215◇己の選んだ地獄を駆けるのだ
「フェロー殿! この報告書は一体どういうことかね……!」
会議室。
楕円形の卓を囲むのは、ざっくり言えば――お偉方。
名を呼ばれた私は、いつも通り笑みを貼り付けた顔を相手に向ける。
この集まりは一応、我々が調査を委託されたオリジナルダンジョンについての報告会、となる。
「記されている通りかと。第二十四番オリジナルダンジョン、その調査は滞りなく終了。貴重なデータを収集出来ただけでなく、数々の宝物も獲得いたしました。精霊の試練によって獲得したものは事前の契約通り、当人に所有権があります。他のものについては――」
「そんなことはどうでもいい!」
公的に記録のある魔法具については、その所在が徹底的に追跡されている。
また、ダンジョン攻略・防衛やよほど特別な場合を除き、所有権を持った者であっても使用権は無かったりする。
現代において、基本的には骨董品という扱いなのだ。
金やコネや運があれば持つことは出来るかもしれないが、使ってはいけない。
たとえば普通の人間には出来ない犯罪行為などがあった場合、それが可能な【役職】持ちや種族と共に、魔法具所有者が調べられるくらいだ。
今回発見した魔法具も全て記録された上で、私とマルグレット殿の商会に所有権が認められる。
乱用されれば危険なものもあるが、私と彼女がそれぞれの威信に掛けてそのようなことがないように努める。
とはいえ、人間であり先祖代々商いで信頼を築いているマルグレット殿の方に、危険な魔法具を渡す形になるだろう。
何故なら私は魔人だから。
避けては通れないものを除き、面倒事は避けるに限る。
私のそういった動きを彼らは『弁えている』と認識している。
そのあたりのことを把握しているからこそ、彼らにとって魔法具関連が『そんなこと』扱いなわけだ。
「では何が問題なのでしょうか?」
「決まっている! 【黒魔導士】レメだ!」
「……彼が何か?」
「あまりに卓越した黒魔法! 【魔王】に匹敵する角の性能! 年齢からは考えられない魔力保有量! そこに加えて精霊の加護だと! それだけではない、やつは多くの【勇者】と――距離が近すぎる!」
そうだそうだと声が上がる。
一般人レベルでは隠しきれているが、魔王城と言えどダンジョン。職員に給料もしっかりと払っているし、レメ殿がレメゲトンとして働いていることを知ることが出来る者はいる。
「第四位【炎の勇者】フェニクスにとって最も親しい友であり、第一位【嵐の勇者】エアリアルから高い評価を受け、第九十九位【銀嶺の勇者】ニコラなど魔物に扮して協力するほど親しく、第九十五位【絶世の勇者】エリーなどはパーティーごと防衛に手を貸す始末! 【湖の勇者】レイスは彼をパーティーメンバーに欲しいと公言し、今度は第二位【漆黒の勇者】エクスの恩人となった……! これがどういうことか分からぬとは言わせないぞ!」
先程とは別の人間が言った。
「彼はオリジナルダンジョンの調査・攻略に多大な貢献を――」
という私の発言は最後まで聞いてもらえない。
「喧しい! 問題はやつが人類の敵となった時に、どれだけの脅威となるかだ!」
あまりにくだらない、と言い切れるのは、彼を知ってる者くらいか。
力を持った者はひとまず疑うくらいしなければ、国というものを守れないのかもしれない。
実際、悲しいことに冒険者崩れや魔物崩れ――主に戦闘系の【役職】に目覚めて他の適性を得られなかった者――が犯罪者に落ちることはある。
彼ら彼女らがとんでもない事件を起こしてからでは遅い。
たとえば騎士団という選択肢を与えれば国の為に尽くす騎士になってくれるのか、あるいは自分を評価しなかった視聴者達に恨みを募らせるのか。
冒険者や魔物の動向に日々目を光らせている機関もあるという。この会議室にも、その機関の偉い御方が座っていることだろう。
「魔王軍参謀として多くの亜人の支持を受け、優秀な冒険者達との縁もある。此奴が悪に落ちればどんな面倒なことになるか。此奴自身の力もそうだが、万が一にも関わりの深い人間が悪事に手を貸すなんてことになれば大事だぞ!」
四大属性を司る精霊は人類の味方。
古き盟約に従い、人に力を貸す存在。
契約者が悪に堕ちた時、契約は破棄される。
が、問題はそこではない。
戦力の大幅ダウンを受け入れた上で、人々から絶大な支持を受ける【勇者】が、一【黒魔導士】の味方についてしまったら。
それも、万が一にでも、複数。
社会に与える影響は、計り知れないものとなるだろう。
疑うのも彼らの仕事。それはいい。まったく問題ないどころか、健全だ。
ただ、どれだけ秘密裏に行おうとしても、どこかに噂として漏れるものだ。
実際に動く人員がいれば、もっと面倒なことに発展することも珍しくない。
一時期のエクスパーティーに起きた悲劇が、これと近い。
【漆黒の勇者】エクスと【騎士王】アーサーは、四大精霊以外の精霊から加護を受けた。
デビュー時から騒がれてはいたが、彼らが優秀と分かってから興味を示す者が増えた。
きっかけは、どこかの研究機関の協力要請だったか。
精霊にはいまだ謎が多い。四大精霊とその分霊以外は滅多に人前に現れないほどだ。
どこかが彼らの話を、今後の精霊との関係に役立てられないかと思った。
そしてその噂は瞬く間に広がり――『二人みたいに精霊の加護を得たい』者が無数に湧き、彼らの周囲をうろつくようになった。
二人は自分達に起こったことを話すしか出来ないわけだが、思ったようにいかなかった者達の中には心無い中傷を投げかけ、根も葉もない噂を流す者も少なくなかった。
他のメンバーにも、それぞれそういったことは起きた。
たとえば【先見の魔法使い】マーリンは邪法を用いて複数の精霊を従わせているから、様々な属性を高いレベルで操れるのだ、とか。
【超越者】モルドは特殊な先祖返りなどではなく、人体実験で生み出された怪物だ、とか。
【絶対なる守護者】ガラハの異様な盾役としての活躍はおかしい、魔力体に細工してダメージがないようにズルしているのではないか、とか。
事実無根であっても時に情報は世に浸透し、それに踊らされる者の数が膨大になることは、ある。
特別であることが、その人物に幸福を届けるとは限らない。
周囲がその特別を祝福してくれるとは限らない。
レメ殿がただ懸命に生きた結果手に入れたものでも、無関係な他者から見れば危険なものでしかない、ということは起こり得るのだ。
さてどんな風に丸め込んでやろうか、といつもなら腕の見せ所なのだが。
おそらく、今日はその必要がない。
私が言葉を弄し、利益の提示で人を説得するのは、そのやり方でしか目的を果たせないからだ。
世の中には、そんなまどろっこしいことをせずに物事を解決出来る存在がいる。
たとえば――。
「邪魔をするぞ」
――私の父なんかが、そうだ。
当たり前のように、彼は会議室に入ってきた。
この施設、この部屋に来るまでにどれだけ厳重な警備が敷かれていたことか。
そんなもの、彼にとっては無意味。
警備の者を傷つける必要さえない。
彼がそこを通ると決めれば、もう誰もそれを邪魔しようなどとは思えない。
王の道を遮るだなんて不敬を、誰が働けるものか。
圧倒的強者を前に弱者が出来るのは、恐怖のみ。
会議室の空気が一変した。
誰も、一言も喋れない。
呼吸一つにさえ意識を最大限研ぎ澄まし、王の機嫌を損ねないよう全力を尽くす。
立場も何も忘れさせ本能を引きずり出すほどの、圧力。
最強の【魔王】ルキフェルは、そこにいるだけで場を支配する。
生まれついての王だ。
「……これは、あれについて、くだらん議論をする場らしいな」
「おや父上、奇遇ですな。あれというのは、レメ殿のことでしょうか?」
すかさず、私は質問の形をとった補足をする。
父は当然のように、私の言葉には応えない。
ただ否定しないことが、周囲の者への説明になった。
これはレメ殿の話だぞ、と理解させることは出来た。
「あれは儂の弟子だ」
その言葉を聞いて初めて、彼らは父の右角が欠けていることに気づいたようだった。
「ただひたすら、愚直に勇者という生き様を目指す男だ。それだけの小僧だ」
父が一歩足を前に進めただけで、数人がガタッと椅子から転げ落ちる。
「貴様らに連なる何者かが、ただの一度でもあれの邪魔をしてみろ。関った全ての者には、悔いる時間さえ訪れんだろう」
彼の言葉はこの場の全員の魂に、しっかりと刻まれたことだろう。
ほとんどの者は、震えるばかり。
「し、しかしっ……! 少しでも疑わしい者を前に、何もしないわけには、い、いかない……!」
……素晴らしい。
なんとか立ち上がったその人物は、強い信念を持っているのだろう。
「だろうな」
父はどこか嬉しそうにそう言った。
そう、父は何も此処にいる人々を脅しに来たのではない。
いつもは抑えている魔力を放出しているのは、彼自身の力を肌で感じさせるため。
「万が一、起こり得ないことではあるが仮に、あれの心が地に堕すことがあれば――儂が始末をつける。それが師としての務めであろう」
これは、世界最強から人類への約束だ。
【黒魔導士】レメは決して危険な人物ではないとの保証。
またそれが裏切られた際は、魔王自ら弟子の不始末の責任を取る。
これほど心強いことはない。
並の人間の言葉なら、こんな口約束信用に値しないだろう。
だが、彼は【魔王】ルキフェルなのだ。
嘘? 有り得ない。
彼が、世界ごときを欺く必要が、一体どこにある。
そんなもの、過去現在未来に亘って何者にも探し出せないだろう。
何故なら、ないのだから。
そのことを、この場の者達はみんな、知っている。
この会議に参加するほどの地位にいる者にとって、かつて自分達が危険視し、調査した対象なのだから。
「以上だ」
そう言って、父はその場を去った。
重力から解放されたように、会議室の空気が軽くなったように感じる。
――私でも息苦しさを感じるほどの魔力放出。弟子の為に、随分心を砕いているようだ。
父がそこまで誰かを気にかけるなんて、昔からは想像もつかない。
そんなことを考えつつ、私はみんなを見回して、微笑む。
「いやぁ、うちの父がとんだ失礼を。もしあれでしたら、契約書でも作成してサインさせましょうか……なんて」
その後の会議はスムーズに進んだ。
レメ殿への対応が『ひとまず静観』となったのは言うまでもない。
そして、会議終了後。
迎えの馬車に乗り込むと、父が既に乗っていた。
「やぁ、さっきぶり」
「例の話だが」
「挨拶もなしかい?」
私は苦笑しながら、父の向かいに座る。
例の話というのは、父からオリジナルダンジョンの発生を解決しろとメールがきた時のこと。
さりげなくレメ殿の現状について話したりもした。だから父はこうして現れたのだろう。
で、実はもう一つ、とある企画について話した。
これはエアリアル殿伝に、【不屈の勇者】アルトリート殿にもお伝えした企画。
「貴様の企みに、乗ってやる」
「――――ッ!!!」
――来た……ッッッ!!!
思わず腰を浮かしかける。
心臓がバクバクいうのを抑えられなかった。
体が歓喜と興奮に震える。
この為に、この未来の為に、今までの努力があった。
理想の世界の構築は間に合っていないが、目的の方が先に叶うとは。
父はこのくだらない世界に退屈し、表舞台から姿を消した。
再会した時に父が漏らした言葉は忘れていない。
どうすれば、最強の魔王が戻ってくるか問うた時の答えだ。
――『……角を使う価値のある敵が、現れればあるいは』。
「レメ殿に、それほどの価値を感じた?」
父は答えず、私を見た。
「これから幾つかの名を言う。全員を集めろ、儂の名を出して構わん」
彼が口にしたのは、かつて【魔王】ルキフェルの下に集った、一騎当千の魔物達の名だった。
限定的ではあるが、それは――最強の魔王軍、その復活を意味していた。
◇
朝目覚めると、視線を感じた。
寮、自分の部屋、寝室。
美しき吸血鬼・ミラさんが、添い寝の体勢で僕の顔を幸せそうに眺めている。
「おはようございます、レメさん。可愛い寝顔でしたよ」
「……おはよう。いつから見てたの?」
「うふふ、ずっとです」
僕の方から彼女の手を握った夜以降、ミラさんからはなんかこう……幸せオーラ的なものが漂うようになった、気がする。
これまでも、たとえばふと目が合った時などに微笑んでくれた彼女だが、以前が微笑を湛えるという感じだとすると、最近は思わずニヤけるという感じなのだ。
「朝食、すぐに作ってしまいますね」
「う、うん」
ミラさんが部屋を出ていく。
『あのオタクちゃんかなりヤバイよ。だって朝の――』
「言わなくていいよ」
僕が上体を起こすと、黒いひよこが頭の上に乗ってくる。
ダークだ。
いまだに何を司る精霊なのか分からない。何度か訊いたが毎度はぐらかされていた。
別に夢や幻を司っているわけではないようだ。
まぁ、本人? 本精霊? が言いたくないのなら放っておこう。
『もっとこっちに興味を持ってくれたら、教えてあげるかもなんだけどな~』
「朝食は何かな」
『相棒の正体より朝の献立が気になるって酷くない?』
洗面所に向かい、顔を洗ってからリビングに行く。
食卓について映像板をつけると、エクスパーティーが映っていた。
『またいんたびゅー? 人間ってこれ好きだね』
オリジナルダンジョンの消滅を待ち、調査団は村を後にすることに。
村での宴は参加自由とのこともあり、調査団側からも食料の提供を行った。【料理人】の人も協力してくれて、多彩な食事が並んだ。
とても楽しい時間だった。
ちなみに前日、僕の親達は正体を告げても驚かなかった。
……いやまぁ、元々気づいていたからなんだけど。
いつ気づいたか尋ねると、出てきた瞬間との回答があった。
とても気になっただろうに、みんな、僕の話したこと以上のことは訊いてこなかった。
たとえば、角をどうしただとか。
――『お前が不幸でないのなら、それでいい』とのこと。
あるいは、もしかして……師匠が、説明に来たことがあるのかもしれないと、少し思った。
当時は自分の想いしか考えていなかったが、よくよく考えてみると他所の子供に角を継がせるというのは、かなりの重大事だ。
子供の覚悟を聞いても、それだけで師匠が実行に移すだろうか。
気になるが、それこそ親達や師匠が何も言ってこないのだから、僕が訊くべきことではないのだろう。
「……レメさん。エクスさんの顔が腫れているように見えるのですが」
「あぁ、収録前にモルドさんに殴られたらしいよ。マーリンさんからのメールに書いてあった」
これは生放送ではない。収録時の話を、マーリンさんがメールに書いていたのだ。
というか、メールにはその件についてしか書いてなかった。
丁度、記者さんがそのことに触れている。
『え、エクス氏、その、お怪我を?』
インタビューだ。
オリジナルダンジョンについてと、パーティーごとなので二人の不参加の理由も尋ねるのかもしれない。
帰りの道中や街に戻ってから結構多いのだ。
僕やミラさんも何度か受けた。
『あぁ、いや気にしないでください。ちょっとパーティー内の蟠りを解いただけです』
聞いた話だと、モルドさんはエクスさんの弱気と、本音を言ってくれなかったことに怒ったらしい。
エクスさんは強いのだから弱気になる必要などないし、自分達は仲間なのだから本音を隠す必要もないだろう、というのが理由。
しかもそれによってレイド戦参加を見送り、一時的にパーティーメンバーが別行動することになったのだから、モルドさんとしても思うところがあったのだろう。
そのモルドさんは不機嫌そうに腕を組み、【守護者】のガラハさんは困ったように微笑んでいる。
アーサーさんは額を押さえ、マーリンさんは腹を抱えて笑っていた。
『くっ、ふふっ、傑作だ……! お前達といると退屈しないよ』
記者さんは困惑した様子を見せつつも、インタビューを開始する。
僕はミラさんと朝食を摂りながら、それを観ていた。
『精霊の試練で、エクス氏は随分と苦戦されたそうですが』
『えぇ、弱っていた心を見事に突かれてしまいました』
『けっ、情けねぇ。あーそうだレメ! お前がアホリーダーを助けたんだって? 感謝するぜ』
急に自分の名前が出てびっくりする。
『そうだな、レメには世話になった』
アーサーさんも頷く。
エクスさんは自分が一度脱落したことも隠さなかった。そして僕が願いの権利を使って彼の夢に入ったことも。
そのことで、過去ないくらいに僕への注目も集まってしまったのだ。
「あらあら、また一層注目されてしまいますね、レメさん」
ミラさんが嬉しそうに言う。
『そうですね、彼に気付かされました。何かに費やした時間が長くなるほど、人はそれが無駄になることを恐れるようになります。俺もそうでした。怖くて怖くて、苦しくてならなくて、つい夢の世界に溺れてしまった。だというのに、その夢でさえ、俺は冒険者をやっていました』
エクスさんは小さく笑ってから、続ける。
『俺は幸せだけの天の国で過ごしたいわけじゃあないらしい。どんな自由を与えられても、何度時間を巻き戻してもらっても、同じ選択をして、同じ仲間を集めて、同じ頂を目指す。そこに、いつ終わると知れない地獄の苦難が待ち受けていると分かっていても、飛び込まずにはいられない』
『恐怖に打ち勝ち、試練を突破したということ、でしょうか?』
『いいえ、それはどうでしょう。多分恐怖は勝負の相手じゃない。決して無くせない。打ち勝つんじゃなくて、抱えて進むしかないのだと思います。だから俺はこれから、怖がりながらも進んで行きます。最高の仲間と一緒に、俺達が一位になる未来へ向かって』
仲間だけでなく、己自身もまた一位に相応しい者だと証明する為に。
きっと、全力で努力する人は、みんな似たような苦しみを味わうのではないか。
多くの時間を割き、目的達成の為に努力しても、報われない人の方が多い。
諦めるのも地獄、諦めないのも地獄。
離れる苦しみも、留まる苦しみも、本気になった者にしか分からない。
それでも僕らはいつか、笑顔で終われるように。
――己の選んだ地獄を駆けるのだ。
これにて第四章完結です。
「面白かった」「五章は?」「カシュどこ?????」という方いましたら、評価やご感想いただけますと嬉しいです。
第五章は、これまでの集大成的エピソードになる予定です。
引き続きお付き合いいただけると幸いです。




