203◇真っ暗闇の第四層(上)
第四層は、真っ暗闇だった。
「なるほど、こう来たか……」
エクスさんの声。
オリジナルダンジョンならではの歓迎だ。
視聴者に観てもらうことが重要なダンジョン攻略では、暗い感じのエリアはあっても真っ暗なエリアというものは無い。
魔王城第十層も特殊な照明で『薄暗いが視界は明瞭』というバランスを保っている。
だがこの第四層を包むのは世界と自分の境界さえ分からなくなるような、真の暗闇。
僕やマーリンさんが魔力感知に優れ、一流の冒険者が敵の気配を読むことに長けていても、やはり視覚に頼る部分は大きい。
「しかしこういうのもダンジョンっぽくて面白いじゃないか。本来ダンジョンなんてものは、松明持って慎重に進むものなのだろう?」
マーリンさんは楽しげに呟いてから、火の玉を出した。
「松明じゃないのか」
「こちらの方が便利だ。お前もその聖剣を掲げて歩くといい」
「私の聖剣を松明扱いするな」
アーサーさんとマーリンさんの掛け合いの最中に、他のパーティーも次々に明かりを灯す。
主に火属性魔法だが、ランタンを持っている者もいた。
僕のパーティーではシトリーさんが光球を出してくれた。
四大属性ではないが、シトリーさんの再現能力を思えば驚きはしない。
それよりも、球体とは言ったが実は丸くない。光を放っているのは、ハートだった。
「さて、どう動いたものか。レメ、どう思う?」
淡く照らされたエクスさんの顔が、僕へ向く。
意見を求めているというより、きっと答え合わせのようなものだろう。
「一度足を踏み入れればあとは構造を変えない、という前例が覆らないと信じるなら、少しずつ探索するのもアリですが……」
「あまり時間は掛けたくないな。午後は第五層に行きたい」
「であれば、エクスさんかマーリンさんに頑張っていただくしかないかと」
「エクスだな。ほら急ぐんだ」
マーリンさんが即答した。
「お前ね……。まぁ、頑張るよ。それじゃあみんな、しばし――影を借りる」
僕らはセーフルームに入った直後、全員エクスさんに影を踏まれている。もちろん、相談を受けて承諾したのだ。
『暗影群』と呼ばれている。
彼が複数の対象の影を支配した状態のこと。
そこから発展する魔法が幾つかある。
今回はその影達が小さな鳥や動物の姿になり、暗闇の中へ飛び込んでいく。
『鳥獣斥候』という魔法で、そのまま鳥や獣の姿に成形した影にフィールドを探らせるもの。
これだけの人数の影があれば、相当の広さをカバー出来るだろう。
判明した地形をもとに移動していけば、時間の無駄もない。
「え、可愛い……」
シトリーさんが呟いた。
小鳥やウサギなど、確かに可愛いシルエットのものが多い。
「ありがとう。君ならこれも再現出来てしまうのかな」
「それはー、魔王城に来てのお楽しみ、かな?」
人差し指を唇に当て、首を傾けながらシトリーさんが言った。
「……あはは、そうか。楽しみが一つ増えたな」
「おいエクス、可憐なメイドに逢うのが楽しみなどと……やれやれ」
「いやそういう意味じゃあない」
困ったような顔になるエクスさんを、マーリンさんが笑う。
そうしながらも影の鳥獣は移動していたし、マーリンさんは魔力を練り上げていた。
自然と、盾役や身体能力に優れた者達が魔法使い系を守るように囲む陣形となる。
ぴくりとエクスさんの肩が揺れたことに、僕は気づいた。
「……獣が、踏み潰された。何か巨大なものに。鳥は……消えた、いや消された?」
影で作られたものは、潰されても元に戻る。元々無形のものに仮初の形を与えただけだから、致命的な損壊というものがないのだ。
魔力さえあれば、地形調査は続行可能。
だけど――消された?
消される? そんなこと、普通は起こらない。
「魔力の供給が断たれたわけではないんだな?」
マーリンさんの問い。
「あぁ」
「……お前の精霊術を消すとなると、これは厄介だな」
「――魔眼、か」
レメゲトンの配下である【魔眼の暗殺者】ボティスも保有している魔眼だが、その種類は実に多様。
ボティスの持つ『石化』にしても、保有者によって石化速度や効果範囲、発動条件などが異なることも珍しくない。
「このダンジョンは『個人』ではなく『種族』を再現する傾向にあるから、どこかの時代を生きた魔眼保有者ではなく、魔眼を有する種族の可能性が高いだろう。おそらくは――」
ランタンを除く、全ての光が消えた。
問題は、誰も魔法を解いていないということ。
消されたのだ。
ずしん……ずしん……と地面が揺れる。
何者か、巨人クラスの存在が近づいてくるような、そんな音。
「ふむ……視界は暗く、魔法は消され、巨人の群れが迫っている……楽しいな、これは」
マーリンさんの感性は、冒険者としてはそうおかしくなかったりする。
生死がかかっていればまた別だろうが、未知との遭遇や新しい体験とは心躍るものだ。
しかしわくわくしてるだけでは負けてしまうので、何か考えねば。
彼女が僕を見た。
「レメ、敵はどこにいると思う?」
「上でしょう。この暗闇と魔法封じが重なれば、かなり有利な位置取りです」
「あぁ、だが我々が感知出来ないとなると」
「魔力濃度が高いですね。モンスターとダンジョンは同じ魔力から作られているから、こうも濃いと見つけ出すのは難しいです」
「困ったな。これでは我々は非戦闘員も同じだ」
全然困ってなさそうに、彼女は言う。
「まずはマーリンさんを戦闘員に戻しましょう。それと、エクスさんも」
「うふふ、そうしてもらおうかな。聞いたろうエクス」
「あぁ」
エクスさんの影も、その進行を阻害されているようだ。
彼とマーリンさんが並び、僕らは互いの距離を狭めて二人を囲む。
上に関しては、複数人の盾を天井代わりとした。
人の壁、盾の屋根。これで魔眼を防ぐわけだ。
「あ、あの……! 魔法が出せないのってこれ、なんなんでしょう……!?」
誰かが声を上げた。
「あぁ済まない。説明がまだだったね。これはおそらく――ゲイザーの仕業だ」
驚いた者の方が多く、一部にはピンとこない者もいるようだった。
「げ、ゲイザーって本とかによく出てくる!?」「大昔に絶滅したっていう大っきな目玉の亜獣だよな……」「魔法を無効化する魔眼って本当だったのかよ……」「絶滅種まで出てくるのか」
今は滅びた種族で、出てくるのは昔話や創作物の中くらい。
現役の冒険者で知らない者がいても不思議ではない存在だ。
「召喚術も発動出来ません……あの、フルカス様」
「ん、伸びない」
マルさんの予想は的中。ゲイザーの魔眼は、魔法具の特殊能力さえも無効化してしまう。
アーサーさんやエクスさんの聖剣に施された加護もだ。
ただし、条件つき。視界に収めている間は、という限定的な無効化。
黒魔法や白魔法は無生物には効かない。そして魔力体は正確には生き物ではない。
だが白黒魔法は効く。そのように設定されているからだ。
精霊も人間のルールに則り、ゲイザーの無効化能力に制限を掛けているようだ。
そうでなければ、魔力で構築された体も霧散している筈だから。
なるべく実際の戦いと同じようにしたい、ということだろう。
「レメ、策があるんだろう?」
マーリンさんはくつくつと笑っている。
彼女は僕に考える機会を与えているようなところがある。何もないとなれば、マーリンさんが対応するのだろう。
彼女のやり方を見学したい気持ちもあるが、折角の機会だ。
このメンバーの力を借りて、絶滅した種を相手にするなんて経験、そうそう得られない。
「……とても乱暴な作戦なんですが」
「言ってみたまえ」
僕は通信機のチャンネルをクラン全体に合わせる。
「僕やマーリンさんでもゲイザーの魔力反応が辿れません。ですが、上にいると考えています。何体いるかは分かりませんが、僕ら全員を視界に収めている。今、一時的に何人かを囲んでいますが、これは敵の視界から逃れるためです」
「むっ……卑怯な」
鬼の男性が憤った声を出す。
「この中で魔力を除いた感知能力に長けているのは、アーサーさんとフルカスさんです。エクスさんもですが、魔力を練ってもらいたいので……」
「ありがたい評価だが、レメ。私もフルカス殿も空を飛べない。マルグレット嬢とミラ嬢の飛行能力も今は使えないのだろう?」
魔法具の召喚も、血の操作にも魔力を要する。そこが封じられている現在、飛行の手段はない。
「ヨスくんとマーリンさんの白魔法に加え、彼女の力を借ります」
僕が指名したのは、ウサギの亜人さんだ。
「えっ、呼んだ?」
「はい。まず敵の視線から逃れた二人の白魔法を貴女に掛け、アーサーさんとフルカスさんを抱えた状態で跳んでもらいます。跳躍に合わせて盾をどけるので、脚力上昇の効果はちゃんと得られるでしょう」
「んー? いいけど、それだと三人とも落ちて退場なんじゃないかな」
「落ちきる前に、アーサーさんとフルカスさんには、全てのゲイザーを倒してもらいます」
「――――」
クランメンバーのみんなが息を呑むのが分かった。
ゲイザーは魔法を消してしまう。その効力も。だから風魔法などで飛ばすのは無理。
直後に効力が無効化されることを織り込んでの、脚力上昇という選択なのだ。跳んだ後に強化解除されるなら構わないというわけだ。
この作戦は作戦と言えるかも分からないもの。
だが任せるのがこの二人なら別。
【騎士王】と【刈除騎士】ならば、不可能ごとではない。
「ん、分かった」
「後輩が出来ると思って頼んでいるのだから、先輩としては実現してみせなければな」
当の二人は驚きもせず、スッと中心に入ってくる。
ウサギの亜人さんもすぐに続いた。
「そういうことなら、月までだって跳んじゃうよ~。月出てないけど」
準備を進める。
「言っておくが、大魔法使いである私といえど、白魔法は得意ではないんだ。適性が異なるからね。効果はそこそこしか期待しないように」
期待するな、じゃないところがマーリンさんらしい。
「うー……レメくん……」
実は、ゲイザーの視線にあてられたシトリーさんは元の姿である翼の生えた小さな豹になっていた。
彼女はその姿が嫌いなようで、【黒魔導士】のローブの胸元に緊急避難している。
「大丈夫ですよ」
安心させるように声を掛ける。
ミラさんもさり気なくシトリーさんを庇うような位置に立っていた。彼女の服も回収している。
「準備が出来た。騎士発射の時間といこう」
アーサーさんは【聖騎士】だし、フルカスさんは黒騎士とも呼ばれることがある。
「ヨスくんもいけるかい?」
「はい……!」
大地を揺らす足音は、かなり近づいている。それも、複数。
もう、目の前にいるのかも。
魔法がないままに真っ暗闇で叩くのは、いくらなんでも厳しい。
上に構えた盾を支える役目は今、鬼の男性含む高身長の方々に代わってもらっている。
彼らくらいの背丈があれば、跳躍の直後に盾をどけても間に合うとの判断。
「行こう」
ウサギの亜人さんが二人を抱え、ぐっと屈んだ。
そして――跳ぶ。
地面がえぐれ、凄まじい音がする。
盾をどけるタイミングは完璧。
「もし倒しきれなかったら……三人は……」
誰かの不安げな声。
少しして、何かが地面に激突した。
ぐちゃ、という音がして何人かがビクりとする。
丁度ランタンの明かりに照らされ、その姿が一瞬見えた。
子供くらいなら中に収まりそうな、大きな球体。
色は黒っぽく、大きな目玉がある。
ゲイザーだ。
敵はうめき声のようなものを上げたあと、魔力粒子と散った。
「あと何体かな」
マーリンさんは盾に守られた位置で、僕と共に魔力を練っている。
「……さっき聞きそびれたんですけど、あのお二人はどうやって空でゲイザーを倒すんですか?」
「モンスターも魔力体と同じで、死の代わりに魔力粒子と散る。逆に言えば死なない限りは存在を保つわけだ。だから致命傷を与え、消滅より先に次へ飛べばいい」
エクスさんが軽い調子で言うが、実行出来る者がどれだけいるか。
それも暗闇の中、気配だけを頼りに何体いるか分からない敵を狩るのだ。
「マル」「ミラさん」
「はい」「準備は済んでいます」
マーリンさんと僕の声に、マルさんとミラさんが応える。
「全員、もうすぐ明るくなるが何が見えても驚くな?」
マーリンさんは微量の魔力を流し続け、それが消えるかを確認していた。
消滅が止まれば、作戦は成功ということ。
「よし、日が昇るぞ」
打ち上げ花火のように、それは空に咲いた。
まるで小型の太陽だ。
暗闇が照らされ、地鳴りの正体が分かる。
浮かび上がったのは――。




