192◇順当に失敗した略奪
対象に黒魔法を掛けたのは同時だが、優先度順に記すなら――。
まず弓を持った者達。【狩人】適性を持った者ならば、盗賊とはいえ侮れない。育成機関に通っていなくても、狩りなどで腕が磨かれていることがある。
狙いをつけ、当てる技術があるわけだ。
だから、掛けるのは『暗闇』だ。
狙いをつけるのに重要な視界を真っ黒に染めてしまう。
「なっ、見えねぇ!?」「どうなってやがる!」「きゅ、急に夜になっちまった!」
視界が真っ暗になって動揺する者、弓や矢を落とす者が続出。見当違いの方向に射る者もそこそこいた。中には調査隊に向かってくる矢もあったが、ここまで数が減ってしまえば対処は容易。
ここには冒険者や、腕の立つ亜人の方々が大勢いるのだ。
次に魔法使い。弓遣いと同じく、遠距離攻撃が武器。
こちらは元々数がそう多くなかったので楽だった。
掛けるのは『空白』だ。
魔法に必要なのは、魔力とイメージ。
思考さえ出来ない空白の中にあっては、イメージなど出来る筈もない。
当然、魔法を組み上げることなど出来ない。
僕の作った時間を最大限に活かした者が、二人。
【刈除騎士】フルカスと【騎士王】アーサーだ。
悪路も地の不利もものともせず、左右にそれらは走った。
「今、何か光ったか……?」「なんだ、風魔法かッ!?」「おいさっさと魔法……え?」
「歯応えがない」
盗賊の一人が振り返ると、先んじて矢を射掛ける筈だった者達、同じく魔法をお見舞いする筈だった者達が――全滅していた。
ただでさえ信じられない出来事だというのに、犯人がいるだろう場所に一本の槍を構えた少女が立っているのみなのだから、驚くのも無理はない。
フルカスさんが駆け抜けたのと逆側でも、同じことが起きていた。
「……レメの黒魔法か? 凄まじいな」
アーサーさんがそう呟く頃には、遠距離攻撃担当は全滅していた。
僕らを両側から挟もうとしていた遠距離攻撃持ちは、もう一人もいない。
アーサーさんは剣の柄と鞘を紐で結び、棍棒のように使用することで殺さないよう加減していた。
そして、その速度はフルカスさんと同等。結果を出すまでの時間もほぼ同じ。
どちらも本気とは程遠い戦闘だったが、どちらも優れた戦士であることは誰の目にも明らか。
残ったのは、近接武器を持った者達。
ここで盗賊は大きく二種類に分けられた。
心が逃走に傾いた者か、特攻に傾いた者か。
前者に『混乱』を、後者に『速度低下』を掛ける。
逃げようと考えていたものは見当違いの方に走り出したり、木に激突したり、仲間に殴りかかったりする。
攻撃を仕掛けようとしていた者は、斜面を駆け下りようとしたところに『速度低下』が掛かったことで体勢を崩し、転がり落ちる。
一度そうなっては、もう僕達に勝つのは難しい。
複数の魔法を使い分け、大人数を対象としたことで持続時間が犠牲になったが、構わない。
これだけやれば充分だと、信じているから。
ミラさんは血の鞭で盗賊の頭部や……大事なところを見事に叩き、気絶や悶絶させている。
冒険者さん方も敵の状態を見て、殺さないよう加減しつつ打倒する余裕を持ち、冷静に対応。
「……私の出番はなさそうですわね」
マルさんが言うと、マーリンさんが微かに笑う。
「私は君の衣装替え、好きなんだがね?」
「あら、それはそれは。お気に召したのは服でしょうか? 着替えという行為でしょうか?」
「どちらもさ」
「ふふ、マーリン様ってば、えっちです」
「おや、私のセクハラは許してくれるのかい?」
「マーリン様だからですよ」
「君、そんなことを言われたら本気になってしまうよ」
「またまた、ご冗談を」
会話しながら、マーリンさんは杖を優雅に振るっている。
その度に盗賊が無力化されていく。
たとえば、顔を水球で覆われ窒息する者がいた。風刃で手を切りつけられ武器を落とす者や、足を切りつけられ転倒する者がいた。土の腕に掴まり動けなくなる者や、動き出した木の根にぐるぐる巻きにされる者も。氷結される者もいれば、雷撃に震える者もいたし、小規模な爆破魔法をその身に受ける者もいた。
火属性を使わないのは、木々に燃え移らないようにか。
「どうだい? 綺麗だろう?」
マーリンさんは様々な属性をとても高いレベルで使いこなす。
とても、とても楽しそうに。
彼女の異名が【先見の魔法使い】なのは、まるで未来が分かっているかのように魔法を使うから。
魔法のタイミングがあまりに完璧なことから付けられた名だ。
盗賊を退治するのに、ここまで多彩な魔法は必要なかった筈。どれか一種類に絞っても充分過ぎるくらいだ。
思わず彼女を見ると、ウィンクされた。
「いいものを見せてもらったからね、礼代わりさ」
こちらこそ、いいものを見せてもらった。
――残るは、頭領一人。
前後で道を塞いでいた者達も、打倒済。
既にみんなは無力化した盗賊達を拘束し始めている。
「さて」
頭領の取り巻きは、既に倒れていた。
残る頭領が、じりじりと後退しながらも、エクスさんを睨みつけている。
「く、クソ! 有り得ねぇ! 二百だぞ!? そこらへんの雑魚とは違う! 戦闘系の【役職】持ちで固めたってのに……! 冒険ごっこやってるような奴らに、こんな……!」
「我々現代の冒険者は、人を殺さないことで人々に受け入れられている。ダンジョン攻略が魔力体で行われているからこそ、娯楽として成立するようにね。だから、君の考えも分かるんだ。我々は君たちを殺せない。どれだけ優秀な冒険者でも、それは弱みになる」
彼らにも勝機がないことはないのだ。
ダンジョンでの戦闘と生身の戦闘はまったく別物。
だってそうだろう。生身での戦いは、最悪相手を殺してしまうかもしれない。
心理状態が自身の動きに与える影響というものは、かなり大きい。
誰もが完璧に加減して戦えるわけではない。
一瞬の躊躇が命取りになることは、ある。
第二位パーティーがいようと、敵を殺せない相手ならば付け入る隙がある――なんて考えに至ってもおかしくないわけだ。
「正直、俺もその危惧はあった。少しだがね。だが必要なかったようだ。優秀な仲間のおかげで、みんな加減する余裕を得られたようだから」
「言われているぞ、レメ」
「マーリンさんも含まれていると思いますよ」
僕らは周辺を警戒しつつ、戦いの行く末を傍観していた。
助力は不要だろう。
「ちぃ……! 化け物どもめ! 偉ッそうに見下しやがってよぉ……! 才能と精霊に恵まれただけのやつらが勇者を名乗って調子づいてやがる! 誰もがテメェらみたいに人生楽に生きられるわけじゃねぇんだよ!」
才能のある者にはある者の、ない者にはない者の悩みがある。
それを説いたところで、彼に響きはしないだろうけど。
「確かに、世界は不平等だ。君等も理不尽に晒され、盗賊に身を落としたのかもしれない。しかしだ、それは他人を害していい理由にはならないと思う」
「上から説教すんじゃねぇ……ッ!」
「生き方に貴賤はない。ただ行いは善悪に分けられる。それは時代や地域によって変わる程度のものかもしれないが、確かにあるんだ。そして今、君たちは悪いことをして生きている。罪は償わなければね」
盗賊の頭領は必死に逃げ道を探していたようだが、ついに無理と悟ったのか、エクスさんに向かって駆け出した。
「癇に障るんだよ、オッサン!」
エクスさんの右腕に黒いモヤがまとわり付いている。
それは影だ。形を得た影。
彼が契約した精霊は、エクスさんに影を操る精霊術を与えた。
エクスさんが拳を握ると、そのモヤは狼の頭部のように形を変える。
「先程も言ったように、少し怪我をしてもらうよ」
「死ね!」
頭領が剣を振り下ろす。
エクスさんが右拳を振り抜く。
剣は影の狼に噛み砕かれ、その拳は頭領の顔に食い込んだ。
文字に出来ないような悲鳴を上げ、頭領の体が吹き飛ぶ。
びゅーん、と冗談みたいに吹き飛び、やがて、ガサガサと遠くの木に落ちた。
「……しまった」
「ぷっ……! あはは! あれだけ加減どうこう語っておいて、自分は失敗しているじゃないか! あはは! 見たかいレメ、マル。あれが我らがリーダー、【漆黒の勇者】だ! 見ての通り、不器用な男でね」
マーリンさんはどこがツボに嵌ったのか、大笑いしている。
「……あの、それより【白魔導士】の方を連れて彼を探すべきでは?」
「れ、レメ様の言う通りです。エクス様とて多少は加減はされていたでしょうし、急げば治療も間に合いましょう」
この数の盗賊を率いた男だ。それなりに頑丈で、腕も立ったのだろう。
木が落下の衝撃を和らげてくれたと祈ろう。
「ふふっ、あはは……はぁ、二人は真面目だなぁ。いいだろう、私が行こうじゃないか」
「……済まないね、マーリン」
「まったくだ。まぁ、象に『蟻を殺さず踏め』なんて言っても無理か」
【勇者】はただでさえ規格外。彼らにとっての手加減は、普通の人間のそれとは違ってしまう。
「俺は象ではないし、彼は蟻ではないよ」
「えぇいうるさい、ものの例えだ」
マーリンさんは最後まで笑いながら、空を飛んで盗賊の頭領を探しに行った。
……まぁマーリンさんが笑えているくらいだから、大丈夫なのだろう。




