172◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域5
エアリアルさんが第四エリアにやってくるまでの時間は、これまでの進行速度に比べると長かった。
【刈除騎士】フルカスを召喚して、少し話す余裕まであったほどだ。
僕の転移後も、第三エリアの魔物たちが奮闘しているのだろう。
カイムやウェパルは魔法使いタイプ。肉体面がそう強くない代わりに、魔法は凄まじい。
速すぎる上に、僕への到達を優先するエアリアルさんを止めるには、空間に影響を及ぼす魔法の方が適しているのだろう。
大荒れの海と嵐、更には水刃と大砲も無視は出来ない。
そんなことを考えつつ、僕はフルカスさんに一つ相談をした。
「……面白い」
彼女はこれを快諾。
そして――。
「レメゲトン殿はおられるか」
やってきたエアリアルさんは、これまでと違い無傷ではなかった。
全身に細かい切り傷のようなものがある。肌の露出していない箇所も、衣装の損傷からそれが窺えた。
カイムさんか、そうでなければフォルネウスさんだろう。
【雄弁なる鶫公】カイムの場合は風魔法。
【海の怪物】フォルネウスの場合は、水魔法。
温厚で紳士的な【海の怪物】だが、その戦い方は激しい。
彼の巨体が動くだけでも凄まじい衝撃だし、噛みつかれればひとたまりもない。
そして、以前ミラさんとの第六層訪問で少し体感したが、彼は水魔法が使える。
尾びれだけ召喚されても即座に動いた彼のことだ、残りを召喚されたら『なんか落下中だった』という状況でも無策ということは考えづらい。
エアリアルさんを呑み込んだ後にも、何かしたのだろう。
敵を飲み込むのはこのレイド戦だけでも二度目なのだ。一度内側から破られたからこそ、策を用意しておくのは自然に思えた。
彼もまた、魔王城の魔物なのだから。
「【龍人】に【魔人】……どうやら次がレメゲトン殿のエリアのようだね。あるいは彼だけの配下が待つエリアが用意されているか……。いずれにせよ、もうすぐだ。だろう? ――フルカス殿」
と、エアリアルさんは言う。
僕を見て、そう言った。
理由は単純。
僕が、黒い鎧に搭乗しているからだ。
彼女の鎧は魔法具。専用の鍵を持つ者だけが動かせる。
その鍵は挿し込んで使用するものではなく、あくまで操縦者の資格を示すもの。
だから、フルカスさんは普段、首から登録証と一緒に下げているのだという。
それを一時的に借り、僕が鎧に乗り込んだのだ。
操縦席はシンプル。座席があり、肘置きと固定具がある。目を瞑ると、鎧の兜に視界が飛ぶ。
見た目の上では判断がつかないだろう。
僕自身、魔力反応を抑えている。
とはいえ、だ。
【嵐の勇者】エアリアルほどの者を騙し通せるものではない。
「……愛槍はどうされた?」
僕の手に、フルカスさんの槍はない。
エアリアルさんの動きは迅速。
彼は右手に握る聖剣を、肩越しに振るった。自分で自分の背中でも刺そうとするような動きはしかし、最適な判断。
剣身が、彼の背後を突かんと伸びた槍の穂先を止めたのだから。
直後、彼は剣から手を離して体を反転させる。すぐさま落下中の剣を掴み、一閃。
刃状の風が渦を巻き、槍の穂先から柄へと斬撃を撒き散らしながら走り抜ける。
一瞬で石突や持ち主まで細切れにする攻撃だが、そこは【刈除騎士】フルカス。
彼が攻撃を防いだ瞬間に槍を折り、既に回避行動を済ませていた。
槍が刻まれたことで彼女の手許に残った部分が長い側――すなわち本体――となり、再び伸縮が可能に。
一足で距離を詰めると、突きを見舞う。
槍は折れた箇所から無数に枝分かれしながら延伸し、刺突に使われた部分のみが真っ直ぐと生えている形。それ以外はエアリアルさんの聖剣と体を巻き取ろうと動いている。
フルカスさんは鬼の角を隆起させ、その肌を赤く染めている。
その矮躯からは想像もつかぬほどの速度と鋭さ。
エアリアルさんはその突きを左手で受け止め、自分の側に引っ張った。
フルカスさんの体が前のめりになるが、彼女は即座に前傾姿勢をとり、地を蹴った。
「むっ」
彼の声。
エアリアルさんの掴んだ柄の部分が、たわむ。
直前まで真っ直ぐ伸びていたのに、急に硬度を失った。
フルカスさんは小さな体を活かし、エアリアルさんの股下を小動物のようにくぐり抜けた。
槍を持ったまま。
石突を敵に向け、伸ばす。
「ははっ」
楽しげな勇者の笑い声。
聖剣が風刃を撒き散らし、枝分かれした槍をズタズタに切り裂く。
彼は強引に振り返り、そのまま剣を横薙ぎに一閃。
剣の軌道とその周囲には、全てを刻む風が吹き荒ぶ。
安全圏は少ない。距離をとって回避しない限りは、ほとんどないと言っていい。
数少ないそれは、遣い手の体くらいのもの。
風刃も、発動者を刻む軌道では走らない。
僕の剣の師が目をつけたのは、【嵐の勇者】が握る剣の柄。
寸前で跳躍していたフルカスさんは、そこへ着地。
エアリアルさんの指を踏んだまま華麗に回転し、勢いを乗せた蹴りを胸部に叩き込んだ。
鈍く重い音が響き、彼の体が吹き飛ぶ。
普通の人間なら上半身がこの世から消えるほどの蹴りだが、そこは【勇者】持ち。
いや、それだけではないのか。彼は瞬間的に空気の鎧を展開したようだ。
剣を床に突き立て衝撃を殺すと、ズズズとしばらく後退しながらも、やがて停止。
「素晴らしい……」と、エアリアルさんの口が動くのが分かった。
次の瞬間、彼に斬りかかろうとしていた【龍人】三体が上下に分かたれる。計六つの固まりはそのまま魔力粒子となり、散った。
【勇者】というだけで、めちゃくちゃ。別格。常識外の強さを誇る【役職】。
パーティーで一番注目され、一番の活躍を求められる。彼らがいなければパーティーも組めないのは、それだけダンジョン攻略において重要な存在だから。
そんな【勇者】の頂点を今、相手にしているのだ。
僕は、自分がかつてフェニクスに言ったことを思い出していた。
――仲間がいるから、面白い攻略が出来る。
――仲間を失ってから、出せる本気がある。
――普段は仲間を巻き込むから使えない魔法を、存分に扱える。
パーティーで自分一人が圧倒的な力を持つことに悩んでいた親友に、馬鹿なことを言うなと僕は言った。
チームとしての魅せ方と、個としての魅せ方は違う。
それぞれに魅力があるし、【勇者】だってどちらでも人を惹き付けることが出来る。
今、エアリアルさんは全ての仲間を欠いたわけではないけれど。
巻き込む仲間がいないから、攻撃に遠慮も配慮も必要ないのだ。
「悩ましい……実に贅沢な悩みだ。だが済まないね、フルカス殿」
フルカスさんと戦いたい気持ちがあるのだろう。
だがそうすれば、僕に魔力を作る時間を与えることになる。
優先順位の問題。彼はレメゲトンを選んだ。
彼の体がブレたかと思うと、もうない。いや、凄まじい速度で僕に迫っているのだろう。
フルカスさんが槍で阻もうとするが、人型の風刃と化した彼は止まらない。
「――――」
ごく短い時間の間に、彼の突進と――捕縛は終了。
エアリアルさんは今、僕の操る鎧、その右手に収まっていた。
僕は特別目が良いわけではない。反応速度も並だろう。鍛えるにも限度がある。適性がない分野の能力を伸ばすのは難しい。
それでも、かつてフルカスさんに目を褒められた。
観察力がある、という意味で褒めてくれた。
冒険者オタク。魔物になって、趣味がここまで役に立つとは。
尊敬し、熱狂した画面上の冒険者達。彼らの動きは何度も何度も繰り返し観た。
ランク上位者は特にだ。
だから、分かる。
とても、目で追えない速さでも。
始点と終点さえ分かれば、どのルートをどれくらいの速度で駆けるか予測はつく。
あとは、予想される軌道上に手を用意するだけ。
タイミングを掴むのは難しいが、不可能というほどではない。
「……やはり」
手の中から頭部が出ているエアリアルさんが、兜を見上げて呟いた。
――今ので、何かを確かめたのか……?
その視線は錯覚かと思うくらいに短い時間しか向けられなかったが、敵を見る目ではなく、まるで友人にでも向けるような――。
「――っ」
次の瞬間、金属の軋む音が響き出す。
【疾風の勇者】ユアンが捕まった際、抜け出すのにえらく難儀したのは記憶に新しい。
それだけ、この鎧の握る力は強いわけだ。
だというのに、全力で握りしめているのに、なのに。
手が、開いていく。
すぐさま左手も拘束に回すが、彼は止まらない。
フルカスさんを始め、残る魔物がこちらに意識を向けるが、そこに光が瞬いた。
死ななかったのは、【刈除騎士】フルカスと僕以外では、二体ほどか。
床を駆け抜けた雷光は、人の形をしていた。
ぷすぷすと、フルカスさんの体から僅かに煙が上がる。
雷撃にその身を焼かれたのだ。
それでも敵に槍を向け、対峙している。
他の者達は、雷電と化したその【勇者】に刻まれてしまった。
【迅雷の勇者】スカハの『迅雷領域』によって。
「また逢ったな」
雷電を纏うスカハさんに、フルカスさんは槍で応じる。
僕はと言えば、手から脱出されたところだった。
「どこに乗っているかは、もう分かっているよ」
拘束は時間稼ぎにしかならなかった。
そう、時間は稼げたのだ。
彼の聖剣が迫る。胸部装甲はじきに貫かれるだろう。
「来い――アガレス」
【時の悪魔】アガレスを、操縦席に召喚する。
「……参謀殿のお呼びとあればどこへなりと参ずるつもりでおりますが、これは少々手狭では?」
分かっている。男二人が入るには狭い空間だ。
僕は鍵を肘置きに置き、アガレスに命じる。
「鎧を持ち主に返す」
「では、そのように」
気づけば、僕は鎧の肩に乗っていた。
「おや、少しばかり遅かったか」
ギリギリだった。
エアリアルさんの聖剣が搭乗席を貫いたところだった。
視線を上げた彼と、目が合う。まぁこちらは仮面をつけているのだけど。
「存分にフルカスと矛を交わすがいい」
この後はアガレスさんの『空間移動』でフルカスさんを搭乗席に飛ばし、鎧を操って戦ってもらう予定だ。
……操縦席の風通しをよくしてしまったのは申し訳ないが、操縦自体に問題はないだろう。
残る【魔人】にアガレスさんも加わるのだ。そう容易に抜けられはしない。
「見事だ。ここまでよく角を解放せずに立ち回ったものだね」
「我が角を解放する時があれば、それは貴様が退場する時だ」
「やってみなければ分かるまい?」
そうして、僕は最終エリアへと転移。
職員用の隠し部屋から第十層最終エリアへと出ると、同盟者に迎えられる。
「おかえりなさい、レン」
【絶世の勇者】エリーだ。
「あぁ」
「思ったより早かったわね?」
「問題が?」
ニィ、と彼女は笑う。
「いいえ、待つのは趣味じゃないもの」
「そうか」
「アナタも、ようやく戦えて嬉しいんじゃないの?」
確かに、これまでは戦闘は戦闘でも、味方の力を借りた撤退戦のようなものだった。
仲間を召喚し、奥へ奥へと逃げる。
自分でエアリアルさん達と戦えることが、嬉しいか。
考えてみる。いや、考えるまでもないことだ。
僕は口許に笑みを浮かべて、他の配下と合流すべく足を進めた。




