクラの深奥ならね。人が地面に這いつくばる程度とか、絶妙に劣化させてるなぁ。剣士くんは相棒向けに威力高くしたのを食らって潰れちゃったけど』
……今度は土精霊本体のこと、だろうか。
――アルバのあの動きを意外、とは思わない。
でも、彼は真剣に勝利を目指す人間だ。
それでも、借りを返すと言って僕を助けた。
ならばそれは、あの選択が彼にとって最も勝利に――。
僕は意識を研ぎ澄ませ、魔力を練りながら戦闘の中心部へ近づいてく。
彼女の周囲には、三人の勇者と一人の【破壊者】がいる。
三人はともかく、フランさんは魔力による相殺が出来ない中で果敢に攻めていた。
「その拳が驚異的な威力を誇ることは、理解している」
フランさんの足元がドロッと溶けた。違う、土魔法で地面の質を変えたのだ。
よく見れば溶けたのではなく、砂のようになったためにフランさんの足が沈んだのだと分かる。
それはすぐさま元の地面に戻り、童女の足首から下が埋没した状態に。
抜け出すより先にアストレアさんの攻撃が彼女を襲う。
地面から突き出る土塊が正面と背後から彼女の体と、巨腕を挟むように展開される。
土魔法で、フランさんが拘束されてしまった。
「――っ」
「誇っていい、君は立派な戦士だ」
「うちのフランから離れてくんない?」
「鋭いが、まだ軽い」
切っ先を地面に向けるようにしてレイスくんの振り下ろしを受け流し、
「熱いな、聖剣に回す魔力を確保しつつあるのか」
跳ねるように剣を振り上げ、フェニクスと剣を交え、
同時に、ベーラさんの進路上に土壁を複数展開し、合流を遅らせる。
――やっぱり、魔力量がおかしい!
これじゃあまるで、僕やレメゲトン直属の配下【黒き探索者】フォラスのように――自分に魔法を掛け続けて魔力器官を鍛えたみたいだ。
いや、その通りなのだろう。
いつからか分からないが、彼女は『重力操作』を自分に及ぼすことで魔法を使い続け、魔力器官を鍛えた。
それ以前だって、可能な限り魔法を使い続けようとしたに違いない。
何代にも亘って同じ精霊と契約する一族だ、より精霊の力を活かすための鍛錬として家に伝わっていてもおかしくない。
まるで、僕とレイスくんとフェニクスとフルカスさんの長所を合わせ持ったような人だ。
観察力も精霊術も剣術も極めて優れている。
なんて、強い人だろう。
ここまで総合力に優れた人は、【嵐の勇者】エアリアルさんくらいしか思いつかない。
だけど、僕は絶望していなかった。
彼女は本当に強い。
が、個々の能力は負けていないと思うのだ。
先程の攻防では、彼女の仲間四人だけが退場した。彼女が認めたではないか、優先順位を誤ったと。
相殺に魔力を割かねばならない現状が厄介ではあるが、最大出力の精霊術ならレイスくんとフェニクスの方が上だ。
フルカス師匠はここにはいないが、武器のみの一騎打ちでは【刈除騎士】が勝るだろう。
そして総合力でたとえに出したエアリアルさんも、戦えばきっと彼の方が勝つ。
完璧な生命体はいない。
そして、僕らは一人ではない。
魔力を生み出した先から聖剣に回す。
そして僕は、仲間の内――ある一人に近づいた。