204◇真っ暗闇の第四層(下)
照らされて明らかになったのは、このエリアにモチーフなるものがないということ。
荒野とか森とか鉱山とか、参考にした環境がない。
ただの、暗い空間。黒い空間。地面までだ。
意図……というか、理由は読める気がした。
節約、だ。
凝った内装にするとコストが嵩むのは、家でも魔力空間でも同じ。
そのコストが、家ではお金で、魔力空間だと魔力という違いはあるけれど。
要するに、モンスター創造を優先するあまりエリア環境を整える労力を惜しんだのだ。
あるいは、モンスターに魔力を使いすぎてエリア環境を整える魔力が足りなくなった、か。
どちらにしろ、頷ける話だった。
なにせ、ゲイザーは『あらゆる魔法効果の無効化』という破格の魔眼を有し、しかも発動条件が『対象を視界に収めていること』の一つだけなのだ。
それを実現する異次元の魔力生成能力を誇り、更には飛行能力まで付いている。
そりゃあ、戦時中に魔物側がガンガン活用し、人類側もこれは滅ぼさねばならぬと躍起になるのも分かるというもの。
そんな存在だから、魔力でモンスターとして再現するにはコストが掛かる。
で、地鳴りの正体の方だけど。
これもまた、すごいのが出てきた。
――巨人だった。
グレンデルともまた違う。なんというか、横にも大きい。肌は灰色で、顔はお世辞にも美しいとはいえない。また、目からは激しい怒りが感じられた。
その種族は僕にも分かった。
「スプリガン……」
あまりダンジョン攻略では見かけないが、現代にも生きている亜人だ。
体のサイズを小人から巨人まで変えることが出来る上、個体によっては強力な魔法も使える。
妖精や財宝を守る役目を担い、侵入者を撃退する。
精霊に作られたモンスターとしては、このダンジョンへの侵入者である僕らの殲滅が役目なのだろう。
その数、五体。
マルさんとミラさんは、ゲイザーの全滅と同時に空を飛んだ。
三人の回収役である。
『マル。鎧、空に』
フルカスさんからの通信。
『そ、空に、ですか……?』
『自分の近くに、出してほしい。可能?』
『しょ、承知いたしました……!』
『マル嬢、私をスプリガンの真上まで送ってはもらえないだろうか?』
『え、えぇ、ただいま……!』
さすがヘルヴォールパーティーに所属しているだけあって、マルさんの適応力は高い。
ミラさんにはウサギの亜人さんの確保を任せている。
「マーリンさん」
「あぁ、分かっているとも」
マーリンさんの近くから、大きな土の塊が飛んでいく。
それらはスプリガンそれぞれの胸に見事的中。
色付きで、一つずつ赤青黄黒白と分かれている。
これで、クラン全体でスプリガンの識別が可能になった。
『青』
『マーリンか、助かった。私は白が近い』
すぐに意図を察したフルカスさんとアーサーさんから通信が入る。
なら、僕らが対処すべきは三体ということになる。
赤、黄、黒に塗られたスプリガンだ。
赤の個体が、今まさに僕らを踏み潰そうとしていた。
巨大な足裏が迫るという中々味わえない恐怖を体験しながら、僕は周囲の観察に努める。
「ふ……ッ!」
僕らが踏み潰されることは、ない。
此処には【漆黒の勇者】がいるから。
『暗影群』の発展の一つ、『巨兵装甲』。
ニコラさんの『積雪の豪腕』に似ているかもしれない。
巨大な鎧を纏うわけだ。ニコラさんは主に腕だが、エクスさんの場合は影の量次第で全身に及ぶ。
スプリガンの足を、エクスさんは上に掲げた両腕で受け止めた。
腕は彼の装甲の背面から更に六本生え、スプリガンの足に絡みつく。
『黒……ッ!』
エクスさんはなんと、そのまま振り回し、近くにいた黒の個体に赤の個体をぶつけてしまった。
……巨人を投げた!
「レメ、君が指示を!」
エクスさんにそう言われては、断れるわけもない。そのつもりもない。
黒の個体は体勢を崩したがそれだけ、赤の個体を置いてこちらに進んでくる。
今一番の脅威は黄色の個体だ。
「魔力を展開している。抵抗だ」
「えぇ」
マーリンさんの言う通り、やつらは魔力を展開している。
スプリガンは、まるで動く山だ。実際はそこまで大きくはないのだろうが、それほどの威圧感。
逃げることは出来ない。
非戦闘員もいるし、この巨体だ。回避行動に移っても、きっと誰かしらが被害を受ける。
「黒魔法、通してみせます」
杖を握るマーリンさんは一度目を閉じ、すぐに開いた。
「…………信じよう」
僕のローブの中で、もぞもぞ動くのはシトリーさん。
人型に戻るタイミングを逸したのか。
「手伝うよ、レメくん」
途端、頭が冴えるのを感じた。一つのことによく集中できる状態。
それがシトリーさんの白魔法だとすぐに分かったが、感謝の言葉はあと。
杖に流し続けた魔力を、魔法へと昇華し、指向性を与える。
普通なら、発した黒魔法を対象に当てればそれでいい。
しかし敵は抵抗用の魔力を展開中。
これを突破するのは難しい。魔力量で押し切ることが可能だとしても、それよりも先に敵の攻撃が僕たちを襲う。
速やかな的中以外に選択肢はない。
――あれしかない。
レイド戦でフォラスと共に、エアリアルさんにやったあれだ。
魔力の鎧といっても、大抵は大雑把なものだ。全身くまなく覆うのは難しいし、魔力を感じられる者にとっては煩わしくもある。
自然と避ける場所があるのだ。
最も多いのは、目。
杖を向け、黒魔法を放つ。
黄色の個体の、瞳に向かって。
「――――」
そのスプリガンは、それを読んでいたかのように自分の顔の前に腕をかざした。
魔力が腕にぶつかれば、魔法は失敗に終わる。
「だと思ったよ」
僕の魔法は既に悟られている。
ガチガチに抵抗を固めるより、隙を用意しそこを突かせ、それに対する策を用意する。
僕ならそうすると思った。
だから、それも織り込んで魔法を放った。
僕の魔法は敵の腕を回避するように曲がり、直後に敵の目にぶつかった。
スプリガンの巨体がびくんっと揺れる。
やつは直後に移動を再開。
こちらに接近し、勢いをつけて――黒の個体を殴りつけた。
鈍く、大きな音が響く。
黒の個体が吹き飛び、黄色の個体は立ち上がろうとしていた赤の個体に蹴りを入れるべく走り出す。
「……はっ、はは……! レメ、君ってやつはまったく……! 大したやつだよ本当に!」
テンションが上がっているのはマーリンさんくらいで、他は大体まだ状況を飲み込めていない。
「黄色に『混乱』を掛けました。僕たちではなくスプリガンを敵と認識しています。倒すなら黒か赤からにしましょう」
「レメ、四大で一番好きな属性は……?」
「……? ……火、でしょうか」
咄嗟に答えると、彼女が笑った。
「そう言うと思った。フェニクスと比べられるなんて、燃えるね」
マーリンさんの杖に嵌った宝石が、眩い光を放つ。
「良いものを見せてもらった礼だ」
黄色の個体に殴られた黒の個体が、膝を立てて体勢を整えようとしているところだった。
やつを囲むように、円状の火花がボッボッと散ったかと思えば、次の瞬間――巨人が火柱に呑み込まれた。
驚くべきは、その火力。
だって、一瞬だったのだ。
火柱が消えたと思えば、そこには何も残っていなかった。
あの巨体を芯まで焦がすのに掛かった時間は、瞬きを終える程度。
これが【先見の魔法使い】。
精霊の加護を持たない身でありながら、精霊術に等しい魔法を扱える大魔法使い。
こんな大規模な魔法を発動し、膨大な魔力を制御してみせる魔力と技術。
「すごい……けど」
シトリーさんが呟く。
「ふぅ、さぁみんな頑張ってくれ。しばらく私は役立たずだからね」
そう、こんな魔法を打てば、魔力がすっからかんになる。
再び生み出すまで、大きな隙が出来るわけだ。
いや、そんなの些細な問題だろうけど。実際、大戦果だ。
衝撃はまだ続く。
ほぼ同時だったけど、順番に説明しよう。
フルカスさんと青の個体だ。
マルさんの手によって空中に鎧を召喚してもらったフルカスさんは、そのまま空中で鎧に搭乗。
槍のサイズを鎧用に調整した彼女は、落下の力を利用して槍を下方に構え、青の個体に向かって落ちていった。
敵はこれを叩き落とそうとしたが、失敗。
腕を貫かれた挙げ句、そのまま駆け上がられてしまう。
そのまま頭部を刺し貫かれ、消滅。
次に、アーサーさん。
こちらはもっと単純。
アーサーさんの『光の聖剣』は光熱による切断能力という加護を有している。
更に、剣の長さを一時的に光熱の加護によって拡張することが出来る。
つまり、冗談みたいな長さの長剣とすることが出来るのだ。
強力な反面扱いに注意が必要だが、空から大地に向かって落ちる中、上から下に振り下ろすだけならばそう難しくない。
白の個体は、真っ二つに焼き切られた。
あとは混乱した黄色の個体が落雷レベルの雷属性で赤の個体を焦がした後で、敵を失ってぼんやりするやつをみんなで倒した。
地上に下りたウサギの亜人さんやミラさんも、大いに活躍してくれた。
ちなみにその間に、シトリーさんは夢魔姿に戻った。服も着た。
戦いのあと、やはり先程の黒魔法はどうやったという話になった。
説明すると、大層驚かれた。
ヨスくんからの尊敬の眼差しが強まった気がした。
やってることは黒魔法の範疇なのだが、魔力操作や混乱の効力などが常識外なのでみんなの反応も頷ける。
以前、エアリアルさんが僕のことをパナケアさんの【黒魔導士】版と言ってくれたことがあった。
パナケアさんというのは元第一位パーティーで、群を抜いて優れた【白魔導士】。
その白魔法は常識で測れないほど。
そういった『規格外』の前例はあり、エアリアルさんの例の発言を知っている人も多い――映像板で取り上げられたので――こともあり、一応は受け入れられた。
第三層を共に戦ったことも、関係しているかもしれない。
そうなると必然、フェニクスパーティー時代の動きについて疑問に思う人達も出てくるわけだが……さすがに攻略中にそれを尋ねてくる者はいなかった。
さておき、探査再開である。
スプリガンといえば財宝を守る者。
やつらは最初から僕らの前にいたのではなく、影の鳥獣に気づいてからこちらに迫ってきたのだ。
つまり、元々どこかの場所を守っていたのだ。侵入に気づいて殲滅に乗り出した。
というわけで、エクスさんの先導のもと僕らはあたりを探索。
ここでは良いことと悪いことがあった。
まずはいいこと。五体それぞれが守っていた財宝を発見。
三箇所が金品で、魔法具が二つ。『これで付けた傷が癒えることはない』という短剣、『火矢、風刃、土壁、水球』の魔法が組み込まれた杖。
魔法具はこれで合計三つ目。こんなにも手に入るとは思わなかった。
世界には未発見や行方知れずの魔法具がまだまだ眠っているという話だが、そういったものの何割かは精霊の手に渡っているのかもしれない。
次に、悪いこと。
退場者が出た。
敵は――スライム。
これは大変に厄介な敵だった。
スライムは球状の核を持ち、それを囲む形で粘液状の体を持っている。
物理攻撃はほとんど効果がなく、核を潰さない限りは倒せない。
しかも種によっては人に害を及ぼす粘液を纏っていることも多い。
たとえば、飲み込んだ生き物を消化してしまう、とか。
真っ黒な地面に擬態したスライムの襲撃に遭い、何人もが呑み込まれてしまった。
魔力反応は魔力の濃い空間の所為で読みきれず、鳥獣は避けたためにエクスさんの網にも引っ駆らず、気配が希薄なためにアーサーさんやフルカスさんも察知が遅れた。
フロアボス戦に挑む頃には、非戦闘員を含めた調査隊の三分の一が退場していた。
フロアボスは――悪魔だった。
魔物の銘に使われる【○○の悪魔】は比喩だが、これは本物を模したもの。
人型だ。しかし獣のような頭部に、角、蝙蝠のような両翼に、尻尾まで生えている。耳は尖り、爪は鋭利。全身は黒く、禍々しい気配を放っている。
巨大なその悪魔を倒すことには成功したが、激戦だった。
まるで僕らの手札を全て暴くかのような戦いだった。多彩な魔法に頑強な肉体、敢えて非合理な手に出るなど試すような動き。
ここでは六人が退場した。
「……まるで試されているようだったな」
エクスさんもそう思ったらしい。
とにかく、僕らは第四層も突破した。
第五層と繋がる扉を開き、少し進んだところでセーフルームを作る。
いや、作ろうとした。
壁に、文章が刻まれていた。まるっこい字だった。
『次、試練の間。精霊の試練を受けたい人は、生身で来るように。魔力体では入場出来ないよ』
全員がその文章に釘付けになった。
――あるのか、精霊の試練。
どんな難問が出てくるかは分からないが、突破すれば精霊から報酬がもらえる試練。
しかし、生身での参加が条件とは。
確かに、危険もなしに願いが叶う試練に挑戦出来るというのは、向こうからすればフェアではない。
人間側は、最悪棄権機能で逃げられるのだ。
生身であれば、そうはいかない。
それは分かるのだが……。
つまり、それだけ危険ということ。
「ひとまず、セーフルームを作ろう。あとは一度戻って話し合う必要があるだろうな」
エクスさんの言葉に、僕はなんとか頷く。
午後に次の層……という予定も変更になるだろう。
みんなが動き出す。
でもみんな、同じことを考えていた筈だ。
突破すれば、願いが叶う試練。
挑戦する? だとすれば、どんな願いを叶えてもらう?
僕も考えた。
ぎゅっ、と誰かに手を握られた。
ミラさんだった。
不安そうな顔でこちらを見ている。
僕は優しく手を握り返し、微笑む。
「大丈夫。僕には生きて勇者になるって夢があるから」
その道に役立つものが手に入るかもしれなくとも、命を危険に晒す選択は出来ない。少なくとも、すぐにその選択をすることは出来ない。
自分を大事に思ってくれる人達がいることを、ちゃんと分かっているから。
しかし、僕は次の日に、精霊の試練に挑戦することになるのだった。




