188◇オリジナルダンジョンへ行こう!
「では失礼して」
フェローさんがリビングにくると、ミラさんと遭遇した。
「レメさん、この方は確か……」
「こちらフェローさん、前に僕が出たタッグトーナメントの主催者だね。こちらミラさん、僕の……友人です」
ミラさんが魔王城の四天王という情報を僕から漏らすわけにはいかないので、曖昧な紹介になる。
「あぁ、カーミラ殿ですか。娘が大変世話になっているようで、ありがとうございます」
僕とミラさんは驚く。
そんな僕らを見て、彼は微笑んだ。
「娘の職場のことくらいは把握しておりますとも。一応親ですから」
今でも魔王城の情報を得られることは、よく考えれば不思議ではない。
魔王城の魔物は今の魔王様を敬愛しているが、彼女に見つけてもらった者ばかりではない。
たとえば巨大な鮫の亜獣である【海の怪物】フォルネウスさんなどは、師匠の代からの所属だ。
当然、フェローさんの魔王時代というものがあり、彼に恩義を感じる者もいることだろう。
ダンジョン攻略を無くすという目的には協力出来ずとも、話くらいは……となってもおかしくない。
もちろん、内部の情報提供者とか一切いなくて、フェローさんが独自のコネで情報を入手した可能性もある。
ダンジョンの魔物だって言ってしまえば会社の社員。記録は残るものだ。簡単に暴けるものではないけれど、難しくても暴き出せそうなのがフェローさんという魔人なのだし。
「……魔王様は魔王城関連施設への立ち入りを禁止した筈では?」
ミラさんが厳しい視線を向けた。
「あはは……そうなのです。職員に話をするということで娘に連絡を入れたのですが無視されまして、直接話そうと魔王城を訪ねたら私の登録証は無効にされており、誰も取り次いでくれない始末で」
「ダンジョンを捨てたばかりか、ダンジョン攻略を廃止しようとしているのですから当然では?」
「これは手厳しい。ですが今は議論の場ではないので、話の続きを。娘に逢えない悲しみを抱えつつ、私は考えを巡らせました。そうして人間でも利用出来る寮を探し、ついにこの建物でレメ殿の魔力反応を探り当てたのです」
…………んん?
魔力反応と言っても、そう簡単に個人を特定出来るものではない。
前にフェニクスが僕の宿を特定したことがあったが、あれは十年来の幼馴染だからまだ納得出来た話。いやそれでも充分普通じゃないけど。
あるいは……僕の角の魔力を、感じ取ることが出来るのか。
もしそうなら、父親の魔力だ。間違うわけもない。
魔力を感じ取る能力は人によって差が大きいが、魔人は概ね優秀だったはず。
「なっ……私でもまだレメさんの魔力を見分けることは難しいというのにっ……!」
ミラさんはどこか悔しそうに言った。
大小を判別するのと、個人を特定するのでは別の技術といってもいい。視覚と嗅覚くらい違う。多分。
それに僕は魔力反応を抑えているので、より嗅ぎ分けにくいことだろう。
世界広しと言えど、魔力だけで街中から僕を見つけ出せるのは、フェニクスとフェローさんくらいではなかろうか。
「あの……僕達は旅の準備を始めなければならないので、そろそろ本題に」
リビングの椅子に座ってもらい、僕も対面に腰掛ける。
ミラさんは渋々といった様子だったが、お茶を用意しますと言ってキッチンへ向かった。
「まずレメさん、オリジナルダンジョンについてどの程度までご存知で?」
「天然の魔力溜まりと気まぐれな精霊が揃った時に出来るダンジョンで、その構造は安定せず、またコアを持たない為にある程度の時間を経ると自然消滅します。同様に、コアを持たない為に内部魔力や発生した物品は持ち出し可能、踏破者には別途精霊から特典が与えられることもあるとか」
「素晴らしい回答ですね。魔物の出現例もありますが、これは生物ではなく精霊の作り出した偽物であり、言わば本体の存在しない魔力体です」
「はい」
わかりやすい説明だしフェローさんも知っていることだろうが、実際は逆。
魔力で生物を模すという精霊の技の模倣から、魔力体技術は始まったと言われる。
「オリジナルダンジョンはその性質から、現代では勇者パーティーによる攻略対象とはなりません。正確には、人類の娯楽とはならない」
色々理由はあるが、まず安全性が確保されていない。ダンジョンの構造も安定しないし、いつ消えるか分からない。地下迷宮なら、最悪ダンジョンが消えると土の中……なんてことも有り得る。カメラもマイクもないし、魔力体に精神を移す装置『繭』もない。
よって、勇者パーティーが挑むのでなく、安全性を確保出来る組織が調査を行う。
「国が行うんですよね。親からのメールには、人が来て周辺が封鎖されたとか」
なので、親を安心させるためにも出来るだけ早く向かいたいし、準備を終えたいのだ。
「正確には、この国にオリジナルダンジョンを攻略する組織はありません。専門の機関を置くには発生例が少なすぎるのですね。ほとんどは組合と提携した組織に委託されます。これなら冒険者も使えますから。騎士団が動くこともあるようですが、極めて稀です」
「なるほど…………あの、もしかしてなんですが」
「はい、なんでしょう」
フェローさんは笑っている。
「その提携した組織って……フェローさんのところだったりしますか?」
「さすがレメ殿。頭の回転が早い」
「いや……ここまでのことを考えると、そう難しくないかと」
「鈍い者は気づかないものですよ」
「……では、鈍くはないということで」
「謙虚な御方だ」
そのタイミングで、ムスッとした様子のミラさんがお茶を持ってきてくれた。
フェローさんが微笑む。
「ありがとうございます」
「いいえ」
「……ほぅ。美しいだけでなくお茶まで美味しく淹れられるとは。レメ殿は素晴らしいパートナーに恵まれましたね」
「そ、そんな風に言われたところで……っ」
ミラさん、ちょっとニヤけてしまっている。
不機嫌を取り繕いつつ、彼女は僕の横に座った。
「お話は聞こえていました。どうぞ続きを」
「レメ殿が気づかれた通り、国から別の商会との合同で調査を委託されました。というのも、父のおかげでしてね。レメ殿はご存知でしょうが、あの村の近くに居を構えていまして」
……あぁ、フェローさんは師匠を見つけたのか。
僕と師匠の繋がりに気づいた時点で、そう難しくはなかったのかもしれない。
「師匠から連絡が?」
「はい。それもあっていち早く国にアピール出来たわけです。レメ殿には何の連絡も?」
む。僕には何の連絡もなかった。というか僕の方から連絡しても返事はこない。
「えぇ、僕の方には何も」
「邪魔したくなかったのでしょう。前に訪ねた時は、レメ殿からの手紙が机の上に沢山ありましたよ。もちろん、開封した状態で」
読んではくれているのか。
「それに、トーナメントを観ていました」
……観ていてくれているのか。
単純なことに、それだけで嬉しくなる僕だった。
「そう、ですか。師匠からの連絡の内容は?」
「『ダンジョンが生じた、片付けろ』というものです。ちなみにそれ以前の連絡は全て無視されていました」
実に、実に師匠らしい。もう一個『実に』をつけてもいいくらい、師匠らしい。
「だとすると、師匠はもうあそこにはいないでしょうね」
オリジナルダンジョンの探査ともなれば、それなりの規模になるし、中には実力者も含まれる。
師匠ほどの存在になると、魔力反応を隠していても感づく者が出るかもしれない。
「えぇ、もうあの近辺にはいないようです。家も消えていましたし、それだけでなく土地は森の一部になっていました」
単に家を壊すだけでなく、周囲に木々を生やしてそもそも何も無かったように痕跡を消したということ。師匠ならそれくらいは出来る。使えない属性があるのかってくらいに万能な人だ。
「あの、貴方の目的はレメさんに調査を手伝わせることだと私は考えているのですが、違うのですか?」
焦れたように、ミラさんが言った。
「その通りですよ、ミラ嬢。しかしそうなると何故? という疑問が浮かびましょう。調査団がいるのでないか、と」
「それを説明していただけますか?」
ミラさんの口調は刺々しい。
「どうやら私は嫌われているようだ。娘は部下に愛されていますね」
「当たり前です。最高の魔王様なのですから」
「……誰もが貴方のように思う世界ならば良いのですがね」
フェローさんは、魔物が悪という今の価値観を破壊したいのだ。
手っ取り早い策として、ダンジョン攻略を無くそうというのである。
戦争がなくなったことで、人類とかつて魔族と喚ばれた者達が共生する時代が訪れた。
だが争っていた時代の出来事を元に作り出された娯楽・ダンジョン攻略によって、フィクションとはいえ魔物イコール悪者というイメージは残ってしまった。
また、国は今でも亜人の強者については警戒を緩めていない。
師匠が表舞台から姿を消したのもそれが原因だと、フェローさんはそう考えているようだった。
彼がすぐにでもダンジョン攻略を終わらせたいのは、きっと彼にとっての最高の魔王……師匠の復活を望んでいるから。
「……話がずれましたね。レメ殿を誘う理由は複数ありまして。一つはもちろん、故郷の問題を解決したいだろうという思いから。一つは……国に有用性を示すチャンスだからです」
「…………なる、ほど」
僕はレメゲトンとして魔王城で働いているが、国に身元は隠せない。人間・レメが角を使うことに関しては、ハーフや先祖返りという可能性もあるが、フェニクスに続きエアリアルさん撃退ともなるとその誤魔化しは通じなくなる。
純血、それも【魔王】レベルでなければ正面衝突で勝てる相手ではないからだ。
二十歳の角持ちが用意出来る魔力量を大きく超える戦果を出してしまったのも、気になる点だろう。
師匠と同じように、コアの魔力を使えることに気づいた者もいるに違いない。
「私もまだ信用されていないくらいですから、世界四位から魔王軍参謀ともなれば目はつけられましょう」
「……レメさんは危険人物などではありません」
「私もそう思います。ただ、誰もがそう思ってくれるわけではないのが現実です」
「……ッ」
ギリ、とミラさんが歯を軋ませた。
「オリジナルダンジョンから成果を持ち帰れば、心証が変わりますか?」
「実績というものは、大事ですよ。あるなしでは大きく違います」
それについては納得出来る話。
「フェローさんと僕では目的が違いますよね? それなのに、僕を助けるような真似をしてもいいんですか?」
「意地悪な質問ですね。レメ殿も分かっているでしょうに。私は真剣に戦う全ての者の味方ですよ。ダンジョン攻略が消える過程で、冒険者にも魔物にも新しい働き口を提供するつもりでいます。その時は全員等しく『選手』と呼ばれるでしょうが」
僕と最終目的が違おうが、それは助けない理由にはならないということ。
『初級・始まりのダンジョン』の人達のことも、ダンジョンの所有権を得たあとで手を差し伸べるつもりだったに違いない。彼らはダンジョンの存続を願い、それに成功したからそうはならなかったが。
「しかし、疑うことは大事だ。実際、私は善意のみでお話を持ってきたわけではないですから」
「というと?」
「つまらない理由で貴方に消えてもらっては困る。これは私の為であり、父の為でもあるのですよ」
「……師匠と、他に何か話しましたか?」
フェローさんは、ニッコリ笑った。
「秘密です。父と子の話ですから」
つまり、したということでいいだろう。
フェローさんの為にもなるということは、もしかすると――。
「僕に手を貸せば、師匠が何かすると約束を?」
「鋭すぎるのも考えものですな。しかしご安心を。親子の間で取引のようなことは行っていないと誓いましょう」
取引はしていないが、僕の推測が鋭い……?
だとすると――。いや、今はよそう。
「……まだ他に、僕に声を掛けた理由がありますか?」
「今のメンバーで調査が滞っているので、新しい風を入れたいということで優秀な【黒魔導士】であるレメ殿に声を掛けたというのが一つ。もう一つは先程の話に出ました『別の商会』の関係者がレメ殿はどうかと推薦したことですね」
「推薦? 僕の知ってる方ですか?」
【黒魔導士】レメを推薦したということは、タッグトーナメントを観て興味を持ったか、元々の知り合いか。しかし国からダンジョン調査を委託されるほどの大商会に知人などいただろうか。
「それは逢ってのお楽しみということで。あぁ、明日の馬車をとっています。よろしければ、その方と共に村までお送りしますよ」
移動の手配をしなくていいのは、正直助かる。遠い故郷まで行く手筈を整えるだけで、結構な手間が掛かるのだ。
「……危険はないのですか」
ミラさんの声に、フェローさんは頷く。
「『繭』を用意しておりますので、魔力体で挑むことが可能です。損傷分はもちろん我々が補償しますし、報酬も出ますよ」
「そうではなく、最深部に精霊がいた場合の話です」
「精霊の試練を突破すれば特典が得られる、というパターンですね。精霊は人間に契約の強制はしません。試練に挑戦するかしないかの選択は常に人間側にあります。レメ殿が最深部まで辿り着いたとしても、挑戦しなければ危険はないでしょう」
この場合、最後の試練に失敗すると厄介なペナルティがあったりする。
そのあたりは、最深部まで行ってみないと分からない。
「レメさんが行くなら、私も行きますから」
「それは心強い。魔王軍四天王の力を借りられるとなれば大助かりです」
「……それと、貴方が来たことは魔王様に報告します」
「あはは、その必要はないでしょう。ほら――」
「余の部下に手を出すとは何事か――ッ!!!」
窓ガラスが粉々に砕け散り、室内に何かが飛び込んできた。
魔王様だった。
「久々に顔を見られて嬉しいよ、ルー。まぁ、パパはレメ殿とフルカス殿の応援に来ているルーも見つけていたから、顔を見るのは久々ではないのだけれどね。あはは」
タッグトーナメントには、確かに魔王様も応援に来てくれた。
「興味ないわ! 寮も立ち入り禁止と言うたであろうが!」
「それならパパのメールを無視するのは家族ルールで禁止にしよう」
「ええい黙れ! 余の可愛い部下に関わるな!」
「あはは、またパパに引き抜かれると心配しているのかい? この二人に限ってはそれはないだろう」
フェローさんが魔王を引退する際、魔物がごっそり引き抜かれた。
そのこともあって、第十層のフロアボスなどは空席のままだったくらいだ。
「そんな心配などするものか! カーミラもレメゲトンも余の配下だ! 貴様の目的に手を貸す筈がなかろう!」
「ルーが魔王を続けることで先々代の仕事を継いだように、私は彼の意志を継ぎたいだけだよ。誰もが自由に、全力で競い合い、それが歓迎される世界を実現したいだけさ」
「嘘を吐け! それだけならば他に方法があろう! 急いでいる時点で、貴様がファザコンこじらせておるだけなのは明白!」
まぁ、魔王様の言う通りだろう。
師匠が消えた原因を取り除き、業界に戻ってきてもらうために、彼は急いで現状を変えようとしている。
「ルーもそれくらいパパを好きになってくれてもよいのだよ?」
「……ふっ」
魔王様は笑い、拳を構えた。
「待ってください魔王様……!」
僕は慌てて飛び出す。
「止めるなレメよ。大丈夫だ、全て後で弁償する」
そういう問題ではない気がする。
僕とミラさんはなんとか彼女に落ち着いてもらおうと話を続け、結構な時間を費やしてそれに成功。
しかしフェローさん、交渉事の類は得意どころではないだろうに、何故娘相手にそれを発揮しないのか。
いや、娘相手だからか……?
フェローさんは娘と話せるだけで嬉しいとばかりに、ニコニコしている。
あまり推奨出来ないコミュニケーションだと思います……。
魔王様は事情を理解すると、ものすご~~~~く嫌そうな顔をしたが、了承してくれた。
「もし二人に何かあったら……」
「あったら? 殺すとか、怖いことは言わないでおくれよ」
「貴様の角を折る」
魔王様は真顔だった。
「……ルーにはまだ早いんじゃないかな」
「折る」
「あはは――」
「折る」
フェローさんからも、さすがに笑顔が消えた。
「肝に銘じよう、魔王ルシファー」
そのあと魔王様の方から幾つか条件が出され、僕の帰省とミラさんの同行が許可された。




